真咲姐さん復活
★第51話目
――夜……
月明かりに照らされたパインフィールド城の一角。
パーソンズ親衛隊長が、作戦会議室に集まった最高幹部達を前に報告書片手に熱弁を揮っている。
そしてその中央に陣取っているホリーホックは、瞳を閉じながら静かに思案していた。
大魔王様……今頃、何してるかなぁ……
彼からの手紙が来て以来、それだけを考えていた。
『勇者を助けるから遅れる』
手紙の最後には、そう記述してあった。
……なんでッ!?
声を大にして叫びたかった。
だってあの女は敵じゃないのッ!!
しかも帝国の皇女……私の仇敵……
それなのに大魔王様は……
考えれば考えるほど、彼の行動が良く分からなかった。
帝国の動静を探るためにここから黙って去って行ったのに……
どうして?どうしてあの女を助けるとか言うの?
大魔王様は私を助ける為だけに降臨してくれた筈なのに……
私だけの為にッ!!
も、もしかして……やっぱり嫌われちゃったのかな……
不意に胸が絞め付けられるような痛みが走る。
酷い事を言っちゃったし……それで嫌になってあの勇者のところへ……
ホリーホックは以前に自分を追い詰めた勇者チェイムの姿を思い出し、そして深い溜息を一つ吐いた。
あの長くて柔らかそうな黒髪。
切れ長の目と意志の強そうな瞳。
そして端整な顔立ち。
透き通るような真っ白な肌。
優雅な身のこなし。
どれも私が持っていないもの……
巨大な帝国の皇女と、滅亡した小国の王女……
敵わないよ……
泣きたくなった。
大魔王様だって男なんだから、魅力的な女の子の元へ走って行くのは……止められないよぅ……
「明朝城を出立し、バオア山の麓に隠れ、敵の侵攻を待つと言う作戦で宜しいですかな大将軍?」
パーソンズの言葉に、ミトナットウが頷いた。
「んだ。それで行くしかないっぺよ。ただし、敵が事前に此方の動きを察知していた場合は速やかに撤収するだっぺ。まともに戦ったら、確実に全滅するっぺよ」
★
「……ん」
煤けたカーテンの隙間から零れる、朝の突き刺すような陽光に、俺は目を顰め、次にゆっくりと重たい瞼を開けた。
朝…か…
何だか懐かしい夢を見た。
真咲姐さんに理不尽にボコられる夢だ。
どちらかと言うと悪夢に近い。
が、それでも凄く懐かしい。
しかも不思議な事に、何故か真咲とチェイムが重なって見えたのだ。
……って、本当に夢か?
俺はチラリと、自分の左隣で静かな寝息を立てているチェイムを覗った。
顔をこちらに向け、スースーと静かな寝息を立てている。
あどけない顔だ。
張りのある艶やかなほっぺが、物凄く可愛く見える。
この感覚……
俺の魂が何か触れるような摩訶不思議な感覚……
やはりチェイムが真咲姐さんの転生した姿か。
うぅ~む、しかし見た目では全くそうは見えんが……
そっと指を伸ばし、彼女のプニプニのほっぺを突っ突いてみると、
「ん……」
くすぐったいのか、微笑みながら肩を窄めた。
か、可愛いじゃねぇーか……
やるな、チェイム?
だが俺は負けんぞッ!!
今度は耳元に息を吹き掛けてみた。
「……ん」
ピクンと体を震わせ、また静かな寝息を立てる。
……さて困ったな。
少しだけ興奮してしまったじゃないか。
俺はそっと、彼女の肩から身体を覆っている布団をずり下げると
「……おおぅ」
張りのある真っ白な乳上様が、チラリンと見えた。
ぬぅ…
腕が邪魔をして全体は把握できないが、それがまたなんとも良いッ!!
チラリと見えるエロティシズムと言うのだろうか?
