さらばパインフィールド
★第80話目
「……んにゃ?」
シャーディとやり取りをしている間に、どうやらホリーホックが目覚めたようだった。
だがしかし、
「あ~♪う~♪」
何だか今の状況がまるで分かってない。
嬉しそうに、シャーディの頬をペチペチと叩いたりして遊んでいる。
あぁ……そっか。シャーディは、まどかにソックリだもんなぁ……
「こいつ……私が怖くないのか?」
シャーディは少しだけ戸惑いながら言った。
気のせいか、瞳が少しだけ柔らかい。
「ま…まぁな。ホリーホックは……今ちょっと、頭が可哀相なんだ」
「そうなのか?」
「……ああ。ま、俺様が地道に治療してやってるんだがね」
「そ、そうか。精神の治療は外的損傷を治すより、遥かに時間も技術も必要だと聞く。さすがの大魔王とて、一朝には治せぬか……」
呟くように言いながら、シャーディは馬を下りた。
ヴィンスもそれに続く。
そして彼女は、ホリーホックの体を抱くようにして支えながら馬から下ろそうとするが、
「あ~♪」
ホリーホックは彼女から離れず、長い髪の毛をフニフニと玩び出す。
しかも、超楽しそうにだ。
うぅ~む、逃げ出すのなら今がチャンスなんだがなぁ……
俺は苦笑しながら馬を下りた。
「さてと…」
チラリとチェイムを覗うと、何故かご機嫌は斜めだ。
「……何だ洸一?」
ジロリと俺を睨み付けながら、彼女も馬を下りる。
「や、別に…」
ま、優ちゃんがまどかに懐いているようなもんだからなぁ……そりゃ面白くはないわな。
「さて、早速にシャーディの治療をば、始めるかねぇ」
「ま、待てッ!!」
剣に手を伸ばし掛けると同時に、ヴィンスが叫んだ。
「治療するとか言いながら、我々に金縛りの術でも掛けるのではないだろうな?」
「は……テメェと同じにするな。俺は女の子と交した約束は絶対に守るんだよ」(男との約束は守らないと言う意味)
「ふ……どうだかな」
ヴィンスは軽く舌打ちし、
「こちらも予防策を取らしてもらおう」
そう言いながら、ホリーホックの首に小さなペンダントを掛けた。
先端には、黄色く光る小さな石が付いている。
「……何だそれは?」
「結界石の一種だ。攻撃魔法に反応して、爆発するのだよ」
「な、なに?」
「当然だろう?治療したは良いが、捕まっては元も子もないからな」
そう言ってヴィンスは、短く笑った。
「……テメェ、本当に腐ってやがるな」
どうしてシャーディが、こんな男に惚れたのか……全くもって理解できんわい。
「まぁ良いや。それより、ボチボチ治療を始めるぞ」
「……」
コクンと頷き、機械の体を引き摺る様にしてシャーディが一歩、前へ進み出た。
月明かりに、鉄の半面が輝いている。
「……」
俺はゆっくりと彼女の前まで進み、片手に剣を握り、もう片方の手で、そっと彼女の頬に触れる。
「この体を……本当に元へ戻せるのか?」
静かな声でシャーディが尋ねてきた。
「……まぁな。前の体をイメージして、今の体とそれを置き返るだけさ」
俺は事も無げに言った。
もちろん、テキトーだ。
実際、どんな風に治すのかはサッパリ分からない。
分からないけど……何となくだが、治す事は出来ると確信はしている。
ただ、口で説明する事が出来ないのだ。
魔法の原理とか未だに分かってないからね。
「そのような方法で……」
「おうよ。何しろ俺様は天下無敵の大魔王だからな」
「しかし、前の体のイメージと言っても……」
「その辺は抜かりなし。なんちゅうか……お前さんの顔とか体つきとかは、想い出がいっぱいじゃからのぅ」
まどかとの楽しかった思い出が鮮明に甦る。
髪の毛の一本一本に至るまで、俺様の脳内HDDには記憶されているのだ。
「も、もちろん、真咲姐さんの事もバッチリ記憶しているぞッ!!」
俺は振り向き、先手を打ってフォローを入れた。
「そ、そうか」
大魔神になりかけたチェイムの顔が、穏やかになる。
あ、あぶないあぶない。また殴られる所だったぜ……
何となく、そんな予感がしたのだ。
「さ、そりでは始めますかねぇ」
俺はフンッと大きく鼻息を吐き、剣に向かって念を集中し始める。
