第八話 『翼を持った使者』
ファリオと買出しに出かけている。怪人を倒したお陰か、街には徐々に活気を取り戻してきている。俺もファリオもその事で共に喜びを感じていた。「辛気臭い雰囲気も無くなって皆元気になってきたな!なぁ兄ちゃん!」俺は元気良く返事を返し爛々と買い物を続けている。いやぁいい気分だなぁ!やっぱりこの街はこう賑やかでなくっちゃな!
「おい!兄ちゃん!」
にこやかな顔でファリオの顔を見る。「ん?どした?」ファリオは空を指差している。
「上!上だよ兄ちゃん!」
上?空から美女でも降ってきたのか?ま、そんなわけ無いか!!と思っていたが足元が徐々に暗くなっていくのを感じて空の方を見上げてみる。
そこには純白なおパンツ様がお見えになられていた。ん~いい眺め。
「どはぁっ!!!」
パンツは俺の頭上に落下し、俺は下敷きとなった。俺の上では銀髪の美少女が乗っかっていた。「いたた…着地失敗ですわぁ。」ですわぁ。では無い!早く退いてくれ!頭蓋骨がミシミシ音をたてているのだ!
「大丈夫かよ兄ちゃん!」
大丈夫ではない。早く上のお嬢さんを退けてくれ。
「あら、殿方が私のクッションになっていたのですわね!大儀であるぞ。」
何を言っとるかねこのお嬢さんは。早く退いてくれ。
「これはこれは、面白いことになっていますね。大丈夫ですかカナメさん。」
巡回中のクルシュが珍事に気付きやって来た。
「大丈夫じゃない。早く退けってんだいお嬢さん!重くて頭が潰れそうなんだって!」
「ま、失礼しちゃいますわ。」ようやく俺の頭は美少女のヒップから解放された。綺麗な服装は気品の高さと育ちの良さを思わせる。スタイルもボンキュッボンの我が侭ボディ、しかしなにより目を見張るものがあった。それは美少女の背中に生えた翼。
「!これはまた、珍しいお客人が参られたものです。」
クルシュはこの美少女の事を知っているようだ。その表情を見る限りでは歓迎して向かい入れられるような客人では無いようだ。
「これは不味い事になりましたね。」
悩むクルシュ、俺は隣にいるファリオに美少女の事を知っているかと聞いてみたがファリオも知らないらしい。この美少女は何者なのだろうか。
「なぁ、クルシュ。彼女はいったい誰なんだ?」
クルシュは落ち着かない気持ちを一度だけ小さく深呼吸し落ち着かせる。
「この方はヴァルハラッハの使者、ブリュンヒルデ=ヴァイス=ヴァルキュリア=クリームヒルト様です。」
ヴァルハラッハの使者!?それがなんでグランズヘイムにもしかして命を狙われているのか?
「彼女も命を狙われているっていう可能性は?」
「いえ、その可能性はありません。ヴァルハラッハは最強の国と謳われる国です。バルバラを抜きにしても手を出そうとする国はいないでしょう。そしてブリュンヒルデ様はヴァルハラッハの人間国宝であられる方です。宗教や文化的な事で、翼を持つ者たちはその希少さから幸福を司る神として崇められているのです。」
「なるほど、なるほど。皇族よりお偉い方がやって来たとそういう事か。うーん、大丈夫かな俺、失礼な事言ってなかった?打ち首とかされないよね?」
笑顔でしか答えてくれないクルシュ。いやいやいや、大丈夫ですよって言ってくれ、言って下さいよ、お願いします!ファリオの顔も、もう諦めろみたいな顔をしている。お前も何かフォローしてくれ!
