王城は夜の7時
★第45話目
……フッ……人生とは、意外な事の連続だな。
ヴィンスは、謁見の間で皇帝に向かって跪いているピッケンズ男爵を一瞥し、微かに口角を吊り上げた。
それにしてもあの女、よもや貴族籍まで捨てる気だったとは……私の計画も、少しばかり修正しないとな。
「ピッケンズ男爵よ。それは誠か?」
玉座から身を乗り出し、震える声で皇帝が尋ねる。
「まさか、あの鉄犀騎士団が……」
「ハッ。全滅しました。一人残らず」
居並んだ者達からざわめきが起こる。
「最強の守護獣も帝国の騎士団も……成す術無く、大魔王に葬られました」
「問題は……大魔王もさることながら、パインフィールドの残党が蜂起したことですな」
かなり太った内政大臣が、眉を顰めながら恭しく皇帝に向かって意見を述べる。
「滅びた王国の復興を掛けた戦争。これは非常にマズイですな。帝国の根幹に関わる大問題ですぞ。近隣の反帝国国家が介入してくるとも限りません。いや、むしろ既に背後で動いているかも知れませんな」
「むぅ…」
「早急に軍団を派遣すべきですぞ」
そう轟然と言い放ったのは、額から頬に掛けて生々しい傷跡が残る将軍の一人だった。
「所詮は小さな反乱軍。今なら軍団規模の部隊に歯が立つとは思えません。陛下、どうぞ派遣をお命じ下さい」
その言に、ピッケンズ男爵は慌てた様に口を挟んだ。
「し、しかし将軍。相手は、あの大魔王なんですぞ?あの魔力……一瞬にして兵達を全て虫や小動物に変えてしまったのですぞ」
「心配は無用に願いたいな、男爵殿。軍団には魔術師部隊もいれば最強の守護獣を駆る飛竜連撃部隊もいる。田舎魔王如き、一捻りですな」
「しかし……」
自信過剰な将軍に対し、ピッケンズは反論しようと口を開けかけた時、
「失礼しますッ!!」
報告書片手に飛び込んできた近衛兵が緊急事態を告げた。
「バオア山監視所からの報告によりますと、城砦都市カーレを占拠した反乱軍は、昨日戴冠の儀を執り行い、正式に独立を表明したとの事でありますッ!!」
「陛下。これは益々以って忌々しき事態ですぞ」
内政大臣がチラリとヴィンス一瞥し、皇帝に向かって眉根を顰めながら口を開いた。
「チェイム殿下の招いた大魔王復活劇。そしてパインフィールド残党の蜂起……些か、時が合い過ぎますな。私が思うに、どうもこの一連の出来事には、少しばかり裏があるような気がして仕方ありません」
「裏とは?」
「口に出すのも憚かれますが……どうもチェイム殿下と大魔王とやらには、何か繋がりがあるのではないかと……事が急速に進み過ぎておりますれば、これはやはり……」
「お、お待ち下さい大臣閣下」
ピッケンズが慌てたように言う。
「殿下は大魔王と死闘を繰り広げたのですぞ。その殿下が、大魔王と繋がっている等と……」
「……確かに。男爵殿の言いたいことも分かります。が、ならば何故に殿下は命があるのですかな?聞けば殿下は、男爵殿のように旅の者に助けられたというワケではなく、大魔王が助命して解放したと聞きましたが……」
「そ、それは……」
「……その件に付きましては、早速明日にでも私が問い質しましょう」
静かにヴォンスは言い放った。
まるでこの流れを待っていたかのように。
「殿下は私の大事な婚約者。彼女の事は私がよく知ってます。嘘ぐらい見分けがつきます」
「ふむ。もし仮に、チェイムが帝国を裏切る行為をしていたら、そちはどうする?」
皇帝が、溜息を吐きながら娘婿になる予定の伯爵を見つめた。
「……愛よりも、帝国の威信を」
ヴィンスは苦渋の表情で深々と頭を下げた。
もちろん、内心は違う。
フッ……多少成り行き任せだが、ここは致し方あるまい。
にしてもあの女、やってくれるな。
しかし本当に大魔王とやらと繋がっているのか……
まぁ、どちらでも構わないがな。
「……そうか。そちには辛い思いをさせる」
沈痛な面持ちで皇帝。
その彼に、大臣が冷静な声で尋ねた。
「陛下。チェイム殿下の事は伯爵閣下に任せるとして、かの大魔王とやらには……やはり軍団を派遣しますかな?」
「……現在、派遣できる軍団は?」
「確か……」
「我が第3軍団が帝都に駐屯しておりますッ!!」
将軍が胸を張り、胴間声で答えた。
「そ、そうか。ならば早急に編成を整え、カーレに向かって進ませるのだ。大魔王とパインフィールドの残党を生かしておくな」
★
俺が庭に面したテラスで、小鳥達の囀りを聞きながら男爵の奥さんと一緒に黄昏時の紅茶を楽しんでいると、
「しゅ、守護天使……じゃなかった、だ、ダイクン殿ーーーッ!!」
屋敷中に響き渡る大きな声で、慌てたように男爵が駆け込んで来た。
「あ、ああ……ここにいたんですか。って、お茶を飲んでる場合じゃないですよ!!」
「あ、あらそう?」
な、何だかなぁ……
なにテンパってるんじゃろうねぇ?
