ボクと魔王と勇者
★第31話目
ゴブリンと言うのだろうか?
小学校低学年ぐらいの小さなボディに緑色の体表。
ファンタジィゲーム等では御馴染みの、序盤に出て来る雑魚モンスターだ。
そんな小さな鬼達が、横たわる勇者をえっちらおっちらと運んで行く。
「あ~……くれぐれも危害を加えるなよ」
その後ろ姿に向かって叫ぶ俺。
しかしまぁ……
どんな状況でも驚かない、と心に決めていたんじゃが、よもやこんな世界に来ようとはねぇ……
「はぁ~……で、どないすんねん、洸一?」
重い溜息を吐きながら、黒兵衛が俺を見上げて小さな声でそう言った。
「そもそも、どこをどう見たら、おどれが大魔王に見えるんやか」
「お、俺が聞きたいわい」
そんな事を呟いていると、
「だ、大魔王様」
相変わらず脳方面に致命的なバグがありそうな魔王ちゃんが、ウヘヘヘェ~とひれ伏しながら、
「よ、よもや……よもや本当に御復活なさるとは……この私、今まで悪事を重ねてきた甲斐がありましたっ!!」
「あ、あぁ……そうかい」
こ、困った女の子だにゃあ。
「お、おいおいおい。狂信者ほど手に負えない者はいないで」
苦り切った表情で黒兵衛。
「ってゆーか、のどかの姉ちゃんと同類や……」
「……そうか」
それは不治の病だ。
可哀相に。
「あのぅ……大魔王様。そこにいる小汚い猫はなんです?先程から、随分と馴れ馴れしいですが」
黒兵衛を睨みつけながら、魔王を自称する女の子は尋ねてきた。
「だ、誰が小汚いねんッ!?」
黒兵衛がフゥーーッ!!と唸る。
「お、落ち着け黒兵衛。大体合ってるじゃないか」
「なんやとッ!!」
「わははは。あ~……魔王ちゃんや。こいつは俺のペットで……」
「だだだ、誰がペットじゃいボケッ!?」
黒兵衛は鼻息も荒く、スタッと平伏す魔王ちゃんの前に飛び出すと、
「ワテは黒兵衛。こいつ……洸一の守護者にして、使い魔や」
「つ、使い魔ッ!?」
魔王ちゃんは、大きな瞳をパチパチっと瞬かせ、俺と黒兵衛を交互に見つめた。
こうして眺めると……彼女は実に愛らしい顔をしている。
童顔の小柄な顔に、好奇心旺盛な瞳。
どう見ても、魔王には見えない。
どちらかと言うと、活発系イベントキャラが似合いそうな女の子だ。
「するとこの猫は、大魔王様のお側にお仕えするもので?」
「ま、まぁ……そんなもんかな」
俺は黒兵衛の首根っこを掴まえ、抱き寄せながら笑った。
「こ、これは失礼しました」
再びウヘェェ~と頭を下げる魔王ちゃん。
どうでも良いが、そんなに畏まって疲れないか?
「それでは先程、使い魔殿の仰った【洸一】と言うのは……」
「あ、俺の名前だけど……」
「大魔王様の御名ッ!?」
「い、いや、そんなに驚かなくても……」
「大魔王様の御名を……神官に過ぎぬ私目にお教えいただくとは……か、感激ですッ!!」
「あ、あぁ……うん。良かったね」
(お、おい洸一。この姉ちゃん、涙ぐんでるやんけ。ごっつ痛いやないけ)
黒兵衛がそっと耳打ちしてきた。
(こう言っちゃなんやけど……あまり関るとロクな事にならへん、とワテのシックスセンスが訴えとるで)
(それを言うな。俺だって充分認識している。が……既に時遅しだぞ?もう充分、関ってるじゃないか)
そう囁き、俺はコホンと咳払いを一つ。
「あ~……ところで、君の名は?」
「も、申し送れました。私、ホリーホックと言います。ホリーホック・フォルティ・バン・ルイユピエースです。怨嗟の魔王を名乗らせていただいております」
な、長い名前じゃのぅ。
そーゆー文化なのかな、この世界は?
