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奪還


★第40話目


「急いで迎撃戦の準備をするんやッ!!」

黒兵衛が地を蹴り声を枯らしながら叫んだ。

「敵の援軍はすぐそこまで来てるんやでッ。鉄壁の防御陣を敷いてやり過ごすんやッ!!」

「く、黒兵衛殿ッ!!敵の西側守備隊が打って出て来るようだっぺッ!!」

ミトナットウの悲痛な叫びに黒兵衛は振り返ると、第1軍団が相手にしていた西側城壁の守備隊が、列をなして城門から出撃し始めたのが目に入った。


や、やるやないけ。

第1軍団と合流している最中を狙って出て来るなんざ……連度が高い証拠やな。

「だ、第1軍団は側面を防御やッ!!第2軍は後方から来る敵の増援部隊に備えるんやッ!!」

「あ、後少しだっぺよッ!!後少しで、大魔王様がやって来るっぺよッ!!皆、それまで耐えるんだっぺッ!!」

「た、大変だーーーッ!!」

その時、息を切らして一匹のゴブリンが本陣に駆け込んできた。

「ど、どうしただッ!?」

その場にへたり込み、肩で息を切らしているゴブリンに、ミトナットウが慌てて問い質す。

「て、敵の新手が……き、北に……」

「なんやてッ!?」

黒兵衛は驚愕の表情を貼り付けたままゴブリンの頭の上にジャンプし、軍団正面を見やると、砂塵を巻き上げ此方に迫ってくる兵の群れが微かに見えた。

「これは……」

「ま、まだ増援部隊がいただっぺかッ!?」

顔面蒼白のミトナットウが悲痛な声を上げた。

「……ちゃう。あれは……ワテ等が最初に相手にしていた、南城壁の守備隊のようや……」

黒兵衛は大きく舌打ちした。

「道理で簡単に合流させてくれると思うたわ。奴等、ワテ等が逃げている間に、城壁を逆時計に周って北から囲むつもりやったんや」

「ぜ、全部、罠だったんだべか」

「く……」

黒兵衛は力の限り歯軋りした。


アカン……もう、アカンわ……

洸一よぅ……三方から囲まれたら、ワテら全滅や。……スマンなぁ……


その時、軍団側面から一際大きな声が上がった。

「き、来ただっぺかッ!?」

ミトナットウが素早く防戦の指示を出す。

それと同時に今度は一匹のオークが本陣に駆け込み、叫んだ。

「て、敵の西側守備隊に乱れがッ!!一部の敵兵が反乱を起こしているようですッ!!」

その言葉に、間髪入れず黒兵衛は叫んだ。

「チャ、チャンスやでッ!!全軍、その反乱部隊に合流して敵兵を城壁の内側に押し戻すんやッ!!」



「……隊長。前衛部隊が魔王軍に攻撃を仕掛けますが……」

若い兵士が、チラリと隣の隊長ことウィンウッドに目をやった。

「……頃合だな」

長い口髭を指で玩んでいた彼はそう呟き、数人の兵に目配せする。

「覚悟は良いか?」

「……私は、パインフィールドに忠誠を誓っておりますので」

若い兵士が破顔しながら頷く。

「良し。始めろ」

短い合図だった。

それと同時に彼直属の弓兵が無言で矢を番え、そして魔王軍に向かって全進している前衛部隊の背中に照準を絞った。

「……打てぇーーーッ!!」

ヒュンヒュンと風切り音が鳴り響き、それと同時に前方の兵士がワケも分からず倒れて行く。

生き残った者達も、状況が把握できないのかキョロキョロと辺りを覗うばかりだ。

「……チッ。帝国の兵士は馬鹿ばっかりだ」

ウィンウッドはそう吐き捨てた。

「構わんッ!!ありったけの矢を彼奴等に見舞ってやれッ!!」

弓兵が再度矢を番えるに当って、前衛部隊はようやく状況を把握したが、その間にも無数の矢が紺碧色の空を黒く染めるように飛来する。

「うぎゃっ!?」

短い断末魔の悲鳴。

やがて魔王軍が前衛部隊に襲いかかり、それと同時にウィンウッド達も剣を抜き殺到。

挟撃に遭った西側守備隊は、僅か5分足らずで壊乱状態に陥った。

「やりましたね隊長ッ!!」

若い兵士の声が弾んでいた。

だが、

「いや……どうやら少し遅かったようだ」

ウィンウッドは南と北から全力で駆けて来る敵を見つめながら、そう自嘲気味に笑うのだった。



――ドックン……ドックン……


心臓の鼓動が、やけに耳についた。

全ての感情が死滅したかのように、俺はホリーホックを抱き抱え、呆然としながらただ扉を背に座っていた。

「……」

彼女は苦痛に顔を歪め、荒い息を吐いている。


ホリーホックが……彼女が何をしたと言うのだ?

