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ワン・タイム

★第78話目


「ふ…ふふ……」

ヴィンスは笑いを噛み殺し、振り返りながら口を塞がれているチェイムと女忍者を見つめた。


「うー…う、うーーーッ!!」

体を捻らせ、チェイムが何かを叫ぼうとしている。

目からは大粒の涙が止め処もなく溢れ、口を押さえ付けている手下の指を濡らしていた。

一方、真咲と言う名のくノ一の方は、呆然自失の態、と言った感じでぐったりとして身動き一つしない。


「くく……悲しいですか、殿下?」

ヴィンスは口元に手を当て、さも可笑しそうに尋ねた。

足元には、首の根元に剣を突き刺された洸一が、ピクリとも動かずにうつ伏せ状態のまま、鮮血の海の中に倒れている。


「う、うーーーッ!!」


「くくく……最愛の男を目の前で無惨に殺されたんです。さぞ私が憎いでしょう?殺してやりたいと思うでしょう?」

そう呟くように言いながら、ヴィンスはチェイムのおでこに掛った髪を優しく指で梳く。

「ですが……悲しいかな、殿下には無理でしょう。パインフィールドを鎮圧した後、貴方は帝国を裏切った罪人として、民衆の前で処刑されるのですからね」


「う、うーーーーーーッ!!」


「っく…くく……楽しみですよ。貴方がどんな顔で死んで行くのかを見るのは。くくく……」

唇の端を歪め、鼻に掛るような笑い。

大魔王を殺し、大逆の罪を犯したチェイムを捕らえた。

汚名を濯ぐどころか、帝国の危機を救った英雄だ。

……ふふ…私の野望はまだ潰えて無い。いや、むしろ進んだか……

それを考えると、ヴィンスの心は自然に湧き立った。


「……ところで伯爵閣下。この女、どうします?」

くノ一を捕らえている手下の一人が、醒めた口調で尋ねてきた。

ヴィンスはチラリと視線を走らし、

「ふむ……別に用は無いな。だが、大切な戦利品だ。兵達の慰みものにでもするか」

呆然とし、半ば気を失っている真咲の露になった胸を見つめながら、どこか下卑た笑みを浮かべた。

「畏まりました」

手下も、微かに鬼畜のような笑みを浮かべる。


「う、うーーーーーーッ!!」

こ、殺してやる……

ここに居る奴等……全員、殺してやるッ!!


「おや殿下?まだ抵抗する気力が残っているのですか?」


「うーーーーーーーッ!!」


「ふふ……相変わらず気丈な御方だ。けど、もうすぐ思い知るでしょう。自分の非力さをね」

ヴィンスはそう言って、酷薄な笑みを浮かべながら軽く顎を振った。

「さ、連れて行け。見つかると面倒だ」

「ハッ…」

手下達は軽く頷く。

だが

「……どうした?さっさと行かんか」

その場から一歩も動こうとしない手下達に、ヴィンスは片眉を吊り上げた。

全く、愚図共が……

「そ、それが伯爵閣下。あ、足が……動かないのです」

「……なに?」

訝しげな表情で手下達を見つめるヴィンス。

その顔が、やがて驚愕の表情に変った。

「な、なんだ?私の足も……動かんぞ?」

足だけではなかった。

首から上を除く体全体が、まるで金縛りにあったかのように、ピクリとも動かない。

手下達も同じようだ。

驚きと恐怖の表情をかんばせに載せ、その場でキョロキョロと不安な視線をさ迷わしている。

「な、何なんだ?これは一体、どうした事だッ!?」

誰に問うでもなく、ヴィンスは叫んだ。

それと同時に、

「……なぁに、今からちょいとな、お仕置きタイムが始まるのよ」

何者かが、肩に手を掛け耳元でそう囁いた。

「な、何者だッ!?」

相手を確認しようとするが、体が固まり、首を捻っただけでは確認できない。

「一体……何者……」

言い知れぬ恐怖が、ヴィンスの心を縛った。

見るとチェイムとくノ一の表情が、驚きに固まっている。


こ、これは……まさか……いや、そんな筈は……


「は、伯爵閣下…」

逆に目の前に居る兵士達の顔が、見る見る蒼ざめていく。

「う、後にいるのは……」


「もちろん、俺様よぅ」

肩に腕を回しつつ、男がヴィンスの前に出る。

「伯爵。借りを返しに来てやったぞ」



ヴィンスの顔が蒼から赤へ、そしてまた蒼へ。

見ていて非常に面白いくらいに、目まぐるしく色が変わった。

きっと前世はカメレオンか鰈の仲間に違いない。

もしくは蛸とか。

「ん?どうした伯爵?再開を喜ばんのか?」

俺は固まっている彼奴の肩に腕を回しつつ、フレンドリィーに尋ねた。


「ど、どうして……こ、こんな事があって良いのかッ!?」


良いのだった。

「ふふん、俺様は主人公じゃからのぅ。絶対に死ぬ事はないのだよ。それがルールだ」

ちなみに転がっている遺体は、洸一3号機だ(合掌)