「そ、そうか。ならばホリーホックよ」
「は、はいッ!!」
「え、え~と……色々聞きたい事があるんだけど……そのぅ……ここは何処?あと、取り敢えず飯をくれないか?」
「は、はい?」
「あ~……オホンッ!!」
黒兵衛が慌てて俺の口を前足で押さえ、咳払いを一つ。
「つまりや。ワテら……長いこと眠ってたさかい、現在の世界状況がイマイチ把握出来てへんのや。せやから……取り敢えず、世界各国の詳細な地図、及び人口分布図。それと文化状況をレポートにまとめて提出してくれや。あとはメシ。腹が減っては戦が出来ん、ちゅーわけや。な、洸一」
「そ、その通りだ」
俺はコクコクと頷いた。
「さ、さすがは大魔王様。来るべき世界征服の為に、早くも情報を収集なさいますとは……」
ウヘヘへ~と慇懃に頭を下げる魔王ことホリーホックちゃん。
「ただちに御用意させていただきます」
「よ、よろしくお願いします」
俺も何故か頭を下げてしまった。
★
「……ぬぅ」
ホリーホックの用意してくれた食事に、俺は思わず唸ってしまった。
黒兵衛に至っては、既に目が点だ。
こ、これは一体……どーゆー事だろう?
目の前には、戦国時代の武士が食していたような料理が並んでいた。
御飯……と言っても白米が1割に玄米が9割の、かなり臭い飯。
鰯的な小さな魚の丸干しが3匹に、自家製だろうか……大根のお漬物が少し。
そして具の入ってない味噌汁。
以上だった。
ちなみに黒兵衛は、稗と粟にオカカをまぶしてある、鳥のエサのような猫マンマだ。
よ、よもや素朴過ぎる和食が出て来ようとは……勇者とか魔王の世界なら、普通はパン食じゃね?
世界観が全く掴めねぇよ。
ってか素朴過ぎるでしょうが。
ム所の中の囚人の方が、もっと豪華なモンを食ってますぞ。
そんな事をボンヤリと考えるが、ホリーホックは真剣な眼差しの中にも、どこか気恥ずかしさを漂わせて俺を見つめていた。
どう見ても、故意にこういった食事を用意したとは思えない。
と、ゆーことは……もしかして貧乏なのでは?
日々の食事にすら事欠く経済状況とか……
「……」
魔王なのにッ!?
う~む……
俺は玄米特有の、腋の下のような匂いを発する飯を前に考える。
た、確かに……よくよく観察してみると、この食器なんかも、ところどころ縁が欠けてるし……それにお城の中も、石壁や漆喰が剥がれている所が仰山あるし、蜘蛛の巣も多いし……
しかし、勇者と闘うような魔王が極貧なんて事はあるのか?
もちろん俺は、彼女に向かって『君は貧乏人かい?』なんて事は言えない。
ってか、普通の人なら絶対に言えない。
きっと、何か深い事情があるのだろう。
だが、人間的な思いやりに欠けるというか、そもそも人間では無い黒兵衛は、思った事は口にする主義のようだ。
「お、おいおい姉ちゃん。こりゃ何じゃ?あぁ?これが大魔王様に食わせる食事か?あぁん?」
無論俺は即座に彼奴の首根っこを引っ掴むと、そのまま思いっきり遠くへ投げ飛ばした。
「き、気にするな、ホリーホック」
「す、すみません…」
彼女は思いっきり頬を赤らめ、消え入りそうな声で言った。
「な、何分にも、急なことでして……」
「だ、だから……気にすんな」
俺はガハハハと明るく笑い、水気の無いボソボソの御飯をかっ喰らう。
「こ、古来、戦士は粗食と相場が決っているからな。何故なら、普段から粗食に慣れ親しんでおけば、いざ篭城戦になった時、多少食わなくても体がついてくるからだ」
ちなみに俺は戦士じゃなくて、普通の高校生だけどね。
「は、はい…」
「う、うむ。贅沢は敵だ。それを肝に命じとけよ」
★
「し、しっかし……なんや、きちゃない所やのぅ」
黒兵衛がフンフンと鼻を鳴らしながら呟いた。
「……た、確かに」
俺様専用として宛がわれた部屋は、お世辞にも豪華とは言えなかった。
掃除は行き届いているものの、なんちゅうか……限りなく貧乏臭がする。
一言で言って、『粗末』な部屋だった。
もっとも、そう言った事には無頓着な俺は、雨露が凌げればどんな所だろうと文句は無い。
ぶっちゃけ、犬小屋でもOKだ。
「しかし……ホリーホックも色々と、苦労をしているんだろうなぁ」
俺は申し訳なさそうな顔でこの部屋に案内してきた彼女を思い浮かべ、布団(何故かベッドではない)に転がりながら、そう独りごちた。
とてもじゃないが、先程まで勇者と死闘を繰り広げてきた女の子には思えない。
「……勇者か」
ムクッと起き上がり、俺は部屋の片隅で、先程ホリーホックから手渡されたこの世界における情報が纏められたレポートを熱心に読んでいる黒兵衛に声をかけた。
「なぁ…」
「……ん?なんじゃい?」
