俺様降臨
★第30話目
黒兵衛がピクピクと耳を動かす。
俺も石壁に耳をくっ付け、全神経を聴覚に集中。
な、なんでしょうか、この音は……
『――キンッ!!』
『――キンッ!!……カンッ!!』
甲高い、金属同士がぶつかり合う音。
それに続いて、今度は何やら爆発音まで響いてきた。
んん?一体……この外では何が起こってるんだ?何かの工事か?
『――そこかッ!!』
『――チッ…』
お、女の子の声!?
俺は同じように聞き耳を立てている黒兵衛と、顔を見合わせた。
『や、やるな。選ばれし勇者よ』
……は?
勇者?
な、何じゃそりゃ???
『貴様の命運もこれまでだッ!!怨嗟の魔王よッ!!』
ま、魔王ッ!?
もう、何が何だか……
「な、何や……えらくけったいな世界へ、来たもんやなぁ」
黒兵衛がトホホ~と言った感じで項垂れた。
「う、うむぅ……色々な世界があると聞いてたが……まさか厨二全開のファンタジィ世界に迷い込むとはねぇ」
思えば遠くへ来たもんだ。
「チープな転生モン系ラノベの世界やないけ。あ、せやからワテ、喋れるんか。魔力が濃いのも納得やな」
「モンスターとかいるのかなぁ?」
「おるんやないか?魔王とか言うてるし。せやけど……多分、魔界におるモンとは全然別物やと思うで。ワテのように魔界から人界へ流れ着いたモンの子孫とか、元々人間界に存在していた生物が高濃度の魔力で全く別の進化を遂げたとか……あくまでも、ここは人界に属する次元世界やからな」
「似て非なる物ってことか。例えるなら、地球に住むゴキブリと火星に住むゴキブリの違いぐらいか?」
「……お前の例えはいつもステージが高過ぎるんや。ワテ、いつも置いてきぼりや」
黒兵衛はそう言って、大きく溜息を吐いた。
「せやけど……参ったのぅ」
「何がだ?確かにヘンテコリンな世界だけど……一応、人間の世界だ。何とかなるんじゃね?」
「呑気やな、自分。エエか、良く考えてみぃや。もしここがや、自分の住んでる世界に良く似た、パラレルワールド的な世界やったら、話は早いで。何しろ常識が通用するさかいな。せやけど、この世界は……」
「俺の世界の常識が通用しないと?ぬ、ぬぅ……確かに。猫が喋ってる時点で、かなりアナーキーな世界だし……」
「こないイレギュラーな世界で、自分……行方不明の姉ちゃん達を探し出せるか?しかも素早く、的確にや」
むぅ……この世界で、まどか達を?
剣とか魔法とか飛び交う世界で……
「む、無理っぽいよなぁ」
「せやろ?無理とは言わんけど、かなり困難なミッションやで」
「……ぬぅ」
「しっかし、魔王やの勇者やの……何や、ごっつベタな世界設定やないけ」
黒兵衛が鼻を鳴らしながらせせら笑う。
「きっと、レベルが上がると音楽が鳴りよるねん」
「まぁな。街の人も、毎回同じ事しか言わなかったりしてな」
そんな事をほざきながら黒兵衛と共に嘲笑っていると、外では何やらイベントが進行している真っ最中であった。
『フ…フ……』
『何がおかしいッ!!』
――キンッと再び金属のぶつかる音。
『この私を倒しても、世界は救われぬぞ、勇者よ』
『な、なにぃッ!!』
「……おおぅ」
ちょっとドキドキだ。
『それはどーゆ意味だ、魔王ッ!!』
『ふ……何故なら私は魔王の称号を得ているが、それは便宜上の事にしか過ぎん。この世を暗黒に導くのは……破壊大帝、暗き月の大魔王様だからだッ!!私は大魔王様に仕える、神官に過ぎんのだッ!!』
そう言って、狂ったような甲高い笑い声が響いてきた。
「お、おいおい……これはアレやないか?真のラスボス様登場ってか?」
黒兵衛はワクワクと言った感じで俺を見上げた。
「うむ。裏ボスってヤツじゃね?中々の展開じゃねぇーか……声だけしか分からんが、頑張れ勇者」
『だ、大魔王だと……』
『そうだっ!!復活の時は近い。貴様の命もこれまでだッ!!』
刹那、いきなり地面がゴゴゴゴと大きく音を立てて揺れ始めた。
「な、なんやッ!?じ、地震か!?」
黒兵衛がコロコロと転がって行く。
もちろん俺もその場に立っている事は敵わず、思わずその場に座り込んでしまった。
「だ、大丈夫か、黒兵衛?」
「ま、まだ揺れてるやないけ」
「むぅ……さすが裏ボス様だ。派手な登場の仕方だぜ」
俺は苦笑しながらそう呟いた瞬間、
――ドガンッ!!
