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イン・ザ・ライフ


★第27話目


 「……ん…」

ユサユサと優しく体を揺さぶられ、続いて耳元に響く甘い声。

「…神代様……朝ですよ。お起きになって下さい……」


「……にゅ…」

良い香りがした。

女の子の匂いだ。

俺は思わず手を伸ばし、すぐ側に立っていると思われる女の子を、夢現ゆめうつつのままギュと抱き締め胸元へ引き寄せた。

「い、いづみちゅわぁぁぁぁん♪」


「あ、あの……じ、神代様……」


「いづみチャン、チュキチュキ大チュキだよぅ……」


「ドアホッ!!自分、朝からなにテンパっとるねん!!」

柄の悪い怒鳴り声と共に、何やらザクッとした痛みが頬に走る。


「――ッ!?」

その衝撃に思わず瞼を瞬かせ我に返ると、目の前で黒兵衛が「フゥゥゥ」と唸り声を上げながら俺を睨んでいた。


「自分、誰を抱き締めとるんじゃい」


「……へ?」

その言葉にハッと気付く。

俺の腕の中では、ルサ―ルカさんが顔を真っ赤に染めながらもがいていた。

4本の腕で、何とか俺から離れようと努力している。


「ここ、これはとんだ失礼を……」

俺は慌てて彼女を解放し、

「こ、これはなんちゅうか……認めたくないけど若さ故の過ちと言うか……」


「何を言うとるんや、オドレは……」

黒兵衛はウンザリとした顔をしながら、

「どだい、股間膨らませて謝っても、何の説得力もないのぅ。ってか、姉ちゃんに擦り付けてるやないけ。どこまでチャレンジャーなんや、お前は」


「へ?」

見ると黒兵衛の言う通り、俺の将軍は掛けられた布団を持ち上げるが如く、その存在を周囲に猛烈アピールしていた。

さすが武士もののふの頭領だ。


「ホンマ、洸一の節操の無さには、さすがのワテもヤレヤレじゃわい」

と、汚いモノを見る目つきで黒兵衛。


ぬぅ……

猫にまで蔑まれる俺って……

何だか朝から死にたくなったぞ。



「グ、グライアイ様。じ、神代様をお連れしました……」

ルサ―ルカさんは俺をゴージャスな食堂へ案内した後、そそくさとその場を後にしてしまった。

もちろん、俺と一度も顔を合わせずにだ。

何だか非常に気まずい。

相手は4本の腕を持つ異形の魔族とは言え、れっきとした若い女の子。

そんな娘に対し、朝から股間を膨らませて抱き締めるなんて……もう破廉恥の極みどころか、間違う事無き変質者だ。


「……ふむ。ルサ―ルカは一体、どうしたのじゃ?」

朝食が並べられたテーブルを前に、グライアイが首を傾げながら尋ねてきた。


「さ、さぁ?」

もちろん俺は惚けた。

本当の事を言えば多分、殺される。

そんな気がしたからだ。


「ふむ…」

グライアイの赤い瞳がキラーンと光り、

「何があったかは詮索せぬが……あれはあれで純情な娘だからのぅ。もし仮に、あの者の気持ちを踏み躙るような事があれば……そなたにも、それなりの責任を取ってもらわねばなぁ」


