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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ボクの名前は

作者: 黒百合

タイムスに出した作品になります。

少しだけ修正しました。

ベタベタな展開となっています。

 そこには、いつも一人の少年が居た。少年は誰にも認識されることはなかった。姿が見える人も、声が聞こえる人もいないまま。何故そこにいるのか、そこに居ようとしているのか、少年本人ですらわからなかった。あの日彼女に出会い、言葉を交わすまでは。





「なあ、お前いつも何処見てんの?」

 男は、ある一点をひたすらに見つめている少女に問いかける。

「何も見てないわ。何か居る気はするんだけれど」

 身体を少しも動かさずに、男に背を向けた状態でその少女は言う。何の感情も感じられない声で。

「俺さ、いつもここに来るんだけど、何も居ないぞ?お前以外、誰もそこを見もしねえ。そこを見てて楽しいか?少しは皆と遊んだほうがいいんじゃねえのか?」

 男は少女の隣にしゃがみこみ、心配そうに顔を覗き込む。すると男は驚いた。少女の目は閉じられていた。少女は言ったとおり、何も見ていなかった…いや、見ることができなかった。驚いて思わず立ち上がり、距離を取ろうとした男に少女は言った。

「何も居ない…ここを見る人もいないのね。何故だか安心する場所なのに。貴方、きっと私の顔を見たのでしょう?私はこの目で見ることができないの。だから遊べないわ」

 その声にはほんの少しの、気付くことができないような微かな感情が混ぜられていた。 悲しいという感情が。男は気付かなかった。だからこそ、吐き捨てるようにこう言うことができたのだろう。

「お前は気持ち悪いやつなんだな。そこが安心するだなんて。そこは牢屋だってのに」

 そう吐き捨てた後、男は足早にその場を去っていった。

 少女が見つめて安心する場所、それは、今はもう使われていない、ボロボロで空っぽの牢屋だった。

「ねえ、本当に誰もいないの?」

 居てほしいとでも言うかのように、少女は小さく問いかける。どれだけ待っても返事が返ってくることはなかった。日が暮れ始めたとき、少女はまた声を出す。

「またね。私にはここしか居場所がないの。誰もいないのなら、ここに居ても怒る人なんていないよね」

 少女は牢屋に声を掛けた。風が吹けば掻き消えてしまいそうな声で。

 牢屋の中には少女が感じていたように、確かに【何か】が存在していた。【何か】は少年のような姿をしていた。





「そういえば、ここには何も居ないのよね…それならどうして、安心するの?」

 ポツリと声が零れる。そうしていつものようにただ眺めるだけの時間が過ぎていく…はずだった。しかしその日は違っていた。

「どうして…いつも、ここに来るの?」

 小さな、掠れた声が少女の耳に届く。声変わり前の少年のような声だった。

「ここはとても安心するところだからよ。貴方はどうして私に声を掛けたの?」

 感情が感じられない声で少女は答え、疑問を投げかける。そのすぐ後に、少女に聞こえない位、小さな声で呟く。

「やっと、僕の声が届いた」

 そう言った後、一呼吸置いて少年は少女の疑問に答えた。

「君が、いつもここに来るから…それに、君は昨日も、今日の朝もいつもより寂しそうに見えたから」

 まだ少し掠れた少年の声が聞こえた。すると少女はまた疑問を投げかける。その声には少し、驚きが混ぜられていた。

「貴方はいつもここに居るの?」

「そうだよ。多分、君が初めてここに来たときよりもずっと昔から」

 その答えを聞いた少女は、不思議と安心感を得ていた。今までの少女の考えを肯定されたような気持ちになったからだろうか。後になっても少女が理解することはなかった。そして、その後は日が暮れるまで、どちらも口を開かなかった。

 それからというもの、少女と少年は毎日少しずつ言葉を交わしていった。

 少女は自分の瞳の色が他とは違うこと、そのせいで周りから虐げられていること、見えないように瞼を縫い付けられていること、家と呼べる場所は無いことを少しずつ少年に話した。

 少年は、数え切れないほど長くここに居ること、何故居るのかわからないこと、ここから出たくないこと、周りに虐げられていたこと、目がほとんど見えないことを少しずつ少女に話した。