「ば、馬鹿な。あの剣を封じ……魔力は全て遮断している筈……」


「悪いなぁ伯爵。そつの無い行動がモットーの俺様に、貴様の策は通じないのさ」

言いながら俺は、伯爵の前で手にした魔法剣を翳して見せた。


「な、何故だ……」


「お前が封印したのは、ただの剣だ。分かる?ズバリ言うと偽物」


「に、偽物…」


「そう言うこと。ま、テメェが何か企んでいる事は気付いていたからな。黒兵衛とあらゆる状況を想定して、取り敢えず俺様の最強の武器でもあり、唯一の弱点でもあるこの剣を、どこかに隠して置こうと考えたのさ。んで、殺されてからそれを取りに行ったと……あ、ついでに仲間も呼んで来たから」

言って軽く後ろを振り返ると、パーソンズ率いる親衛隊とミトナットウが、駆け寄ってくる姿が見えた。

「ふふん、どうだ?実にそつの無い行動だろ?」

ちなみに、そつの意味は知らない。

「いやはや、ちと危険な賭けだったが……ま、復活できる事は知っていたからねぇ……何でだかは未だに分からんけど」

俺は笑いながら、陽の殆ど沈み掛けた空を見上げた。

ヴィンスは、首から上が瘧のように震えている。

何だか電動マッサージャーって感じだ。


「……さてと」

俺は伯爵の肩から腕を放し、チェイム達の元へゆっくりと歩いていく。

チェイムに真咲ちゃん、二人とも大きく目を見開き俺を見つめていたが、やがて動けない13号達の腕から強引に抜け出すと、

「こ、洸一ーーーッ!!」

「神代様ーーーーッ!!」

殆ど同時に俺の胸に飛び込んできた。

おおぅ、洸一、実にモテモテだ。


「ハハ……悪ぃな、心配掛けて」

声にならない声を上げて咽び泣く彼女達を、俺は優しく包み込むようにして抱いた。


「ほ、本当に……今度こそ……死んじゃったかと思った……」

チェイムはそう言って、うわーんうわーんと泣き、真咲ちゃんは啜り泣きながら

「そ、某は…某は……もう……」

何を言いたいのか分からなかった。


「大丈夫だよチェイム。俺は摩訶不思議な事に、この世界では絶対に死ぬ事は無いから。そして真咲ちゃん。俺様に万が一は無いって言っておいただろ?」

俺はキュッと少しだけ力強く彼女達を抱き締める。

柔らかい感触と、女の子の匂いが鼻腔を擽る。

生きてて良かった……と、心の底から思う。

それと同時に、彼女達をこんな目に遭わせた奴腹に対し、押さえ切れない程の怒りが湧いてきた。


「……パーソンズ」

俺は親衛隊長に声を掛けた。

「そこにいる手下どもを連行しろ。それとここにいない使者達も拘束しろ」


「ハッ。それは既に手配済みですが……どうします?城に戻って裁判に掛けますか?」


「ん?その必要はない。こいつ等のな、瞼を切り落として野晒しにしておけ」


「ま、瞼を……ですか?」


「……知ってるか?瞼ってさぁ……地味だけど、結構重要なパーツなんだぜ?手足を切り落としたり鼻や耳を削ぎ落としたりするより、瞼を切る方が苦痛と絶望を与える事が出来るんだ。何かの本で読んだんだけどねぇ」