「俺、さっきの勇者ちゃんに色々と話を聞こうと思うんだが……一緒に来るか?」
「あん?ワテはこっちの方で情報を集めとるわい」
そう言って、前足で資料をポンポンと叩く黒兵衛。
「取り敢えずや、魔王やか何だか分からんけど……もっと人の多い所に行かへんと、探せるもんも探せへんで」
「……そうだな」
俺はゆっくりと立ち上がり、
「だったら、俺は勇者から情報を引き出して来るわ。きっと、世界中を旅してるに違いないだろうから……何かこう、有益な情報が得られるかも知れんからな」
「せやな」
資料に目を落としながら黒兵衛が頷き、
「しかし洸一……あの魔王といい、勇者といい……あまり深入りはすんなよ」
と釘を刺した。
「自分、結構お節介な所があるさかいな。色々と厄介事に首を突っ込むの好きやし」
「そ、そうかなぁ?」
「ワテ等は、やらなアカン事が仰山あるさかいな。その辺の事を、よう考えて……優先順位を間違えたらアカンで」
「わ、分かってるよぅ」
「……ならエエんやけどな」
★
部屋を出て、薄暗い回廊をブラブラと歩いていた。
暗い……実に暗い。
松明の明かりなども節約しているようだ。
「さて……あの勇者とやらは、どこに軟禁されているのかな?」
途中で擦れ違ったゴブリンに尋ねると、彼は可哀相なほど恐縮しながら、
「ち、地下の石牢に閉じ込めてあるだっぺ」
何故か茨城弁で教えてくれた。
しかしこのお城、魔王ちゃんの居城の割には、出会うのはゴブリンやらコボルトやら言わばザコキャラばかり。
しかも全てモンスターらしからぬ朴訥な感じがすると言うか、まるで田舎の農夫のような性格をしている。
まるで生まれた時に、モンスターキャラとして致命的な何かを忘れてきたようだ。
うぅ~む、魔王ちゃんといい配下のモンスターといい……何かこう、イメージとかなり違うんだよなぁ……
そんな事を考えながらさ迷い歩く事数分。
さして広くない城内の一角で、俺は地下に降りる階段を見つけた。
アーチ型の階段出入り口は鉄格子で塞がれており、そこに「ワシ、実は虚弱体質ですねん」と言っちゃうような年老いた豚鼻のモンスター……オークと言うのかが二匹、見張りを勤めていた。
とても適材適所とは思えない、貧弱な見張り役だ。
や、やれやれだねぇ……
俺は苦笑しながら近付くと、
「こ、こりゃ大魔王様」
うへぇ…~おっかねぇずら、と言うような表情を浮かべ、オークは腰を屈めて慇懃に挨拶してきた。
「こ、こんな所に、何か御用ですかの?」
「あ、いや……その……先程の勇者とやらに会いに来たんだけど……」
俺が頭を掻きながらそう言うと、
「うヘッ!?あ、あの凶悪な怪物にですか?」
と、オークがそう言った。
よく見ると、顔には殴られたかのような痕がある。
ってか、俺から見れば、君の方が怪物なんじゃが……ま、それは言うまい。
「う、うむ。その勇者に尋ねたい事があってな」
「そ、そうですか……」
そのオークは頷くと、もう一匹のオークが、
「でも大魔王様。お気をつけ下せぇ」
と、鉄格子を開けながら言った。
「あの化け物、えらく凶暴な奴で……ほれ、これを見て下せぇ。この痣。いきなりこの城に乗り込んできて、殴るわ蹴るわ……」
「そ、そうか。そいつは……災難だったな」
俺は地下の石牢の鍵を受け取り、痣だらけのオークの肩を軽く叩いた。
「しかしまぁ、この俺様が居る限り、二度と勇者とやらの好きにはさせんぞ」
そう言うと、オークは破顔一笑してコクコクと頷いた。
そしてその笑顔は、どう見ても善人のそれだったのだ。
★
「……ここか」
細長い階段を下り、暗く湿った廊下の一番端に、その石牢はあった。
樫の木と鉄板を用いた頑丈で重い扉を、先程オークより預った鍵でもって開けると、牢屋内はカビの混ざった湿気の匂いが充満していた。
どうやら、あまり使われた事が無い場所のようだ。
……さて、どうするかな。
勇者ちゃんは、壁から伸びた鎖で足首を繋がれたまま横たわっていた。
先程まで身に着けていた重厚な鎧は全て取り払われ、今は薄汚れた木綿のシャツに半ズボンという出で立ち。
見ると彼女は、スースーと静かな寝息を立てて眠っていた。
魔王ちゃんと同じく、どう見ても勇者には見えない、あどけない寝顔だった。
……むぅ。
俺はそっと足音を忍ばせ彼女に近付くと、その脇にゆっくりと腰を下ろした。
頬に掛かった黒く艶やかな髪からは、年頃少女特有の甘い香りがする。
何だか分からんけど、洸一かなりドキドキだ。
……と、取り敢えず起こさないと……
そっと手を伸ばし、張りのあるホッペを指で突っ突くと、彼女はくすぐったいのか、軽く肩をすくめ「ウフフ…」と眠ったまま微笑んだ。
い、いかんッ!?萌えそうだッ!!
