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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
開闢編

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21.父のいたずら


 午後のティータイムを、久しぶりに両親と楽しんでいた時のことだった。

「何だかんだでラシェルちゃん、ディルクのこと好きよね」

 口に含んでいた紅茶を盛大に吹く。

 反射神経の良い母は持っていた扇子を瞬時に盾にしたが、父は直接ではないものの母の隣で飛沫を浴びた。

 は? あの犯罪者面した二重人格の鬼畜と?

 冗談は大概にしてほしい。

 紅茶で濡れそぼった扇を表情一つ変えず侍女に新しい物と取り替えさせる母を横目に、取り敢えず父に謝罪する。

「だって、ここのところ気づいたらいつも離れで一緒にいるし。ジータと作った物はまず彼に毒見させてから私たちにもくれるでしょう?」

 ティータイムでディルクに出した残りを、後で両親にもお裾分けしていたことを言っているのだろうけど、毒見とは……。

 確かに処女作で卒倒させてしまった母からすればそうかもしれないが、あんなチャレンジングなレシピはあれ一回きりで、これでも随分、分を弁えた物を作っては、それなりの評価を受けてきたつもりだったのだが…………せめて試食と言って欲しかった。

 とはいえ母が言う通り、夏休みに帰省した翌日から今回の旅に出るまで、ディルクの部屋を訪ねない日がなかったのは確かだ。

 けれど、彼を慕って会いに行っていたわけではない。

 これまで体型のことをコンプレックスに思うあまり近くの令嬢たちとのお茶会も断っていたし、学院に入ってからはさらにボッチで孤独を深めていたため、単純に嬉しかったのだーーーー同世代の人間と、普通に会話できることが。

 しかもディルクは、良くも悪くも裏表のない人間だった。多分フィリドール家が筋金入りの貧乏なのとラシェルの容姿がレディとして敬意を払うだけの価値がないためとは思うが、貴族である自分相手でも物怖じせず、かといって立場上、話しかけられては露骨に邪険にすることも無視することもできない。話せばまともに返してくれる、そんな距離感が今のラシェルにはちょうど良かった。クラスでは、ラシェルが何をしようと何を言おうとも基本スルーか一笑に付される生活だったので、きちんと一人の人間として対等にレスポンスのあることが正直ありがたかった。

 同年代の人間と他愛ない話をしたり、同じ時を共に過ごすことに、心底飢えていたのだと思う。

 さらに、彼の辛辣な言葉に傷つけられても大して根に持たずにいられたのは、無意識にも彼のことを友人の弟くらいの意識で見ているからかもしれなかった。

 前世、二十二才で没した身としては、彼くらいの年齢だと友達のトコにいる三人兄弟の末っ子とか、ちょっと年の離れた弟という感覚に近い。だから生意気に噛みつかれても、若いわねーと年上の余裕で許せたり、甘いと分かりつつも逆に気を遣ったり出来るのかもしれないと、今までの自分の言動には納得していた。

 ティータイムを終えると、豆腐作りのレシピも完成したことで暇な午後を持て余し、ラシェルは久しぶりに父の書斎を尋ねた。

 もうこれで何度目かの欠伸を噛み殺す娘の姿を見て、父が苦笑する。

「彼がいないと退屈かい?」

「えっ」

 ディルクのことを指摘されたと、ラシェルは慌てた。

「そんなことありません。ディルクがいると、他人の彼にばかり領内の仕事を押し付けている気になって、いつも落ち着かなかっただけです」

 ラシェルの反論にくつくつと肩を揺らす父を一瞥して続ける。

「それに彼の頭が良いのは傍で学んで分かりましたけど、机上の空論というか、部屋に籠ったきり活字ばかり追いかけているみたいで、実際はまだ何も成果を出していないのでしょう?」

 肩透かしですわと悪びれる。

 彼の有能っぷりは尊敬に値するが、今それを口にすることは憚られた。気恥ずかしいというか、負けたくないというか……父にとっての一番は常に自分でありたいと願う娘の幼な心だった。

 けれど父はそんな娘の機微などお構い無しにそうでもないよ、と返す。

「ウチの出納帳や財務諸表から無駄な出費を炙り出して、それを人件費に回したことで……ホレ、ラシェルも知ってるだろう。ジータの下にもう一人雇うことができたわけだし、最近、短期だけど使用人の出入りが増えたのは彼のお陰でもあるんだ。他にも彼の伝で隣国の資材を格安で輸入してもらい設備投資に回せた部署もあるし、それから遠方の荘園の名主たちとも書簡で念入りに根回ししてくれていたお陰で、王都の勅命で法改正が少し前にあったんだけど、揉めずにスムーズに話を進められた。確かにどれも地味だが、必要な仕事だ。自分の置かれている立場と時間の有限さを弁えた上で、さらにそれを存分に活かして働いてくれているよ」

