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HP/0


★第35話目


「ひ、ひぃぃぃッ!?まだ追っ駆けて来るぅぅぅーッ!!」

魔法で体力を回復しつつ、ひたすらに駆ける洸一チン。

一体全体、どのぐらい全力で走ってるんだか……


「ど、どうするだ大魔王様ッ!!」

並走するミトナットウが、息を切らしながら尋ねてきた。

「このままだと……村へ入られるっぺよ!!」


「む、むぅ」

確かに、それはマズイ。

村には非戦闘員が……

このままだと、確実に全滅だ。

「くッ…」

俺は急ブレーキを掛けながら180度回頭。

そのまま剣を振り上げ、ドラゴンに突っ込んだ。

「うりゃーーーーーーーーーッ!!」

む、村へ入れるわけにはいかない。

女子供を犠牲にしたとあっては、神代家の名誉に関わるッ!!

そして何より、ホリーホックにこれ以上闘いはさせたくない!!

だってさ、小さい時に国を滅ぼされ、ゴブリンとかモンスターに育てられたんだぜ?

そしてそのモンスター達も殺されて……

もうこれ以上、彼女に苦労は掛けたくない。

彼女には、普通の女の子でいて欲しいのだ。


「だ、大魔王様ーーーーーッ!?」

ミトナットウの驚きに満ちた叫び声。

俺は剣を大上段に構え、突っ込んでくるドラゴン目掛けて力一杯振り下ろした。

――バシュッ!!

鈍い音を立てながら交差する俺と赤竜。

俺の目前を、ヒラヒラと切り裂かれたドラゴンの片翼が舞っていた。


「み、見たかッ!!翼をぶった切ってやったわ!!」

バランスを崩しながらこちらを振り向くドラゴンに、切っ先を向けながら俺は高笑いを一つ。

だが……


「だ、大魔王様……これ……」

ミトナットウが呆然とした面持ちのまま、何かを掲げて佇んでいた。


「……ん?腕?」

彼が手にしているのは、どう見ても人間の片腕。


「……ふむ」

俺は自分の体を確かめると、あ~ら不思議、

「ゲッ!?左腕がないやんッ!!」

二の腕の途中からスッパリと切断されていた。


「なッ……え?あ、あれ?」

何だか良く分からない。

恐らく交差すると同時に、あの鋭利な鱗に綺麗に切り落とされたのだろう。

痛みは、あまり感じない。

ってゆーか、見るまで全く気付かなかった。

それほど瞬間的に切られたのだろう。

……

見なきゃ良かったよ。


「……うぅ~む、歴史は繰り返すか」

取り敢えず途方に暮れながら、ふと昔の事を思い出していた。

あの時も……そうだ、プルーデンス達と冒険している時も、いきなり腕を切られたんだよな。

んで、リステインが死に掛けていた俺に治癒魔法を掛けて……

それで彼女は魔力を使い切って……

……

ったく、俺って全く成長してないじゃんかよ。


「く、くそがぁぁぁ」

切られた肘の上からは、止め処も無く鮮血がジェットバスのようにブシュゥゥゥ~と溢れている。

恐らく、血がかなり抜けてしまったのだろう。

体が異様に重い。

それに視界も、何だかボンヤリと……

「ミ、ミトナットウ!う、腕を持って来い!!」

ガクッと片膝を着きながら俺。

このままでは、左腕に何だか黒光りする銃を付けて、葉巻の似合う赤い服の男になってしまう。

だが、今の俺はあの時とは違う。

違う事を証明しなければ、リステインに申し訳が立たん!!