 少女と少年の話す時間は、日に日に増えていった。





「ボクはその空を綺麗だと思ったんだ」

「ふふ、それは素敵ね。私もみてみた…」

 突然少女の声が途切れる。そして少女の代わりに聞こえてきたのは男の声だった。

「よお、最近楽しそうじゃねえか。いったい誰と話してんだ?」

 いつか聞いた男の声だった。とたんに少女の声から感情が消える。

「私の前に居る彼と話しているわ」

 それを聞いた男は、ニタニタと笑いながら少女にこう言った。

「お前の前には誰も居ねえよ」

「そんなことないわ。現に今だって話していたもの」

 少女の言葉に力が込められる。

「残念だが目の前にはただの空っぽの牢屋しかねえよ」

 嘲笑しながら少女に現実を突きつける。男にとっての現実を。少し俯いて、少女は小さく息を吐く。そして男にこう言った。

「何故私に構うの?放っておけばいいでしょう?それに、会話の邪魔をしないでほしいのだけれど」

 どうしようもない苛立ちを隠し、淡々と話す。しかし、感情を隠し切れずに、いつもよりも早く、多く話していた。そんな少女の変化に男はまったく気付かなかった。

「見た目が小奇麗だから従順なら遊んでやろうと思ってたんだが…「遊んでやろうとしていた?それってどういうこと?」

 男の言葉に被せるように少年の声が響く。苛立ちを隠そうともせず、怪訝そうな顔で。

「い、今の声何処からだ?だ、誰か居るってのか?隠れてないで出てこいよ!」

 何故だか男にも少年の声が聞こえた。突然の声に男は驚いて辺りを見渡す。そしてある一点で視線を止める。

「やあ。君にも見えたんだね?やっと」

 そのときには少年は、感情が読めない、能面のような笑顔になっていた。しかし、声には明らかな敵意がこめられていた。その顔と声を聞いた男は、恐怖で完全に固まってしまっていた。

「今の言葉、どういうことかな?わざわざ小奇麗な、って言うのはどうして?そういう言い方をしてると、君が真っ当な遊び方をするとは思えないんだけど?」

 笑顔を張り付かせ、敵意をこめた声で少年は言う。真っ直ぐ、男の顔を見据えて。男は恐怖と少年の威圧感で足が震え始めていた。やがて男は搾り出すようにこう言った。

「なんで、アンタがそこに居るんだよ」

「なんで?ボクにもわからない。ただずっとここに居るだけ」

 その疑問に動揺し、少年の声にこめられていた威圧感がほんの少しだけ和らいだ。

「そんなのありえない。だって、アンタは―数百年前に死んでるはずだろ?」

 男のその言葉に、その場の空気は凍りついた。誰も身動き一つしない。男の足が震えている以外は。やがて、少年が口を開く。

「ボクは、もう死んでいた?どういうこと?だって、ボクは今、ここにこうして居るんだよ?死んでたら居られるわけない」

 明らかに動揺している少年。声にはもう、敵意も威圧感もこめられていなかった。おかげで少し調子が戻った男は言う。

「だが確かに、アンタは死んでるんだよ。親父に聞かされたことがあるんだ。この村には昔【忌子】がいたと。そいつの目は濁っていて、前髪で隠していたと。そしてそいつは、幼い男児だったと。牢に入れられ死んだと」

 男が話した特徴は見事に少年と一致していた。同一人物であるかのように。

「貴方と同じような人が昔にいたのね。もしかしたら、生まれ変わりなのかもね」

 長い沈黙の後、少女は静かに声を出した。少年を落ち着かせるように穏やかな声を。

 その言葉で場の空気は少し和らいだ。しかしまた、長い沈黙が襲う。次に口を開いたのは、男だった。

「そんなこと、ありえねえよ」

 ポツリと零し、続けてこう言った。

「出生記録は全て親父が管理してるんだぞ?こんな小さな村では一人でも覚えきれる」

 堰を切ったように段々と力を込め早口になっていく。

「だから、わからねえはずは無いんだよ。親父はその【忌子】を恐れてる。似てるやつが居れば親父は迷わず皆に言うだろう!だが誰にも何も言ってない!つまり、そんな奴は居ないんだよ!」

