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至、魔界


★第26話目


 「……着いたぞえ」

そうグライアイが呟くと同時に、いきなり辺りは眩いばかりの真っ白な光に覆われ、思わず俺は目を瞑ってしまった。


「……」

足元に感じる固い感触。

そして体に圧し掛かる重力。

俺は恐る恐る目を開けると、そこは既にグライアイの居城の中であった。

目の前には彼女が座るのであろう、黒曜石に金の縁取りが施してある、豪奢な玉座が見える。

察するにここは、謁見の間のようだ。


「うひゃ~……ごっつ豪華なお城やないけ。さすが魔界の重鎮やな。天井が高くて見えんわい」

クンクンと鼻をヒクつかせながら、黒兵衛が言う。


「だな」

俺は苦笑しながら頷くが、

「て、喋ってるーーーーーーーーッ!?」

思わず腰が砕けた。


「あ?喋ってる?ん?あ……お、おぉぅッ!?」

黒兵衛も驚いた感じで、己の発した言葉に戸惑い気味だ。

「お、おいおい……魔神の姉ちゃんや。こりゃ一体、どないなっとるっちゅうねん!?」

しかも何故か関西弁で、あまつさえガラが少し悪かった。

ってか、魔界の実力者に対してタメ口って……


「……ふむ。お主とて、人界で生まれ育ったとは言え、一応は魔族の端くれじゃからな。この世界では当然、言葉を解する事は出来るし、ある程度の魔力も行使できよう」

グライアイはそう言って、優雅な所作で玉座に腰を下ろした。


「はぁ~……そんなもんでっか」

フムフムと頷く黒兵衛。


ぬぅ…

何が起こっても驚かないと誓っていたのだが……何だか俺、少し気分が悪くなってきた。


「……ふむ。疲れたであろう、人の子よ。今日はもう遅いゆえ、今後の事は明日、話し合おうではないか」

そう言うや彼女は、その細くしなやかな指をパチンと一回鳴らした。


「……お帰りなさいませ、グライアイ様」

不意に鈴の音のような綺麗な声が後から響き、俺と黒兵衛は驚いて振り返ると、そこには気配を全く感じさせないように、メイド服(だと思う)を着た一人の女の子が静かに佇んでいた。

