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洸一、出奔


★第43話目


 黄金の鎧にルイユピエース王家を示す紋章を記した青いマントを翻し、恭しくホリーホック姫は跪くと、銀の剣を片手にかの大魔王は威厳に満ちた声で言い放った。

「汝をパインフィールドの統治者に認める」

そして更に付け加える。

「この国を害する者あらば、この大魔王、その者を亡き者にせんとここに明言す」

彼の言葉に皆、頭を垂れ、剣を掲げ誓う。

その様子見ていた一人の兵士が叫んだ。

「ホリーホック女王、万歳!!大天使様、万歳ッ!!」

大魔王はこの時より、パインフィールドの守護天使と呼ばれ、今日に至るのである。

(世界の歴史・パインフィールド王国史より抜粋)



―ささやかな宴が催されていた。

帝国の浮世離れした華やか過ぎる宴とは程遠い、旧家臣やモンスター達、そして街の住人も参加した和気藹々とした、実にアットホームな宴だ。

もちろん城の外でも、彼女、ホリーホック女王の即位を祝い、お祭り騒ぎになっている。

しかしながら、やはりどこか寂しいものがあった。

いくら独立を果したとは言え、その国力は脆弱だ。

家臣や兵の数も、帝国に属する諸侯の私兵より少ない。

経済的基盤も殆ど無く、問題は山積みだ。

それでも、臣下の者達は陽気であった。

パインフィールド王国が攻め滅ぼされて7年。

世界の各地に散らばった同胞達も、噂を聞きつけ直に戻って来るだろう。

そうなればこの宴も、段々と華やかになって行くに違いない、と今はまだ少ない者達は思っていた。


……どこかなぁ……

ホリーホックは桃果酒の入ったグラスを二つ、両手に持ち、キョロキョロと大きな瞳で大広間を見渡しながら歩いていた。

所狭しと並べられた家庭的な料理の数々。

出来るだけ目立たぬよう、人々の合間を縫うように、ホリーホックは小さな体を丸めながらさ迷う。

時折、兵士や旧知のモンスターが恭しく「女王陛下」とグラスを掲げてくる。

もちろん彼女はにっこりと笑顔で応対したり、雑談に応じたりもしているのだが、その間にも視線と思考は、一人の男性をずっと探し続けていた。


大魔王様……ど、どこかなぁ……


昨夜から、ホリーホックはずっと考え、そして後悔していた。

大魔王様の言う事は、いつも正しい。

だけどそれを理性で分かっていても、幼き頃の記憶か、はたまた体に流れるパインフィールドの血だろうか、それらが思考を凌駕してしまう。

男爵の件もそうだった。

彼個人に恨みはない。

それに無抵抗な人を殺すと言う事には躊躇いがある。

だが、男爵が帝国貴族という動かし難い事実が、彼女の明瞭な理性を曇らせてしまうのだ。


もう少し、冷静になれば良かったのに……

ホリーホックはキュッと唇を噛んだ。

それにあの男爵自身は、僅か4年ほど前に、この地に赴任してきた新しい領主に過ぎないのだ。

彼自身はパインフィールドの滅亡に、何ら関りがない。


大魔王様……お、怒ってるのかなぁ……

その事がホリーホックの気を暗くしていた。

昨日はつい、酷い事を言ってしまった。

大魔王様にあんな事を言ってしまうなんて、自分が信じられない。

彼はいつだって、私達を守ってきて下さったのに……

そう……

大魔王様が現れてからまだそれほど日数は過ぎていないが、その短い間にも彼は、幾度と無く私達を守ってくれたのだ。

いや、それどころか……まるで生まれる前から、ずっと彼に守られていたような気さえする。

その御方に私は何と言うことを……


「大魔王様」

ホリーホックは小さく溜息を漏らした。

大魔王様は、自分は人間だと言った。

ちょっと魔力が強い、普通の人間だと……

そんな彼は、傷付きながらもいつも先頭に立って私を守ってくれた。

まるでかつての私が、か弱いモンスター達の先頭に立って戦っていたように、彼が私の前に立ってくれた。

でも……それは何故だろう?

大魔王様は、どうして私達を守ってくれたのだろう?