いつも一所懸命に頑張ってきたのに……どうしてこんな目に遇うんだ?


――ドックン…ドックン…ドックン……


心の奥底から、何かが這いずり出てくるような感覚。

俺は……

俺は一体、何をしている?

『お前は何故ここにいる?』

脳内に響く不思議な声。

『媒介者たるお前は、只の傍観者か?』

俺は……

『プルーデンスとリステインを護れるのはお前だけではないのか?』

そうだ、俺は……

『……繋がった』


――ドックン…ドックン……


視界の隅で何かが動いた。

階段を上がってきた数人の兵士が、ギラついた瞳で遠巻きに此方を観察している。

背にした扉の向こうでは、これまた数人の兵士達が息を潜め、飛び出すチャンスを覗っているに違いない。


「……」

俺は傷付いているホリーホックをそっとその場に横たわらせ、謎の鎧武者氏より借り受けた剣を片手に立ち上がった。


「だ…大魔王様……」

途切れの途切れの擦れた声。

ホリーホックが優しげな微笑を浮かべ、俺を見上げていた。


「……」

剣を持つ手が震える。

心の中から溢れる何かが、まるで手の平を通して剣に吸い込まれていくような感覚。

お、俺は……

「大魔王なんだぞーーーーーッ!!」

剣を振り上げ、扉に向かって振り向き様に一閃。

金色に染まった剣は稲妻のように瞬き、そして凄まじい爆音と共に頑丈な樫の木の扉をふっ飛ばした。

その威力は凄まじく、中に居た兵士達を壁に叩きつけ、更に部屋の中央に置かれていた巨大な翡翠のような結界石を、いとも簡単に砕け散らせた。

その瞬間、剣は再び眩い閃光を放つ。

俺はホリーホックの傍らに跪き、素早い動作で胸に刺さった矢を引き抜くや、剣を掲げ治療魔法を施した。

見る見る間に彼女の胸の傷が塞がって行く。


……どうして……どうしてこんな目に……

危ない事をするなって言ったじゃないか、ホリーホック……


怒りと悲しみの織り交ざった感情を抑えながら、俺はゆっくりと辺りを見渡した。

部屋の中の兵士達は、既に全員が昏倒状態。

階段の兵士達は、剣を構えながらじりじりとにじり寄って来た。


「……そりゃアンタ達も、自分の生活とかあるし、命令だからしょうがないけどさ……」

誰に言うでもなく呟き、俺はスッと立ち上がる。

「けど、ホリーホックをこんな目に遇わせたのは許せねぇ。はは……久し振りに、キレちまったよ……俺は」

そしておもむろに剣を掲げた。

ヒュッヒュッと矢が音を立てて来するが、既に防御呪文に守られている俺には、掠り傷一つ負わせる事は出来ない。


「……貴様らぁ……」

唸る様な声を絞り出しながら、俺はゆっくりと剣の切っ先を兵士達に向ける。

「全員、そこからやり直せッ!!」」

迸る閃光が辺りを覆う。

すると次の瞬間、全ての兵士達はネズミに姿を変えてしまったのだった。



……これまでか……

街で花屋を営むデイブは、肩で息をしながら真赤に染まったレイピアを力なく構えた。

体中には既に無数の裂傷があり、そこから鮮血が止め処も無く滴り落ちている。


「はは、どうした帝国兵。掛って来んかい……」

不敵に笑うデイブとその仲間達。

足元には無数の帝国兵が折り重なって倒れていた。


パーソンズ隊長達は……結界石の所まで辿り着けたのか……

そんな事をふと考えていると、

「うりゃーーーッ!!」

帝国兵の一人が階下から、剣を斜めに突き出しながら勢い良く駆け上がってきた。


「……フンッ」

デイブは細身の剣でそれを受け流そうとするが、既に彼の体力は限界を超えていた。

ブシュッと鈍い音と共に敵の剣が太股を貫く。

「ったく……」

鋭い痛みが衝撃となってデイブを襲ったが、彼はそれを臆面にも出さずに、

「やるねぇ……お若いの」

そう言って敵兵士の首筋をピュッと切り裂いた。

「これで8人目と……」

静かにそう口にするが、その間にも太股からは大量の血が迸っていた。


やれやれ、どうやら致命傷かな……

既に腰から下の感覚がかなり鈍くなっていた。