俺はポリポリと頭を掻きながら、取り敢えず男爵に席を勧める。
「いやはやダイクン殿。じ、実はですねぇ…」
と、座りながら男爵が何か言い掛けるが、不意に奥さんに顔を向けると、
「エ、エバ?お前、どうしてここに?それに……め、目が……」
「見えるように……なったんです」
男爵夫人はニッコリと、 目尻に光る物を溜めて微笑んだ。
「ほ、本当か?」
男爵は目を大きく見開き、優しく奥さんの頬を撫でる。
「ど、どうして?医者も見放し、あらゆる治療魔法も効かなかったのに……」
「分かりません。ただ、ダイクン殿とお話している内に急に……」
「……」
男爵は驚きの表情のまま、無言で俺を見つめた。
「ま、まぁ……知っちまったからなぁ」
俺は呟き、静かに紅茶を啜った。
「ダ、ダイクン殿……」
「それより男爵。何か話があるんじゃなかったのか?」
「お、おぉっ。そ、そうでした」
ゴシゴシと腕で涙ぐんだ瞳を拭い、
「エ、エバ。悪いが、ダイクン殿と大事な話しがあるゆえ、少し席を外していてくれ」
「わかりました」
コクンと頷き、男爵夫人はテラスを後にした。
その後姿を見送った後、男爵はテーブルに額を打ち付ける勢いで、
「しゅ、守護天使殿。な、なんとお礼を申し上げて良いのか……」
「あ、あ~……気にすんな。それより話と言うのは?」
「は、はっ。実は色々と情報を集めてきましたが……先ず帝国は、パインフィールドに対して軍事行動を起こすようです」
「まぁ、予想通りだな。……で、敵の規模は?」
俺はクイッと紅茶を飲み干し、真面目な表情で男爵を覗った。
「帝都に駐留している第3軍団がその任に着きます。規模は……重装騎士団が3個部隊、重歩兵団が10個部隊……弓戦隊が5個部隊に、飛竜を駆る突撃空挺部隊が2個部隊。その他諸々併せまして、兵力はおよそ1万程度かと」
「……話にならんね」
俺はニカッと笑顔で答えた。
此方は総動員しても、その数は千にも満たない。
一万対千……戦力差は10倍。
いや、個々の戦闘力、更には国力比までも計算に併せれば……ご町内のガキ大将が金髪野菜星人に挑むようなもんだ。
眉毛の無い独裁者だって、もう少し有利な戦争を行なえたのにねぇ。
「うむぅ……こりゃ速攻で戻らんと、マズイよねぇ」
「た、確かに」
男爵は頷いた。
「……ふむ。他には?何か面白い情報はあったか?」
「ハッ。その事で一つお尋ねしたいのですが……」
「なんだい?」
「チェイム殿下は……その……守護天使様のお仲間なんでしょうか?」
「……はい?俺とあの気の強い黒髪のお姫ちゃんが仲間?……初耳ですぞ?」
俺は首を捻った。
「いやいや、常識的に考えても敵だろう。何しろ魔王と勇者だぞ?ホリーホックともガチで死闘を演じていたし……」
「そ、そうですか。実はですね……」
男爵は渋面をつくり、チェイムに関しての様々な情報を教えてくれた。
彼女が宮廷裁判とやらで継承権を剥奪された事。