 男の言葉でまた空気が重くなる。少女は目に見えて動揺していた。そして少年は、頭を抱え、小さくうずくまり、息が荒くなり始めていた。少年の苦しそうな様子を見た男はこう言って逃げ出した。

「お、おい、どうしたんだよ急に!俺はただ事実を言っただけだからな!」

 男が走り去っていっても少年は頭を抱え、苦しそうだった。

「ねえ、大丈夫?どうかしたの?」

 いつもならすぐに返事が返ってくるはずなのに、このときは返ってこない。そのことに少女はどうしようもない不安に駆られた。日が暮れ始めても、少年は苦しんでいた。尾を引かれながらいつものように別れようとしたとき、何かが倒れるような音がした。少女は声を荒げてこう言った。

「どうしたの?大丈夫?なにがあったの?」

 しかし、少年からの返事はない。苦しそうな息遣いしか聞こえてこない。少女は不安でその場から動く気になれなかった。





 どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。気が付くと夜が明けていた。少女が慌てて耳を澄ませ、少年の様子をうかがう。そして、落ち着いていることに気がついた。そのことに少し安堵して少年に声を掛ける。

「もう大丈夫なの?もう苦しくはない?」

「…でたんだ」

 少女は心配して声を掛ける。しかし少年は小さな声で何かを呟いた。少年は苦しんではいないものの、様子は少しおかしかった。

「どうしたの?今、なんて言ったの?」

 少女は戸惑いと不安の混ざった声で言う。

「ボクは、あの男の言うとおり、死んでいたんだ」



 少年はうずくまりながら言う。少女はその言葉をうまく飲み込めないでいた。そして戸惑いながら声を出す。

「死んでいた?でも…ならなんで、どうして今ここで、こうして話せているの?おかしいじゃない」

 少年はうずくまりながらゆっくりと話し出した。とても暗い声で。

「ボクは、生まれたときから、うまく目が見えていなかったんだ。目が濁っていたから…皆と違うボクを、周りは…家族でさえも、気味悪がってた」

 ポツリポツリと、だが、なんとか聞き取れる声で話していく。

「ボクが十歳になる頃、この牢屋に入れられたんだ。それまでは、家族が最低限の食べ物をくれてた。だから生きていられた。でも、牢屋に入れられた途端、くれなくなった。ボクの世話をしなくていいって言われたんだろうね。そして、普段から栄養が足りてなかったボクは、すぐに死んだんだよ」