「……」
シャーディは頷き、静かに目を瞑った。
★
意識を集中し、今の彼女と前の彼女のイメージを重ね合わせる。
月の明かりを何十倍にもした眩い光が、ゆっくりと俺達を包み込んで行く。
機械部分を削除し、そこにシャーディー……いや、まどかのイメージを継ぎ足してと……
ゆっくりと、光の中でシャーディの姿が整えられていった。
俺は慌てず慎重に、まるでバラバラになったパズルを順序だてて組み立てて行くが如く、彼女の体を分子レベルから再生し、それを的確に組み合わせて行く。
中々に集中力と根気が要る作業だ。
……もう少し。もう少しだ……
全神経を集中し、それを剣に伝える。
集中しろよ俺様……
やがてどのくらいの時が経ったのだろう。
俺達を包む光の半球が、ゆっくりと霞んで行くと同時に、俺はその場に膝を付き、荒い息を吐き出した。
「こ、洸一ッ!?」
「神代様ーーーッ!!」
チェイムと真咲ちゃんが、慌てて俺に駆け寄ってきた。
「ハァハァ……だ、大丈夫だ。ちと精神力の限界に挑戦してみただけだ……」
額に浮かんだ大粒の汗を拭う。
頭が少しクラクラした。
どうやら知恵熱が出たようだ。
「それよりも……どうだシャーディ?何か違和感はないか?」
俺がそう問うと、彼女は自分の頬に手を当て、大丈夫だと言わんばかりに頷いた。
と同時に、チェイムが「ハッ」と息を飲む。
「ま、まどか……」
「え?」
「あ、いや……前のシャーディと同じだ」
「そ、そう?」
シャーディは少しだけ微笑み、サッと長い髪を掻き上げた。
「どうですか、伯爵閣下?」
「……フン。さすがに大魔王と言った所か」
「ま、俺様が本気を出せば、チョロイもんよ」
ちなみに、前の彼女より少しだけバストを大きくしてある。
無論、サービスだ。
「それよりも…」
約束は守ったのだからホリーホックを解放しろ、と言い掛けたが、その当事者である彼女は、まどかそっくりなシャーディに甚く感激したらしく、「あー♪」だの「うー♪」だの言いながら纏わりついて離れない。
僕チン、少し複雑な心境だ。
「さ、さぁホリーホック。こっちへおいで」
「う~…」
イヤイヤと首を振る。
「あ~…う~……う~~♪」
「な、何言ってんのか理解できんけど……取り敢えずおいで」
俺はブルンブルンと腕を振る。
がしかし、
「う~~」
ホリーホックはブルルンと高速で首を横に振った。
「ぬ、ぬぅ…」
確かに、シャーディはまどかに似ている。
だからホリーホックが懐くのも分かる。
それはおそらく、葉室優貴だった頃の記憶が、徐々に戻って来ている証拠だろう。
だがしかし、シャーディは敵だ。
まどかにいくら似ていようが、内面はまるで違う。
悪の手先だ。
その辺は、頭の中が夢一杯モードのホリーホックには、ちと分からんだろうけどねぇ……
俺は軽く溜息を吐き、困った顔のシャーディに言った。
「わ、悪いが……ホリーホックを返してくれんか?」
「……分かってるわ」
彼女はそう言って、優しくホリーホックの肩を抱いた。
「さ、大魔王の所へお戻りなさい」
「あ~?」
小首を傾げ、シャーディを見上げる。
「早く治療してもらって……元に戻ると良いわね」
彼女はそっとホリーホックの頭を撫でた。
――その瞬間だった。
「あぅッ!?」
ヴィンスがいきなりホリーホックの二の腕を掴み、強引に引き寄せた。
「ンな゛ッ!?」
「動くなッ!!動けばこいつを殺すぞ!!」
ニヤリと笑い、何時の間にか手にしていた短刀を彼女の首元に押し付ける。
辺りの空気は一変し、緊張が支配した。
★
「て、てめぇ…」
あまりの理不尽さに、俺はそれ以上言葉が続かなかった。
いや、俺だけではなく、周りの皆も、そしてシャーディさえも、何が起こったのか理解出来ていないようだ。
「ふ……形勢逆転ですなぁ、大魔王」
嫌がるホリーホックを強引に押さえ付けながら、ヴィンスがニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「おっと、少しでも妙な素振りを見せれば、この小娘を刺しますよ」
