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第一回・チキチキ御前会議


★第41話目


……そろそろ昼か……

手にしていた別に面白くも何とも無い本をパタンと閉じ、チェイムは窓の外を眺めた。

雲一つ無い蒼空を、小鳥たちが戯れるように飛んでいるのが見える。

――コンコン…

ノックの音が響き、見慣れた老執事が昼食を銀盆に載せ入って来た。


「姫様。昼食の時間です」

言いながら丸テーブルの上に料理を並べる。

そしてチラリとチェイムに目をやると、慰めるように、

「姫様……もう少しの辛抱で御座います」


「……ナッシュ」

老執事の名を呼び、チェイムはコクンと頷いた。


彼―グラハム・ナッシュは、チェイム付きの執事兼お傅役だった。

幼き時より彼女は彼に育てられた。

彼はいつでもチェイムの味方だ。

侮蔑の視線に曝される宮廷生活の中で、彼と婚約者のヴィンスだけが彼女を守ってくれていた。

またナッシュにとってもチェイム姫は、彼女が生まれた時から我が子以上に愛情を注いで育ててきた自慢の姫君なのだ。


「兵達は……まだいるのか?」

か細く呟くような声で、チェイムは尋ねた

「……はい」

ナッシュはチラリと扉に視線を走らせる。


「……剣を取り上げられ……兵達に監視させられ……これではまるで軟禁ではないか」

チェイムは訴えるような瞳でナッシュを見つめた。

「姫……」

ナッシュもまた、今回の措置にはかなりの憤りを覚えた。

だがしかし、一介の執事でしかない彼には、皇帝に抗う事など到底出来よう筈も無い。


「……ごめん」

チェイムは素直に詫びた。

ナッシュに愚痴を溢した所でどうにもならない。

それに彼だって充分辛いのだ。

「ナッシュ。私は一体、どうなるのであろうな」

「……姫。暫らくすれば陛下のお怒りも晴れるでしょう。それまで、何卒ご辛抱を……」

ナッシュはそう言うしかなかった。



俺はホリーホックを背負い、ゆっくりとした足取りで塔の螺旋状の石階段を下りていた。

壁の外からは歓喜に満ちた声が響いてくる。


「みんな、無事かなぁ」

ホリーホックの呟き声が背中越しに聞こえた。


「ん?もちろん、大丈夫さ」

と言うしかなかった。

実際、自分達が戦っている最中にも、外からは人馬入り乱れる音が間断なく響いていた。

恐らく、想定外の混戦になったのであろう。


黒兵衛……無事かにゃあ……

俺はあの口うるさい使い魔である友人の事を思い浮かべた。

この世界に来てから本当に猫の手を借りてばかりだ。

もし無事に戻る事が出来たら、腹一杯の缶詰を食わしてやろう。


そんな事を考え苦笑していると、やがて出口が見えてきた。

眩い陽光に少しだけ目を細め、俺は少し駆け足。

そして表に出た途端、

「ワァーーーーッ!!」

と、耳を劈くような歓喜の声が出迎えてくれた。

見ると黒兵衛やミトナットウ、その他見知ったモンスター達や見知らぬ人間達が、傷付きながらもにこやかな笑みをかんばせに載せ、パインフィールドの旗を振っている。


「……」

俺は背中からホリーホックをゆっくりと下ろした。

彼女は戸惑いながらも、そっと手を掲げる。

すると喚声はたちまち巨大になり、万歳の嵐。


「……よぅ。遅かったやないけ」

