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THE潜入


★第38話目


……魔界には無かったけど、やっぱファンタジィとは言え一応は人間界だから、コーヒーはコーヒーなんだよなぁ……

ダバダァ~洸一の朝は一杯のコーヒーから始まる……今は昼だけど、と香り立つ濃い目のコーヒーを啜りながら、俺は窓の外をボンヤリと眺めていた。

塔の周りには未だ兵士達が屯している。

予想はしていたが、やはりそれなりに警備は厳重だ。


……黒兵衛。上手くやれよ……


ふと視線を店内に戻すと、ホリーホックは、何やらでっかいパフェと格闘していた。

フニャフニャと笑顔でパク付いてる。


ぬぅ……とても魔王にして王家の姫君には見えない……

率直な感想だ。

「う、美味いか?ホリーホック」


「はい。とっっっても美味しいです♪」

向日葵が咲いたような笑顔で、彼女はそう答えた。


「そ、そいつは良かった」


「あ、大魔王様も食べますか?」

そう言って彼女は、スッとスプーンを差し出してきた。


「あ、いや……俺はいい。甘いモノは、ちと苦手だ」


「そうなんですか?」


「まぁな。別に嫌いと言うワケじゃないけど……不思議な事に、食べると胸が焼けるんだよ」

それは不思議でも何でもなかった。


「へぇ~…」

コクコクと頷きながら、再び巨大パフェに挑み出すホリーホック。

おおぅ……一体、何カロリーぐらいあるんじゃろうか。

僕チン、見ているだけ胸が焼けてきたぞよ。


しっかしまぁ、のどかと言うか何と言うか……ほのぼのとした雰囲気だよねぇ。

彼女からは、とてもこれから闘おうという気配は微塵も感じられなかった。

……ま、殺気立ってテンパってるより、120倍ぐらい可愛いから別に良いんだけど……

下手に緊張していても困るしね。


そんな事を考えながら、俺はズズッとコーヒーを啜っていると、

「――ッ!?」

不意に険しい顔付きで、ホリーホックが窓の外を見やった。

俺も釣られて窓の方を向く。


む……

塔の入り口付近で、何やら兵士達が慌しく動いていた。

甲冑姿の兵士達が、駆け足で方々へ散って行く。

どうやら黒兵衛達の攻撃が開始された模様だ。


「……大魔王様。始まりました」

ホリーホックの小さく静かな声が耳に届くと同時に、

「ありゃ?何か慌しいなぁ」

何やら野太い男性の声も聞こえた。

振り返ると、すぐそこには同じように窓の外を見つめている太った店のマスターの姿があった。


「お客さん。何かあったんですかねぇ?」

人懐っこい笑顔に、少しだけ眉間に皺を寄せながらマスターが尋ねてくる。


「……これからあるんだよ」

苦笑しながら俺。

「何でもさ、ここに来るまでに聞いた話だと……かの大魔王にしてゴージャス且つエレガントでそこはかとなく赤くて速そうなナイスガイが、旧パインフィールド王国のホリーホック姫を擁して攻めて来るって話だ」


「ふヘッ!?」

奇妙な声を上げた店主の顔は蒼ざめ、今度は何故か一気に上気した。

血圧は大丈夫じゃろうか。

「お、お客さん。パ、パインフィールドですって?」


「そうだ」

俺は頷き、その後をホリーホックが続けた。

「な、何でも……かの姫は当時宮廷侍従だったゴブリン族の者に助けられ……彼等に匿われながら再起の時が来るのを待っていたら……お、男気溢れるって言うか凄く格好良くて優しい大魔王様が助けてくれるって事になって……」


「そ、その話……ほ、本当ですか?」

急き込む様にマスター。

その顔は興奮の為か益々上気して、何だか茹でたてのタコかカニみたいな色になっていた。

いやいやいや……凄いけど、ホンマに大丈夫か?

ちょっと怖いですぞ。


「あ、あぁ……本当の話みたいだぞ。表の兵達も右往左往しているし」

俺がそう言うや、いきなりマスターは「こ、こうしちゃおれん」とカウンターの奥に引っ込み、何やらゴソゴソとし出した。


……な、なんだろう?

