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旧王都奪還・菊水零号作戦


★第37話目



「諸君、おはよう」

村の中央に集まったモンスターな部下達に向かって、俺は朝のラジオ体操の司会者のように爽やかな声で挨拶した。

「知っての通り、今日より我等は人類に対して叛旗を翻す愚連隊ではなく、ましてや畑を荒らす小悪党でもなく、皆の敬愛する魔王ホリーホックの為に、帝国に独立戦争を仕掛けるパインフィールド正規軍として戦う事になった」

「おーーッ!!」と威勢の良い声が上がる。

俺は頷き、チラリと隣の、魔王の衣裳ではなく王族のそれらしき気品溢れる甲冑姿のホリーホックに目をやると、彼女は瞳を潤ませながら、決意の為か上気した顔で皆を見つめていた。

「良いか!!本日の作戦は、パインフィールド王国復興の第一歩として、何としてでも成功させねばならない。昨日の今日で、やや性急過ぎる気もするが、拙速は巧遅に勝るだ。あのドラゴンを始末したお陰で、敵は慌てているだろう。この機を逃すな。時間を掛ければ、敵は防御態勢を固める筈だ。その前に、攻め落とす。皆の活躍に期待する事、大である!!」


「おーーーーーッ!!」


「うむ。それでは本日の作戦を簡単に説明する。ホリーホックは第1軍として、城壁西から攻撃を開始。黒兵衛とミトナットウの第2軍は南からだ。出来るだけ敵の目を引きつけてくれ。その間に俺は単身城内に侵入し、結界石とやらを破壊する。なお、長老は後方部隊としてこの村の防衛に当ってくれ」

そこで一旦言葉を区切り、俺は少しだけ溜息を吐く。

「良いか、皆はあくまでも陽動部隊だ。敵城を落とすとか無謀な事は考えるな。敵が隙を見せてもその誘いに乗らず、ただ目を引きつけていれば良い。……分かったかッ!!」


「おぉーーーーーーッ!!」


「良し。では解散。一刻の後に作戦を開始する」



「……とうとう、戻って来なかったか」

ピッケンズ男爵は歎息を漏らした。

この地の安全の要、絶対的強さを誇っていた自慢の守護獣であるドラゴンが、大魔王を追いかけて行ったっきり、そのまま帰って来ないのだ。


「まさか大魔王とやらに返り討ちに……」

城の守備隊長らしき全身鎧を纏った中年の男は、目立つ長い口髭を玩びながら呟いた。

しかし渋面を作ってはいるが、その口調はどこか冷やかかだった。

もちろん、男爵はその事に気付かない。

「……認めたくはないが……それしかあるまい。困った事だな」

「大魔王の強さ、恐るべきですな」

どこか他人事のように守備隊長は口を開く。

「で、男爵閣下。帝都には援軍を?」

「昨夜、早馬を出した。もっとも、村が襲われた時点で要請はしていたがな。が、未だ連絡は無い。帝都の連中は腰が重い……この地の重要さを分かっておらんのか」

それもまた、男爵の重い溜息の原因の一つだ。

「……なるほど」

隊長が頷いた時だった。

慌しいノックの後、若い兵士があたふたと駆け込んできた。

「どうした?」

ジロリと兵士を一瞥し、隊長は尋ねる。

「は…はッ。たった今、近辺を偵察していた小隊より報告が入りました」

「……」

守備隊長が無言で顎を動かし、先を促す。

若い兵士は大きく唾を飲み込むと、

「大魔王軍、接近中。敵は二手に分かれ、この城に向かっているとの事であります」


「も、もう来たのか……」

震える声でピッケンズ男爵。


「……他には?敵の数は?方角は?それ以外に何か変わった所はないのか?」

腕組みをし、眉間に皺を寄せながら隊長が聞き返す。

「はッ。数は不明ですが、多くは無いとのこと。南の小道と西の大街道に分かれて近づきつつあると……あと、不確定な情報ですが、掲げている旗はパインフィールドの旗で……その中に、ルイユピエース王家の紋章を確認したとか……」

