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大魔王(自称)、爆誕


★第32話目


崩れかけたボロい城門を前に、俺と黒兵衛、そして手枷を嵌められた勇者こと帝国の姫君であるチェイムが立っていた。

その後には、ホリーホックを始めとする独立愚連隊ザコキャラ軍団が勢揃いしている。


――昨夜……

俺は黒兵衛を伴なって、ホリーホックと会っていた。

そこで俺は

「勇者を連れて帝都に向かう」

と告げた。

「王城に乗り込み、堂々と宣戦布告するのだ。勇者は……まぁ、引き出物扱いだな」

もちろん大嘘だ。

全てが演技だ。

勇者を連れてこの城を出たら、直ぐ近くの村で彼女を解放し、そのままトンズラするつもりなのだ。

善は急げと言うし、長い事ここに居て情が移ると……まぁ、色々と面倒だからね。


「さ、さすがは大魔王様」

ホリーホックは敬愛の眼差しで俺を見つめながら恭しく言った。

曇りの無い瞳。

俺を信じきっている瞳だ。


「……」

その無垢な視線に、心が……痛んだ。


「くっ…」

手枷を填められたチェイムが、親の仇のような目で俺を睨みつける。

俺はそれを無視して振り返ると、相も変わらず人の好い顔をしたゴブリンやオーク達が手を振って歓声を上げていた。

人間とは姿形が違うが、その瞳はどれも畏敬や憧憬の色に染まっている。

此方も、俺を信じてくれている者達の瞳だ。


……そして俺は、それを裏切ろうとしている……

心が重い。

束の間ではあったが、みんな良くしてくれた。

それなのに俺は、その恩を無視して……


そんな心の慟哭、哀惜の念を感じ取ったのか、黒兵衛がヨッとジャンプして俺の肩にぶら下がる。

そして耳元で、

「洸一。ここは辛いけど、我慢やで」

と囁いた。


「……分かってる」

俺は頷く。

そう、分かってるんだ。

この世界において、俺は居るべき存在では無い。

既に大魔王として歴史に登場してしまったが、これ以上干渉する事は避けなければならない。

この世界の時の流れ、運命への干渉を極力抑える為、人の目につかず、あくまでも極秘裏にまどか達の痕跡を見つけ、そして素早く帰還するのだ。

そうしなければならないのだ。


俺は自分にそう言い聞かせ、そしてもう一度みんなを見渡した。

茨城弁を喋るゴブリンやアザだらけのオーク。

そして貧乏魔王のホリーホックが微笑んでいる。


多分……いや、絶対に、俺は二度と彼女達に会う事はないだろう。

この世界に残された彼女達が、これからどうなるのか……

それを考えると、言い知れぬ不安と恐怖に心が縮まる。

だけど、俺にはどうする事も出来ない。

彼女達の運命に干渉は出来ないし、それ以上に、俺はこの世界から消えて行く者だから……無責任な行動は取れないよ。


「……さて、行くか」

独りごちるように俺は呟くと、重い足取りで朽ち掛けた城門をくぐった。

黒兵衛も色々と言ってたはいたが、やはり多少は心残りなのか、時折振り返っては、心なしか憮然とした表情でチョコチョコと付いて来る。

ちなみにチェイムは、今にも噛み付きそうな顔で俺を睨んでいた。


……ま、この勇者とも、次の村でお別れか……

そんな事を思ってると、不意に目の前の木陰から何かが飛び出してきた。


「なっ!?」

咄嗟の事に思わず剣の柄に手を掛けるが、見たらそれは傷ついたゴブリンだった。

体中から血が溢れている。

よく見ると折れた矢が数本、背中に刺さっていた。

「どど、どうしたっ!?」

慌てて駆け寄り、倒れているゴブリンを抱き起こした。

ホリーホック達も急ぎ足で駆け付けて来る。


「す、すいやせん。ドジりました」

ゴブリンは息も絶え絶えに苦笑した。

「だ、大魔王様に、何か美味いモンでも食べさせたくって……」

その手には、しっかりと太い大根が握り締められていた。

立派な青首大根だ。

おでんとか風呂吹き大根にしたら、さぞ美味かろう。

しかし……何故に大根なんだ?