「な、なんだと……」
彼奴の視線に振り返ると、忍者の真咲ちゃんが懐に手を入れ、棒手裏剣を取り出そうとしていた。
「ぐ……真咲ちゃん。止めといた方が良いぜ。あの野郎……本気だ」
「ふふ……その通りですよ。さすがは大魔王、分かってらっしゃる」
「てめぇ……約束を反故にする気か?ホリーホックを返せば、無条件で見逃してやるとまで言ったんだぞ」
「……確かに。が、しかしそれでは……私の野望が潰えてしまいますのでねぇ」
「貴様……とことん、腐った野郎だな」
「おっと大魔王。剣から手を離した方が無難ですよ?先程も申し上げましたが……この結界石は、治療魔法以外のどんな魔法にも、敏感に反応するのですから」
言いながらヴィンスは、ホリーホックの胸元にぶら下がっているペンダントを玩んだ。
く、くそったれが……やっぱ問答無用で殺しておけば良かった……
俺は甘い顔を見せてしまった自分を悔いた。
だが今は悔いている場合では無い。
何としても、ホリーホックを無傷で解放しなければ……
「うーーー」
彼女はヴィンスの腕の中でもがいていた。
「うう……うーーー!!」
「……ふん、そんなに暴れるな、馬鹿女」
グイッと首筋に短剣を食い込ませる。
「うーーー…うううう…」
「て、てめぇ……」
心の奥底から、怒りがマグマの様に湧き上がってくる。
もはや彼奴を殺すだけでは物足りない。
永遠の苦しみを与えてやる。
未来永劫、苦痛を与え続けてやる……
「おや?何か言いたそうですなぁ、大魔王」
「……なにか」
取り敢えず洸一ギャグ。
「……シャーディ。大魔王から剣を取り上げろ」
ヴィンスは、今だ呆然としている女魔導師にそう声を掛けた。
「……」
「……聞こえんのか、シャーディッ!!」
「は…はッ」
短く頷くと、彼女は俺に近付き無言で手を突き出した。
何だか悲しいような、そんな目をしている。
「シャーディ……所詮はテメェも、あの野郎と同じクソ野郎か……」
俺はフンと鼻で笑い、剣を手渡した。
ったく、まどかに似ているってだけで、情けを掛けた自分が恨めしいぜ……
「ふふ……大魔王。女に甘いのが、貴方の弱点ですなぁ」
ヴィンスはクククと、さも可笑しそうに笑う。
「……ご忠告ありがとうよ、伯爵。今度から気を付けるぜ」
「ふ……さぁシャーディ。その剣を渡せ」
「……はい」
彼女は頷き、ゆっくりとヴィンスに近付く。
まぁ、剣を渡した所で、使えるってワケじゃないからどうって事はないんだが……
しかしマズったよなぁ……
ホリーホックが捕まってると言う状況が何とも……
だが次の瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「……何の真似だ、シャーディ?」
ヴィンスは軽く眉を吊り上げ、そう呟いた。
喉元には、俺様の愛刀の切っ先が向けられている。
「……伯爵閣下。その娘を……どうか解放して下さい」
微かに震えながら、彼女は剣を構えていた。
そして今にも泣き出しそうな声で彼奴を説得する。
「ど、どうか……どうかお願いします」
「……ふん。まさかお前が裏切ろうとは……」
「ち、違いますッ!!」
シャーディは叫んだ。
「私は……裏切ったりはしませんッ!!」
「……ほぅ。ではこれは……なんだ?」
月明かりに鈍く光る俺の剣を見つめ、彼奴は苦笑を溢した。
「何故に私に剣を向ける?」
「そ、それは……名誉を守る為です」
「名誉?」
「そうです。閣下と私の名誉の為です」
「……」
「わ、私は……私の名に懸けて、大魔王と約束を交しました。そして大魔王は約束を守り、今度は私の番です。伯爵閣下……どうか分かって下さい。今はその娘を解放し、帝国に戻りましょう。そして今一度、再起を図れば宜しいじゃありませんか」
「……なるほど。で、お前はどうする気だ?パインフィールドに寝返る気か?」
「いいえッ!?私はいつでも伯爵閣下の御側に……」
「……そうか。ならば私も、忠実なる部下の意見ならば、それを取り入れねばならぬな」
そう言ってヴィンスは鷹揚に頷くと、
「ほれ、好きにするが良い」