怪我をしているのか、黒兵衛が片方の前足を引き摺りながらヒョコヒョコと近付き、俺を見上げてそう呟いた。


「悪ぃ。ちょいと待たせたな」

ニヤリと笑い、軽くウィンクしながら手を振り回復魔法を行使。


「……」

黒兵衛もニヤリと笑い返す。


そして蒼穹の下、街には絶え間なく「パインフィールド万歳」の声が木霊していた。



「ひ、姫様。ホリーホック王女様……」

群衆の中から、口髭を蓄えたちょいと小太りの男がツカツカと歩み寄ると、いきなりガバッとホリーホックの前に膝を着いた。

その顔は、涙とか洟とか色々な体液でグシャグシャだ。

ちと怖い。

「ホ、ホリーホック様……おお、お懐かしや……」


「え…あ……えと……」

ホリーホックはどうして良いか分からず、感激に咽び泣く中年男を前にオロオロとしている。

ちなみに俺は少々おっかないので、彼女の背中にコソコソと隠れていた。


「お、お忘れですか?先王フォリート様にお仕えしていたスティング・ウィンウッドの息子、スティーブ・ウィンウッドです」

言いながらもう一度「くぅぅぅ」と男泣き。

おっさんの涙って、何だかとっても残念だ。


「あ……えと……お、思い出しました」

コクンコクンと頷き、ホリーホックは跪く彼の肩に手を置き、

「お、お懐かしいです……ウィンウッド殿」


ちなみに俺の見たところ、本当に思い出したのかどうか……かなり疑問だ。


「ホリーホック様。この御方がわし等の窮地を助けてくれたんだっぺよ」

と、ミトナットウ。

「いきなり敵中で寝返って、混乱させたんだっぺ」


「ほほぅ……そうなのか?」

俺は足元に蹲っている友人に尋ねる。

黒兵衛は前足で顔を洗いながら、

「ああ、ホンマや。このオッチャンが裏切ってくれへんかったら、ワテ等全滅しとったわ」


「ぬぅ…」

俺はホリーホックの前で未だ膝を着きながら、きっと彼女の記憶の片隅にでも無いであろう昔話を延々と涙を織り交ぜ語る、まるで遠い親戚のような髭のオッサンの前に進み出て、

「やぁ、ありがとう。みんなを助けてくれて感謝しているよ。特別に5点やろう」

その手を取って礼を述べた。


「き、貴殿は?」

訝しげな表情で俺を見上げる髭のおっちゃん。


「ん、俺?俺様は……何かと3倍早いと噂の大魔王、その名も神代洸一・後期型だ」


「だ、大魔王……」

髭がピクンピクンと震える。

まるで犬か猫みたいだ。

「お、お前が……いや、貴方様が……」


「うむ。如何にもタコにもゲソにもスルメにもだ」

洸一ギャグ炸裂。


「まさか……どう見ても普通の人間に見えるが……」

洸一ギャグはスルーされたッ!!


「だ、大魔王様は……その……普通の人間なんですよ」

とホリーホック。

「ちょ、ちょっとだけ、魔力が強い事を除けば……」


「それに赤いしなッ!!3倍だから」

俺はガハハハと笑った。



この城塞都市の主、ピッケンズ男爵の城館は陥落し、男爵自身も既に虜囚の身となっていた。

彼を捕縛したのは、元パインフィールド宮廷武官でもあった、男爵の執事マリオットだ。

そして翌日、その彼と髭面のウィンウッド、そして血気溢れる喫茶店のマスター、パーソンズを新たに加え、ここ帝国城砦都市カーレ改めパインフィールド城の一角で、俺は大魔王軍最高幹部会議を開いていた。