「で、でも村人に見つかって……ヘヘ……ざまぁねぇや」

それっきりそのゴブリンは、喋らなくなってしまった。


「お、おいおいおい……」

両手で抱き抱えた彼の体から、急速に熱が奪われていく。

「……マジかよ」

呆然としてしまった。

命がいとも簡単に失われてしまう現実。

しかもたかが大根一本で……背中に矢を受けるほどの仕打ち。

なぶり殺しだ。

「……」

心の奥から冷たい怒りが湧き上がってくる。


ホリーホックは無言で、ゴブリンの遺体を受け取り、抱き抱えた。

他のモンスター達も無言でそれを見守っている。

だけど、どの瞳にも悲しみの色が濃いのに、涙は見えなかった。


多分……こう言った事が彼らにとっては日常茶飯事なのだろう。

もう涙も、当の昔に枯れ果ててしまっているに違いない。

だけどそれは……物凄く哀しい事ではないのだろうか?

「……」

足元には、彼が命懸けでかっぱらってきた大根が転がっていた。

俺は黙ってそれを見つめて……

いづみチャン……ゴメン。

まどか……真咲姐さん……みんな……すまない。


不意に笑みが零れた。

場違いな苦笑が、自然と出て来る。

「くく……いやはや、参ったねぇ」


「ど、どないしたん、自分?」


「あ~……黒兵衛。悪いが俺様、グライアイの忠告を無視するわ。今はこの次元世界の歴史とか運命に、むっちゃ干渉したいんだが……付き合ってくれるか?」

怒りで微かに震える手を握り締めながらそう言うと、黒兵衛は目を細め、そしてどこかつっけんどんに、

「……ったり前や。自分、このままみんなを見捨てて行くような男やったら、ワテが思いっきり引掻いてやろうかと思うとったところや」

そう言って、口元を歪めてクククと笑い返してきた。


「……そうか。すまんな」

言うや俺は剣を引き抜き、それを無造作に一振り。

――カシャンッ……

音を立てて、チェイムの手枷が地面に転がった。


「……作戦変更だ」

俺は呆然としている女勇者に切っ先を向け、静かな口調で告げた。

「帝都に戻り、そして伝えろ。この大魔王、神代洸一……後日改めて参上する。傲慢な人間どもに鉄槌を下し、帝国を滅ぼす為にな」


「く……い、いくら貴様が伝説の大魔王とて……」

気丈にもチェイムは、静かな怒りに打ち震えている俺を見据え、そう口答えするが、

「ははは……この俺様に、出来ぬ事は無いッ!!」

サッと剣を振り上げ、意識を集中。

瞬間、剣そのものが微かに震えると同時に、俺は全てを理解した。

この剣の特性……その威力。

魔力の練り方から魔法の行使まで、あたかも昔の記憶が蘇ったが如く、それは自然に自分の頭の中を駆け巡る。

あぁ……そっかぁ……

これが魔法の力……この九皇の剣の能力……

のどかさんも、こんな風な感じで魔法を使っていたのかなぁ……


「見るが良い、勇者よ。これが……俺様の力だッ!!」

叫ぶやいきなり雷鳴が轟き、あのゴブリンを討ったであろう村のある方面に、無数の雷が間断無く降り注いでいた。

絨毯爆撃だ。

もちろん、ちゃんと人間を避けるように調整はしてある。

さすがに、怒りに任せて殺すのはちと……

狙ったのは建物だけだ。

……多分だけど。


「なっ…!?」

彼女は蒼ざめた表情で、黒煙と炎と悲鳴が沸き起こる麓の村を見つめていた。


「……残念だったな、チェイム。貴様が今まで相手にしてきた魔王とは、レベルが違うのだよ、レベルが」


「く…」

恐怖、後悔、戦慄……様々な負の感情に支配された勇者は、そのまま踵を返し、駆け去って行った。

その後姿を見ながら、俺は剣を鞘に収める。


「だ、大魔王様……」

ホリーホックが両の手を合わせ、潤んだ瞳で俺を見つめている。

他のモンスター達も跪き、俺を畏敬の念で見上げていた。


「……俺の魔法で、村人は右往左往している筈だ。つまり、今が好機。取り敢えず……食いモンと金を集める為に強襲攻撃を仕掛ける。……良いかッ!!」


「おーーーーーーッ!!」

全員が拳を振り上げ閧の声を上げた。


「良し。それでは全軍、いざ出陣だーーーーッ!!」


――この日、俺様こと大魔王・神代洸一は、人類社会に対して宣戦を布告したのだった。

……

……

チト早まったかな?

これが若気の至りってヤツか……いやはや、参ったね、どうも。



「グライアイ様。同調波が近付きつつあります」

ク・ホリンが破顔しながら言った。

「あの若いの……早くも二人と接触し、どうやら同調を得られそうです」


「……ふ……ふふ」

報告を聞いたグライアイは自嘲気味に呟いた。

「どうやら、妾の思っていたより……番人とあの人の子の縁は、強いようじゃな。ふふ、面白き事よ」










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