 ここまで話して、少年は少し黙った。涙を堪えるために。少し落ち着いたとき、少年はようやく顔を上げ、少女を見る。そして驚いた。少女は涙を流していた。

「ど、どうして君が泣いているの?ボクの話しかしてないよ?」

 少年は動揺し、慌てて少女に話しかける。先程までの暗い雰囲気はなくなり、少年は、いつもの調子のような声になった。

「だってそんなひどいこと、されていたんでしょう?私の扱いよりよっぽどひどいじゃない…それに、私より早くに…」

 少女は泣きながら言う。泣いてるにもかかわらず、少女は涙を拭おうとはしなかった。

「それでも、ボクはひどいとは思ってないんだ。だって、嫌ってるのに親は十歳まで育ててくれたんだから」

 少し微笑みながら少年は言う。そして、少女の方に、あと数センチの距離まで近づいていく。

「そう思える貴方は優しいね」

 静かに柔らかい声で少女は言う。少女は涙を流しながら少し笑った。そして、少年も、微笑みながら柔らかい声で、少女にこう言った。

「そうじゃないよ。恨む勇気がないだけなんだ。確かに感謝はしてる。でも、少しも嫌っていないと言うと嘘になるんだ。だからきっと、今でも死にきれていないんだと思う…」

 少し切なそうに、悲しそうに少年は言う。そして、少女の涙を拭おうと、手を伸ばす。しかし少女に触れることが出来なかった。

「どうしたの?」

少女は微かに空気が凍ったのを感じ、少年にこう言った。

「ボクはやっぱり、死んでしまっているみたいだ…君に触れられない。涙をぬぐってあげることが出来ないんだ…やっと、本当に死んだんだって実感したよ…」

とても寂しそうに少年は言う。そんな少年の言葉に驚き、涙が止まる。しかし、できるだけ動揺を隠しながら、今にも泣き出しそうになっている少年に、少女はこう言った。

「触れられないの?私にはわからないけど、でも、私は貴方がどこにいるのか、わかる気がしてるの。ほら、貴方はここでしょう?」

 少女は自分のすぐ目の前を指差した。そこには、少年が座っていた。位置を当てられたことに驚いた少年は、慌てて移動して、こう言った。

「じゃあボクが今居る場所は?」

 流石にもう当てられないだろうと思い、少し寂しがっていると、少女はこう言った。

「今度の貴方の位置は…そこでしょう?」

 少女はまた、少年の位置を当てた。少年は偶然だと思い、何度も位置を変えては少女に問いかけた。少女はその全てを一つも間違えることなく完璧に答えた。

 そこで、少年はあることを思い出した。男が二度目に話しかけてきたときの、少女の言葉を。『私の前に居る彼と話しているわ』その時、少年は位置については何も話していなかった。それに、少女はその目で見ることもできない。触れ合うなんてこともしていなかった。それなのに正確に少年の位置を当てていた。それを思い出した少年はようやく、少女の言葉を信じた。

「ボクは、過去を思い出したとき、ボクはここに存在しないんじゃないかって、怖くなったんだ。だけど君が居てくれて、ボクに話しかけてくれて、存在しているんだって思うことができたんだよ」

 少年は突然に語りだした。少年が感じていた不安を。突然少年が語りだしたことに驚いた少女だったが、静かに、何も言わず、少年の話を聞いていた。

「でも、君に触れられなくて、ボクはボク自身の考えは違うんじゃないかって…やっぱり存在しないんじゃないかって思って、怖くなったんだ…」

「貴方が存在してないわけないじゃない。私がこうして貴方を認識して、こうして、会話までしているっていうのに」

 涙声になって少年の言葉が止まったとき、優しい声で少女はこう言った。これまで静かに聞いていた少女が、少年を落ち着かせるために口を開いた。その声と言葉で少年はほんの少し落ち着くことができた。そしてまた少しずつ語りだす。

「それで、不安でしかたなくなったんだ…でも、君はボクの位置を正確に当ててくれた。何度も、何度も…そして、ボクに優しい言葉をかけてくれた…だからボクは、ここに居るって、存在してるって思うことができたんだよ。ありがとう」

 涙声のまま話す少年の言葉に、少女は同情し、最後の言葉を嬉しく思った。そしてこう言った少女の声は、少し震えていた。

「私は、貴方のおかげで楽しかった。私の居場所ができたと思えて、嬉しかった。貴方が居なかったら、私はこうじゃなかったと思うの。だから、貴方はずっと、そこに存在していたわ。少なくとも私はそう思ってる。私からも、お礼を言わせてね?ありがとう」

 それから、少しの沈黙が流れた。周りを見てみると、夜明けからずいぶんと時間が経っていたようで、太陽が頭上から少し西側に傾き始めていた。

 この沈黙を破ったのは少年だった。

「ボクは、これからもここに居ていいの?ボクは、君とまだ話していたいんだ。まだ、ここから離れたくない」

 静かに、でもはっきりした声で少年は少女に問いかけ、願う。

「私は、貴方にこれからもここに居てほしいと思ってる。それに、私もまだ、貴方と話していたい。ここから離れてほしくないわ」

 静かに、そして嬉しそうに少女は言う。

「ねえ、君の名前はなんていうの?これからも話すなら、名前で呼びたいんだ」

 嬉しそうに、期待するように少女に言う。

「私の名前はリリィ。リリィって呼んで。貴方の名前はなんていうの?私も、貴方を名前で呼びたいわ」

 少女はじっと少年のほうを見つめる。



「ボクの名前は―ハク。ハクだよ。これからもよろしくね、リリィ!」

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