パインフィールド残党、特に大魔王な俺と繋がっている、と言う嫌疑を掛けられている事。
そして尋問に掛けられる予定だと言う事……中々に厳しい状況である。
「うぅ~ん……こりゃまいったなぁ」
俺は両の手で髪をクシャクシャと掻き毟った。
「早く帰らなければいけないのに……拙い事になっちまった」
「な、何がですか?」
男爵は不思議そうな表情で俺を見つめた。
「守護天使殿は急ぎ、パインフィールドにお戻りになれば良いかと思いますが……」
「……それが出来れば悩みなんかしないよ。だってさ、あの勇者チャンが窮地に立たされているんだろ?」
「は、はぁ?しかしそれは、帝国内の問題ですから……」
「うぅ~ん、確かにそうなんだけど……話を聞くとさ、俺が原因で勇者ちゃんはあらぬ嫌疑を掛けられているワケじゃん?」
「そ、そうとも言えますが……」
「俺は……俺のせいで困っている女の子を見捨てて行く事なんか出来はしないよ」(男だったら見捨てると言う意味)
「……守護天使殿」
男爵はゆっくりと頷いた。
「しかし、パインフィールドの方は……」
「う~ん……まだ少しだが、時間的に余裕はあるだろう。それだけの規模の軍勢を動かすとなると、今すぐってワケにも行くまい。行軍にも時間が掛かるだろうしね。取り敢えず黒兵衛に、俺が戻るまで絶対防衛に努めろと連絡しておこう。あの城砦なら、少しは持ち堪える事が出来るだろうよ。しっかし……着いて早々、問題が起きるとはねぇ。観光する暇も無いや。トホホですよ」
ってか、皆の痕跡を見つけに、大きな街までやって来たのにね。
本末転倒とはまさにこの事だよ。
★
陽が沈み、夜の帳が落ちる頃、パインフィールド城の会議室にて、ホリーホック女王を始めとする重臣達が国家運営について議論を交していると、
「……おや?」
マリオット侍従長は、ドーム型の天井を一羽の真っ白な鳩が孤を描くように飛んでいるのを見つけた。
「こんな時間に、一体どこから入ったのか……」
「どうかしましたか、マリオット?」
中央に置かれた大きな椅子に腰掛けたホリーホックが尋ねる。
「いや陛下。あの鳩が……」
そう指差すと、その白く輝くような鳩はゆっくりと、テーブルの隅の方でうつらうつらと惰眠を貪っている最中の黒兵衛の前に舞い降りた。
「……ん?」
ピクンと耳を動かし、薄目を開ける黒兵衛。
目の前には、クルックーと鳴く一羽の鳩。
「……ウニャンッ!!」
本能の赴くまま、黒兵衛はネコパンチを繰出したその瞬間、
―ボワンッ!!
いきなり小さな爆音と共に、その鳩は一枚の皮羊紙に姿を変えた。
「あ?何やねん?」
前足でそれを押さえ付けながら黒兵衛。
ウィンウッドもパーソンズもその紙を覗き込む。
「変化の呪文?や、これは使い魔ちゅうか式鬼の類やろか……」
呟きながらその紙を前足で器用に手繰り寄せると、そこには何やら書き殴った文字があった。
「おッ!?洸一からの手紙やないけ」
――バヒュンッ!!