ホリーホックを押さえ付けている腕を放した。
「あぅ~♪」
ペテペテと足音を鳴らし、ホリーホックがシャーディの胸元に飛び込む。
それと同時に、彼女の剣がヴィンスの首筋から逸れた。
そして……それはほんの一瞬の出来事だった。
シャーディの視線がホリーホックに向くと同時に、ヴィンスの体が揺れ、サクッと何かを突き刺す音が響く。
「……え?」
「あぅ?」
キョトンと、シャーディを見上げるホリーホック。
そんな彼女の腕をヴィンスは再び掴むと、思いっきり引き寄せ、首筋に腕を回しながら顔に短刀を当てる。
しかしながらその剣は先程と違い、刃の部分にはべっとりとした真赤な鮮血がこびり付いていた。
「は、伯爵……閣下?」
「……能無しが」
ヴィンスはせせら笑った。
「え…?」
ぐらりと、シャーディの体が揺れる。
見ると足元には、何時の間にか血の海が広がっていた。
ポタポタと音を立て、脇腹から止め処もなく鮮血が溢れている。
「あ…あれ?」
ドサッと、俺の剣を握り締めたまま女魔導師はその場に崩れ落ちた。
「な…なんで?」
「ふん、どうせ後で始末しようと思っていた所だったからな。手間が省けたぞ」
ヴィンスはそう言って高らかに笑った。
「き……貴様ーーーーッ!!」
チェイムの怒声に、時が再び動き出した。
「……」
約束を守ろうとしたシャーディ。
そしてそんな彼女を刺したヴィンス。
そんな光景を、俺はまるで別世界の出来事を見ているような感覚で見つめていた。
……お、おいおいおい……そこまでやるか?え?そこまで……やっちゃうのか?
――ドックン!!
シャーディは……お前の事が好きなんだぜ?
――ドックンドックン…
それなのに……その事を知ってて……そして利用して……最後には殺しちゃうのかい?
――ドックンドックンドックン…
「ふ……殿下。動けばこの女を殺しますよ?」
お、俺は…
「き、貴様ぁぁぁ」
「あ、あぅ…あぅ…」
倒れているシャーディを見つめ、ホリーホックの体が震える。
「あぅ…あぅあぅ……」
俺は……
「ふん、暴れるな小娘」
「あ、あぅ…あ…あ……ま…ま、まどかさんッ!!」
ホリーホックの口から、懐かしい名前が飛び出した。
刹那、俺がいつも胸から下げているペンダント、プルーデンスの形見が眩い光を放つ。
俺は…俺はこいつを……ユルサナイゾ……
★
「――まどかさんッ!!!」
ヴィンスの腕の中、倒れているシャーディに向かって、ホリーホックが悲痛な声を上げた。
それと同時に間髪を入れず、チェイムの怒声が響き渡る。
「優貴ッ!!そいつが犯人だ!!ぶちのめせッ!!」
「―――ッ!!」
短刀を握っているヴィンスの手首を掴み、思いっきりそれを捩じ上げる優ちゃん。
不意を突かれた彼奴の手から、短刀が零れ落ちた。
「――な、なんだッ!?」
「エイッ!!」
更に優ちゃんの肘が彼奴の鳩尾に埋まる。
「――グッ!?」
そして顎に向かって必殺の右。
ヴィンスは宙を舞った。
「優貴ッ!!その胸のペンダントを捨てろッ!!」
チェイムの言葉に、暫しキョトンとしながらも、彼女は慌てて自分の胸に下げられたペンダントを千切って放り捨てた。
「洸一ッ!!今だッ!!」
「……」
オ、オレハ……アイツヲ……コロス……
「――洸一ッ!!」
チェイムの怒声が耳に響く。
だが不思議と、今の俺は身動き一つせず、それを聞き流していた。
全ての感情が死滅している。
心の奥底に沈んでいる何かが、ゆっくりと俺と言う自我の殻を破り、這出て来るような感覚。
幾重にも封印されていたそれは、ゆっくりと、そして確実に動き始めている。
冷たい怒りを内に封じ込めた巨大な何かが、黙々と突き進んでくる。
オレハ……
「こ、洸一ッ!!何をボォーっとしてるんだッ!!」
再び響くチェイムの怒声。
オレハ……
「こ、洸一ッ!!」
ボグンと鈍い音と共に、僕チンは宙を舞った。
「ギ、ギャフンッ!?」
「ボォーっとしてんじゃないわよッ!!」
「しゅ…しゅびばせん」
顎を押さえ付けながら俺。
奥歯が数本、グラグラとしている。
は、はて?俺は一体、何をしていたのだろう?