凄まじい破壊音と共に目の前の石の壁が崩れ落ち、眩いばかりの光が暗さに慣れ始めた俺の眼を襲った。
「うきゃっ!?ま、眩ちぃ……」
慌てて顔を手で覆う、俺。
やがて、清々しく柔らかい風が頬に当った。
どうやら謎の小部屋から脱出できたようだが……
恐る恐る顔を上げ、細めた目で辺り覗うと、どうやらここは……お城的な建築物の中のようだ。
俺のすぐ横には、少し煤けた赤色の玉座が置かれており、その目の前には、かなり露出度の高い、レースクイーンかイベントコンパニオンかと見間違えるほどの衣裳を身に纏い、漆黒のマントを羽織った女がひれ伏していた。
その後には、かなり重そうな全身鎧を装備した女戦士が、剣を構えて俺を睨んでいる。
「……え、え~と……」
取り敢えず頭を掻く俺。
すると、ひれ伏していた奇抜な衣装の女性は頭を上げ、俺を見つめながら叫んだ。
「だ、大魔王様ッ!!」
「は、はいぃぃぃぃぃぃッ!?」
★
だ、大魔王様って……
俺は足元でキョトンとしている黒兵衛と顔を見合わし、僅かな間を置いて再び謎の女性に目をやった。
畏怖に満ちた瞳で俺を見つめる女。
いや……女の子だ。
歳はかなり若い。
その童顔に肌の張りからして……俺と同じぐらいか、少し下ぐらいに見える。
小柄なその女の子は、軽くウェ―プの掛った柔らかそうな青い髪を、肩の辺りでキュッと小さな赤いリボンで縛っていた。
こうして見ると、露出度の高い衣裳と相俟って……実に可愛いくエキゾチックだ。
しかし……
「だ、大魔王様ッ!!」
甲高い声を上げてムキィーと叫ぶその態は、かなりアレだった。
穂波と同じレベルでヤバイ。
ってゆーか、とてもじゃないが魔王と呼ばれる女の子には見えない。
某イベント会場に行けば、一個中隊ほどの規模で見る事の出来るタイプの女の子だ。
「い、いや……あのぅ……」
さて、どう答えたら良いもんかな(苦笑
俺は途方に暮れながら、作り笑いを浮かべ思案していると、
「き、貴様が大魔王…」
巨大な剣を構えていた女戦士が、キッと俺を睨み付けながらそう呟いた。
これまた装飾過剰と言うか、如何にも『伝説の勇者の最終装備じゃけん』と言った全身鎧を身に纏った女の子だ。
青く光り輝く兜からは、長い漆黒の髪が溢れている。
中々の……いや、かなりの美人さんだ。
しかし少し吊り上がった目からは、ありありと俺に対しての殺気が放たれていた。
どちらかと言うと、こっちの方が『悪』って感じがして仕方が無い。
「ふ……まさかこの世を破壊に導く大魔王が、人間の姿を借りて現れるとはな」
言いながらサッと幅広の剣の切っ先を俺に向ける女戦士。いや、女勇者。
「だが、姿形に騙されはせぬッ!!この剣にかけて……貴様を倒すッ!!」
「お、お待ちなせい、お嬢さん」
俺は話し合いで解決すべく、やんわりと血気盛んな女の子を窘めるが、
「黙れ!!」
いきなり飛び込んで来るや、ピュッ!!と短い風切り音と共に、目の前がピカッと光ったかと思うと次の瞬間、ハラリと俺様の前髪が少しだけ落ちた。
ダンディな髪型が台無しだ。
「……チッ」
舌打ちし、再び間合いを取りつつ切っ先を俺に向ける女勇者。
一方の女の子魔王は、ワクワクドキドキと期待の篭った視線で俺を見つめている。
「ちょちょ、ちょっと待てって……」
――ピュッ!!
空気を切り裂き剣が唸る。
俺はサッと飛び退りそれを躱すが、既におパンツはビシャビシャだ。
替えを持ってきてないのが非常に悔やまれる。
「ふ……我が剣を躱すとは……さすが大魔王ッ!!」
「い、いやだからね、少しは俺の話を……」
――ピュッ!!