疾風のようにホリーホックはその手紙を引っ手繰った。
だが、
「よ、読めません…」
いきなり半泣きだった。
「あ、あ゛~……まぁ、ワテ等の言葉(日本語)やさかいなぁ」
脱力したように黒兵衛。
「どれ……姉ちゃん、見せてみいや」
「は、はい」
ホリーホックはそっと、黒兵衛の前に手紙を戻した。
「え~と……な、なんや汚い字やなぁ」
【おっす、オラ洸一。いま帝都にいる。帝都は華やかだ。どこを見ても人だらけで、何だかウキウキのドキドキワクワクで、ぶぶぃーんと総人口の3分の1ぐらいを抹殺したくなってしまう。で、俺様は男爵の遠縁の家に御厄介になりながら、情報を収集している所だ。男爵夫人は美人だ。あのヘナチョコには勿体無い気がする。夫人があと5年ほど若かったら……僕チャンは禁断の果実を手に入れてしまうかもしれない。人妻か……良い響きだ】
「な、なんか……かなり脱線してるっぺ」
ミトナットウが溜息を混じりに呟いた。
「まぁ、あれは何処に出しても恥ずかしいバカやからなぁ」
黒兵衛は言いながらチラリとホリーホックに視線を移すと、
「ムゥゥゥゥゥゥ」
ご機嫌はかなり斜めだった。
【さて、冗談交じりの前置きはこれぐらいで、緊急報告がある。先ず、帝都に着いた早々……男爵の飼っている猫が子供を産んだ。4匹だ。そのうち、茶虎の雌猫を貰うことにした。黒兵衛の嫁さんにしようと思うのだが……どうだろう?】
「ど、どうだろうって言われたかて……何を考えとるんや?」
【で、次の報告だが……軍団とやらがパインフィールドに攻め込むそうだ】
「ぐ、軍団ですとッ!?」
ウィンウッドが叫んだ。
【総数は、一万ちょっとぐらいだ。しかも飛竜とやらに乗った空挺部隊まで用意しているらしい。うひゃひゃひゃひゃ、こりゃダメだね。草生えちゃうよね】
「物凄く他人事にように言ってるだっぺよぅ」
ミトナットウが情け無い声を上げて抗議する。
「し、しかし……軍団規模で進軍してくるとは、予想外だった」
ウィンウッドは腕を組みながら深く唸った。
「で、敵の侵攻時期とかは書いてありますか?」
「ちょ、ちょいと待っとれや。字が汚くて……ヒエログリフを解くみたいやで」
【それで敵の軍団は、第3軍団だそうだ。帝都に駐留しているから、準備が整い次第、速攻で侵攻を開始するらしい。パインフィールドに到着するのは、規模から考えて、およそ3日ないし4日後ぐらいだろう】
「むぅ…」
【はっきり言って、勝てる見込みは全く無い。その辺のただ単に太っている男が、東十両3枚目に挑むようなもんだ。であるからにして、取れる作戦はただ一つ、専守防衛、絶対的篭城作戦だ。俺様が戻るまで持ち堪えてくれ。しかしながら……実は俺様、少々やる事が出来たので、少し遅れるかも知れない。そんなに遅くはならないと思うが、何が起こるか分からない。もし仮に、俺様が戻るまでに支え切れそうに無いと判断したのなら、速やかに撤収するように。なに、城の一つぐらい、いつでも取り返してやるからね。とにかく命を最優先に。以上だ。
――追伸
遅れる理由は……】
「お、遅れる理由は……なんですか、黒兵衛殿?」
ホリーホックは小首を傾げ、洸一からの手紙を前に困った顔をしている黒猫に尋ねた。
「あ、いや……なんや、その……少しなぁ。心配するから、姉ちゃんには言うなって書いてあるし……」
「……私にだけは……秘密?」
「お……おぅ。まぁ、なんや人助けをするって書いてあって……」
「……女ですね」
ボソッと、地獄の鬼も裸足で逃げ出すような低い声でホリーホック。
黒兵衛はブルンブルンと高速で首を横に振った。
「ちゃ、ちゃうで姉ちゃん。洸一は、人助けをせなアカンと……」
「黒兵衛殿。正直に言って下さい。私、もう大人ですから……大魔王様が何をしようが怒ったりはしませんよ」
ホリーホックのその言葉に、居並んだ幹部達は「そりゃ嘘だ」と思った。
「黒兵衛殿……さぁ、早く言って下さい」
「あぅ゛……その……例のな、女勇者がおったやないけ。姉ちゃんと戦ってた、帝国のお姫様っちゅう勇者や。んで、なんかその勇者がな、ちと困った事になってるんで、助けなアカンとここに書いてあるんやが……」
「……」
「お、おい姉ちゃん。コメカミが超ヒクヒクしとるで?血管、切れへんか?」