少しウェーブのかかった短い黄金の髪。

細くしなやかな体。

そしてその肌は透き通るように白く、その愛らしい顔立ちは、男だったら声を掛けずにはいられないほどだった。

……

腕が4本ある事を除けば。


「ルサールカよ。この者は妾の大事な客人ゆえ、その方に世話役を命じる」


「畏まりました、グライアイ様」

ルサールカと呼ばれた女の子は、そう言って静かにお辞儀をし、そして俺の方を見てニッコリと微笑んだ。

その何ともあどけない表情に、俺は思わず鼻の下を地に付けるほど伸ばして、デヘヘヘ~と情け無い笑みを返してしまう。


「うひゃ~……ごっつ可愛い姉ちゃんやないけ。なぁ洸一?」

黒兵衛が俺を見上げながらウシシシと笑った。

「しっかしなぁ……腕が4本もあるっちゅうのは、ちょいと興醒めやと思わへんか?どんな魔改造やねん」


もちろん俺は慌てて黒兵衛の首根っこを掴まえ、

「す、すいませんすいませんッ!!な、何分にもコイツ、野良出身、東十両3枚目の礼儀知らずなもんで……」

冷や汗タラタラで謝るのを忘れない。


「な、何さらすんじゃこのボケッ!!首が痛いやないけ!!」


「じゃ、じゃかましいッ!!大人しくしてねぇーと、三味線屋に売り飛ばすぞ!!」

だいたいこの馬鹿猫は、言って良い事の悪い事の区別もつかんのか。

例えて言うなら横比率の大きな女性に『間違って解体されそうだね』とか言うようなもんだぞ。


「あ、あの~…」

暴れる黒兵衛を押さえ付けている俺に、ルサールカさんはおずおずと声を掛けて来た。

「き、気になさらないで下さい」


「で、でもですねぇ…」


「その……私達魔族と人間とでは、姿形が違うのは当たり前ですし……それに、腕が4本なんて、魔界でも珍しいですから……」


「ほらみぃ。姉ちゃんもあない言うとるやないけ」

黒兵衛がしたり顔でそう呟く。


「その使い魔の言う通りですよ。私も、自分の姿がおかしい事ぐらい、分かってますから……」

少しだけ哀しい声色で、彼女は言った。

「本当に……腕が6本あれば、良かったんですけどね」


「……」


「……おい洸一。やっぱこの姉ちゃん……どこかアカンで」



「どうぞ。今日からこの部屋をお使いになって下さい」

ルサ―ルカさんはそう言って、何やらテキパキとお茶的なモノを煎れ始めてくれた。


「……は、はぁ」

思わず恐縮の息を漏らす俺。

彼女に案内された部屋は、中世ヨーロッパのロココチックと言うか、バブリーな貴族趣味と言うか、兎に角ゴージャスでエレガントな部屋だった。


「お、おうおうおう……洸一の部屋とはえらい違うやんけ」

黒兵衛が猫ゆえか、フンフンと鼻を鳴らしながら室内の隅々をチェックしている。


「……どうぞ」

フカフカの椅子に腰掛けた俺に、彼女はそっと紅茶のような匂いを発するけど紫色をした飲み物を差し出してきた。

……人間が飲んでも害は無いだろうか、ちと心配な色だ。


「何かご用が御座いましたら、枕元のベルを押して下さいませ」


「は、はぁ……こりゃご丁寧に……」


「あと、緊急時には私が責任を持って警護しますから、ごゆるりとお寛ぎ下さい」

そう言って彼女は優雅なお辞儀をし、部屋を後にしようとするが、

「ちょいと待ったれや、姉ちゃん」

いきなり黒兵衛が彼女を呼び止めた。

何だか知らんが、こいつは結構ガンガン行くタイプのようだ。

少しだけ尊敬だぜ。


「……何でしょうか?」


「あ?いや、さっきアンタ、緊急時とか言ってたけど……そりゃ一体、どーゆー意味なんや?緊急って、何がや?」


「あ、それでしたら、例えば敵がいきなり攻撃を仕掛けて来た時とか……」


「て、敵ッ!?」

俺と黒兵衛は思わずハモりながら、互いの顔を見合わした。

「お、おいおいおい……敵って、どーゆーこっちゃ?」

黒兵衛がトテトテとルサールカさんに近付き、彼女の顔を見上げる。


「敵と言うのは……」


「プロセルピナって言うヤツですか?」

俺は以前聞いた事のある固有名詞を思い出して尋ねる。


「は、はい。最強にして最凶の魔神と言う二つ名を持つプロセルピナもそうですが……」


「他にもいると?」


「はい。魔界は今……と言うか、かなり以前から戦乱が続いていまして……」


「戦国時代って事かな?」

俺は黒兵衛を見やり、呟く。

「その辺の話を、もう少し詳しく……良いですか?なんちゅうか、この世界の設定と言うか世界観を知りたいですし……」

言って俺は、半ば強引に彼女に椅子を勧めたのだった。



彼女の話を要約すると、この世界は3つの時代に分けられるそうだ。

一番初めは、原初の時代。

これはハッキリ言って、殆ど分からないと言う事だ。

何でも大崩壊と言うものがあり、その時に文明が滅んでしまったので、残ってる文献も少ないそうだ。

次に中期、名も無き大魔王と言う者が、この魔界を統べていた時代。

民は平和に暮らし、また神界とも争う事無く平穏な世界であったと言う話だ。

しかし神族の一部が、それまで不文律であった人間世界への干渉を行なうに当って、両界の緊張は高まった。

彼らは神族が善であり魔族が悪であるとした教えを人界に広め、それまで人界を管理していた魔族は不当に追い払われてしまった。

それによって魔界と神界との間に戦が勃発。

大魔王に拠って統べられていた魔界の軍勢は、派閥や主導権争いに明け暮れる神界の軍勢を各個撃破し、一時は神界の3分の2をその手中に収めることが出来た。

が、そこでいきなり大魔王は姿を消してしまった。

敵の姦計によって名も無き大魔王は捕まったとか、神界の戦士と相打ちしたとか、諸説あるが、定かではないと。

ただ、突然軍を率いる者が姿を消したので、魔界の軍勢は大混乱し、そこを残存兵力を結集した神族によって、追い払われたと。

だが、神族の方も魔界に攻め込むだけの余力は残されておらず、一方の魔族も大魔王不在の間隙を突いて派閥抗争が激化。

両界はそのまま自然休戦となった。

そして現在、神界も魔界も未だ混沌とし、特に魔界はこの二千年間、諸国が乱立する紛争状態が依然として続いている……と言う話だ。

ちなみに、魔界とか神界とか分けて言うが、両世界は多次元世界で構成される人間界や死者の赴く冥界とは違い、地続きの世界だ。

確か以前、プルーデンスやリステインにも聞いた記憶はあるのだが……

ルサールカさんの話だと、丁度二つの球体がくっ付いたような感じの世界だそうで、そのくっ付いている面が、狭間の地と呼ばれる場所で、両世界の緩衝地帯となっているらしい。