「そう、でしたか……」

 父は穏和な性格だが、こと仕事に関してはシビアで滅多なことでは誉めたりしないことを執事やデボラから聞いていた。自分が斡旋した政略結婚相手ということを差し引いたとしても、父にここまで言わしめるとは、彼の優秀さに少し……否、かなり妬ける。

「……まあね、義理の父親として、婿入り前からここまでされちゃうと、ちょっと可愛げないなとは思っちゃうけど」

「!」

 思わず耳を疑う。こんな風にやっかむような口調の父なんて、プライベートでも初めて見た。

「ね、ラシェル」

 驚き呆然とするラシェルに父が突然、少年のようなイタズラっぽい表情を浮かべて言った。我に返って、はい、とラシェルは応える。

「いつも優秀な彼に、ちょっとしたサプライズなんて、どう?」

「サプライズ……?」

 人の悪い笑みを向けて、父が大きく頷く。

「ラピス村に、行ってみたくないかい?」

「行きたい!」

 間髪入れずにラシェルは食いついた。ラピス村はフィリドール領の最北東部に位置する村で、東にバティスタール連峰、背後にイアサント嶺が迫る辺境だ。気候で言えば亜寒帯に属し、針葉樹林が広がる自然に囲まれた小さな集落。ディルクも言っていたが、纏まって旅に出られるなんて、本当に夏休みくらいしかない。時間的な余裕もあるが、北に上がれば上がるほど冬は当然のことながら、春まで雪に閉ざされる。それもあって、本音の部分ではかなりラシェルもディルクの旅について行きたかった。

「父さんが提案したことは二人だけの秘密だよ。バレたら母さんに何て言われるか、分かったもんじゃないからね」

 うん、と弾んだ声で返した後、先からだんだんと地の言葉遣いが出てしまっていることに気付いてハッとする。父への愛着から、つい心もだだ開きになっていた。それに対して特に構う様子もなく話を続ける父に胸を撫で下ろし、ラシェルも心の中で反省するに留める。

「ディルク君から聞いてる旅程では今日あたりラピス村につく予定だから、今から準備して馬車を使わず馬だけで行けば、明日の昼過ぎには合流出来るはずだよ。ちょっと大変かもしれないけど、最近の君は体力も付いてきているようだし、大丈夫だと思うんだ」

 引き出しから古めかしい地図を引っ張り出し、机に広げてラシェルにルートを案内する。大きさと内容から見て、ディルクの部屋に貼ってあった領地の測量地図と同じもののようだった。ただ年代物なのか端は擦りきれ、陽に焼けた痕と所々に虫食いもあることから、こちらが原本で向こうは複製であろうことが伺える。

「詳しくは現地で、ピートに直接聞けば分かるよ。彼はこの村の出身だから」

 ピートの名を聞いて、ラシェルはびくりと肩を震わす。

「えっと……またしてもピートを従えて行って、本当によろしいのでしょうか?」

 おずおずと訊くラシェルに、今回の旅で彼ほどの適任はいないよと事も無げに言い放つ。

「何か問題でも?」

「い、いえ……彼が、というより、私の我儘に使用人の皆を巻き込んで、彼らの通常業務に差し障りがないかと……」

「そんなこと言われたの?」

「いえいえいえいえ! 彼らは何も!」表情一つ変えず、ずいとラシェルに迫る父に、逆にプレッシャーを感じる。明日にでもピートが別の意味で里に返されそうで恐い。「寧ろ、文句一つ言わず従順過ぎることが問題かと……!」

「でも、それが彼らの仕事だし、矜持だよ?」

 さも当然といった顔で父が答える。

「きっ、矜持……?」

「最近のラシェルは随分と物分かりが良くなった所がある反面、必要以上に身分が下の者に対して気を遣うようになったよね」

「えっ……」

 思いがけない指摘に、ラシェルは戸惑う。

「まるで自分を卑下しているようにも見えて、どこかアンバランスな所が父さん心配なんだ。誰とでも対等に付き合いたい気持ちが分からないではないけど、それぞれ置かれている立場が違う。必要以上に気にかけては、彼らのプライドを挫くことにもなるからね。本当の意味で対等を望むなら、まずは自分に課せられた役割を全うすることだよ。そうすれば、自然と自分の中の偏見は消えていくから」

 柔和に笑う、目の奥が笑っていない。

 父の言葉が詭弁なのか真実なのか、今のラシェルには分からなかった。けれど取り敢えず、半人前にすら程遠い自分が口を挟んでいい領分でないことだけは理解した。

 何にせよ、そもそもラシェルが変に気を回さなくとも、能率を下げるような使役は好まない人だ。

 ラシェルは自室に戻って旅の支度を整えると、ピートともう一人、屈強な用心棒を付けてもらい、一路ラピス村を目指した。


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