「ぬ、ぬぅ……」
どうやら聞く耳を持ち合わせていないようだ。
何て血圧の高い女の子なんだか。
はてさて、困ったもんだにゃあ……
取り敢えず俺は、途方に暮れてみた。
すると、
「ドアホッ!!少しは己の身ぐらい守らんかい!!」
コソコソと独り安全な場所に隠れている黒兵衛の声が響いた。
「む、むぅ……しかしな、見ず知らずの女性に攻撃など……ご近所でもフェミニスト洸一と呼ばれる俺様には、ちと厳しい注文かと……」
「……この状況でなに寝言言うてんのや?」
「いや、まぁ……ねぇ」
ぶっちゃけ、俺だって反撃したい。
が、しかしだ。
相手は重装備の勇者。
きっとステータスなどもカンストしているに違いない。
対して俺は普段着の高校生。
しかも素手。
……
どうしよう?
惨殺コースを真っしぐらに走っている状況ですぞ。
――ピュッ!!
「ぐぬぅ…」
本気で殺しに来てやがる……
どうする?
どうするよ、俺?
マジでどうする……
「遊んどらんで反撃しんかい、このボケッ!!背中の剣は飾りやないやろーが!!」
「相変わらず、口の汚い猫だぜ……」
「ドアホッ!!こない所で時間掛けてどないするんや!!為すべき事を思い出さんかい!!」
「……そうだったな」
そうだ。
俺はまどか達……プルーデンスとリステインの魂を持つ女の子達を捜しにやって来たのだ。
魔王だか勇者だか知らんが、コスプレ姉ちゃん達と遊んでいる暇は無いのだ。
しかし……
俺は背中に腕を回し、背負っている刀の柄に指を掛ける。
これ、使えるか?ってか、抜けるか?
指先に力を籠め、柄を握り締める。
すると、何かしらピリッとした感覚……まるで静電気のような感覚を味わうと同時に、それは容易く鞘から引き抜けた。
魔界では渾身の力を籠めてもビクともしなかったのに……不思議だねぇ。
「ふ……ようやく本気と言うわけか」
女勇者が表情を引き締め、剣を斜めに構える。
「ならば……これでも食らえッ!!」
そしてサッと切っ先を振り回し、何やら短い言葉を詠唱すると同時に、いきなり俺の周りに小さな火の玉がポッポッと灯りだし、それは十重二十重に取り囲むと、くるくると回転し始めた。
「火焔を司る精霊達よ。我に力をッ!!」
【ファイヤー・スクラム】
ボゥボゥと物理法則を完璧に無視して燃え盛る無数の火の玉が、俺目掛けて突っ込んできた!!
「――ヒェッ!?」
いきなり魔法ですか!!
想定外ですぞ!!
俺は頭の中を駆け巡る走馬灯に独り涙するがその時、構えている謎の鎧武者氏より借り受けた剣が光り輝いたと思うや、いきなり俺目掛けて特攻してきた無数の火の玉はその前進を止め、今度は女勇者目掛けて反転、突っ込み始めた。
「バ、バカなッ!?」
驚愕の声。
それと同時に、女魔王ちゃんの嘲るような声が響いた。
「ハハハハハハ……愚かな。我らが大魔王様は全ての力の象徴。炎の精霊ごとき、その配下に過ぎぬわッ!!」
「……そうなのか黒兵衛?」
「ワテが知るわけ無いやろうが……」
どこか疲れた口調で黒兵衛は素っ気無く言った。
★
「……くっ……」
所々炎で煤けた鎧を身に纏い、火傷の傷が痛々しい女勇者が呻いた。
「や、やるな、大魔王」
はい、僕は何もやっておりません。
どこの大魔王の話なんだい?
「い、いや……だからね。少しは僕の話も聞いて……」
言い終らない内に、次の攻撃が始まった。
哀しいけど、勇者ちゃんはやる気まんまんだ。
「うりゃーーーーッ!!」
魂魄の気合一閃、その女勇者はダッと床を蹴るや、大上段に構えた剣を俺の頭上目掛けて振り下ろしてきた。
ぶち当たれば、俺の頭はザクロの如く真っ赤に弾き飛んでしまう。
「ひぃぃぃッ!?」
サッと剣を構えて防御。
――ガキィーーーーンッ!!
鈍く甲高い音を立てて剣と剣がぶつかり、そして火花が散るや、
――パキャンッ!!!