何だか分からんけど、股間ビックな感じだ。
「チェイム……または真咲しゃん」
彼女の耳元で囁きながら、俺は胸をツンツンとしてみる。
指先に伝わるフニョフニョ感が、いとをかし(古語)。
「んん…」
くぐもった声を少し上げ、チェイムの瞼が微かに震えた。
「朝だよ~♪」
俺はもう一度彼女の耳元で囁き、ツヤツヤのほっぺにチュウを一発。
傍から見れば、グーで殴られてもおかしくないほど世間を舐めている行為ではあるが、そこはそれ、初めて一緒に向かえた朝なのだから、多少のスィートさは神様も大目に見てくれるだろう。
「ん…」
ゆっくりと瞼が開き、寝惚け眼で俺を見つめるチェイム。
「やぁハニー(はちみつ)。ぐっもーにんだぜ」
朝の陽を背景に、俺は爽やかな笑みをもって御挨拶。
「……こう……いち?」
「ああ、おはようチェイム」
「う、うん。おはよう……」
エヘヘ~と可愛く笑うチェイムではあったが、次の瞬間、
「へ?」
いきなり覚醒したかのように、パチパチッと大きな瞬き繰り返し、そしていきなり、
「あ、あ……あれ?ここは……あれ?は、裸だし……あれ?あれれ?」
パニくった。
「ど、どうしたチェイム?」
薄手の布団の中に身を隠す彼女に俺は声を掛けるが
「え?あれ……チェイム……私だ。あれ?で、でも……あれ?」
「やっぱり、真咲しゃんか?」
俺は跳ね上がる心臓を押さながら尋ねた。
「あ、当たり前だ。って、なんで……あれ?私はチェイムだけど……え?あ、あれ?」
「……」
う~む、物凄い錯乱ぶりですな。
きっと彼女の脳内HDDは今頃、ガリガリと嫌な音を立てているのだろう。
「あれ?髪が……長い?ん?あれ?でも私はチェイムだから……え?えと…何がどうなって…」
う~む、落ち着いてくれないと話が出来んが、俺もどう説明して良いのやら。
何しろ自分自身、未だに良く分かってないんだからね。
はてさて、どうしたモンか……
「ま、まぁ落ち着け、チェイム。いやさ真咲。実は……全てあの魔女様の仕業なんだ」
「え!?喜連川先輩が?」
「そ、そうだ」
いや、のどかさんは余り関係ないけど、取り敢えず落ち着かせる為にそう言ったのだが、
「そうか。なら仕方ないな」
真咲さんはあっさり納得してくれた。
さすがだぜ、先輩。
「ま、まぁ……ボチボチと詳しく話すけど……それより、どんな感じなんだ?」
チェイムと真咲、記憶が二つ同時に存在しているって、思考とかはどうなんだろうか……
多重人格者みたいな感じかな?
いや、そもそも多重人格ってのが良く分からんのだが……その辺は、穂波の方が良く知ってるだろう。
何しろ真性だし。
「え?ど、どんな感じって……」
真咲さんは何故か軽く頬を赤らめ、
「その……何か異物感が……」
「へ?異物感?」
「う、うん。まだ挟まってる感じだ。あ、でも痛みはそんなに……」
「え、えと……真咲しゃん?なに言うてんの?」
「え?」
「俺的には、二つの人格とか記憶が頭の中に混在する状況を聞いてみたかったんだけど……」
ポリポリと頭を掻きながら少し困った顔で尋ねる僕チン。
真咲は瞬時に顔色が赤からどす黒く変色するや、
「ば、馬鹿かーーーッ!!」
凶悪な豪拳炸裂。
「ふぎゃんッ!?」
いきなりブン殴られ、俺はそのまま壁まで吹っ飛ばされた。
な、何たる理不尽。
先程の夢はまさかの予知夢?
でも……
何だか懐かしくて……ちょっとだけホッとした気分になったのだった。
★
「……なるほどね。つまり、チェイムと真咲、二つの記憶と人格等が同時に存在しつつも、それほど混乱は無く、どちらかの人格に意識を集中すると、もう片方は何だか眠ったような状態になると……なるほど」
朝のティーを啜りながら、俺はチェイム(真咲)と話し込んでいた。
もちろん、プルーデンス&リステインの生まれ変りがどうとか、歴史の流れから排除されて転生したとか……その辺の事は小難しい、と言うか深く突っ込まれると俺自身も混乱するので、かなり端折った話をしたのだが……
「まぁ……そうか。人格はともかく、記憶云々ついては、俺も似たようなものか」
何しろ俺は、人格は一つだが記憶は3つあるからね。
「洸一もなのか?」
瞳に半ば心配気な色を宿し、真咲が尋ねてくる。
「まぁな。最初にのどか先輩に魔界に送り込まれた時の記憶に、ループした高校二年の記憶、そして真咲達がいなくなった世界の記憶(いづみチャンとの記憶)と……まぁ色々、最初はかなり戸惑ったからねぇ」