俺はチラリとホリーホックと顔を見合わせ、席を立つとその店主に話しかけた。

「あ、あの~……ここにお代は置いとくけど……その……宜しければ、何をやっているのか聞かせてくれませんか?」

洸一、色々と気になるお年頃だ。


「な、何をって…」

ヒョイとカウンターから顔出すマスター。

「戦の準備ですよ。お若いの」


「……いくさ?」


「あ、当り前ですよ。痩せても枯れてもこのグラム・パーソンズ、今は喫茶店のマスターをしていますが……これでも元はパインフィールド王国第3重装歩兵の隊長をやっていたんですよ」

痩せても枯れてもいない太ったマスターが、決意を秘めた瞳でそう答えた。

「今でも一声掛ければ、昔の部下はすぐに集まりますからね。外の連中に呼応して、ここで一騒ぎ起こしてやりますよ」


「お、おいおい……こんな街中……敵中でか?ちょいと無謀だぜ、おっちゃん」

ってか、他人の俺に話して良いのか、そんな重大な事を。


「今が好機ですよ」

マスターはニッコリ超えびす顔で言った。


「そ、そっか。……ま、応援してるぜ」

俺はグッと親指を立てた。


「……どうやら客さんも、王国に関係があるようですねぇ」

悪戯ッ気な瞳を輝かせるマスター。

俺はニヤリと笑い、

「ま、事が成功したら、マスターの事はお姫様に話しておくよ」

そう言って、ホリーホックと共に喫茶店を後にするのだった。



「第1軍団からの狼煙を確認したっぺよ」

林の中に身を潜めているミトナットウが、静かな声でそう黒兵衛に告げた。

小柄なコボルト族の兵の頭の上に陣取っている使い魔の黒猫は、目を細めながら、

「良し。んなら弓戦兵団に伝達。防護柵内から一斉射撃を開始や。敵が打って出て来たら、速やかに撤収するよーにや」

「りょ、了解だっぺ」

「……あ、それとや」

その場を走り去るミトナットウの背中に、黒兵衛はふと思い付いたかのように声を掛けた。

「万が一の事があるかも知れへん。索敵だけは怠らんようにな」



「……隊長」

城壁の上から眼下に展開する敵軍の、風に靡くパインフィールドの征旗をどこか感慨深気に眺めているその男―スティーブ・ウィンウッドは、若い兵士の声に、チラリと鋭い視線を向ける。

「どうした?なにか問題でも起こったのか?」

「はッ。それが……帝国の増援部隊から、作戦指令書が届いておりますが……」

そっと丸められた羊皮紙を手渡した。

「……」

隊長と呼ばれたウィンウッドは面倒臭そうにそれを広げ一読し、そして瞬時に顔色が変わった。

「……マズイな」

搾り出すような声。

「何か問題が……」

「読んでみろ」

ウィンウッドは羊皮紙を突き付けた。

「……こ、これは……」

若い兵士の顔色も直ぐに変わった。

「か、完璧な作戦ですね」

「……その通りだ」

ウィンウッド呟き、そしてもう一度、城壁に迫りつつある大魔王軍に目をやった。

無意識に、自慢の口髭に指が伸びる。

「このままでは……全滅させられるかもしれん」

「ど、どうします隊長?」

「……取り敢えず、現時点ではその作戦書通りに動くしかあるまい。だが……頃合を見計らって叛旗を翻すぞ。同士にはそう連絡を入れておけ」

「はッ」

敬礼の後、踵を返して走り去っていく若い兵士を見ながらウィンウッドは思う。

……もっとも、叛旗を翻した所で……それすらも手遅れにならないと良いのだが……



「た、大将……ホンマにやるんでっか?」

街でクリーニング店を営む痩せた男が、喫茶店のマスターこと、グラム・パーソンズ元王国第3重装歩兵隊長に、おどおどした様子で尋ねた。

「へ、平凡だけど……ワシ、今の生活に満足してるんですが……女房もいるし……」

「当り前だ!ジム・キャバルディ上級武官。我等パインフィールド第3重装歩兵隊に、躊躇という文字は無いッ!!」

「無謀と言う文字はありますがねぇ」

と、鋭い目つきで言ったのは、花屋の店主だ。

「あ、言っておきますけど、俺はやる気満々ですよ。パーソンズ隊長」

「うむ、そうか」

グラム・パーソンズは頷き、今ではすっかり商店街の親父な風貌になったかつての部下達を眺めた。

「良いかッ!!この戦いは我等パインフィールド軍人にとって、最後の戦いと言う事を憶えておけッ!!城壁の外では、あの幼かったホリーホック姫が孤軍奮闘している筈だ。我らは城壁の内側より援護するぞッ!!」