と、とにかく、今は謝らなくっちゃ……

ホリーホックはフルフルと頭を振り、再び視線をさ迷わせた。

大魔王様の事だ、ごめんなさいと言えば……笑って許してくれるに違いない。

そしてまた、「あんまり困った事を言っちゃダメだぞ」とか言って頭を撫でてくれる筈だ。

あの暖かかい手の平で、私の頭をクリクリと撫でるのだ。


う、うん。そうだ……そうに違いないないんだ……

ホリーホックは、自分を励ますように独り頷く。

だって大魔王様は……私だけの大魔王様なんだもん。



な…何だかなぁ……

俺は慣れない、と言うか初めて乗る馬の背に跨りながら、ピッケンズ男爵と共に一路、帝都目指して街道を北へと向かっていた。

戴冠の儀が終った後、俺はコッソリと城を出たのだが……

ウィンウッド次席将軍とマリオット侍従長に、このピッケンズ男爵を一緒にと頼まれたのだ。


「……男爵閣下は帝国貴族ですが、そう言う事を抜きにしまして、元執事としましては……結構、気に入ってるんですよ」

と、どこか照れ臭そうにマリオットの爺さん。

ウィンウッドも

「帝国貴族にしては、その……実に領民思いの為政者でしてね。それに、裏切りを前提で仕えていたとは言え、さすがに処刑するのは……街の人の感情も考えますと……ま、色々とね」


なるほどね。

俺も無慈悲な事はしたくないし、それに直感ではあるが……この男爵のオッサンはかなり善人ではないのだろうか?と思ったから連れて来たのだが……

俺はチラリと後ろを振り返ると、商人の格好をしたピッケンズ男爵は、ニコニコとしながら周りの景色を楽しむように馬の歩を進めていた。

何だか、鼻歌でも口ずさんでしまいそうな程リラックスしている。

一応、いまだ捕虜の身なんだが……

頭の中が常に春爛漫なのか?


「いやぁ~、実に良い陽気ですなぁ、大魔王……いや、守護天使殿」


「そ、そう?」


「ええ。何だか、昔を思い出しますよ」

男爵は人の良い笑顔を向けた。

「私は……あの旧パインフィールド周辺の領土を統治してましたが……あくまでも、領主代行と言う身分でしてね」


「ん?領主じゃないのか?」


「えぇ。あの地は帝国直轄領なんですよ」


「ほぅ…」


「もちろん、代行とは言っても、総督権もあって殆ど領主と同じぐらいの権限はありますがね。まぁ、そう言う地には、普通は門閥などの大貴族の子弟が派遣されるのですが、色々と派閥間の調整などもあったようでしてねぇ……」


「ほぅほぅ」

俺は彼の隣で馬の歩調を合わせる。


「私は……辺境の小さな領土を治める貧乏貴族……しかも冷や飯食いの三男坊だったんですよ」


「ふむ…」


「だから昔は……領民に混じって、畑を耕したり山を散策して狩りしたりと、そんな生活を送ってたんですよ。それが……戦で兄達が相次いで戦死しましてね。それで男爵家を継いで……それなりに行政の才能があったのか、はたま派閥争い等には無縁だったからか、良く分からない内に、あの地方の領主代行に任命されたのですよ」


「なるほど」


「まぁ、そこで私なりに一所懸命やってきたんですが……まさか戦争が起こるとは」

男爵は自嘲気味に笑った。

「確かに、執事のマリオットや警備隊長のウィンウッドが裏切ったと知った時は、頭に血が上りましたが、彼等にしてみれば無理からぬ事で……なんてたって王国を攻め滅ぼしたのは帝国なんですからね」


「……まぁな。だけど男爵自身は関係無いのだろう?そう思ったから命を助けたんだ」


「はは……この場合は、感謝しても宜しいのですかね?」

おっちゃんは悪戯っ気な瞳を向けた。

「私はね、実はあの街が気に入ってたんですよ」


「そうか。まぁ、賑やかだけど、どこか素朴な感じがする街だもんなぁ」


「ええ。出来ればずっと、あの街で平穏に暮らしたかったのですが……」


「まぁ……帝国との間に何らかの平和協定でも結ばれたら、街に戻るが良いさ。内政に通じた者が少ないからさ、色々と手伝ってくれると助かるし……それぐらい、俺がホリーホックに頼んでやるよ」