瞼を切ればゴミが入ろうが太陽が眩しかろうが目を瞑る事も出来ず、また角膜に涙も供給されない超ドライアイ状態で炎症を起こし、激しい痛みが襲うのだ。

もちろん、寝る事も出来ずに……ぶっちゃけ、数日で発狂する。

俺様に逆らった奴はどうなるか、見せしめにするには打って付けだ。

普段は温厚で、御町内でも良寛和尚(日本)の再来と言われた俺様であはあるが、時と場合と相手によれば、イヴァン雷帝(露国)のように残忍になれるのだ。


「りょ、了解しました」

パーソンズは厳しい顔で頷くと、配下の者達に色々と指図をする。


俺はそれ見て軽く頷き、今度はミトナットウを呼んだ。

「悪いけどさぁ……そこに転がってる三代目はっちゃくな俺様を、丁寧に葬ってくれんか?出来れば前方後円墳が良い」


「テキトーに埋めとくだっぺよぅ」


「おい、テキトーって……俺は金魚か?」


「それより守護天使様。コイツ……どうするんだっぺ?」

ペチペチと動かないヴィンスの頬を叩く。

「磔にすっぺか?それとも斬首か火刑か……」


「いや、先ずはお仕置きが先だ。んで、その後もお仕置。そしてその次も。簡単には殺さんよ。殺すのは慈悲だ」


「こ、殺すのが慈悲だっぺか?」


「そうだぞ。だって殺したら、それで終わりじゃんか。決して殺すことなく、永遠に苦痛を与える。それが俺様のお仕置きだ」

俺はそう言って、そっとチェイムと真咲ちゃんから離れ、動けない伯爵に近付くと、その頬をペチペチと軽く叩きながら、

「さて、今から楽しい楽しい、拷問の時間だな」


「う…」


「ふふん♪」

俺は鼻歌交じりに、横たわる洸一3代目の懐から、怨み手帳を取り出した。

「え~と……最初は、左頬を殴られた、か」


「く…」


「こらこら、そんなにビビるなよ伯爵。俺様が本気を出せば、一撃で貴様は死んじゃうからな。だから最初はエネルギー充填30%の力で殴ってやろう」

ニヤリと笑い、俺は腰を落としながら拳を上に正拳突きの構え。


「く…くく……私を殺せば……どうなっても知りませんよ」


「だから殺さないって言ってるだろ?もしかして馬鹿なの?」


「……」


「……ん?何だ、その余裕の表情は?もしかして……まだ何か、取って置きの策でもあるのか?」


「えぇ。この状況を抜け出せる為のね」


「……そうか」

俺は軽く頷き、洸一デリシャスパンチ(当者比70%カロリーオフ)を放ったのだった。



「ゲ…ゲフゥ……」

口から血を滴らせ、ヴィンスの体が独楽のようにクルクルと回転し、そのまま地面に体を打ちつけながら吹っ飛んで行く。

もちろん、行動不可の魔法が効いているので、体はそのままのポーズである。

何だか、車に跳ね飛ばされた白いタキシードのチキン爺さんみたいだ。


「き、汚いにゃあ……血やら唾やら飛ばすんじゃねぇーよ」

俺は軽く舌打ちし、伯爵の髪を掴んで引き起こした。

「おい、一発食らっただけでくたばるんじゃないぞ?何てたって僕チン、怒り心頭なんですから。なんですからーーー」


「ふ…ふふ……大魔王」


「ん?何だ?まさか、今更ごめんなちゃいとか言うつもりなの?うぅ~ん……それは困ったねぇ。慈悲深い俺様は許しても、死んじゃった洸一3代目は許さないと思うんだ」


「わ、私を……私を殺せば、どうなるか……」


「ふへ?どうなるって……喜ぶに決ってるじゃねぇーか」

俺は呆れた顔をしつつ、彼奴を見つめる。

不敵な笑み……演技ではないか。

となると……やっぱ、まだ何か企んでやがるな?

「ん~……ホリーホックか?」


「……」

ギクリ、という副詞がピッタリする程に、ヴィンスはうろたえた。

定まらぬ視線が、如実に心の動揺を物語っている。


「どうだ?図星だろう?」

俺はペチペチと彼奴の頬を叩き、苦笑した。

「テメェの策はお見通しなんだよ。要人の暗殺か誘拐……って所だろ?どの策を取られようが、善後策は講じてあるんだよ。ま、ぶっちゃけて言うと、ホリーホックは俺様の心の友である黒兵衛を長に、1個中隊で警備してあるんだなぁ、これが」


「……ふ……さすがは大魔王。ですが、それだけの戦力で足りますかな?」

ニヤリと、血の滴る唇を歪ませる。


「生憎だが、黒兵衛は野良出身、神代部屋の誇る戦闘タイプの畜生だ。その辺の雑魚共が束になっても、倒す事はできねぇーよ」


「……雑魚ではなかったら?」


「なに?」

刹那、脳裏を見知った女の顔が過った。

――しまったッ!?

まさか……アイツか?

偽まどかか!?