ちなみにパーソンズは、俺とホリーホックが大魔王とお姫様だと知った時、泡を吹いて盛大にぶっ倒れた。

面白かったので5点をやろうと思う。

更にちなみに、現時点でのパインフィールド王国の陣容は、

『王女/ホリーホック・フォルティ・バン・ルイユピエース』

『大将軍(名目上)/ミトナットウ』

『次席将軍兼外務顧問/スティーブ・ウィンウッド』

『親衛隊長/グラム・パーソンズ』

『宮廷侍従長/スティル・マリオット』

『内政顧問/長老』

『王国相談役/黒兵衛』

『王国守護者兼王国宰相兼大魔王/神代洸一』

と言った具合の、何だかクラス会議で決められたような委員チックな有様だ。

果してこれから先どうなのるのか……

とてもじゃないが、一国を運営するには甚だ人員が乏しいような気もする。


まぁ……なんとかなるか。

今までも何とかなってきたし……

俺は頭を掻き、独り苦笑を溢すのだった。



継承権剥奪。

それを最初に言い出したのは、チェイムの婚約者であるヴィンス伯爵であった。

帝宮の一角、ドーム型の天井に所狭しと描かれた天使達の絵が見事な飛天の間で、宮廷裁判が開かれる前の事前準備会議、通称・査問委員会が行なわれていた。

居並んだ査問官や宗教監督官、宮廷に使える文官に皇帝自身も、『まさか?』と言った面持ちで彼を見つめる。


「確かに……チェイム・ヴェリテ・エヴァヌイッスマン・ド・ディラージュ殿下は、これまで勇者の称号を浴びる者としての多大な功績があります。が、しかし……大魔王とやらを復活させた要因もまた、彼女にあります。既に辺境ではありますが少なくとも三つの村が襲われ、更に南方地域を支配化に収めんと、ピッケンズ男爵殿の預る帝国領へ進軍を開始したとの報告もあります」

「故に、騎士団を派遣したのだ」

と監督官の一人。査問官の幾人かも頷き、

「大魔王という者が何者か存ぜぬが、特に脅威ではなかろう」

「さよう。報告では、ゴブリンやオークどもの集団とか……」

「殿下に非がある事は明白だが、継承権剥奪とは……民衆に動揺が走るかも」


「確かに。しかしこれは明らかに帝国の危機です。本来、起きるべきでない戦が起き、そしてそれに帝国が巻き込まれたのですから。ここは帝国法の定める所、殿下には厳罰をと、私は愚考します」


「ふむ……ならばヴィンス伯爵殿はいかがなさるおつもりか?」

太りきった体を震わせ、内政大臣は半ば興味ありげに尋ねた。

幾人かの貴族や文官も、好奇の瞳を向ける。

「いかがなさるとは?」

「殿下は伯爵閣下の婚約者。それをどうするのかと……」

「……異な事を。例え継承権を剥奪され、殿下の称号を外されようが……チェイム姫は私の婚約者に変わりはありません」

ヴィンスはピシャリと言い放った。

「ほ、ほぅ……」

一同から感嘆の声が漏れる。

皇帝自身も、深く感動したように頷いた。


……ふっ……

ヴィンスは内心、ほくそ笑む。

野心を隠す為の演技とも知らずに……間抜け共が……


無理にチェイムを庇えば、ヴィンス自身の野心が表に出てしまう恐れがある。

また、婚約を破棄するのも同じ。

ここは継承権に興味など無く、あくまでもチェイムを愛していると言う演技を続ける事が肝要だ。


くく……あの下賎な血を引く姫の婚約者を続ければ続けるほど、皇帝は私自身に負い目を感じる。そこが狙い目よ……



「さてと、昼飯も食ったし、皆も疲れているだろうから、さっさと本題に入ろうか?」

俺は良く分からないけど何だか肉の塊が載っていた皿を押し戻し、ぐるりと丸テーブルに座る面々を見渡した。

「はい、大魔王様」

ナプキンで口を拭きながら、ホリーホックがコクンと頷く。

ミトナットウは未だ御代りを所望していた。


「さて……本日の議題はだ、ずばり【これからどうしようかにゃあ】と言う事だ。取り敢えずこの都市を支配化に治め、曲りなりにも国家としてその第一歩を歩み始めたワケなのだが……如何せん、問題は山積みだ」


「そうですな」

髭を撫でつけながらウィンウッドが表情を曇らせた。

「城を落としたから今日からここは我が国です、と言うワケにも行きませんからな」


「そのぐらい単純だと、話は早いんだがねぇ……」

ゲームだと速攻で徴兵とかも出来るしね。


「それにあの帝国が、このまま黙っているとは思えませんな」

ウィンウッドがそう言うと、喫茶店のマスターだったパーソンズも

「そりゃそうだ」

と大きく頷いた。


「でも……帝国が純軍事行動に出てきても、こちらには大魔王様が……」

ホリーホックが敬慕の眼差しで俺を見つめる。

何だかちょいと照れくさい。


「ん~……まぁ確かに、敵が例え百万の軍勢で攻めて来ようが、この俺様ちゃんが居る限り負ける筈など無いッ!!と声を大にして言いたい所だが、何事にも限度ってモンがあるからなぁ」


