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お頭が大噴火


★第42話目


「わ、私を……どうする気だ?」

鋼鉄製の仰々しい手錠を掛けられたまま、皆の前に引き摺り出されたピッケンズ男爵とやらは、情け無い声を上げながら視線をさ迷わせていた。

少し痩せ気味の、気の弱そうな男だ。


な、なんだかなぁ……ちょいと可哀相になってきたぞ。

俺はポリポリと頭を掻きながら、この何だかその辺の公園のブランコに腰掛けていそうなリストラお父さんチックな男爵を見下ろし、軽い溜息を吐いた。


「わ、私を殺せば……て、帝国が黙ってないぞ。……恐らくだが」

男爵は蚊の泣くような声でささやかな虚勢を張るが、

「あ?なんだと?」

パーソンズ親衛隊長がポクンと彼の頭を小突くや、

「な、なんでもないですぅ……」

かなりヘナチョコだ。


「あ~……取り敢えず手錠を外してやれ。さすがに、見ていて気の毒だ」

なんちゅうかねぇ……

如何にも悪代官って風貌の領主なら、俺も強気でガンガンと責め立てるんじゃが……この男爵はちと……人の良さそうなおっちゃんではないか。


「大魔王様は、大魔王と名乗っている割には、意外に寛大ですなぁ」

言いながら男爵の縄を解くウィンウッド。

「しかし、この男は王国を滅ぼした帝国の貴族。あまり情けを掛けるのは兵達の手前、感心する事は出来ないかと思いますが」


「まぁ、そう言うな将軍。この俺様ちゃんは色の付いた羽根如きに募金しちゃう心優しきナイスガイだからな」

俺はそう言うと、腰を屈め、辺りを不安気に覗っている男爵の視線に合わした。

「おい、ピッケンズ男爵とやら」


「は、はひ…」


「……このまま帝都に戻って良いぞ」


「……は?」

俺の言葉に男爵はもちろん、見守っていた最高幹部達は鳩が豆鉄砲食らったかのような顔付きになった。

だがしかし、それは一瞬の事だ。

相も変わらずホリーホックは、

「もももも、戻って良いって……な、何故ですかッ!!ムキィーーーーーッ!!」

脳に即ダブルリーチが掛った。


「あ、いや、だからね、なんちゅうか……」


「だだだ、だからもクソも無いんですッ!!」


「ひ、姫様。あまりそのようにはしたない言葉は……」

マリオット侍従長が、興奮して壊れ気味のホリーホックを宥めようとするが、

「うるさーーーーーーーーいッ!!」

彼女はまるで怪物クンのようにピキピキドカーンだった。

やれやれ、困ったでガンス。


「だ、大魔王様。どう言う事か説明してくれるっぺか?」

ミトナットウが尋ねてくる。


「うむ。男爵よ」

俺は頷き、体を震わしているピッケンズに視線を移すと、

「お前さんはこのまま帝都に戻り……まぁ、何とか逃げ出して来た、とか言いワケしながら、そのままそこに居座れ」


「か、解放……してくれるのか?」


「ああ。その代り……」

俺は少し間を置き、ニヤリと笑いながら続ける。

「お前は帝国の情勢を、逐一報告しろ」


「そ、それは……まさか間者になれと……」

目を大きく見開き、ワナワナと震え出す男爵。

「そ、そのような事……例えこの身が裂かれようが、帝国貴族の名誉に掛けて受諾する訳にはいかぬッ」


「ん、そうか」

俺はあっさりと頷き、腰に下げた剣の柄に指を這わす。

「だったらどちらが良いか今すぐ選べ。銀バエになるか金バエになるか……もっとも、どちらも糞の上で手を擦り合わす一生に違いはないがな」


「あ……う……」

男爵声も無し。


「どうした、ピッケンズとやら。簡単な二者択一だろ?このまま自分の国に戻って平和に暮らすか、それともクソ蝿になって『ああ、俺の人生って……』と悲観しながら牛の尻に集るか……どっちの未来を選ぶか、考えるまでもないだろ?」