これはちと、迂闊だったぜ……


俺様とした事が痛恨のミスだった。

使者の中にヴィンスが居ると言う事だけに囚われ過ぎ、敵戦力を見誤るとは。


マズイ!!あの女が相手では、黒兵衛とて……

「チッ…」

俺は強く舌打ちし、余裕の笑みを浮かべているヴィンスの顔面を思いっきり殴りつけた。

「おい、誰かコイツを縛り上げとけッ!!」


「こ、洸一……どうしたんだ?」

「神代様…」


「チェイムと真咲ちゃんは俺について来い!!ホリーホックの身が危険だッ!!」



山道を駆け下り、野営地にあるホリーホックの治療用の大テントに飛び込や、目に飛び込んで来たのは、凄惨の一言に尽きる現場だった。

兵士達は原型を留めないほどに打ちのめされ、或いは燃やされ、テント内は屠殺の場と化していた。


「く、黒兵衛ッ!!」

俺は叫びながら更に奥、ホリーホックの私室へと飛び込む。

そこもまた酷い有様だった。

色取り取りの愛らしいヌイグルミに囲まれていた夢一杯の彼女の部屋は一変して、夜は墓場で大運動会と言う具合になっていた。

何だかとってもホラーだ。


「黒兵衛ッ!!ホリーホックッ!!」

俺はチェイム達と共に、散乱しているヌイグルミの山を掻き分ける。

すると部屋のどこかからか、

「こ…洸一……」

か細い、黒兵衛の声が聞こえてきた。


「く、黒兵衛ッ!?どこだ!!どこにいるッ!!」


「こ、ここや…」


「ど、どこだッ!?全然分からんぞッ!!!」

声はするども姿は見えず。

ますますホラーちっくになってきた。


「こ、ここや洸一……」


「どこだッ!?どこなんだよぅーーーーッ!!」


「こ、ここや……って、言うとうるやろがッ!!」

足元で何かが吼えた。


「お、おぉ……黒兵衛!!……ぶっちゃけ、ゴミかと思ったぜ」

俺はしゃがみ込み、ボロ雑巾のように成り果てている黒猫を見つめた。

「随分とまぁ、派手にやられたのぅ」


「ど、どーでもエエけど……早い所怪我を治してくれんか。今にも死にそうや……モツだってはみ出しとるし」

俺は頷き、腰に下げた剣に指を掛け念じた。

眩い光が黒兵衛を包み、たちまち傷が塞がって行く。


「しかし……酷い状態だな。かなり派手なバトルだったようじゃが……」


「す、すまんな。部下を死なせ、ホリーホックの姉ちゃんまで奪われてもうた。あまつさえ、手も足も出んかったわ」

黒兵衛はぐったりとその場に横たわり、自嘲気味に笑った。

うむ、無性に『役立たず』の称号を与えたくなってきたぞよ。


「まぁ……仕方ないな。あの女が相手では……な」


「自分、あの女魔術師を知ってるんか?あの、ドゥームマシーンを」


「……ドゥームマシーン?皆殺し兵器?それってセレスのこと?」


「あれはホンマに、人間やないでぇ……」


「そうか?」

あの女は、まどかにソックリなんだが……

ま、ある意味、まどかも殺戮タイプの人間だがね。

と、そう一人苦笑を溢していると、いきなり一人の兵士が血相を変えて部屋の中に飛び込んできた。

「しゅ、守護天使様ッ!!」


「ん?どうした、兵士A?」


「ハッ。そ、それが……何者かが拘束してあったヴィンス伯爵を攫って……」


「……早速動き出したか」

俺は軽く舌打ちした。

中々どうして……打つ手が早いね。



俺はチェイムに真咲ちゃん、黒兵衛を伴なって表へ飛び出した。

既に空には星々が瞬き始め、微かに西の空だけぼんやりと仄かに明るいだけの状況だった。

「奴らはどっちへ逃げた?」


「ハッ。ホリーホック様を人質に、馬を奪って北へ逃走した模様です!!現在、ウィンウッド次席将軍閣下が後を居っております!!」

兵士Bがそう叫んだ。


む……それはマズイな。

ホリーホックを人質に取られたまま帝国領に逃げ込まれたら、手も足も出ないじゃないか……


「どうするんや洸一?」


「……とにかく馬を用意しろ。俺様も後を追うぞ」

しかし……果して間に合うのか?

ホリーホックを連れているとは言え、時間からしてかなりの距離を稼いでいるんじゃないのか?

しかも既に夜だし……

どうする?

どう対処する?


その時不意に、脳の奥から例の謎な声が響いてきた。

洸一チン、益々ヤク中の疑いが出て来たぞよ。


《頭を使え》


「あ、頭?」


「あ?どないしたんや洸一?頭がどうかしたんか?悪いんか?」

黒兵衛がマジマジと俺を見上げ、失礼な事を言う。


「わ、悪くないわい。本気を出してないだけだい」

ってか、頭を使う?

どう言う意味?

まさかヘッドバッド?

……

全く意味が分からない。


《剣の使い方を学べ。その剣はあらゆる事が出来る至高の剣だ》


「……剣か」

俺は背中に手を回し、謎の鎧武者氏より借り受けたチート級の魔法剣を引き抜いた。

それをマジマジと見つめ

「使い方ねぇ……」







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