「だ、大魔王様ッ。い、いま行きますだ!!」

俺の左腕を抱え、懸命に走ってくるミトナットウ。


今ならまだ間に合う。

魔法を使って腕をくっ付ければ……

だけどそんな俺のささやかな願い(?)も、あっけなく裏切られた。


「だ、大魔王様……あ」

ミトナットウが石に蹴躓き、左腕はコロコロと地面を転がりそして、

――パクッ

そんな擬音がしっくり来る感じで、ドラゴンがアッサリとマイルドに食べてしまった。


「……大魔王様の腕……食われただぁ」

目が点のミトナットウ。


「……うむ。そのようだな」

もちろん俺は、目の前が真っ暗になったのだった。



あ…あぁ……僕の大事な左腕が……

世界でたった一本しかない俺の左腕が……

これでもう、リモコン片手に青春の自家発電も出来ない。

もちろん、雑誌を捲りながらの発電もだ。

言わば洸一チンは、思春期男子の楽しみの80%を失ったと言っても過言ではないのだ。


「お、おのれぇ~……」

俺は血の涙を流しながらドラゴンを睨み付けるが、良く考えたら今はそれどころじゃないのだ。

何しろ左腕からシャワーのように血が噴出しているしね。

「と、取り敢えず急いで止血しないと……」

俺は剣に意識を集中させ、治療魔法を念じようとするが、

――カシャン……

右手から剣が滑り落ち、小気味良い音を立てた。

「……っと」

地面に横たわる剣に手を伸ばそうとするが

「……?」

――ドサッ

……あれれ?何だか景色が変だぞ?

地面が垂直に見えるし、それに……なんか頭がボォーっとして……


「こ、洸一ーーーーッ!?」

……黒兵衛?

すぐ近くから五月蝿いニャンコの声が聞こえるが、何だか視界がボヤけて良く分からない。


「じ、自分……こないな世界でくたばってエエんかいっ!?おっ!!何か言うてみぃ!!」


「……」

は?くたばる?って、この俺がッ!?

歩く道徳とか太陽のナイスガイとかエデンの戦士とか自称しちゃうこの俺様がッ!?

バカな事を……

俺はたわけた事をヌカす黒兵衛に、何か文句を言ってやろうと口を開くが、

「……」

ん?あれ?声が……出ない?

それに視点が定まらないと言うか……あ、あれれ?なんか体が震えて……って嘘、マジですか?

マジなんです。

……俺……死んじゃうのかぁ……

見知らぬ世界で、死んじゃうのか……

死因は何?

殺されるほど悪い事をしたのかにゃあ?


「し、しっかりしろや洸一ッ!!」


いや、しっかりしたいのは山々なんだが……意識がね、薄れて行くんですよ。

妙にね、眠いんですよ……


「こ、洸一ッ!!目を開けんかい!!」


黒兵衛……


「お、お前が死んだらワテ、御主人に殺されるやないけ!!なぁ洸一、根性出してみぃーやッ!!」


……さようなら……黒兵衛。

これで……お別れだ。


「こ、洸一ッ!!おい、洸一ッ!!」


……黒兵衛……

一番最初にお前に会って……

お前の脳を奪わなくて良かったよ。

……

あぁ……何を言ってるのか、もう分かんないや……



「……ん?如何なさいました、グライアイ様?」

ク・ホリンは、執務室の椅子に腰掛けているグライアイに声を掛けた。

蒼ざめた顔色で、ガックリと項垂れている彼女。

何だか気分が悪そうだ。


「ク・ホリンか…」

妙に疲れた声だった。

「案ずるな。どうも、疲れが溜まっているようじゃ」

そう言って、緩慢な動きで軽く背を伸ばす。


「そ、それなら良いんですが……」


「……ふむ。少し、部屋に戻って眠るとしようかえ」

そう言って立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

「ぬ……」

妾は……どうしたと言うのじゃ?

いきなり体の力が抜けたかと思うと、物凄い倦怠感が襲ってきたわえ。

やはり、知らぬ内に疲れが溜まっておったのか……



「……」

声が出なかった。

目の前には、血の海に沈む大魔王様のお姿が。

……何故?

この世で最強と信じていた大魔王様が……

でもあの御方は言った。

自分は人間だと。

ならば片腕をもがれ、あれだけの血を流したのだ。

人の身であれば無事でいよう筈が無い。

……え?死?

大魔王様が……死んじゃう?

有り得ない……

だってあの御方は、私達を助けてくれる最後の希望なのだから……


「ホ、ホリーホック様!?」

不意にお付のオークの声が聞こえた。


「……」

あ、あれ?声が……出ない?

それに目の前が急にボヤけて……



……もう少しで帝都か……

チェイムはキュッと唇を噛み締め、少しだけ肩を怒らせながら街道を北へ向かって歩いていた。

途中聞いた所では、あのバカ面の大魔王が村々を襲い始めたとか何とか……


……私のせいだ。

自責の念が心に重く圧し掛かる。

あの時、あの女魔王を素早く倒していれば……

「……チッ。帝都に戻ったら、今度こそあの大魔王を……」

そう独りごちた瞬間だった。

不意に体の力が抜けたかと思うと、チェイムはその場にガックリと膝を着いてしまった。


……な、なんだ?