うむ、中々に厨二心を擽る世界観だね。



「はぁ……さよか」

テーブルの上にちょこんと座っている黒兵衛が、フムフムと頷いた。

もっとも、その小さな脳でどれだけ理解できたのかは不明だが……


「しかし、そんなに長いこと戦争している割には、なんちゅうか……優雅ですねぇ」

俺は豪勢な調度品に並べられた室内を見渡し、そう尋ねた。


「はい。戦争中と言っても、二千年間、ずっと戦っていたわけではないですから……だいたい、10年ほど戦乱が続くと、100年近くは自然休戦になると……それの繰り返しで……」


「で、現在は戦争状態に突入していると?」


「は、はい。10年ぐらい前までは平和だったのですが……魔界最強と呼ばれるプロセルピナの軍が動き出しまして……」


「……ふむぅ。ところでその間、神族の介入とかは?」


「多少ありましたが……神界の方もまた、こちらと同じように、群雄割拠している状況なので……」


「……なるほど。そんな余力は無いって事ですか」

俺は腕を組みながら頷くと

「自分、ホンマに理解できたん?」

と、黒兵衛が己の事を棚に上げそう言った。

もちろん俺はにっこり微笑んで、鉄拳をお見舞いしてやるのを忘れない。


「な、何さらすんじゃこのボケッ!!」


「やかましいッ!!猫は大人しく部屋の隅で丸くなっとれッ!!」

まったく、のどかさんはこの猫に、一体どーゆー教育を施してきたんだかねぇ。

躾がなっちょらんですぞ。



ルサ―ルカさんが退室した後、俺はパジャマに着替えると、ベッドの上にポスンと身を投げ出した。

なんちゅうか、疲れた……

肉体的にも精神的にも、バテバテのバテだ。


「はぁ~……しかし魔界っちゅうのは、けったいな所やのぅ」

一番奇妙な黒兵衛が、足元で蹲りながらそう漏らした。


「……どーでも良いが、お前のその口の悪さ、何とかならんのか?」

俺は半身を起こして、毛繕いをしている黒兵衛に向かってそう言う。

「普通、ペットは飼い主に似ると言うが……お前、どー見ても御嬢様の愛猫には見えんぞ」


「あ?誰がペットじゃいッ!!ワテは使い魔やどッ!!」

キッと俺を睨みつける黒兵衛。

「洸一……自分、知らんと思うけどな、のどかの姉ちゃんに飼われたさかい、ワテはこないな口調になってもうたんやで?」


「……はぁ?」


「お、おうっ!?何やその目は?自分、ワテの言うこと信じとらんやろ?言うとくけどなぁ……のどかの姉ちゃん、ワテと二人っきりになると、ものごっつい口調で喋りよるんやで?」


「ホ、ホンマかよ…」

何故か俺も関西弁。


「おうよ。ほれ、この間もな、自分……何やまどかの姉ちゃんや真咲の姉ちゃんに構ってばかりでな、のどかの姉ちゃん寂しくて……ワテに向かって言いよるねん。『洸一の野郎……自分が歳下っちゅうのを思い出させたろかい。すんごい呪いとか仰山あるしなっ!!』とか言うて……あまり鬼気迫って言うもんやから、ワテ、このまま食われるかと思うて、思わずションベン漏らしてもうたわ」


「お、おいおいおい。まさかあの、のどか先輩が……」


「あののどか先輩、っちゅうのは上辺だけの話やろ?あの姉ちゃん……ホンマ、おっそろしいでぇ。ワテが知っとるだけでも、クラスメイトの半分は呪うとる。もっとも、ワテが人間界でも口を聞けたら、猫に愚痴たれてどないせいっちゅうねんッ!!、って突っ込んだるんやがな」

そう言って黒兵衛は「ガハハハ」と親父臭く笑った。


「ぬぅ…」

何だか俺、のどかさんを見る目が変りそうで、ちょいと怖いぞ。









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