フルフルと頭を振り、邪念を追い払う俺。
しかし心の中では、
『おいおいおい。ここは大魔王とやらの特権を使って、この可愛い勇者に、薄い本ばりにあんな事やこんな事をするのはどうだろう?ご丁寧に鎖に繋がれているしなッ!!』
等と、ダーク洸一が目覚めつつあった。
もちろん俺は、そんな邪な妄執を振り払うが如く、大好きないづみチャンの事を思い浮かべた。
そう、俺には勿体無いくらいの彼女だ。
なのに俺は、破廉恥な事を……
い、いづみちゃん、ゴメンよぅ……
あぁ、今すぐ君に会いたい…
会ってギュと抱き締めて…
甘い匂いのする髪に顔を埋めて…
ほっぺとほっぺを擦り合せて…
そしてそして……
「……フゥ~」
軽い溜息と共に、俺の心に芽生えた邪な念は払われた。
これで心がダークサイドへ落ちずに済んだと言うものだ。
しかしながら、今度は下腹部におわす将軍が起き出してしまった。
何ともはや……これが若さと言うヤツだろうか?
★
「ぬぅ…」
横たわり、静かな寝息を立てている美少女戦士(勇者)を前に、俺は悶々とした時を過ごしていた。
なんちゅうか、非常に不健康な状況だ。
精神的にも肉体的にも、過剰にストレスが溜まってくる。
「お、おい。起きろ。そろそろ起きてくれよぅ」
俺はそっと彼女の肩を揺すりながら声をかけた。
あんなに重そうな鎧を着て、でっかい剣を振り回していたにも関らず、彼女の体はごつごつとした筋肉質ではなく、非常に柔らかいと言うかなんちゅうか……まぁ、年頃な乙女の弾力に満ち溢れていた。
もっとも、体の彼方此方に残っている俺との戦いの残滓……火傷の痕等が、少々生々しいが。
「ぬ、ぬぅぅぅ」
ちょっぴり汗の混じった、何とも芳しい健康な乙女の匂いが鼻腔をくすぐる。
もし仮にだ、俺がこの世界の住人で、なーんにも考えて無いごく平凡な男だったら……間違いなく、問題行動を起こしていただろう(それ平凡違う)。
だが俺は、この世界にまどか達の生まれ変わりを連れ戻しに来ただけの異邦人だ。
こんな所で、あんな事やそんな事をやっているヒマは無い。
それにグライアイも言っていた筈だ。
この次元世界の因果律を保つ為にも、目的以外の行動は極力慎め……と。
で、でもなぁ……この女の子が皆の内の誰か、っていう可能性も無きにしも非ずと言うか……
俺はジッと、眠っている勇者を見つめた。
長く柔らかそうな、キューティクルも綺麗な漆黒の髪。
ちょっと吊り上がった睚に、赤いサクランボのような唇。
うむ。文句無しの美少女だ。
もちろん、美が少ない女の事では無い。
可愛くて、思わず抱き締めたい衝動に駆られるタイプの女の子の事だ。
だが……
どう見ても、まどか達の内の誰か、という風には見えなかった。
むぅ……
姿形はまるで違う筈、とグライアイは言っていたけど……
ならばどうやって探せば良いんだ?