いきなり意識が遠のいたと言うか何と言うか……
「洸一ッ!!」
「わ、分かってまんがなッ!!」
俺は倒れているシャーディの元へダッシュで駆け寄り、自分の剣を手に掴んだ。
そして念じる。
「――動くなッ!!」
剣が瞬き、ヴィンスの体が一瞬震えたかと思うと、そのままカチンコチンの石像の様に微動だにしなくなった。
「良し。でもってシャーディ!!」
俺は倒れている彼女を抱き抱え、今度は治療魔法を念ずる。
「だ、大丈夫だぞ。俺様がちゃんと、元通りにしてやるから……」
「……だ、大魔王……」
「ま、まどかさんッ!!まどかさんしっかり!!」
駆け付けたホリーホックが、涙を浮かべながら彼女の手を握り締める。
「あ~……優チャン?その、話せば実に長いんじゃが……」
「私が説明してやろう」
チェイムがそっと、優ちゃんことホリーホックの肩へ手を置いた。
「さ、優貴。こっちへおいで」
「へ?お、お前は……勇者かッ!?って……あれ?勇者?ん?んん?誰?」
ちょっぴり混乱気味のホリーホック。
チェイムは可笑しそうに、
「ちゃんと説明してやるから……」
そう言って、優しく彼女の手を引いて下がって行った。
「さて……」
俺は再び、シャーディの治療に専念する。
荒い息を吐いていた彼女ではあったが、傷が塞がるにつれ、呼吸も段々と静かになって行く。
「ちょいと出血が酷かったが……なぁに、大丈夫さ」
蒼白い顔をしている彼女の頬を、そっと撫でてやる。
「どうして……私を助ける?」
シャーディは、途切れ途切れに呟いた。
「何れは敵になる身だぞ」
「ん?ん~……まぁ、御礼かな?」
俺は苦笑しながら言った。
「……礼?」
「……まぁな。なんちゅうか……お前さんが殺られちゃったのを見て、優ちゃん……ホリーホックは記憶を取り戻したんだからな。ま、これも一種のショック療法みたいなモンか」
目の前でまどかが刺されたんだもんなぁ……
優ちゃんにして見れば、そりゃ目も覚めるわな。
「……?」
「ま、何はともあれ、全てが解決したんだから、ノープロブレムって事だ」
「……そうだな。だけど……伯爵閣下をどうする気だ?」
シャーディは俺の腕をそっと掴み、真剣な瞳で尋ねてきた。
「……無事に帰すわけにはいかんな」
静かに断言する俺。
「お前さんには悪いが、彼奴をこのまま、のさばらしとく訳にはいかんのでな」
「……そうか」
彼女は静かに頷いた。
その瞳は、悲しみに満ち溢れている。
ぬぅ……殺されかけたのに、まだ未練があるのか?