しかしそうは言っても、同一次元世界での出来事だったから、ある意味整合が取れていて、それほど混乱はしなかったが、彼女の場合は世界的規模で歴史が違うのだ。
一般常識も違うだろうし、何しろモンスターとかが普通にいる世界だ。
頭の中はパニック寸前だろう。
「ま、まぁ……そう言うワケで、俺は皆を元の世界に連れ戻す為にやって来た、と言うワケなんだよぅ」
「そ、そうなんだ」
彼女はコクコクと頷いた。
「あ、でも……すると私は、ここから去らなければならないと言う事か……」
「う、うん。まぁ……そう言う事になるね」
彼女の言いたい事はよく分かる。
例え間違った歴史であろうと、彼女はこの世界で生きてきたのだ。
産まれた時から今までの記憶が、ちゃんとあるのだ。
言わばここはもう一つの故郷で……そしてそこから永遠に姿を消すなんてのは、中々に思う所があるのだろう。
ただ、彼女は彼女で、この世界で辛い経験をしてきたので、そう言う意味では少し安心だ。
もし仮に、この世界で超幸せな生活を送っていたら……元の世界に戻るのを拒否したかも知れんしね。
「でもまぁ……俺も一緒なんだし……」
「あ……う、うん」
頬染めながら大きく頷くチェイムこと真咲姐さん。
そして彼女はチラリと乱れたベッドに目をやり、
「でも、まさか洸一と……」
「あはははは…」
俺は少しだけ乾いた笑いをした。
いやはや、色々と後が怖いね。
本当にこの先、どうなる事やら……
「と、ところで……俺はチェイムと呼べば良いのか?真咲と呼んだ方が良いのか?」
よもや『嫁』と呼べとは言わんだろうな。
「え?あ、う~ん……チェイムの方かな?」
彼女は顎に指を当て、そう答えた。
「な、なんかね。その……未だに、いつもの学園生活が夢の世界の出来事のように感じられれて……」
「……ふむ、なるほど」
この世界に馴染んでいる分、そう思うのか。
実際、俺もこのファンタジィな世界は、未だに現実感と言うか、何かこう実感とかが湧かないしな。
「そうだな。ならこの世界にいる間はチェイムと呼ぶか。その方が色々と都合が良いだろう。チェイムも、出来るだけチェイムとして振舞ってくれ。出来るだろ?」
「う、うん。チェイムの方に意識を集中させる。二荒真咲だと、どうも変な感じなんだ。髪だって、こんなに長く伸ばした事はないし……」
そう言ってチェイムは、自分の髪をそっと撫でた。
ぬぅ……
艶やかな長い黒髪。
俺はそれを見て、元の世界に戻ったら、真咲しゃんも少しは伸ばすのかな?なーんて思ったりもした。
「それにさ、体の感覚もちょっとだけ違うし……」
「……真咲さんボディよりお乳が大きいからか?」
「馬鹿かッ!!」
顔中を真赤にして、チェイムが吼えた。
もちろん、吼えるだけじゃなく手まで出た。
洸一、ちょいと鼻とか痛いです。
「ま、全く洸一は……」
「ンなこと言っても……ま、何を言いたいかは分かるけどね」
チェイムと真咲さんじゃ、背丈や体重、筋肉の付き方も違うからね。
二荒真咲の精神に集中すると、チェイムの身体は勝手が違い、動き辛いのだろう。
「でも……実際さ、魔法とかはどうなの?チェイムは魔法とか使えたじゃん?あれって、どう言う感じなの?」
「洸一だって使えたじゃないか」
「俺の場合は、チートアイテムを使用しただけだからね」
そう言えば今のところ、身体に負荷は出てないな。
大丈夫かなぁ……
後でいきなり何かしら不具合が出て来そうで、ちと怖いよ。
魔法行使一回に付き数ミリ、マイ・ジュニアが小さくなるとかだったら、僕ちゃん絶望ですぞ。
冒険が終わる頃には、イボ位の大きさになってたりして。
……
うん、死のうかな。
「う~ん……説明し辛いな。普通に使えるし」
チェイムは僅かに眉間に皺を寄せ、答えた。
「そっかぁ。ところで話は変わるけど、この世界にはもう一人、誰かの生まれ変わりが居る筈なんだ。それについて何か心当たりはないかにゃ?」
「もう一人か。ふむ……どうだろう?思い当たる節は無いが……強いて言うなら、あの女魔王ぐらいではないか?」
「ホリーホックが?そ、その根拠は?」
「無い。強いて言うなら、私が知っている同年代の女はあの女魔王ぐらいだからな」
チェイムは、残念な事を何故か胸を張って答えた。
「ぬぅ…」
そっかぁ……チェイムはただでさえ高貴な上に、その宮廷でも嫌われていたから、普通に同年代の友達っていないのかぁ……
洸一、ちょっと泣きそうですよ。