「せやな」

と、渋面を作りながら黒兵衛。

「兵力差から言うて、戦の主導権は向こう側や。つまりワテ等は防衛戦しか出来ん。洸一の魔力にも限界はあるし、防衛ばかりでは何れジリ貧や。それに敵さんも、馬鹿ばかりではないやろう。強力な魔法には、何かしらの手を打ってくる筈や」


「その通りだ」

敵が被害を物ともせず、物量作戦で来たら……確実に負ける。

四方八方からのべつ幕無しに敵兵が大量に押し寄せて来たら、俺一人ではとても支え切れん。

それに、あの赤竜クラスの化け物が大量に投入されたら、さすがの僕チンも一捻りで負けちゃいそうだ。

「ところで話は変わるが、元々このパインフィールド王国の領土っちゅうのは……どの辺まであったんだ?」


「確か……ここから北、約30リーグの所にあるバオア山周辺までが旧領だったと……」

パーソンズが確認するように言うと、ホリーホックは軽く頷いた。


「……そうか。それで現時点で、その辺りに我が軍にとっての障害は何かあるか?」

俺が皆を見渡しそう問うと、髭のオッチャンことウィンウッドは軽く眉を顰め、

「小さな街が、2つか3つあったと記憶しています」


「街か……」


「今からでも軍を発っすれば、すぐに占拠出来ると思いますが……どうします?」


「……いや、止めておこう。こちらも怪我人が多いし、暫くは休養させたい。それに小さな街なら守備隊の数も多くはない筈だ。攻め入るという噂を流し、街の支配者に降伏を促せば……自ずと投降しよう。もっとも戦う気配を見せれば、この俺様が直々に出向いてやるがね」


「それよりも大魔王様」

それまで軍事的行動については門外漢として黙っていた侍従長であるマリオットの爺さんが、おずおずと挙手して意見を述べた。

「男爵の身柄をどうしますかな?それとホリーホック様の戴冠の儀は……」


「戴冠の儀?」

何それ?

俺の記憶が正しければ、確か……今日から王様だプリ、って宣言するような儀式……だったか?


「はい。戴冠の儀を執り行い、領民や近隣諸国、そして帝国にも……パインフィールド王国の復興を、見える形で表明した方が宜しいかと……」


「……そうだな」

俺は大きく頷いた。

大義名分を得ると言う意味でも、そう言う対外的アピールは出来るだけ早くやって置いた方が良いだろう。

「うむ、良い意見だ。ならば早速明日にでも執り行おう。善は急げと言うしな。マリオットの爺さんは準備を急いでくれ」


「畏まりました。ですが通常、戴冠の儀を執り行なえるのは、王族か皇帝か、はたまた宗教的指導者等で……」


「あ?んなもん、良く分からんが俺がやってやる」

何故なら大魔王だからだ。

王と付くから何も問題は無いのだ。


「そ、そうですか。大魔王様自ら……」

マリオットは何故か感慨深けに頷いた。

「分かりました。準備の方は直ぐに整える事が出来ますが……それで、男爵の方はどうしますか?」


「あの男爵か……」


「見せしめの為に城壁にでもぶら下げるのが良いんじゃないですか?首に縄でもかけて」

パーソンズが言った。


「い、いやいやいや……それはダメだ」

もちろん平和主義者(自称)な俺は即座に否定。

「無駄な殺生はしない、と言うのが俺様の座右の銘だ。南極条約にも違反するしな。それに、捕虜には色々と使い道がある。今殺すのは勿体無い。そう言うわけで、取り敢えずその男爵とやらを呼んで来てくれい」








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