「心配しなくとも、私は狭量な人間ではなくってよ。安心なさい木っ端。」
木っ端って…だが今は黙っておこう、後々問題が起きてしまうかもしれないしな。しっかし人間国宝がグランズヘイムになんの様なのだろう。
「城へ案内いたします、こちらへ。」
クルシュがブリュンヒルデを城へと招いていった。国家間の事は俺にはわからないし付いていかなくてもいっか。「買い物続けるか。」俺の提案にファリオも「おう。」と賛同する。
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高級感溢れる来客用の大部屋。窓際に置かれたテーブルには陽が差しており、そこでブリュンヒルデは優雅に紅茶を嗜んでいた。
隣にはこれまた気品の高い女性が、その立ち姿は凛々しく着用しているドレスも細やかなレースや緻密なレリーフが施された装飾を身に纏っている。彼女はグランズヘイムの第一皇女、ブリュンヒルデに挨拶をし来ていたのだ。第一皇女の隣にはミラーナの姿もあった。第一と第十六の差であろうか。ミラーナは第一皇女の後ろで片膝と片方の拳をついて跪いていた。
「ご機嫌麗しゅうございます、ブリュンヒルデ様。私はグランズヘイム第一皇女、エレオノーラ=グランズヘイム=フォン=シュバーンシュタインでございます。」
「御機嫌よう。エレオノーラ皇女…そちらの方は?」
ミラーナに目を向けるブリュンヒルデ、エレオノーラはミラーナに一瞥もくれずに促す。
「答えなさい。」ミラーナに向けられた言葉は冷たさを帯び快く思われていない事を感じずにはいられない。
「はっ。第十六皇女、ミラーナ=レベリオ=フィム=シュバーンシュタインであります。」
「それでブリュンヒルデ様はどの様なご用件で。」
飲んでいた紅茶を置き、スッと立ち上がり恋焦がれる王子様を思うかのように胸に手を当てて天井を見上げて思いを告げた。「私は我が国、最強の男であるバルバラに勝利したグランズヘイムの英雄に会いに来たのです。あのバルバラに勝利した男です、きっと雄々しい肉体に聡明で豊富な知恵を併せ持つ完璧な殿方なのでしょうね!」
その話を聞いたエレオノーラはブリュンヒルデに興味をなくしミラーナに任せた。「その英雄ならば私も聞き及んでおります。ですがこちらのミラーナの方が詳しいはずです、何せ近くでその姿を見ているはずですから。では私はこれにて失礼します。」足早に部屋から退出するエレオノーラ、面倒事だと察知したのだろう、英雄探しをミラーナに押し付けたのだ。
「まぁ!貴方は英雄の姿をみたのですのね、第十六皇女。」
ミラーナは跪いたまま答える。「はい、しかし件の英雄は…。」
「なにかございましたの?」思わせぶりの言葉にブリュンヒルデは"まさか死んでしまったのでは""それとも大病を患っている?"色々な思考が脳を錯綜する。
「今は、このグランズヘイムにはおりません。」
ミラーナの言葉にため息をついてガッカリするブリュンヒルデ、いったい何のために城を抜け出しここまでやって来たのかっとぼやいていた。
「まぁ良いですわ。せっかくですしこの国を観光と洒落込もうかしら。」
「でしたら今すぐ使いの者をご用意いたします。」
その提案をブリュンヒルデはあっさりと断る。「結構ですわ。お誂え向きな方がいましたでしょう。」
ミラーナは見当がつかないという様な顔をして首を捻る。
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鼻歌を歌いながら廊下を掃除するカナメ。モップで床を綺麗に拭いている。まだまだ空は明るくふと見る窓の外の景色で心も洗われる。
「いやぁ、いい天気の日にする掃除は気持ちいいなぁ!」
満面の笑みで額の汗を拭う。ドアが開いた時のベルの音とカウンター側からマリーンさんが呼ぶ声がした。手が離せないから接客を頼むと、意気揚々と掃除道具を片付けカウンターに向う。俺もすっかりここの従業員になってきたなぁ。よし!いったいどんなお客さんが来たんだろうなぁ。
「いらっしゃいませ!何名様でしょーか!」
客の姿を見て俺は固まる。厄介な客が来たような気がする。銀髪で美しい面立ちの翼を持った美少女。
「また会いましたわね木っ端。」
ブリュンヒルデと言ったか。俺の頭をお尻で踏ん付けて頭蓋を破壊しようとした美少女だ。その後ろ隣では不機嫌そうな顔をしたミラーナの姿が…これは面倒事になりそうだな。とっとと片付けて掃除に戻るか。
「お二人様ですねぇ!507号室が空いてますのでどうぞー。はい鍵です、ではごゆっくり。」
そそくさと裏に戻ろうとするとブリュンヒルデが俺の襟首を掴み引っ張る。やっぱりね☆簡単には放してはくれないみたいだ。
「用があるのはお宿ではなくって木っ端でございますわ。」
「人間国宝、現人神で在らせられるブリュンヒルデ様が私の様な貧相な木っ端になんのご用でございますか。」
フフンと笑みを零し、自覚があるようで結構ですわっと満足気である。馬鹿にしに来たのかこの落下天使は。