「だ、だが……私がもし裏切ったら……どうするつもりだ?帝都に戻って、そのまま姿を消したら……」


「ああ、それなら大丈夫だ。何故なら、既にお前には呪いを掛けてあるしね」

もちろん、ハッタリだが。

「だらかもし、お前が少しでもこの俺様を裏切ったら……まぁ、その……人として、最低から数えて2番目くらいの嫌な死に方をするだろうねぇ」

ちなみに、人間として一番嫌な死に方は……腹上死だ。

しかも自慰中の。

何らかの本で読んだが、年間3人くらいは独りでナニしている時に死ぬそうだ。

うむ、おっかねぇ……葬式でも確実に笑われる。

あまつさえ戒名も『自涜院大摩擦居士』とか付けられちゃうかも知れん。

それを考えると、もう怖くて独りエッチなんか出来ないよね。

……

それでもするけど。


「さぁ、どうする男爵?」


「い、致し方ない。……協力しよう」

ピッケンズ男爵は呟くようにそう言うと、ガックリと項垂れた。


「しかし大魔王様……ちと甘過ぎやしませんか?」

パーソンズ親衛隊長が、簡単に祖国を裏切った男爵を侮蔑の表情で見下ろしながら呟いた。

と、ウィンウッド将軍が軽く首を振り、

「いや、そうではないぞ」

「そうですか?」

「戦は情報戦だ。敵の動向を逸早く得た者が勝利を得る事が出来るのだ。しかし敵の中枢に堂々と情報提供者を送り込むとは……さすが大魔王様。実に見事な軍略ですな」


「そ、そうかい?」

俺は満更でも無い様子でテヘヘヘ~と頬を掻いた。

そして黒兵衛も賛同するように、

「ま、洸一にしては中々エエ考えや。無駄な血を流さずに済むんなら、それに越した事はないわな」


だが、中にはテンパった人も居るわけで……

「な、納得できませんッ!!」

ホリーホックがフンガーと鼻息も荒く、剣を振り上げ男爵に斬り掛かろうとしていた。


「ひ、姫様。どうか気を静めて……」

マリオット侍従長が必死になって彼女を食い止めているが……高齢の為か、既に足は狂牛病の牛のようにガクガクと震えていた。


あ、ありゃまぁ……大層、荒ぶっておられますなぁ。

「お、お~い、ホリーホックちゃん。その……少し落ち着け給え」


「い、嫌ですッ!!その者は帝国貴族なんですッ!!ねねね、根絶やしにするべきなんですッ!!」

ホリーホックは源氏を目の前にした平家の落ち武者のように吼えた。


「む、むぅ…」

俺は困り果ててチラリと皆を見やるが、ウィンウッドもパーソンズも、あろう事かミトナットウも思いっきり目を逸らした。

ち、ちくしょうぅぅぅ……あっさり裏切りやがった。

「あ~……ホリーホックよ。あのね、人の上に立つ者はね、あまりね、感情に左右されるのはどうかと思うんだよね。しかも人前で曝け出すのは、かなり拙いと思うんじゃが……」