勘じゃ、とか何とか言ってたけど……実にアバウト極まりない探し方ですぞ。
……勘……ねぇ。
もう一度じっくりと、眠っている勇者を眺めてみる。
「……」
俺のセンスは、『めっちゃ危険です』と告げて止まなかった。
と、取り敢えず起こして……色々と話を聞かない事にはな。
俺はちょいと強めに彼女の体を揺すった。
「お、お~い、お嬢さん。起きなせぇ。そんな格好で寝ていると不埒な…ゲフンゲフン、か、風邪を引きますよぅ」
「……う」
眉を顰め、くぐもった声を上げる勇者ちゃん。
「お、起きたかい、ハニー?」
「……く~……」
熟睡中だった。
寝る子は育つと言うが……敵地で爆睡なんざ、何て太い女の子なんだろう。
むぅぅ……仕方ない。
俺はスッと立ち上がり、大きく息を吸い込むと、
「起きろーーーッ!!」
肺活量の限界に挑戦してみた。
「――ッ!?」
ガバッと身を起こし、寝惚け眼で辺りを覗う少女。
そして俺の姿を認めるや、今にも飛び掛からんばかりにキッと睨みつけた。
「だ、大魔王ッ!!」
「ふ……ようやく目覚めたか、勇者よ」
俺は腕を組み、フフ~ンと笑みを浮かべながら彼女を見下ろす。
「貴様ぁ……」
彼女は気丈にも、傷む体に鞭打ちながら立ち上がろうとするが、鎧を剥された己の姿と、足首に填められた枷に、愕然とした面持ちになった。
「な、なんの真似だこれはッ!!」
「何の真似と言われても……まぁ、色々とな」
下卑た笑いで勇者を見つめる俺。
実になんちゅうか……面白い。
シチュエーションプレイと言うのだろうか?
自分がホンマもんの悪党になった気分で、ともすれば演技と言うのを忘れてしまいそうだ。
「ふふふ……勇者よ。貴様に聞きたい事がある」
「な、何をだ」
彼女は胸元を両手で庇いながら少しだけ後ずさると、ジャラっと重い鎖の音が狭い石牢内に響き渡った。
「い、言っておくが……こ、この私に少しでも触れてみろッ!!し、舌を噛み切って死んでやるからなッ!!」
うぅ~む、実に愉快な反応だにゃあ。
ってか、実際は舌を噛んでも人間って死なないんだけどねぇ……
「ふ……死んでやる、か。クク……」
「な、何がおかしいッ!!」
「死ねば良いさ。だが、すぐに忠実な部下……いや、奴隷として蘇らしてやる」
もちろん、どうすればそんな事が出来るかは知らない。
「くっ…」
彼女はギリギリと奥歯を噛み鳴らした。
だがその瞳は態度とは裏腹に、恐怖の為か少し虚ろだった。
「ククク……」
もちろん俺は、相も変わらず大魔王な演技を続行(何故なら楽しいから)。
思いっきり凶悪な顔をして、ゆっくりと一歩、彼女に近付く。
「どれ、話を聞く前に……少し愉しませてもらおうか」
「……く、来るな」
先程の勢いは何処へやら。
彼女は震えながら後ずさるが、既に後は壁だ。
「ふ……どうした?死ぬのではなかったのか?」
指をワキワキと動かし、更に近づく僕ちゃん。
「や、やめろ…」
目をギュと瞑り、体を丸めて抵抗する少女。
目尻にはうっすらと光る物があった。
ぬ、ぬぅ……ちょいと脅かし過ぎたかな?
だけどまぁ、良いか(何がだ?)
「くく……すぐに気持ち良くなる」
俺はそっと腕を伸ばした。
「ひッ!?」
彼女の頬に指が触れた途端、その体がビクンッと震えた。
「……や、やだ。やだよぅ……」
「くくく……」
「い、いやぁ…」
「くく……」
「……」
「……どうだ?少しは気持ち良いだろう?」
俺がそう言うと、彼女は恐る恐る目を開き、キョトンとした瞳で見つめた。
「な、何を…」
「何をって……見れば分かるだろう?」
俺は彼女の頬を指で擦り擦りながら答える。
「火傷の手当てをしているのだ」
「……は?」
「ふふ……トラの絵の軟膏を持ってきた甲斐があったぞ」
魔王チックに微笑む俺は、先程の闘いで負った彼女の火傷部分に、指先でウリウリと軟膏を塗りたくっていた。
「理由はどうあれ、女の子が顔に傷をこさえちゃイカンな」
「な…」
「ん?なんだ勇者よ?何故にそんな奇異な目で俺を見る?」
「き、貴様……何故に私を治療する。何がしたいのだ大魔王ッ!!」
「……さぁ?」
俺は大きく首を傾げながら、独り苦笑したのだった。
★