視界がボンヤリと霞む。

ひ、疲労か?

四肢に力が入らない。

まるで魂の大半が抜けてしまったかのような、体中に言い知れぬ倦怠が渦巻く。

……ど、どうしたと言うのだ?私の体は……



「な、なんだべ……」

ミトナットウと名付けられたゴブリンは、思わずそう口から漏らした。

地に広がる鮮血の中に横たわる大魔王の周りを、突如現れた光の玉がクルクルと弧を描きながら飛んでいた。

その数は一つまた一つと増えて行き、合計で10。

そしてその光りの玉は、ゆっくりと溶け合うように重なり……

「か、神様……?」

人の姿をしていた。

光り輝くその姿影は、異形種ではなく、二足二腕の人間に見えた。

その手がゆっくりと、大魔王の頬に触れる。

どうしてだか分からないが、ミトナットウには何故かその光り輝く影が悲しんでいるように思えた。



……懐かしい夢だ。

俺の頭を抱き抱え、泣きじゃくってる女の子の夢。

……何度も俺の名を呼ぶ。

ただ、洸一とは呼ばない。

もっと昔……かつて俺が名乗っていた名を呼ぶ……


あぁ……また泣かせちまった……

薄れ行く意識の下、俺はそう思った。

いつもこうだ。

いつも怒らせたり泣かせたり……

本当に俺は、駄目人間だ。


「……ってか、誰だよ」

絶賛死に掛け中なのに、思わず苦笑が零れた。

走馬灯の代わりに、全く未知の女の子が出てくる白昼夢を見るとは……

これはアレか?

死ぬにはまだ早いって事か?

……

だよな。

まだ、まどか達を見つけてねぇ……

プルーデンスとリステインの魂を、俺は見つけ出してねぇ……

それに、漫画とかアニメの続きも気になる。

新作ゲームとかも予約していたし……

まだまだ、俺にはやらねばならん事がたくさんあるのだ。

悠長に死んでいる場合ではないのだ。


「け、剣を……」

辛うじて繋ぎ止めた精神の全てを使い、擦れた声を出すと、

「お、おうっ!!」

黒兵衛の声が聞こえ、やがて殆ど感覚の無くなった右手に何やら触れる感触。

俺は残された力を使い、それを握り締めながらイメージを作りだす。


傷の治療……それに体力の回復……

死に掛けた状態から復活するのだ。

前よりもパワーアップしているに違いない。

……そんな気がする。

いや、して欲しい。

してくれないと困る。

だってほら、僕チン主人公だし……


「―――ッ!?」

刹那、いきなり意識が覚醒した。

目の前の歪んだ景色が、今はハッキリと見える。

心配げな黒兵衛の金色の双眸が、倒れている俺を覗き込んでいた。


「……むんっ!!」

四肢(今は三肢)に力を込め立ち上がると、自分が流した血だろうか、頬からポタポタと鮮血が音を立てて滴り落ちて行く。


「洸一!?」

黒兵衛が驚きの声を上げて俺を見上げた。

「自分、甦ったんか?」


「……まぁな。三途の川の向うで遊んでいた爺チャンを振り切って戻ってきたわい」

とは言うものの、今にもガックリと膝を着きそうなほど困憊していた。

剣を握る右手にも、力が中々に入らない。

意識はしっかりとしているが、体力が付いて行かないと言った所だ。

「血……血が足りねぇ」

取り敢えず、何か精の付く物をじゃんじゃん食べないと……


「そらまぁ……こない仰山、血を流せばなぁ」


「……だな。普通なら、要輸血の量だ。俺が救急隊員なら卒倒しているぜ」

剣で身を支えるようにしながら、俺は血の海から一歩抜け出し、驚愕にも似た表情を浮かべているドラゴンをキッと睨み付けた。

「くそトカゲがぁぁぁ……貴様の腹掻っ捌いて生肝食ってやるッ!!レバ刺しとドラゴンステーキで精力アップじゃッ!!」


「ブフゥ~…」

ドラゴンがゆっくりと近付きつつ、ギラリと光る牙を見せつけるように口を開く。

それはまるでサメの歯のように、△の形状で2列に並んでいた。


「……」

何だか分からないけど、今度は頭から齧られるような気がした。









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