「だ、大魔王様のおっしゃる通りですぞ、姫様」

とマリオットの爺さんもも同調してくれるが、

「がるるるるるるぅ~」

ホリーホックは、ただでさえ緩みがちの感情の箍が思いっきりぶっ飛んでいるのか、下唇を突き出しながら不気味な唸り声と共に、

「だ、大魔王様の言いつけでも……聞け無いモンは聞けないモンッ!!」


うひゃッ!?な、何故に俺を睨む?物凄くおっかねぇんだけど……

「う~ん、困ったチャンだなぁ。あまり聞き分けの無い事を言ってると、温厚な僕チャンでも怒るよ?しかも怒る時は『めっ』とか言っちゃうんだぞ?」


「う゛~……」


「や、そんな顔されても……」


「う、うるさいっ!!大魔王様のチュパカブラーーーッ!!」

彼女は叫ぶや、部屋を飛び出して行った。


「……え~~~」

洸一チン、人生で産まれて初めて、面と向かってUMA扱いされちまったよ。

超びっくりですよ。


取り敢えず俺は後の処置を黒兵衛に託し、彼女を追い駆けるのだが……

「な、なんだかなぁ」

溜息がたくさん漏れてしまったぞ。



「これはこれは、ヴィンス伯爵」

帝宮の一角。

人気の無い回廊の柱の影から、淡い栗色の髪を一房にし、それを肩から優雅に垂らした女性が、軽く会釈をしながらヴィンスに微笑んだ。

「どうでした?査問会議の方は?」

「まぁ……継承権剥奪と言う方向で、話しが纏まりそうですよ、リドリア殿下」

言いながらヴィンスは、そっと女の耳元に口を近づけ、囁くように

「取り敢えず、予定通り、とは行かないまでも……まぁ、それなりに事は運んでますね」

「相変わらず悪党だこと」

クスクスと帝国第二皇女のリドリアは、瞳にどこか淫靡な色を湛え小さく笑った。

「でも、婚約は解消してないのでしょ?」

「当たり前ですよ。継承権狙いだった、と後ろ指を指されたくはありませんからねぇ」

「ああ……可哀相なチェイム。愛の無い結婚をして、その挙句に殺されるんですから」

リドリアは赤い唇の端を歪ませ、邪悪な笑みを溢した。

ヴィンスも僅かに口角を吊り上げ、それに応える。

「……陰謀渦巻く宮廷世界では、良くある事ですよ。そうではないですか、殿下?」

「ふふ……そうね。よくある事だわ。名も無い情夫と心中なんてね。あの薄汚い女にはピッタリの死に様よ」

「ふ……伯爵の新妻である皇女が、その辺の乞食と無理心中。皇帝陛下もさぞ、私に対して負い目を感じる事でしょう」



「……ハァ~」

俺は思いっきり盛大に溜息を吐くと、少し遠慮がちにホリーホックの部屋のドアを叩いた。

コンコンコンと、甲高い木の音が響く。


『……はい?』

暫らくして、か細い彼女の声が扉越しに響いてきた。


「あ、俺様ちゃんの登場だけど……ちょいと良いかな?」


『……嫌です』

ダメだった。


「あ゛ぅ……そ、そうか。その……なんだ、ホリーホックの気持ちも分からんではないんじゃが……」


『だ、だったら何故……大魔王様は何故……一体、どちらの味方なんですか』


「そ、それはもちろん、ホリーホックの味方だぞ」


『なら、どうして……それだったらどうしてあの帝国人を……』


「……むぅ」

確かに、彼女にしてみれば、帝国は御両親や仲間の仇だ。

幼き時より、散々な目に遭ってきたのだ。

復讐は何も生まないとか負の連鎖がどうとか、平和ボケした温い輩は良く口にするが、俺はそう思わない。

復讐を遂げてこそ、歩み出せる事もある。

だが……わざわざ捕虜にしてから殺すと言うのは、ちょっとねぇ……

それにあの男爵には利用価値もある。

とは言え、あの男爵の処遇を、彼女に何の相談もせずに決めた事は軽率だったのかも知れない。

そもそもこの国は、彼女の国なのだから。


「……フゥ」

俺は小さく息を吐き出し、僅かの間を空けて続けた。

「ま、まぁ……あの男爵の件は、ホリーホックの好きなようにやるが良いさ。俺はもう、口出ししないから」

丁度良い頃合だと思った。

何だか良く分からない内に、この世界の歴史、そしてホリーホックと深く関わってしまった。

もちろん、関わった以上、途中で投げ出したりはしない。

が、少し距離を開けるには良いタイミングだろう。

何より、俺には使命がある。

この辺で少し間を空けねば、ズルズルと時を過ごしてしまうだろう。


ホリーホックも無事に独立を果せたし……

ぼちぼち俺も、この次元に居る筈の皆を探す旅に戻らなくてはね。

「そ、それじゃ……俺は行くから。明日は戴冠の儀だから、体を休めとけよ」

そう言い残し、俺は彼女の部屋の前を後にするのだった。



「ど、どうでしたか?」

会議室に戻った俺に、マリオット侍従長が心配げに尋ねて来た。

その他の皆の瞳は、興味ありげに輝いている。


「……取り付く島も無かった」

俺は苦笑を浮かべながら頭を振った。

「男爵には可哀相だが……沙汰があるまで監禁という事にしておこうか」


「う~む……良いお考えだと思ったのですが……」

とウィンウッド。


「まぁ……ホリーホックがダメだと言ったら、しょうがないだろ」

深い溜息の後、俺は続ける。

「代りに、明日の儀式が終了次第、この俺が帝都に向かおう」


「え゛ッ!?」

皆の目が点になった。


「だ、大魔王様……自らだっぺか?」

ミトナットウがうろたえながら口を開いた。


「ああ、その通りだ。一度、帝都やらを見てみたいし……それに少し探し物もあるからな」

俺はそう言って、足元に蹲っている黒兵衛に向かって軽く片目を瞑って見せた。


「……せやな。色々、情報も集めんとアカンしな」

のどか先輩の愛猫は、したり顔で頷いた。

「ほな、ワテはどうする?」


「うぅ~ん……悪ぃが、黒兵衛は今少しここに留まっててくれ。まだまだ国自体が不安定だし、留守中に何か問題が起きても困るしな」


「了解や。緊急時は連絡を入れるわ。せやけど……独りで行かすのは心配や」


「俺様は無敵だぞ?」


「過信は禁物や。そもそもお前は、厄介事に巻き込まれる性質たちやし……心配やなぁ」


「……」








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