「しかしホリーホックか……」
「確証は無いがな。出会ったのはあの戦いの時だけだ。もう少し親しくなれば、何か分かるかも知れないが……洸一はどう思うのだ?お前の方があの女とは親しいだろ?」
「うぅ~ん……どうだろう?」
確かに、何か感じる物はあるが、断定は出来ない。
そもそも洸一チン、結構惚れっぽい気質と言うか浮気性と言うか……ま、ぶっちゃけ無節操な所もあるからね。
「そもそも、俺も真咲……じゃなかったチェイムと同じく、この世界で同年代の女の子って、ホリーホックぐらいしか知らないしなぁ。色々な女の子と知り合っていたら、それはそれで探すのは大変だけど、ホリーホックしか知らないとなると、選択肢が全く無いと言うか……」
「……色々な女と知り合ってどうする気だ?あ?」
「え?そこ?ってか、めっちゃ顔が怖いんですけどぅ」
「うるさい!!大体、お前はいつも……」
「OKOK、取り敢えず落ち着け。で、話は戻すけど……」
「誤魔化したな」
「は、話は戻すけど、ホリーホックは確かに気になる存在だけど、他に誰とも知り合っていない状態で、彼女だと断定するのは些か性急過ぎると……」
「やはりあの女が気になるのか!!」
「うわぁぁぁん、ちっとも話が続かないよぅ」
★
「リグビーに頼んで、馬車を一台都合してもらいましたよ」
朝食の席、こんがり焼けたパンを齧りながらピッケンズ男爵が言った。
「全速で駆ければ、二日程度でパインフィールドに着く事が出来るでしょう」
「そ、そうか…」
俺はコクコクと頷くが、な、なんちゅうか……周りの視線がちと痛い。
何故ならだ、
「洸一。バターをたっぷり塗っておいたぞ。ほら、食べさせてやるから口を開けろ」
そう言って、細かく千切った食パンを、まるで雛鳥に餌を与える母鳥の如く俺の口の中へ放り込む真咲さんことチェイム。
「どうだ?美味しいか?」
「お、おう…」
真咲姐さん、世話焼き女房ですか?
いや、むしろこれでは単なるバカップルだ。
これがあの、質実剛健、大和撫子な二荒真咲さんとは……
もしかして、チェイムとしての人格が何か影響しているのか?
良く分からん。
良く分からんが……取り敢えず、居心地が悪い。
いや、イチャイチャするのは別に良い。
俺も嫌いではない。
ただ、TPOを弁えて欲しいと言うか……もう少し、人目を憚って欲しいもんです。
「な、なんか……見ていると、自分の若い頃を思い出しますなぁ。ははは…」
引き攣った笑いを浮かべる男爵とその奥さん。
保護者代わりであるナッシュ老に至っては、たった一晩で10歳ぐらい老けたような感じだった。
このままだと、明日の朝には死んでるかもしれん。
「で、守護天使様」
ピッケンズは口調と表情を変え、おもむろに話を切り出した。
「パインフィールドへと向かう道ですが、私は南の隊商道を通るのが最適かと。主要街道で整備もされておりますし、距離的にも一番速く到着出来ると思います。……どうでしょうか?」
「どうでしょうか、と言われてもなぁ。俺はこの辺の地理には疎いから、正直分からん。……チェイムはどう思う?」
「洸一と一緒だったら……」
「……」
ダメだこりゃ。
「ナ、ナッシュの爺さんはどう思う?」
「……確かに、あの街道を通れば一番早くパインフィールドに辿り着けますが……十中八九、先発した第三軍に追いついてしまいますなぁ」
「敵の軍勢の中に突っ込んじまうワケか」
「我々の移動速度を考えますと、遅くとも今日の夜にはバオア山周辺で遭遇してしまいますな」
そう言ってナッシュ老は、「ンフゥ~」と重い溜息を吐いた。
「う~ん……だ、そうだが男爵、他に道はないのか?」
「裏街道など、ある事はありますが……どれも時間が掛ってしまいますね。我々がパインフィールドに辿り着く前に第三軍団が着いてしまっていては、元もこうもありませんからね」
そう言ってピッケンズは眉根を顰めながら答えた。
「どうでしょうか守護天使様。取り敢えずはバオア山まで馬を進め、そこから山を迂回して第三軍団より先行するのは?私の予想では、軍団は山麓で夜営すると思われますから……」
「敵に気付かれずに夜通し暗い山道を進めってか?しかも地理も良く分かってないのに?そいつはかなり厳しいと思うが……うぅ~ん、他に考えもないし、それしかないかな」
「はい。私はそれが最善と思いますが……殿下はどうお考えですか?」
「洸一と一緒だったら……」
「……だ、そうです守護天使様」
「……」