「……よし。ま、こんなモンだろう」
俺は軟膏でネトネトになった指先をティッシュで拭いながら、彼女の前に座り直した。
火傷と言っても大した事はなかったので、可愛い顔に痕が残る事もないだろう。
そもそも俺、女の子には優しい男だしね(男には厳しいと言う意味)。
「さて、勇者よ」
口元を悪党チックに歪め、俺は尋ねる。
「先ずは貴様の名前を聞こうか」
「こ、断るッ!!誰が大魔王如きに教えるもんかッ!!」
さすが勇者。
血が滾っていると言うかなんちゅうか……うん、実に扱い難い女の子だ。
しかし、ここが何処で、そして誰が一番偉いのか、と言う事を少し分からせてやらんとな。
「ふ……・ならば強引に聞き出しても良いが……」
俺はちょっぴり【雄】としての目で彼女の胸元を見つめた。
木綿の鎧下だけという薄着の彼女は、やや小振りな胸を両の腕で必死に隠している。
「ど……何処を見ているっ!!」
「え?おっぱいだけど?」
そう言った瞬間、彼女は真っ赤になり、続いて青ざめた。
黄色になったら大爆笑なのに……残念だ(謎
「なな…何をする……気だ」
「……それは貴様次第だな、勇者よ」
俺はフゥ~とワザとらしく溜息を吐くと、ギンッと眼光鋭く睨みつけた。
我ながら実に演技派だと思う。
「素直に質問に答えれば良し。さもなくば……ふふ、とても口に出しては言えないにゃあ」
もちろん、どんな事か書くのも憚れる。
「く…」
「さて……ではもう一度、尋ねる。貴様の名前は何だ?」
「……」
「……」
「……」
「……む、むぅ」
な、なんて強情な女の子なんだろう。
こうなったら本当に……本当にちょこっとだけやっちゃうぞ?
フニフニしてモニョモニョとしちゃうぞ?
それともまさか……これはもしかして、俺を誘っているのでは?(自分勝手な解釈)
ぬ、ぬぅ……それは困ったにゃあ。
俺様とて男だからなぁ……
一応、いづみチャンに対して操は立てているんじゃが……据え膳食わぬは何とやらと言うし……
それにさぁ、禁欲生活も長いし……さ、誘われちゃったらなぁ……これはもう、不可抗力ですよね?
俺はグビビと喉を鳴らし、ちょいと熱い視線で彼女を見つめた。
「だだだ、黙ってるなら……本当にスンゴイ事をやっちゃうぞ?」
「……」
「むぅ……な、ならば仕方ない。後から慰謝料とか言っても、無視するからね」
俺は震える手をゆっくりと、彼女の胸元へ近付けた。
質実剛健、真面目を絵に描いたような俺様ではあるが、そこはそれ、僕チャンだって花も恥じらう高校二年生。
血潮が滾るお年頃。
女の子の胸を見てはトキメキ、触ってみたいなぁという衝動は、通常の男子の3倍はあるのだ。
「くくく……な、泣いても知らないからな」
「……」
「で、ではでは……おっと涎が」
心の中でいづみチャンに頭を下げつつ、俺の腕は一直線に、ギュッと目を瞑っている彼女の胸元へ吸い込まれるように伸びて行き、そして……
「……チェイム。チェイム・ヴェリテ・エヴァヌイッスマン・ド・ディラージュ……」
「……は?」
「な、名乗っただろうッ!!そ、その手を引っ込めろッ!!」
「……」
チ、チクショーーーーーーーーッ!!
この女、喋りやがったぞッ!?
あとちょっとだったのに……残念だ。
凄く残念だともッ!!(本末転倒)
★
「ふむ、そうか。チェ……チェストなんたらかんたら……ヴォン・バームクーヘンだったな」
「違うッ!!チェイム・ヴェリテ・エヴァヌイッスマン・ド・ディラージュだ!!」
彼女は噛みつかんばかりに吼えた。
いやいやいや、そんな呪文みたいな名前、憶えられ無いっすよぅ。
「な、情け無い。帝國の戦姫と唄われたこの私が……な、情け無い」
「て、帝國?貴様……チェイムだったな。姫と言うからには、王族なのかい?」
「……そうだ」
「ぬぅ…」
なるほど。
道理で、我侭で強情だと思った。
よもや一国の姫様だったとは……
しかも強気で更に腕白と来た日には……さぞかし御両親も、難儀をしているでしょうねぇ。
「しかし、王族にして勇者とは……実にベタな設定だにゃあ」
「そ、それはどーゆ意味だッ!!」
「……気にすんな。独り言だだ」
俺はポリポリと頭を掻きながら考える。
さて、何を聞こうかな?