その報告に男爵を席を立ち、

「どど、どういう事だそれはっ!?」

慌てながら若い兵士に詰め寄るが、髭の隊長はそれを柔らかく押し止めた。

「男爵閣下。それは恐らく……敵の作戦でしょう。城内には、旧王家に縁のある者もおりますし……心理的効果を狙ったものと、小官は愚考します」

「そ、そうか」

「……はい。それでは私は、これより防衛作戦の指揮を取らねばならないので……これにて失礼します」

サッと敬礼を施し、隊長は若い部下と共に男爵の部屋を後にした。

背後から、「頼むぞ隊長…」と弱々しい男爵の声が聞こえる。


……頼むぞ……か。

ドアを閉めるや、口角が微かに吊り上る。

誰が帝国の為に……私は7年間、この日を待っていたんだぞ……



「……洸一。自分、ホンマに独りで大丈夫なんか?」

独立第2軍と共に行動していた俺に、そっと黒兵衛が話しかけてきた。


「分からん」

俺は即答した。

「だが、この作戦は隠密行動が前提だ。俺様一人の方が動き易いのだ」


「まぁ……そら分かってるが……心配やなぁ。なんちゅうか、初めて我が子をおつかいに出す親の気分やで」


「どんな例えだよ。ちなみに言っておくが、俺は初めてのお使いの時、トマトとキュウリを買ってきてと頼まれて何故かコロッケを買って来た記憶があるぞ」

そしてその後でブン殴られた記憶も。


「どこまで傾奇者なんや、お前は……」

黒兵衛はそう言って、軽く溜息を吐いた。

「しっかしワテ等も……どっぷりとこの世界の歴史に関わってもうたな。この先どうなる事やら……」


「ネガティブな思考は止めれ。なに、大丈夫だって。何とかなるッ!!」

俺はそう言ってガハハと高笑い。

もちろん、根拠は何一つ無い。

「しかし黒兵衛よ、話しは変わるが……誰かそれらしき女の子に出会ったか?」

俺は少し身を屈めながらそっと黒兵衛に尋ねた。


「うんにゃ。さっぱり見当がつかんわ」


「……そっか。やっぱ、あの小学生ぐらいの女の子が優ちゃんだったかも……」


「まだロリコンが治っとらんのか」

黒兵衛が脱力したように言った。

「それにグライアイの姉ちゃんも言うとったやないけ。何も人間に転生しているとは限らないと……もしかしたらや、あのミトナットウが誰かの生まれ変わりなんて事は……」


「僕、死ぬ。全てを呪って」


「ん~……なら、ホリーホックの姉ちゃんはどないや?」


「……むぅ」

俺は下唇を突き出し唸った。

確かに、少しは考えたが……

本音を言えば、それは否定したい考えだった。

何故なら、彼女が誰かの生まれ変わりのだとしたら、俺は彼女を連れて魔界へ帰還しなければならないのだ。

そうすると……どうなる?

俺とホリーホックがこの世界から消えたら、残された者達は一体どうなるのだ?

それを考えると、ちとねぇ……



黒兵衛達、独立第2軍と別れた俺は、城門東口へと続く狭い街道を一人歩いていた。

今頃、南と西の街道からは、黒兵衛とミトナットウ達が、敢えて目立つようにしながら行軍している筈だ。

……取り敢えず、旅行者を装って城内に入るか……

行き交う人並みに紛れながらブラブラと歩いていると、やがて木々に囲まれた街道はいきなり開け、目の前には昨日偵察した城砦が、悠然とその威容を称えるように屹立していた。

見ると大きく開かれた城砦の門に、まるで吸い込まれるようにたくさんの人の列。

恐らく、逃げて来た近隣の村の連中だろう。


「……よし。行くか」

下手に侵入しようとせず、堂々と門から入れば却って怪しまれない、ってなもんだ。

そう考えたのも束の間だった。

「おい貴様ッ!!ちょっと止まれッ!!」

俺は城門脇に佇んでいる門兵に、いきなり呼び止められた。

青い瞳が爛々と輝いている。

見るからに、「僕チン、仕事熱心です。ってゆーか、昨日徴兵されたばかりです。超新人です」と言わんばかりの若造だった(でも俺より年上だけどな)。


う、うぅ~ん……洸一、ちょいとドキドキだね。

税関職員に呼び止められた密入国者って、こんな気分なのかしらん?

「な、何でしょうか?」

デヘヘヘ~と人畜無害の笑みを浮かべ、俺は揉み手をしながらヒョコヒョコと近付いた。

よもや、いきなりバレたって事はないよな?