ちょっぴり安請け合いかな?と思いながらも、俺はそう言って男爵に笑い掛ける。


「あ、ありがとうございます。しかし……あのお姫様……いや、女王陛下でしたな。あの御方が、私を受け入れてくれるとは思いませんが……」


「うぅ~ん……まぁ、ホリーホックは両親とか家臣とか……小さい時に帝国に殺されたそうだから……」

俺はポリポリと頭を掻きながら、テンパッた彼女の姿を思い浮かべ、軽い溜息を吐いた。

「それより男爵は、家族とかは?妻とか子供とか……」


「えぇ、帝都に住む遠縁の所にお世話になってるんですよ。妻は元々……少しばかり病弱でしてね。それに、平民の出と言う事もありまして……領主代行として任地に赴く私の立場を慮って着いて来なかったんですよ。そんな事は気にするなって、いつも言ってるんですがね」


「妻女は平民……普通の人なのか。俺は……そう言う、身分とか貴族の階級とか、全く分からんのだけど……何だか話を聞いてると、帝国って言うのは、色々と身分差別が激しいようだな」

現代っ子の僕チンには、封建制度って感覚的に分かり難いんだよねぇ。


「そうですね。帝国は元は連合王国の集まりで……他国に比べても、些か差別が大きいかも知れません」

男爵は渋面を作りながら頷いた。

「私も、平民出の妻を貰ったせいか……社交界では色々と言われてましてね。もっとも、元から私の家は社交界では無視も同然な家柄ですし、私自身が社交界と言うのは苦手でして……」


「ほぅ。まぁ、俺様も、けばけばしいそう言う世界は、ちょっとな。見ているだけでムカムカしてくるし、その辺の気持ちは良く分かるぜ、男爵」

仮にもし、僕チンが将来、のどかさんとかまどかとか、いわゆる御令嬢と結婚して、貴族的パーティーなんぞにご招待でもされたら……きっとそのパーティーは散々ぶち壊された挙句、トラウマ必須の参加者が死ぬまで忘れない地獄のようなパーティーになるだろう。


「そう言えば、守護天使殿はチェイム殿下とも顔見知りでしたな」

男爵は唐突にそう尋ねてきた。


「チェイム殿下?はて?どこかで聞いたような……」


「お、お忘れですか?私の聞いた報告によると、何でも殿下は守護天使殿に敗れ去り、帝都に戻られたと……」


「あ、あ~……あの勇者ちゃんの事か」

俺は気の強い、黒髪の女勇者を思い出した。

うむ、実に美人な女の子だったわい。

「いやぁ~……最近色々あったもんで、すっかり忘れてた。で、その勇者ちゃんがどうかしたのか?」


「あ、いや、社交界の話になったもので……」

男爵はそう言って頭を掻くと、不意に真面目な顔付きになり、

「実はあの殿下も、社交界では殆ど無視も同然でしてね。私は……貴族とは名ばかりの末端ですから、直接お会いした事はないのですけど……色々な噂を聞いてましてね。私個人としては、同情しているんですよ」


「無視されてるって……確か勇者ちゃんは、皇帝の娘じゃなかったっけか?」


「はい。ですがチェイム殿下の母君は平民の出でして……それでまぁ、社交界ではウケが悪いと言うか……」


「……ふ~ん。あの勇者ちゃんも、苦労してるんだなぁ」


「それに守護天使殿の……その……討伐に失敗しましたし、今頃どうなされているのか……」


「そ、そう言われると、何だかちょっぴり申し訳ない事をしたような気になるぞ?」

俺は渋面をつくり男爵を見た。


「ま、まぁ……勝敗は戦いの常ですから……ハハハ」

気まずそうに笑うピッケンズ男爵。

「取り敢えず、帝都に戻ったら、その辺の事も聞いてみますよ」



あ……黒兵衛殿だ。


ホリーホックの視線の先には、大魔王の使い魔である黒猫と、何故か『ミトナットウ』とその大魔王が呼んでいるゴブリンのデルモンテが、談笑しながら食事を摂っている姿があった。