「ふむ。ちと尋ねるが……まどか、真咲、優貴、のどか、ラピス、セレス、美佳心、穂波、智香、姫乃、みなも……以上の中で思い当たる名前はないか?」
「な、何を言っている?」
「聞いているのはミーだ。質問に答えるザンス」
「くッ……そんな奇妙な名前……聞いた憶えは無い」
彼女は悔しそうに呟いた。
「……そうか」
さて、もう尋ねる事がなくなってしまったぞ(笑
ど、どうするかなぁ……
「ではもう一つ。貴様の帝國とやらの首都は……どこにある?ここから遠いのか?」
取り敢えず、帝國と言うからには人がたくさんいるだろう。
そこへ行けば何とかなるかも……
だが彼女は、俺の考えとは裏腹に、いかにも嘲るように笑いながら言った。
「ふ…ふはははは……帝都の場所を聞いてどうする?田舎大魔王」
「……なに?」
「例え伝説の大魔王とて、配下の者が馬盗人や大根泥棒では……恐るるに足らんわッ!!」
「……は、はいぃぃぃ?」
それ、どーゆー意味?
「なんだ、知らんのか?」
彼女は形勢有利と見て取ったのか、胸を張りながら轟然と言い放つ。
「怨嗟の魔王と名乗っているが、あの女は所詮、こそ泥の大将だ!!配下のモンスターも雑魚ばかり……そんな魔王に何が出来るッ!!」
「え、え~と……」
「フンッ。勇者として数々の魔王を血祭りに上げ、戦姫として他国の驚異になっている私が……領民の嘆願がなければこんな僻地に来るもんかッ!!えッ!!」
「あ、あぅ……ご、ごめんちゃい」
何故か分からんが、取り敢えず謝ろう。めっちゃ怒っているしな。うん。
★
「……ふっ、何を言ってるのか理解できんが……この俺に不可能は無いと思えッ!!」
そんなカッチョ良い(?)捨て台詞を残し、俺は石牢を後にした。
しかし……一体、何がどーなってるんだ?
魔王と言うから、ホリーホックはてっきり、この世界の3分の1ぐらいは手中に収めているだろうと思っていたのだが……
俺はその疑問を、見張りを努めている例の善人そうなオーク達や、偶々通りかかったゴブリン達に尋ねてみた。
「……とまぁ、あの勇者ちゃんはそんな事を言っていたのじゃが……」
オーク達は互いに顔を見合わせ、そしてオズオズと切り出した。
「あ、あっしら、本当の事を言えば……世界征服とか……そんな大それた事、一度も考えた事ないんです」
「んだ。毎日ちゃんとメシが食えれば、幸せずら」
「ほ、ほぅ…」
ず、随分変ったモンスター達じゃのぅ。
黒兵衛も言ってたが、やはり魔界純血種のモンスターとは、かなり違うみたいだ。
「それなのに、勇者とやらがいきなり乗り込んで来て……」
「む、村を襲ったのは食う為ですっ。そりゃ……大根やキャベツを盗んだのは悪い事ですが……元はと言えば人間達が、あっし等の国を滅茶苦茶にしたんですっ」
「んだ。ワシ等の事を経験値だとかヌかして、仲間を虐殺したんですら」
「むぅ…」
「でも、魔王様……ホリーホック様は、そんなワシ等の為に力になってくれてるんです」
「そ、そうです。魔王様は人間なのに、あっしらの為にいつも先頭に立って戦ってくれてるんです」
「山賊とかこそ泥とか言われても……ワシ等みたいな弱い魔物を守る為に……」
「ちょ、ちょっと待て。ホリーホックは……人間なのか?」
俺はワイワイガヤガヤと、何時の間にかたくさん集まって来たモンスター(経験値)達を制しながら尋ねた。
「んだ。魔王様は人間ですら。元はれっきとした王族ずら」
やけに人なつっこい顔をしたゴブリンが頷きながら言う。
「だども……小さい時に戦争が起こって……それで国が滅ぼされた時、わし等ゴブリン族がお助けしたんでやんす」
「んだ。あっしらの家族でやんすよ」
「……そ、そうか」
「だども、今から2年前に……」
「魔王様を育てていた同胞が殺されたんでやんす。若い人間のパーティーに……」
「……」
「そ、それから魔王様は、あっし等の先頭に立って、食う為に村々を襲ったり……も、もちろん、時には人間を殺しちゃったりもしましたけど……あくまでも正当防衛でやんす」
「んだ。それから……各地から弱い魔物が集まり、いつしか魔王を名乗ったんだども、いきなりあの勇者が来て……」
「あ~……ちょいと待て」
俺は額に指を当てながら言う。