「は、はいですぅ」

俺はコクコクと張り子の虎ばりに首を振りながらそそくさと席につき、そして話題を変えるように、

「あ、あははは……お、お腹減ったなぁ」

等とほざいてみるが、その言葉も、テーブルの上に並べられた様々な料理の前に、空中分解した。


な、なんじゃろう?この未知の物体の山は……


テーブルの上に所狭しと並べられた朝食。

一見すると、まるで食べ放題バイキングのような感じで、中々に豪華なのだが……その実、どれもマッドでサイコでファンキーな料理だった。

両のまなこから視神経を伝わり、大脳に伝わる情報。

そのどれもが、「あ、これはアカンやつです、はい」と告げて止まない。

幾万の情報を貯め込んだ俺の大脳新皮質でさえ、この目の前に曝け出された料理について、該当する項目は見当たらなかった。

現時点で分かっているのは、取り敢えず色取り取りというかレインボーな感じと言うだけで、果たしてこれが料理なのかどうか、いや、食べ物だろうかすら認識できない。

オブジェだと言われれば、すんなりと信じてしまいそうだ。


「お、おいおい……こりゃまた……」

そこまで言いかけて黒兵衛は、クンクンと鼻を鳴らし料理の匂いを嗅ぐと

「取り敢えず、毒物ではあらへんな」

と、ほざいてくれた。


「ん?どうしたのかえ、人の子よ?食べぬのかえ?」

興味深気に俺を見ながら、グライアイが言った。

「人界と魔界とでは食材が異なるが……この城の料理長が腕に選りを掛けた逸品だぞえ」


「な、なるほど。察するにその料理長……魔族料理の名コックなんでしょうなぁ」

きっと『そうでガンス』とか喋るに違いない。

「そ、そりでは……いただくとしますかぁ」

俺はそう呟き、一番目の前に置かれている料理にフォークを近づけた。

どうやら肉料理のようだが……。

フィレ肉に似たそれは、何の肉か分からないけど不思議な事にほんのりとワサビの匂いがする。

調味料の類ではなく、何故か肉自体からワサビの匂いがする。

中々に粋でいなせな食材だ。

ま、朝からガッツリとした肉料理は、どうかと思うが……

「……ぬぅ」

俺はそれをフォークで突き刺し、おもむろに黒兵衛に突き出した。

「取り敢えず、お前も腹が減っただろ?……さぁ食え」


「……おい、ワテは猫やど?カナリアとちゃうぞ」

嫌そうな顔で俺を見上げる黒兵衛。

「自分、絶対にロクな死に方せぇへんで」

そう吐き捨てるや、黒兵衛はパクッとその肉に食らいついた。


「ど、どうだ?美味いか?ってか……食えるか?」

俺は恐る恐る尋ねてみる。

黒兵衛はモグモグと口を動かし、

「うむぅ……なんちゅうか、まったりとして……」

と言い掛けるや、いきなり「フギャーーーーッ!!」と奇声を上げて3メートルほど垂直に飛び上がり、着地するや否や、そのまま何処かへ真っ直ぐ走って行ってしまった。


……うむ。取り敢えず食えない。

「グ、グライアイ。その……何かフルーツみたいなものはあるか?俺、朝は果物と決めてるんだ。……ま、たった今決めたんだけどね」


「果実かえ?ならばそこの皿に乗っておるであろう」

グライアイの指した場所には、当然見た事も無い果物が山ほど盛り付けられていた。

俺はその中の、何だかメロンとミカンとナマコを掛け合わせたような前衛芸術的な果物を一つ手に取り、クンクンと匂いを嗅いでみると、驚いた事にそれは、何故か餃子の匂いがしたのだった。



やはりフルーツだけでは物足りないので、俺は体を張った思考錯誤……簡単に言うと、少し齧って死なないか試してみる、を繰り返した後、何とか食しても安心できる(お腹を壊さない)料理を見つける事が出来た。

もっとも、それがどんな食材を用いたどんな料理なのかは謎のままなのだが……それでも腹が減っては戦は出来ないのだ。


「ところでグライアイ。別次元にいるみんなを見つけて連れ戻す、と言うのは分かったが……具体的に、俺は何をすれば良いんだ?」

煎餅のようにバリボリと音を立てながら、俺はナナフシの黒焼きのような料理を齧っていた。

これは何故かイチゴミルクの味がするのだ。


「ふむ……先ずはじゃ、数多あまたある次元世界に対し、そなたの精神信号を放射し、同調波を測定する事から始めねばならぬのぅ」


「も、もう少し簡単に言ってくれぃ」


「ふ、気にするな。どうせそなたには、簡単に説明しても分からぬわえ」

グライアイはそう言って鼻で笑うと、言葉を続けた。

「で、運良く探している者が見つかった場合、妾はそなたをその次元に転送する。それからは、そなたの頑張り次第じゃな」


「俺……次第?」


「そうじゃ。そなたはそこで、あらゆる感覚を研ぎ澄ませながら女を見つけねばならん。何しろ世界は広い。分かるであろ?その広い世界から、そなたはプルーデンスの生まれ変わりを見つけ、そして同調するのじゃ」


「……なるほど。確かに……探すのは難儀しそうだな」

全く未知の世界で皆を見つける……出来るか?