最早立っているのも限界だ。


デイブはゆっくりと階下を見下ろした。

銀色に反射する剣を構え、尚も数人の兵士達がじりじりと上ってくる。


まぁ……これだけの敵を食い止めたんだし……後は隊長に任せるとするか……

ドカッと階段に腰を下ろし、フゥ~と大きな溜息を一つ。

ふふ……敵を見下ろしながら死ぬってのは、良いもんだな……


――その瞬間だった。

いきなり辺りが眩い光に覆われると同時に、バシュッと鈍い音を立て、デイブの目前に迫っていた敵兵士の全てが小さなネズミに化けて、チューチューと悲痛な鳴き声と共に何処かへ走り去って行ってしまったのだった。



黒兵衛とミトナットウは、巧みな陣形移動で幾重にも防御陣を張り巡らし敵に備えるが、所詮は多勢に無勢。

しかも個々の戦闘力すら圧倒的に敵が優位であった。

寄せ集めのモンスター達に対し、敵の増援である鉄犀騎士団は、近隣諸国に鳴り響く帝国最強の呼び声も高い常勝軍団であった。

白銀に輝く甲冑姿の騎士達は、華麗な手綱捌きで馬を駆り、次々と本陣を目指し突っ込んでくる。

敵の突出に備えた防御柵も、まるで薄紙の如く簡単に破れられてしまっていた。


「ダダダダダメだっぺ。ここはもう限界だっぺよ……」

ミトナットウが悲痛の声を上げた。

「だ、大魔王様はまだだっぺか」

既に何度かこの本陣に敵の侵入を許し、彼もまた体中に傷を負っている。


「も、もう少しや」

前足を引き摺りながら黒兵衛が言った。

「あの馬鹿は、馬鹿だけどそれなりに責任感の強いヤツやから……もう少しの辛抱や」


「うぉーーーーーーッ!!」

いきなり地響きと共に怒声が響いてくるや、本陣に向かって砂煙を上げながら更なる敵の一隊が突撃してきた。

次々と同志達が馬蹄に巻き込まれ吹っ飛んで行く。


「く、くそ…」

ミトナットウが矢を番え狙うも、重厚な甲冑に覆われた敵にはてんで通用しない。

軽い音を立てて跳ね返るばかりだ。


……アカン。練度も装備も段違いや……ここはもう、支え切れんで……

「ミ、ミトナットウ!!ワテが敵を撹乱するッ!!兵を纏めて一時後退や!!」

「はへ?」

「あの馬鹿が戻ったら、遅いんじゃボケッ!!とでも言うといてくれやッ!!」

黒兵衛はフンッと残された力を籠め、傷付いた足を微かに引き摺りながら向かってくる敵に突進した。

「く、黒兵衛どのーーーッ!?」

フギャーーーッ!!威嚇の声を上げ、黒兵衛は軽やかにジャンプし、敵の駆る馬の喉首に鋭い牙を突き立てた。

嘶き暴れる栗色の巨大な草食動物。

騎乗していた騎士は馬腹を押さえ、短い手槍を巧みに手繰り寄せると、

「こ、この野良猫がッ!!」

舌打ちと共に愛馬の首にぶら下がる黒兵衛を貫いた。

いや、貫こうとしたした瞬間だった。

いきなり辺り一面が眩い光に覆われ、それと同時に敵の兵士は全て黄金色に瞬き、次の瞬間、

――バシュンッ!!

短い音と共に、小さなドブネズミに姿を変えてしまったのだった。



「な、何が……」

ピッケンズ男爵は、目の前で起こった光景に暫し我を忘れたかのように、呆然と立ち尽くしていた。

忠実な老執事の勧めで、魔王軍に止めを刺そうと居城から撃って出たものの、街を通って城壁に近付いた瞬間、いきなり眩い光と共に、付き従っていた騎士団が真っ黒なドブネズミに姿を変えてしまったのだ。

城壁の向こう側も、それまで騒がしいほどに響いていた剣のぶつかり合う音や馬蹄の轟きは鳴りを潜め、風の音だけが支配している。


何が……一体、何が起こっているのだ……


静寂を破ったのは歓喜の声だった。

パインフィールド万歳の声が、城壁の向うから響いてくる。

「ま、負けた……のか?」

そう呟き、男爵はワケも分からず馬首を翻し、駆け足で城に帰還した。

だが、

「な゛…」

城門はピシャリと閉じられ、あろう事かパインフィールド王国の旗とルイユピエース王家を示す紋章旗が無数に靡いていたのだ。


お、落ちた?私の城が……落ちたのか?