「く、黒兵衛殿」

ホリーホックは静かに彼等の居るテーブルに近付くと、ハグハグと皿に顔を突っ込むようにして食事をしている黒猫に声をかけた。


「……ん?」

顔を上げ、舌で器用に口周りを舐めながら彼女を見上げる黒兵衛。

「な、なんや、ホリーホックの姉ちゃんやないけ」

「ど、どうしただっぺか魔王様?あ、いや……今はもう、女王陛下だっぺ」

ミトナットウが顔を綻ばせるようにしてグラスを掲げた。


「う、うん。その……大魔王様は……何処にいるのか……聞きたくて……」

何故か気恥ずかしい感じがして、ホリーホックは囁くように尋ねてみた。

だがミトナットウと黒兵衛は、お互いの顔を見合わせ、どこか困った顔を向けて来る。

まるで「お前が言えよぅ」「え~…君こそ言うべきだ」等と視線で会話しているようだ。


「ど、どうしたの?」

ホリーホックの持つグラスが小刻みに震える。


ま、まさか……昨日の事で大魔王様が怒って……それでもう、私には逢いたくないとか言ってたら……

そんな考えが頭を過ぎり、彼女の心を恐怖で縛った。


「だ、大魔王様は……何処に?こ、答えなさいデルモンテ」

思わず詰問口調でミトナットウに詰め寄るホリーホック。

中年期に差し掛かっているゴブリンは、挙動不審者のように視線をさ迷わせながら、

「そ、その……だ、大魔王様……あ、いや守護天使様は……その……野暮用があるって言って……で、出掛けたんだっぺ」

「や、野暮用?それに出掛けられたって……ど、何処に?」

ま、まさか……

またもや理解不能な想念が王女の心に忍び寄る。

まさか大魔王様も……お、男だから……それで少しは羽目を外そうと……街の娼館にでも……

「そ、そんな不潔な事、ぜぜ絶対に許しませんッ!!」

思わずホリーホックはミトナットウに詰め寄り、吼えた。

「な、名前も知らない女と……あ、あんな事やそんな事を……む、むぅぅぅぅ……ゆ、許さないんだからっ!!」

「な、なに興奮してるんだっぺか?」

「私は興奮なんかしてませんッ!!」

ホリーホックはフンガーと鼻息も荒く言い放った。

と、テーブルの上にチョコンと乗っている黒兵衛が、

「あ~……姉ちゃんや。何を考えとるのか朧気に分かるんやが、洸一は別に、遊びに行っとるワケやないで」

そう壊れ気味の彼女を落ち着かせるように、やんわりと優しく言った。

「あ、遊びに行ってるワケじゃないって……だ、だったら……まさか本気でッ!?どど、どこかの遊女あそびめに本気で恋をッ!!?」

「あ゛~…」

黒兵衛、声も無し。

「ち、違うっぺよ。しゅ、守護天使様は……その……帝都に行ったんだっぺよ」

「……テイト?」

ミトナットウの言葉に、ホリーホックは眉を顰めた。

「テイトって……そんなお店、あったかしら?」

「違うっぺよ、ホリーホック様」

どう突っ込んだら言いのだろう?と言う表情でミトナットウ。

「守護天使様は、帝国の首都に行ったんだっぺよ」

「……帝国の……首都?」

その言葉に、ホリーホックはパッチリとした瞳を更に大きく見開いた。

「え?な、なんで?何でそんな所に?」

心の中に、今まで経験した事の無い恐怖が忍び寄る。


……だって大魔王様……私の側に居てくれるって約束したのに……


―パリーーーン

彼女の持つグラスが、重力に従い床に落ち、大きな音を立てて砕け散った。

その音に、大広間に集まった家臣達は何事かと彼女を顧みる。

「え?え?な、なんで?わ、私に黙って……なんでなのよーーーッ!!」

ミトナットウの胸座を掴み、ホリーホックは絶叫した。

「ど、どうしてお止めしなかったのッ!!だ、大魔王様がいなくなったら……私はどうすれば良いのよッ!!」

「おおお、落ち着くんだっぺよ。守護天使様は、直ぐに戻って来るって言ったんだっぺ」

オロオロとミトナットウ。

「そ、それに、守護天使様は家来じゃないっぺ。命令なんか、出来ないっぺよぅ」

「ムゥゥゥゥゥゥ~」

「ホ、ホリーホック……様?」

「ムゥゥゥ~……だったら、私も行くもん」

下唇を突き出し、彼女は拗ねる様に呟いた。

「は、はぁ?」

「私も……帝都に行くもん」

「ちょ、ちょっと…」

ミトナットウは暫し呆けに取られたが、その間にもホリーホックはスタスタと大広間を横切り表へ……

「ままま、待つッぺよッ!?だ、誰か陛下をお止めするんだっぺーーーッ!!」








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