普通に住んでる街でも、人を探すのは困難なんじゃが……ま、その辺は、何かこう魔法的な力で、グライアイが何とかしてくれるだろう。

ある程度、予想地域を絞ってくれるとか……

ってか、そうしてくれないと絶対に探せないしね。

「んで、同調って……どういう意味だ?」


「簡単に言えば、そなたとの記憶を取り戻させる、と言うことじゃ。次元世界が変れど、そなたとプルーデンス、リステインの縁は強いゆえ、全ての記憶が改竄されているとは限らぬからのぅ」


「つ、つまり、要約すると、俺は皆のいる次元に飛んで、そこで彼女達の記憶を取り戻せば良いんだな?」

俺がそう言うと、グライアイは軽く頷いた。

「うぅ~む、記憶かぁ……確かに、俺も今の世界で、まどか達との記憶が抜け落ちて……でも普通に生活していたし……ん~~そもそも、記憶って、どうやって取り戻せば良いんだ?」

俺の時は、師匠とか居たから良かったけど……


「それは知らぬ」

グライアイはキッパリと言い切った。

「その世界における立ち位置、周りの状況等にもよるからのぅ」


「どういう意味?」


「ふむ……次元世界が違うと言う事は、そこはそなたの知っている安穏とした世界では無いと言う事じゃ。もちろん、似ている世界もあるかも知らぬが……平和な世界でない可能性は高いぞえ」


「むぅ……」


「更に言えばじゃ、そなたの探し出すべき女達……それはそなたの記憶にある者とは姿形がまるで違うかも知れぬ。それどころか女ですらないか、果ては人ですらないかも知れぬ」


「……」


「しかもじゃ、そなたはその次元においての不法侵入者ゆえ、その次元の力がどう対処するか見当もつかぬ。最悪……強制排除と言う事になるやも知れぬ」


「……」


「だからそなたは素早く正確かつ慎重に行動し、探している女を見つけたら如何なる手段を用いても記憶を呼び覚まし、そして然る後に転送しなけらばならんのじゃ」


「な、なんか……聞いてると、すんごく大変そうな気がするんじゃが……」


「大変そうではなく、大変なのじゃ」

キッと眉を吊り上げ、グライアイが俺を睨んだ。

「良いか人の子よ。くれぐれも言っておくが……探している女を見間違えるな。まかり間違って他の女に関れば、それだけその次元世界の因果律に負荷を掛ける事になり、結果的に次元バランスが崩れるやも知れぬ。例え探している女に姿が似ている者がいたとしても、確信が持てるまで近付いてはならぬぞえ」