「つ、つまり、今までの話を総合的に纏めるとだ。ゴブリンに育てられた戦争孤児の王族ホリーホックは、育ての親の仇を討つ為に野蛮な人間達に立ち向かったのだが、取り敢えず食う物が無い為に近隣の村々から食料を盗んでいたら、勇者とやらが乗り込んできてさぁ大変、と言うワケだな?」
「んだぁ」
ニッコリとモンスター達は笑いながら頷いた。
「だども、負けそうになったら、いきなり大魔王様が復活なされたずら」
「んだ。わし等の祈りが通じたんじゃ」
「大魔王様。何卒、野蛮な人間共に天誅を与えて下せぇ」
「ぬ、ぬぅ…」
熱い視線だった。
物凄く期待の篭った瞳で俺を見つめる善良(?)なモンスター達。
それと同時に俺の頭の中には、このモンスター達を支えているホリーホックの笑顔が浮かんだ。
あんなに若いのに……
歳だって俺と殆ど変わらない筈なのに……
女の子らしい楽しみも知らず、日夜みんなの為に頑張っている健気な少女。
……
何とかしてやりたい。
心からそう思う。
だけど……
今の俺には、最優先で為すべき事があるんだよ。
★
「ハフゥ~…」
何だかやるせない気持ちを抱えたまま自室に戻ると、
「お、洸一。エエ所に戻って来よったな。ちょいとコイツを見てくれや」
黒兵衛が何か紙を咥えて、トコトコと小走りに駆け寄って来た。
「な、なんだよぅ」
「エエから見ろや」
「ふむ…」
俺は腰を下ろして、黒兵衛の咥えてきた紙に目をやる。
「……地図?」
「せや。この世界の地図なんやが……ほれ、ここが今居る場所や」
小さな前足でチョンチョンと一点を指し示しながら、
「ごっつ辺境地域や。しかもあの魔王の姉ちゃん、世界征服どころか直ぐ近くの村も支配化に置いてへんで?どーなっとるっちゅーねんなぁ?」
「……うむ。その事なんだが、実はな」
俺は勇者やモンスター達から得た情報を包み隠さず、事細かに言って聞かせた。
「と言うわけで……そのホリーホックちゃんは魔王と言ってもな、単なる山賊と言うか……ぶっちゃけ農民一揆レベルと言うワケで……」
「はんっ。乞食集団やないけ」
フンフンと鼻息を荒くする黒兵衛。
「そうと決ればこないな所で油売っていてもしょうがあらへん。もっと仰山、人の居る所に行かへんとな」
「う、うむ。その通り……だな」
「あ?何や自分?えらい煮え切らん態度やないけ」
黒兵衛は目を細めて俺を見つめた。
そしてこれ見よがしに大仰に溜息を吐くと、
「あんな~……洸一。自分、もしかして、なんか助けてやろうかなぁ~……とか思ってるのとちゃうんか?」
「い、いや、それは……」
「……確かに、その剣があれば、こない世界ぐらいは簡単に征服できるかも知れへん。何てたって三界の至宝と呼ばれる剣やからな。秘められた魔力も膨大や」
そう言って黒兵衛は、ピョンと俺の肩に飛び乗った。
「せやけどな、グライアイの姉ちゃんも言うとったやないけ……世界の歴史に干渉したらアカンと。そら、あの痛い魔王に同情したい気持ちも分からんではないで?せやけど、それがこの世界の歴史であり運命や。この次元世界の因果や。ワテ等は余所者やさかい、他の次元の出来事に首を突っ込むのはお門違いや。な?分かるやろ?」
「わ、分かってるよぅ」
「……ほか。ならエエが……ワテ等は、ワテ等の努めを果さんとな」
「う、うむ」
「よっしゃ。んだったら、ここを見いや」
スタッと肩から飛び降りると、黒兵衛は広げられた地図の一角を指し示した。
「この廃墟された城砦がワテ等の居る所で……北にちょいと進むといくつかの村や街があるやろ?んで、更に道なりに進むと……ここや。帝都ルフトバッフェと書いてあるやろ。取り敢えず帝都っちゅうからには人が仰山おるさかい……ここで新しい情報を手に入れようや」
「ふむ……そうだな」
俺はコクコクと頷き、顎に指を掛けながら、
「あ、それとついでに、あの勇者も連れて行こう」
「ん?なんでやねん?」
「いやだって……その……この城を出て行く口実にもなるし、それに……ここに残していったらどうなる事やら」
「あ~……せやな。なんちゅうか、寝覚めが悪くなるかも知れへんからな」
黒兵衛は頷き賛同した。
「よっしゃ。ほな、早速旅立ちの準備をせなあかんな」
「……う、うむ」