24.はじまりはじまる
翌朝、朝食を摂った後に宿の前室でピートが清算手続きを済ませると、部屋に荷物だけ置いていたディルクとランドルもやって来た。二人が来たことで、馬の様子を見て来ますとピートが厩舎に向かう。
こちらも頼む、とカウンター越しに佇む女将に清算を依頼するディルクの隣で、ランドルが嬉々としてラシェルに話しかけてきた。
「ねぇ、昨夜、突然空に現れたでっかい虹色のヒラヒラしたヤツだけど、ラシェルちゃんも見たんだって?」
「ええ。初めて見たけど壮大で、とっても綺麗だったわ。偶々訪れた日に、あんな素敵な光景と出会えるなんて、すごい幸運よね」
前世、海外旅行のツアーで行った友人が外し、悔しがっていたことを思い出す。自然相手のものだから、当然こちらの都合になど合わせてはくれない。それを、ふらりと訪れた旅で目にすることが出来たなんて、これほどの幸運はないとラシェルは感激していた。
「ディルクにも話したけど、沼の水鏡に映った姿は圧巻で、メチャクチャ感動モノだったよ」
「わぁ……! それは、凄かったでしょうね! 私も死ぬまでに一度は見ておきたいな」
「そんな大そうなこと言わなくたって、いつでも見れるよ。また、おいでね」
急に、二人の話に女将が割って入ってくる。きょとん、とした顔をラシェルが向けると、女将は苦笑して続けた。
「あんた達が見たの、夜空に浮かぶ虹色のカーテンだろ?」
「は、はあ……」
「いつ頃からだったかまでは忘れたけど、少なくともここ数年は年中、三日と開けずに出てるよ」
「はぁあ?!」
「誰が言い出したか分からないけど、ここいらじゃ『天蓋の虹』なんて呼んで、別に珍しくも何ともないんだけどねぇ」
あっけらかんと言い放つ女将に、開いた口が塞がらない。この時期にこの緯度でオーロラが拝めること自体、奇跡に近いと思っていたのに、それが三日に一度とは……!
しかし次の瞬間、ラシェルはハッとしてディルクを見た。
目が合い、同じことを考えていたと、互いに頷く。
「ねぇ、ディルク……これ、このこと、お父様に」
「ああ、そのつもりだ。帰ったらすぐ上申書を纏める。これだけ観光資源が揃えば、十分に客が見込めるぞ」
きゃっきゃと燥いだ声を上げるラシェルに、ディルクとランドルも肩を竦めて苦笑した。
ディルクは用心棒に雇っていた男を早馬で帰路途中の宿屋に向かわせ、宿泊予約を取らせた後、そのままフィリドール邸へ戻るよう指示する。ラシェルとディルク、ランドル、ピートの四人は、当初の予定通りゆっくり三日かけてラピス村からフィリドール邸へと戻ることにした。
ちょいちょい沼水の採取を挟むものの、その土地に成る木の実や果物、特産品を聞いて回ったり、のんびりと商店を覗いて回っては仕入れた物をバーベキューにして食べたりもした。ランドルは相変わらずモテ男っぷりを発揮し、お陰で色々とオマケも貰えた。
二日目は沼の畔で釣りに興じてみたり、何とランドルが自国から態々手持ち花火を持って来ていたのでそれをしたりと、基本アウトドアを楽しんだ。
その翌日は道すがら通り雨に遭い、今は使われていない教会を近くに見つけて一時凌いだりもしたが、雨雲が去ると空は快晴を取り戻し、そのまま南に向かって上京するランドルと別れ、ラシェルたちはフィリドール邸へ帰った。
「お帰りなさい、ラシェルちゃ~ん!」
屋敷へと帰り着くなり、ラシェルは母の盛大な抱擁に見舞われた。
「フガ……おはーはま、ひまはえりまひら」
母の胸の中で、息苦しそうにフガフガする娘の頭をポンポンして父が「お帰り」と優しく微笑む。
「ディルク君も、ご苦労だったね」
「いえ」
父の労いに短く返すと、ディルクは「仕事がありますので、これにて失礼いたします」と会釈して、離れへと立ち去ってしまった。
「つれないねぇ」
「お父様、本当に大きな収穫があったんです。彼はそのことを早くお父様に仕事でお返ししたいのだと思いますよ」
ラシェルがそう言って柔らかく笑むと、ややあって「そうか」と苦笑する。
「ジータがお茶の用意をしてくれているからラシェル、代わりに君がこの旅の土産話を、たくさん私たちに教えておくれ」
「はい」
屋敷を出る前までよりも、心なしか胸を張って返せた気がする。この旅でラシェルも一回り成長したような、どこか自分でも逞しくなったような気がしていた。