「ど、どーでも良いが……もう少し明るい話題はないのか?」

俺は渋面をつくりながらそう言った。

グライアイの話を聞いてると、何だかここに来たのが間違いだった、と後悔したくなってきたぞ。


「明るい話題かえ……」

魔神がフッと微苦笑を湛える。

「知らぬとは思うが……今、妾の国には、日に日に戦の影が忍び寄っておる。故に、そなたを満足させる話題はないのぅ」


「……戦争が始まるのか?」

そう言えば昨日、ルサ―ルカさんも、緊急事態が起きた時はどうとか言ってたなぁ……


「妾は、優雅さとは程遠い野望なぞは持ち合わせておらぬが、近隣の諸国はそうでもないらしい。妾としても、降り掛かる火の粉は払わねばならぬゆえな」

そう言って、少し深刻そうな顔をしたグライアイは、俺の視線に気付くと

「ふ……心配するな人の子よ。戦が起ころうとも、それはそなたには関り無い事。そなたはそなたの務めを果すだけじゃ」

と、少しだけバツが悪そうに言った。


「そ、そっか。でもまぁ、いざとなったらこの俺に出来る事はするぞ?」


「……そなたの力を借りねばならぬ時は、既に負け戦じゃ」


「にゃ?どーゆー意味だ?」


「それに、そなたにそれほどの力があるとは思えぬわえ」


「バ、バカを言っちゃあ困るなぁ。確かに、俺は戦士としては戦えないけど……孔明もびっくりな戦略戦術知識の持ち主なんだぜ?」

具体的に言うと、シミュレーションゲームは結構得意なのだ。

……

何故か将棋は弱いけどね。


「ふ……まぁ良いわえ。どうしても困った時は、そなたに相談するとしようか」

グライアイはそう言って微笑むと、席を立ち、

「さて、もう少ししたら、そなたの探している女達を捜すとしよう。妾は準備してくるゆえ、それまでそなたはゆっくりと休んでおれ」


「お、おうよ」


「……くれぐれも言うておくが、城より外へは出ぬ方が身の為だぞえ」



城の中の薄暗い渡り廊下をブラブラと自室へ向かって歩いていると、

「おうおうおう。相変わらず、間の抜けた顔して歩いてんなぁ」

と、ちょこんと脇に座っている黒兵衛が、相も変わらず小憎らしい口調で話し掛けてきた。

まるでチンピラだ。

「さっきは人を、ようも実験台にしてくれたやないけ」


「誰が人だ。お前は猫だろうが……しかも汚い系の」

俺は苦笑しながら腰を屈め、胸ポケットからビスケットのような物を取り出して、それを黒兵衛の鼻っぱしに近付けた。

「取り敢えず腹が減っただろ。こいつでも食え」


「お、おう?」

クンクンと鼻を動かし匂いを嗅ぐ。

「な、なんや……けったいな匂いがしよるで」


「安心しろ。カレーの匂いがするが、味は何故か鮪風味だ」


「ホ、ホンマか?もし嘘やったら、自分、容赦せぇへんで?」

言いながらガリゴリと食らいつく黒兵衛。

「しっかし……モグモグ……見れば見るほど、魔界っちゅーのは、けったいな所やなぁ……モグモグ……」


「魔族のお前が言うのも少々アレだと思うが……まぁ、言わんとする事は分かるな。それに料理に関してじゃが……もう少しマイルドな味付けにしてくれと頼んでおいた方が良いかなぁ……」

言いながらその場に座り込む俺。

「でもなぁ……その料理も、この城で食べられるかどうか……」


「なんや洸一?自分、珍しく深刻そうな顔をしてるやないけ?腹でも痛くなったんか?」


「珍しくは余計だ。この俺は穢れを知らない乙女が如きピュアで繊細な神経の持ち主なんだぞ」


「ドアホッ!!ピュアで繊細な奴が、5日も同じパンツを穿くかっちゅーねん!!」


「ぬ、ぬぅ……どうして我が秘密を……」


「ッたり前や。ワテ、おどれと住んどるんやで。自分がパンツ替えるのは、デートの時だけやないけ」

そう言って黒兵衛はキッと俺を睨みつけ、

「洗濯が面倒臭いからっちゅうて、ワテの鼻はおどれより敏感なんやで。その辺の所を分かってもらわんと、自分……愛護団体に訴えられるで、ホンマ」


「す、すまねぇ。これからは3日に一度は替えるから……」


「毎日替えろやッ!!」


「あぅ…」


「ったく、これやから一人暮しの男は困ったもんやで……」

ブツクサ言いながら黒兵衛は俺の目の前に座り直し、やがて真面目な顔で問い質してきた。

「ところで自分……グライアイの姉ちゃんと、どんな話しをしたん?なんや、ホンマに深刻そうやんけ」


「むぅ……実はな」

俺は先程のグライアイとの会話を、掻い摘んで話した。


「はぁ……なるほどなぁ。姉ちゃん達を見つけるだけでも困難やのに、時間的制限もあるっちゅうわけか」


「そうなんだよ。他の次元からすれば、俺は異分子って事だからな。その次元の因果に影響を及ぼすとか何とか……ぐずぐずしていると、危険度が増すって話だ」

もちろん、何が危険なのかは良く分かってないのだが……ともかく、やばい事になるのは間違いなさそうだ。


「広い世界から素早く且つ的確に姉ちゃん達を見つけて連れ帰る……えらい難しいミッションやなぁ」


「だろ?黒兵衛もそう思うだろ?そんな難問、この俺に解決出来ると思うか?」

その問いに黒兵衛は瞳を瞬かせながら軽く笑うと、

「……逆に言えばや、自分以外に誰が出来るっちゅーねん?」

と言った。

その言葉に俺は目と鼻からウロコが8枚ほど落ちた。


「そ、そっかぁ……そうだよな。俺にしか、出来ねぇだろうな」


「ったり前や。これはおどれが選んだ道やないけ。漢だったらウジウジしとらんで、結果を出す為に行動したらどうや」


「ぬぅ……」

確かに黒兵衛の言う事はもっともだ。

だけど……

猫に男の道を説かれる俺って……結構、人間失格なんじゃないだろうか?










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