「……お前、冒険者か?」

ジロジロと足から頭の先まで値踏みするように視線を動かし、そして背中に担いだ大きな剣を見咎めながら若造が言った。

その瞳は「怪しいぞぅ怪しいぞぅ」と訴えている。


「と、とんでもない。あっしは……何処に出しても恥ずかしい、通りすがりの無職でござんす」


「……ふむ。この街に何の用だ?」


俺は咄嗟に嘘をついた。

「き、聞く所によると、何でもここに大魔王とやらの軍が侵攻して来るとかで……へ、兵士の募集でもしてないかなぁ~と思いまして……」


「……そうか。取り敢えず通行許可証を拝見」

そう言ってスッと手を差し出す若い兵士。


「へ、へぇ…」

俺は予め用意していた偽造許可証(村人から奪った)を懐から取り出し、手渡した。


「ふむ……名前は……レクター。18歳。職業はエグゼクティブ自由人……」


「へ、へぇ。ファーストネームは、ハンニバルです」


「……そうか」

パラパラと許可証をチェックする兵士。

だが次の瞬間、

「……ん?」

不意に険しい顔付きになった。


むッ!?マズイ……いきなりバレたかにゃ?


「おい。随伴者1名とあるが……連れは何処だ?」


「……は?」

連れ合いって……僕チン、単独潜入任務スニーキング・ミッションなんだけど……

俺はポリポリと頭を掻きながら、「さて、こうなったらこの兵士をバラして、生肝食ってやろうか」等ととんでもない事を考えていると。

「あ、ここにいたんですかぁ♪」

明るい女の子の声と同時に、肩をポンと叩かれた。


んげッ!?こ、この声は……

「ホ、ホリー…」

慌てて振り返り、彼女の名前を口に出そうとするが、その白く小さな手が静かに俺の口を塞いだ。

「あ、私、クラリスと言います」

若い兵士に向かってペコリンとご挨拶。

そしてニッコリ笑顔のコンボ攻撃。


「そ、そうか。……ふむ……通って良し」

若造は呆気ない程簡単に敗れ去った。


「さ、行きましょう。……レクター様」


「お、おぅ」

彼女に手を引かれながら城門を潜る俺。

そして暫し歩いた後、周りに兵士達の目が無い事を確認すると、

「お、おいホリーホック。どうしてお前さんがここにいるんだ?」

眉間に皺を寄せ、小声で尋ねた。


「……す、すいません」


「い、いや、すいませんじゃなくて……」


「その……中の事も少しは知ってるから……道案内が出来ると思ったから……」

チラチラと上目遣いでホリーホックはそう言った。


「むぅ…」


「ご、ごめんなさい」


「あ、いや……別に怒ってるワケじゃないんだぞ?」

俺はそう言って、優しく彼女の髪をポンポンと撫で付けた。

「ただね、これは凄く危険な任務だから……その……な?お前に何かあると、皆が悲しむからさ」


「だ、大丈夫です。だって、大魔王様が一緒に居るから……」


「……」

洸一、ちょいと赤面。

そんな真っ直ぐに頼られる視線を向けられると……背中が超痒いです。

「ってか、ホリーホックがここにいるんなら、第一軍の指揮は誰が採ってるんだ?」


「あ、長老さんに頼みました」


「……大丈夫か?あのオークの爺さん、今朝も『御飯はまだかのぅ』とか言ってたぞ。目の前に置いてあるのに」


「だ、大丈夫ですよ。ああ見えても、歴戦の勇士なんですよ」


「そ、そうかなぁ」

洸一、ちと不安だ。



城砦内の街は、意外に混雑していた。

老若男女入り乱れ、実に活気に満ち溢れている。

露店もたくさん建ち並び、まるでお祭りか中東のバザールのような喧騒が支配していた。


ほほぅ……中々の盛況ぶり。

この世界に来て、初めてこんなに人を見たわい。

しかし……この俺様軍団が攻め込んで来ると言うのに、もう少しパニックになっててもおかしくはないかい?