何故?

いや、いつだ?

敵は未だ城壁の向うにいるではないかッ!?


その男爵の無言の問いに答えたのは、忠実な老執事だった。

ヒョイと城門脇の櫓から顔を覗かせ、茶目っ気な瞳を輝かせながら彼は叫んだ。

「これこれはピッケンズ。まだこんな所に居たのですか?」

「な…なんだとっ!?こ、これは一体……まさか貴様、裏切ったのかッ!?」

「いやいや、これは心外な」

老執事は眉間に皺を寄せ叫び返した。

「今日まで貴方の忠実な執事として仕えていたのは……単に、貴方の動向を密かに同志達に連絡する為ですよ。言い忘れてましたがこう見えてもこの私、元パインフィールド王国宮廷武官なんですよ」

「パ、パインフィールドの残党……」

「ええ。この街に住む殆どの住人はそうですよ。皆、素性隠し、市井に紛れていたのです。そして皆、7年前の屈辱を忘れてはいませんので……」

そう言うや、老執事がサッと手を振ると同時に城門は開かれ、無数の兵士達がピッケンズを取り囲んだ。

しかもそのどれもが、彼の知っている者達ばかりであった。

「き、貴様らも……パインフィールドの残党なのかッ!?」

「そうですよ男爵」

兵の一人が進み出て、手槍を突き付ける。

「この城に残った者、警備兵から執事にメイドは全て、旧パインフィールド兵なんですよ」

「い、今まで私を騙していたのかッ!?雇い主であるこの私をッ!?」

「はは……もちろん。皆、心の奥底に憎しみを隠し、貴方に仕えていたのですよ」



「何が起きたのでしょうか……」

若い兵士は目の前で起こった摩訶不思議な現象に、茫然自失と言った感で立ち尽くしていた。

「に、人間が……いきなり他の動物に変わってしまうなんて……」

足元をチューチューと鳴きながらネズミが走り去って行く。

それは先程まで死闘を繰り広げていた敵兵の成れの果てだ。


「恐らく……大魔王の仕業だな」

ウィンウッドはそう独りごちた。

「極大魔法の中に変化の呪文と言うものがあると、何処かで聞いた憶えがある。しかし……まさか全ての敵兵を一遍に変えてしまうとは……まさに大魔王の名に相応しい、凄まじき魔法だ」

「た、確かに。でもそのお陰で我々は……勝ったんですよね?」

「その通りだ。だが……」

「だが……何ですか、隊長?」

「その大魔王とやら、一体、何故に我等を助けたのか……何を企んでいるのか……」



「だ、大魔王様…」

ヨロヨロと壁に手をつきながら、ホリーホックが結界石が鎮座していた小部屋に佇む俺に近付く。

「わ、私達……か、勝ったんですか?勝ったんですよね?」

言いながら足が縺れたのか、彼女は前のめりなった。


「っと危ない…」

俺は素早い動作で彼女の体を支える。

「だ、大丈夫かホリーホック?傷は治したんだが、体力そのものはまだ回復してないから……」


「エ、エヘヘへ~…」

彼女はフニャンとした笑顔で俺を見つめた。

その瞳にはうっすらと光る物がある。

「だ、大魔王様。つ、ついに私達……」


「……」

俺は無言で、彼女のおでこをコツンと小突いた。


「あぅ…」


「……無茶な事はするなって、言ったじゃないか」

渋面を作りながら、ちょいと厳しく言ってみる。


「で、でも…」


「あまり……俺に心配をかけるな」

そう言って、彼女の張りのあるほっぺをムニムニとしてみた。


「だ、大魔王様」

恥じらいをかんばせに載せ、ホリーホックの瞳からは堪え切れずに熱い物が零れ始めた。

それは筋を作りながら止め処もなく溢れ、ほっぺたを摘んでいる俺の手の甲にも伝わる。


「ほ、ほら、早いとこ皆の所へ戻って、大丈夫だって言ってやらないと……」

俺は照れを隠すように、よろめくホリーホックを半ば強引に背負った。

彼女の手が俺の肩をギュッと強く握り締め、微かにクスンクスンと嗚咽している音が背中越しに響いて来る。

「さて……それじゃ帰るか」

そして呟くように俺はそう言うと、ゆっくりと、その場を後にするのだった。








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