「でも……俺、明日の仕入れがあるからなぁ……夜までに終りますか?」

魚屋の親父がそう呟いた。



「どうやら、辛うじて援軍が間に合ったようです」

年老いた執事の言葉に、ピッケンズ男爵は相好を崩した。

「くくく……しかも援軍に来てくれたのは、帝国最強の呼び声も高いウェスト男爵率いる鉄犀騎士団だ。大魔王だか何だか知らんが、パインフィールドの亡霊どもも、これで一巻の終わりだろう。くくく……」

「……そうですね閣下」

老執事は恭しくお辞儀をした。

「ですが、万が一、と言う事もありますれば……此方も、何時でも城から討って出られる準備をなされた方が宜しいかと……」

「……ふむ、それもそうか。防衛だけじゃなく、攻めに転ずる場合もあるか。それにウェスト男爵に借りを作るのもあれだし……出来れば大魔王の首は我等が上げたいしな」

男爵の頷く姿に、老執事の双眸が怪しく輝いた。

「では、閣下直属の騎士団に、その旨を伝えます」



「あ、あのぅ~…」

俺は独りぽつ~んと塔の前に立っている若い兵士に声を掛けた。

どうやら他の連中は、何やら急がしくて出払っているようだ。

これはチャンスだ。


「なんだ?何か用か?」

眉間に皺を寄せ、その兵士は居丈高に振舞った。


「あ、いや……何か外が騒がしいようなんで、何かあったのかにゃあ~と」


「……フンッ。貴様のような者に言う事は無いッ!!とっととこの場を去れッ!!」

俺の顔をジロリと一瞥し、その兵士は怒鳴る。

いやはや、実に尊大で、僕ちゃん涙が出そうだ。


「うぅ~ん……去れ、と言われましても……」


「あ?なんだ、貴様ぁ……」

兵士は若さ故に短気なのか、はたまた予想外の事態に戸惑ってテンパッているのか、いきなり腰に下げた剣の柄に指を掛けた。


「お、おいおいおい。何もそんな殺気立たなくても……市井の人間にいきなり剣を向けようとしますか?」

現代社会で例えると、いきなり警官が銃を抜くようなもんだ。

非常識過ぎてマスコミから糾弾される事、間違い無しの事案だ。

……

あ、米の国の警官なら、いきなり抜くか。

しかも発砲までするし。

「あのさぁ……そっちがその気なら、俺もやる時はやりますよ?」


「な、なにぃ?」

兵士の顔が怒気で歪むと同時に、俺は背中に担いだ剣をサッと引き抜き、その切っ先を真っ直ぐ向けた。


「……ブスッと喉首を刺してやろうか?」


「な゛…」

若い兵士はいきなりの展開に声も出ない。

それもその筈だ。

先程まで、おどおどした貧弱な坊やだった俺が、何故かいきなり冷徹な殺人マシーンにモデルチェンジ。

しかも俺が手にしている剣は、馬鹿デッカイ魔法剣だ。

兵士が腰から下げたショートソードでは、全く歯が立たない事は火を見るより明らかだった。

しかも既に俺は抜刀しているし。

あぁ、それにしても良かった。

取り敢えず、格好良く剣を抜く練習だけはしておいて。


「よぉ~し……大人しく剣を捨てろ。今すぐ、早くにだ」


「……」

緩慢な動きで腰から剣を鞘ごと外すと、兵士はそれを地面に捨てた。


「よしよし。だったらご褒美に、少しだけ休暇を与えよう」

言うやボグッと鈍い音が兵士の背後から響き、彼はその場に崩れ落ちた。


「……少し強く殴り過ぎました」

ブラックジャック(砂を詰め込んだ皮製の撲殺専用兵器)を手に、ホリーホックがニコッと可愛く笑う。


「あ~……まぁ良いだろう(何がだ?)。それよりも、コイツを人目につかない所まで運ばないとな」






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