情が深いと言うか……これだから女ってのは、分からんよなぁ……
「まぁ、その……なんだ。シャーディはこんなに美人なんだからさ、これからもっと良い男が見つかるって。な?」
「……大魔王」
「ん?何だい?」
俺は彼女に優しく微笑みかける。
「……殿下が睨んでるぞ」
「……」
恐る恐る振り返ると、チェイムが優しくない顔で俺を睨み付けているのだった。
★
「神代先輩。わ、私……」
チェイムと話し込んでいた優ちゃんであるホリーホックが、小走りに俺に駆け寄り、何かを言い掛けようとするが、
「神代様。この男、どうします?」
忍者の真咲ちゃんが、動けなくなっているヴィンスを指差し尋ねてきた。
「ふ、二荒先輩ッ!?」
「あ~……違うぞ」
俺は苦笑しながら優ちゃんの肩を軽く叩く。
「チェイムから聞いただろ?彼女は確かに真咲ちゃんと言うが、君の知っている二荒真咲ではないぞよ」
「え?あ……そ、そうでしたね」
テヘヘヘと優ちゃんは笑った。
「で、でも……何だかまだ、分からない事がいっぱいなんです」
「まぁ……そうだろうな。俺だって未だに分からない事ばかりなんだから」
ま、彼女にしてみれば、チェイムと同様、二つの人生経験が入り乱れて、何だか頭の中がパニックルームになっているんだろうなぁ……
「何はともあれ、こうして優ちゃんとしての記憶を取り戻せたんだし……詳しい事は、追々分かってくるさ」
「そ、そうですね」
彼女はニッコリと笑った。
久し振りに見る、ホリーホックの病んで無い普通の笑顔。
何だか洸一、無性に嬉しいの巻だ。
しっかしこれで、真咲しゃんと優ちゃんを見つけた訳だし……
うむ、万々歳じゃのぅ。ガハハハハ……
「……」
って待てよ?
この世界にいる、転生した女の子を見つける事が出来たと言う事は……
それは突然だった。
いきなり視界が霞み始め、体の力が急激に抜け始める。
お、おいおい……なんだ?これは一体……
《良くやったぞ人の子よ》
頭の中に、魔神グライアイの透き通るような声が響いた。
《既に同調は確認済みだ。今より転送を行なう》
「ちょ、ちょいとお待ちなせいッ!?」
俺は叫んだ。
何事かと、その場にいる皆が俺を見つめる。
「そんな急に……ここで終わったら、打ち切り漫画みたいじゃないか。俺はまだ、この世界でやるべき事がたくさん残ってるんだ。だからせめて……あと1週間。いや、3日で良いから……」
《……ダメじゃ》
「お、おやまぁ……そんなマイルドかつアッサリと」
《プルーデンスとリステイン、番人の魂を持つ者達の記憶が蘇ると同時に、その次元世界における歴史的負荷は許容量を超え始めておる。これ以上、お主達闖入者の存在を許せば、どのような事態に推移するか分からぬ。最悪、強制力が発動し、歴史が再び再構築されるかも知れぬ。……お主達もろともな》
「し、しかしだなぁ……俺的には、この国の行く末とか色々と……」
《案ずるな、人の子よ。そもそもお主と番人の女達は、その世界の住人ではないのだ。お主達が消えれば、時の力により因果律は修正され、元の定められた歴史の流れに戻るのみ。余分な感傷に浸るではない。そなたも憶えておろう?歴史が修正すれば、そこにいる全ての人や物の記憶もまた、その歴史に沿って創られると言う事を。……お主が消えれば、誰もお主の事を覚えてはいまいて》
「ぬ、ぬぅ……」
《さぁ、時間が無いぞ人の子よ。今より転送を行なうゆえ、心を安らかにしておれ》
「お、おいおい、何もそんなにドライに……」
《……》
「……しゃ、しゃーねぇーなぁ」
俺は軽く溜息を吐き、キョトンとしている表情の皆を見渡した。
ったく慌しいなぁ……別れのイベントも無しかよ。
「……ミトナットウ。パーソンズ、ウィンウッド」
「は?何だっぺか?」
「元気でやれよ。俺様の事は忘れても、大魔王魂を忘れるんじゃねぇーぞ」
「……どこかで頭でもぶつけたんだっぺか?」
「真咲ちゃん。短い出会いだったけど、良い男を捕まえて幸せになれよ」
「は?某は……この命尽き果てるまで、神代様の御側にて仕える所存ですが……」
「……シャーディ。もうちょっと、男を見る目を鍛えた方が良いな」
「……」
「……おい、伯爵」
「……」
「テメェはおっ死ね」
それだけ言うと、俺の意識は肉体と共に、急速に闇の中へと溶け込んで行くのだった……
そしてこの世界の歴史は再構築され、本来あるべき元の姿へと戻った。
まだまだ続きます。