「どうやら、街の人は知らないようですね」

隣を歩くホリーホックも同じ事を考えていたのか、どこか溜息混じりにそう漏らした。


「むぅ……恐らくそうだろうな」

俺は頷き、さきほど露店で買ったリンゴ飴らしき物をペロペロと舐めながら頷いた。

「情報を統制しているのか、はたまた呑気なのか……しっかしまぁ、実にごみごみしていると言うかなんちゅうか、結構な賑わいだな。ま、人が多い分、こちらとしても仕事はし易いが」


「この街は、南部では最大の都市ですから……」

どこか懐かしそうにホリーホック。


そっかぁ……元々は自分の故郷だもんなぁ……

俺は少しだけ憂いを帯びた彼女の横顔を見やり、軽く頷く。

この俺様が、もう一度あの城に住めるようにしてやるから……

小声でそっと呟き、そして街の通りの一番向うにある巨大な城郭を見上げた。

「……さてと。そろそろ仕事に取りかかるか?黒兵衛達もボチボチ到着する頃だろうに」


「そ、そうですね。では、こちらへ……」

ホリーホックは唇をキュッと固く結び頷くと、小走り気味に歩き出した。

俺はその後ろをヒョコヒョコと付いて行く。

通りを少し進み何度か角を曲がり、そしてまた通りを進む。

どのくらい歩いただろう。

既に俺ナビゲーションが自分の位置を見失った頃、ホリーホックは城壁の角に建てられた高い塔をそっと指差し、

「あれが、結界石の配備されている建物です」

そっと耳打ちしてきた。


「そうか」

リンゴ飴をシャリシャリ食いながら、散歩中ですよ、ってな感じで何気に観察する俺。

「……ふむ。結構な見張りの人数じゃのぅ……」

塔の入り口付近には、5人程の兵士の姿が見えた。

また所々に開いている窓からも、チラホラと兵士の姿が見受けられる。

守備隊の数は恐らく、30人は下るまい。


「……なぁ、ホリーホック。一つ聞きたいんじゃが……この結界の内側でも、魔法は使えないのか?」


「は、はい。あの結界石がある限り、内も外も全ての魔法は使えません。もちろん、それは敵も同じです」


「むぅ……となると、やっぱ肉弾戦か」

いやはや、これはもしかしてもしかすると……この神代洸一、生まれて初めてガチで人を殺めてしまうかも知れんなぁ……や、相手も確実に俺を殺しに来るだろうし……うぅ~ん、正当防衛が適用されるのかにゃ?良く分からんけど、色々と厳しいよねぇ……精神的にも。

何しろ本当の俺は一介の高校だ。

多感なお年頃だ。

後々、人格とかに影響が出るんじゃね?

「せ、戦争中の殺人は……殺した事にならないんだよな?」


「は、はい?」

不思議そうな顔でホリーホック。


「あ、いや……何でも無い」

俺はポリポリと頭を掻きながら、

「と、取り敢えず、そこの店に入ろう。あそこの窓からだったら塔が見えるし……黒兵衛達が行動を起こすまで、一時待機だ」

角地にあるモダンな喫茶店らしき建物を指差した。


「……そうですね。分かりました。作戦開始まで休んでおきましょう」



「第1軍団から報告が入ったっぺよ」

ミトナットウが林の中で待機している黒兵衛にそう報告した。

「既に準備は完了。いつでも攻撃に移れると言う事だっぺ」

「ほか。そんなら手筈通り、敵の射程外で攻撃を開始や。これは陽動作戦や……出来るだけ大騒ぎするように頼むで」

「了解だっぺ」

「あ、それとや。敵がもし打って出て来たら、予定の地点まで即時後退や。余計な犠牲者は出したらアカンで」



「隊長」

城壁に佇む特徴的な口髭を生やした壮年の男性に、若い兵士が声をかけた。

「帝都より連絡が入りました。援軍が間もなく到着するようです」

「……来たのか」

どこか苦々しげに答える隊長。

若い兵士の顔にも憂慮の色が浮かんでいた。

「マズイですねぇ……援軍は東から大きく迂回して、南に陣取る魔王軍の側面を突く気配のようです」

他には聞かれないように小声で話しかける若い兵士。

隊長は頷き、

「そうなると、場合によっては我等も打って出る必要がもしれん。同志達に連絡を入れておけ」

鋭い眼差しでそう言った。

「これが恐らく、我等旧王家の人間にとっては最後のチャンスだ。援軍に来た帝国を破り、王国復興の第一歩はこの一戦にあると思わねば……」

「……了解です」










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