19.イネス港
いつもありがとうございます。
色気のない話が続きますが、なんとか頑張って書き溜められたので、一両日中に次話をUPしたいと思っていますm(_ _)m
「おーい! こっちだ、ディルク」
港に着くと、外国船専用のゲート近くで長身の若い男がこちらに向かって手を振る姿が見えた。
今ではレオノキアからの定期船くらいしか就航しなくなったが、イネス港は直轄地時代に国際港だった関係で、未だに簡易的ではあるが入国審査場を設けている。
「ランドル、お前、明日着く予定じゃなかったのか?」
「いや~、思ってたより前の仕事が早く切り上がっちゃって。で、予定を繰り上げたってわけ」
言葉は素っ気ないが、いつになくディルクの声は弾んでいる。お互いに気の置けない仲という空気で再会を喜ぶ二人を見て、ラシェルは少し羨ましさを感じた。
前世も友達がそう多い方ではなかったが、今生のように全くいないということはなかった。前世も含めて多分、もとが庶民気質で、更に両親の箱入りで育ってきたため貴族社会のルールというものになかなか馴染めず、未だにきちんと理解できていない。
だからきっと、浮いてしまうんだろうな……。
学院での自分を思い出し、口元に苦笑を浮かべながら俯く。
しかし畢竟、本来なら近隣の令嬢たちとお茶会等で親交を深め、その中で幼さを盾に社交のルールを肌感覚で身に付けていくものを、自身のコンプレックスから一方的に誘いを断り続け、自分の屋敷の中だけでヌクヌクと育ってきたため、そのツケを今、払わされているだけのこと。
ただ、他の令嬢令息が幼い頃に重ねた失敗を、この年齢で繰り返す自分はさぞ滑稽に他の貴族の目に映っている事だろうな、とは思う。
だからこそダイエットは、ラシェルにとって社会人としての自覚に目覚めた一歩であるともいえた。
何の知識もないため、我武者羅に体を動かすことくらいしかできていないが、着実に筋肉が付いてきている今は、それが自分の中の自信となって自尊心を育みつつあった。
「で、こちらがお前の嫁いだお姫さん?」
急にランドルという男に話を振られ、うわの空でいたラシェルは顔を上げる。
「おい。話し方には気を付けろ」
ギロリとディルクがランドルを睨む。出会った当初から、わりとフランクに話しかけてきていたディルクからそんな言葉が出てくるとは意外で、思わず上目に彼を見た。目が合い、少し照れくさそうにディルクが視線を外す。
「取り敢えず、紹介がまだだったな。彼が俺のギルド仲間で、幼馴染のランドル・ウォーカー。こちらが俺のフィアンセ、ラシェル・デュ・フィリドール伯爵令嬢だ」
「これはこれは、失礼いたしましたラシェル伯爵令嬢」
「いっ、いえ。こちらこそ、以後お見知りおきを。よろしくお願い致します」
紳士然とした身のこなしで恭しく頭を下げるランドルに、ラシェルも礼で返す。
ランドル・ウォーカーと紹介された彼は、茶髪、垂れ目に泣き黒子、見る角度によればちょっとしたイケメンの部類にも入るんじゃないかという見た目に加えて軽妙なトークが女子ウケしそうな、所謂チャラ男そのものな印象の男だった。誰とでも分け隔てなく話せる気安さはあるが、その実、胸の内は見せないといった、実直な印象のディルクとは正反対で少々危険な匂いがするものの、そこがまた女性ウケしそうなタイプだ。
「あの、ディルクの友人ですし、私のことはラシェルと呼んでいただいて結構です。言葉使いも、ディルクと話すのと同じように話していただいて大丈夫ですよ」
「えっ、本当?!」
「バカ言え、真に受けるな。貴族様の社交辞令だ」
「そ、そんなことは……」
あまり折り目正しく話されるより、同年代でディルクの友人だし、フランクな関係で良いと思っていたラシェルは彼の言葉に批難の色を乗せて返す。が、押し切る形でディルクは被せてきた。
「ラシェルも、こいつに合わせようとしなくていい。元がお調子者なんだ、すぐつけあがる」
「言ってくれるね~。けどそういう君は、彼女とも対等に話して大丈夫なんだ?」
「うっ……」
痛い所を突かれ、ディルクが口籠る。
「おっ……、俺は、別に。婚約者なんだから、いいだろうが……ッ」
彼にしては珍しく、しどろもどろに返した。その隙を逃さず、ラシェルが改めて言う。
「ディルクは会った時から、こういう感じなの。だから本当に、ランドルも気兼ねなく話して頂戴」
「へへっ、やったね。ご本人からちゃんと許可を得たんだから、文句ないだろ?」
してやったりという顔で、ディルクに舌を出す。ディルクは何か言いたそうに拳を握っていたが、結局、言葉を飲み込んだ。
二人の遣り取りに、ラシェルはつい吹き出してしまう。
前世で同級生の子たちと放課後、何気ない会話に興じていた頃を思い出し、久しぶりに楽しい気分になれた。
その後、ラシェルは海水を持って帰るのに現地で樽を調達したいとディルクに相談したら、ランドルに買わせるのが一番手っ取り早いと、三人は港近くの市へ向かうことにした。
そこでラシェルは、ランドルの本領発揮というか、タラシとしての才能を見せつけられることとなる。
初めは通りを行き過ぎる道すがら、色っぽい女性から夜のお誘いを受け続けるのを適当にあしらう姿しか見られず辟易していたが、お目当ての商店を見つけるや即座に店主のおばちゃんと仲良くなり、スムーズな交渉でもってタダ同然に樽をゲット。その後も買い食いに立ち寄ったスナック系の屋台ではオマケをいくつも貰ったり、他にもお兄さん面白いしカッコいいからタダであげるよとあれこれ貰っていた。
樽をディルクがピートの待つ馬車へ店の人と運んでいる間にも、路地裏で遊んでいた子ども達の相手をしてあげたら懐かれ、帰り際、何人もの女の子たちから将来お嫁さんにしてとプロポーズの嵐だった。もちろん見た目も悪くないが、何より彼の魅力はその話力で、特に女性は例外なく、お子様からおばあちゃんまで二言三言会話を交わしただけであっという間に心を開いてしまう。それがシングルの女性なら、恋に落ちてもおかしくないくらい距離感を掴むのも上手かった。ラシェルも拙い耳年増ながら、二十二年の人生経験がなければうっかりトキメいていたかも知れない。
知れば知るほど、ディルクとは全く正反対の性格をしていた。