軽やかな音と共に、女勇者の持つ重厚な剣がいとも簡単に砕け散った。
もちろん俺の持つ、謎の武者殿から借り受けた魔剣「羅洸剣」には傷一つ無い。
「――なッ!!?」
勇者ちゃんが驚愕の表情のまま後ずさった。
「バ、バカな。伝説の剣が……簡単に……」
唇を震わせ、呆然と折れた剣を見つめた。
きっとその剣を手に入れるのに、難しいイベントを3つくらいこなしたのだろう。
それを考えると、何だかちょっぴり悪い事をしてしまったような気がする。
ごめんよぅ。
「ハハハ……どうする勇者よ?膝を着いて大魔王様の慈悲に縋るか?」
女魔王が口に手を当てウププと笑った。
「くっ……」
折れた剣の柄を投げ捨て、勇者ちゃんは俺を睨む。
「だ、大魔王。……さすがだ、と言っておこう」
「は、はぁ?」
一体、何がでしょうか?
「だが……勝つのは私だッ!!」
言うやいきなり彼女の周りが光り輝き、そして手の平大の光球が現れたかと思うや、
【ライトニング・ボルト】
それはバチバチッと小さな雷を発しながら案の定、俺様目掛けて飛んで来た。
だが、
「……愚かな」
魔王ちゃんがせせら笑うと同時に、その光球は弧を描くように俺の前で急反転し、勇者ちゃんに舞い戻る。
そして辺り一面を真っ白な光が襲うと同時に、バチバチッと電気特有の感電音と共に彼女は吹っ飛び、巨大な柱に音を立ててぶち当たると、そのまま動かなくなってしまった。
ちなみに俺は、一切何もしていない。
ただ突っ立っていただけだ。
うぅ~む、コントのような勇者じゃのぅ……
「フッ…」
口元を歪め、魔王ちゃんがスタスタと横たわる女勇者に近付き、つま先で彼女の体をゴロンと転がす。
「……う゛」
微かな呻き声が聞こえた。
ふぅ……どうやら生きてるようだ。
僕チャンちょいと安心。
やっぱ襲い掛かって来たとは言え、女の子を殺すのは……
ってか、俺は今まで人殺しなんかした事はねぇーし。
そもそも普通の高校生だし……小動物すら苛めた事はないぞよ。
「……ふふ、無様な姿だな、勇者よ。そろそろ止めを刺してやるか」
「うぇ゛ッ!?」
慌てて顔を上げると、魔王ちゃんはどこから取り出したのか短剣を手に取り、気絶している勇者目掛けて振り下ろそうとしているところだった。
「ちょちょちょ、ちょいと待ったれやーッ!?」
「ははッ!!」
バッと振り向き、魔王ちゃんが素早く跪く。
「な、何用ですか?大魔王様……」
「え、え~と…」
チラリと彼女を覗うと、実にまぁ熱いと言うか限りなくマッドでサイコと言うか……良く言えば真摯な瞳、普通に言えば狂信者的な瞳で俺を見つめていた。
「ぐ…」
い、言えない。俺は大魔王なんかじゃないって……今更言えない。
「と、取り敢えず……その女勇者を……殺すな」
「な、何故ですッ!?」
クワッと大きく目を見開き、魔王ちゃんは俺を凝視した。
――ひぃぃぃぃッ!!?お、おっかねぇよぅ……
「あ~……なんだ、そのぅ……生かしておいてこそ、利用価値があるもんだ。……多分」
「……」
「え、え~と……」
「分かりました」
そう言って彼女はスクッと立ち上がり、俺を更に畏敬の瞳で見つめた。
「さすがは大魔王様。この勇者に、我らに歯向かった罰として辱めを与え、然る後に愚民共の前で無惨に処刑して恐怖を与える、と言う訳ですね?」
「……」
ち、違うわいッ!?
僕チャンそんな極悪人じゃないやいッ!!
と、心から叫びたかった。
もちろん、盲目的に俺を信頼している、この脳がスパークしている女の子の前では言えない。
今の俺に今出来る事は……大魔王とやらを演じるしかないのだ。
自分の身を守るためにも。
「う、うむ。い、色々と……聞き出す事もあるしな。と、取り敢えず、どこかに閉じ込めておけ。もちろん、俺が後で尋問するまで、一切の危害を加えてはならんぞ」
「さ、さすがは大魔王様。この勇者を使って何か恐るべき事を……」
ははーとどこか感極まりながら平伏す女魔王。
何だか俺、猛烈に帰りたくなった。