「街の案内を任せますわ。私の様な高貴で美しい者に仕える事が出来るよ。光栄に思うがよろしいですわ。」
やれやれと頭を掻く。上から目線ここに極まれりだな、実際お偉いさんではあるんだが。一応は使者でもあるしほっぽり投げるってのも後味悪いし、万が一の事があった時も危険だし、行くしかないか。
「わかったよ。どういうところから行って見たいんでごぜーますか。」
「素直でよろしい。ではまずは庶民のファッションを嗜みたいですわ!良いお店を紹介下さいませ。」
女性物の衣服店なぞ知らんぞ。ミラーナに目配せするがサッと目線を逸らされる、その顔は"知らん"といった顔だ。まぁ皇女はオーダーメイドだろうしな、マリーンさんは仕事で忙しいし、ファリオは…他に知ってる人はいたかな。
「カナメ、休ミ出タ。一緒ニ出カケル。」
ひょこっと大きな身体を入り口から覗かせるカインの姿が。
「ちょっと待ってくれカイン、今ちょっとな…。」
お!カインなら知ってるかもしれないなスタイルもいいし丁度良い店を知ってるかも知れない。でもカインがお洒落しているところ見たこと無いな。…まぁいいか他に当てもないし。
「じゃあ一緒に行くか!カイン、服屋に案内してくれないか?」
「イイゾ、ジャア行ク、今スグ。レッツゴー。」
ブリュンヒルデも楽しそうに腕を天に突き出し。「レッツゴーですわ!」
ミラーナは複雑な顔をしていた。そんな顔をするな、人数は多い方がいいだろうに。ファリオもついて来ようとしたがお店のこともあり店番をする様に言い聞かせた。
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カインの案内で一軒のお店に着いた。
「ココ、私ノオススメ。」
「そうか。ありがとうなカイン。でも違うんだよなぁ。」
ここは作業服や工具などが売っている工業用品店だ。カインは新品の作業服を広げて身の丈に当ててフンスフンスと興奮気味だ。「どうかしら。」と試着室のカーテンが開くと既にブリュンヒルデが作業服と工業用メットを着用していた。何をしとるんかね、しょうがないからそこら辺の人に聞くとするか…。
出入り口からミラーナがやって来て耳打ちをしてきた。どうやら良い店が見つかったようだ。
「先に外で聞いてきてくれたのか。ありがとな。」
「礼を言われる程の事では無い。ブリュンヒルデさま、他の衣服店が見つかりました。」
カインと共に作業服を当て合っている。えらい楽しいそうで。
「私、ここでも良くってよ。なんだか面白いですし。」
「はいはい、すぐそこなんで宜しくお願いしますよ。」俺は手を引っ張ってカイン共々外へ連れ出す。好奇心旺盛な子供みたいな人だな。
道すがらミラーナが側で耳打ちをしてきた。「ところで何でブリュンヒルデ様がカナメの事を知っていたのだ。使いの者にお前を指名したのだが。」
「そりゃ俺の頭上にアイツが落ちてきたんだよ。粉砕するかと思ったぜ。」
何を言っているんだっと言いかけたミラーナだったがブリュンヒルデの翼を見て納得した。トラブルを招きよせる体質なのだろうかね。それにしても。
「なんで来たんだ?人間国宝ともあろうお方が。」
質問に複雑な顔をして答える。「バルバラを倒した英雄に会いにきたそうだ。」バルバラを倒した英雄は一日だけの英雄の事だろう。俺も会ってみたくはあるが今はグランズヘイムにいないと聞いている。ということは街を観光する事にシフトしたって事か。
お目当てのお店に到着したようだ。女性物の衣服が華やかに飾られたお店に入店し商品を眺める。その中には勿論、下着なども置いてあり気まずくなって外に出ようとした。しかしブリュンヒルデが俺の服の腰周りの裾を鷲掴んで引っ張る。
「どこへ行くんですの。仕える者から使用人が離れてどうしますの。試着しますのでお手伝いお願いしますわ。」
「よし!任せろ!」
ミラーナの水平チョップが俺の鼻筋に直撃。その威力たるや、衝撃の強さで勢い良く体は後ろに倒れ後頭部を地面に強打する。あぁ意識がぁ。
「行きましょう、ブリュンヒルデ様。お手伝い致します。」
「あらあら。」
ミラーナによって試着室に招かれるブリュンヒルデ。俺は何とか意識を保ち起き上がる。死ぬかと思ったぜ。さて外で待ってるか。
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待ち続け、なんやかんやあって外にいた子供たちと仲良くなり、一緒になって遊んでいたらようやくブリュンヒルデたちが店から出てきた。
「いかがかしら。庶民に溶け込んでますでしょう。」
短い丈のスカートにタンクトップシャツ、涼しげなストールを肩にかけていた。
なぜかミラーナとカインも着替えていた。カインは随分と可愛らしいほのかに青いワンピース、バンダナも外し下ろした髪はハーフアップにされキュートなシュシュで髪を束ねている。ミラーナは黒いキャミソールに薄手の透けたカーディガンを重ね着、ボトムはショートパンツ。随分と可愛らしくなって。
「ん?着ていた物はどうした?」
「それでしたら。」
店員にドレス、鎧、作業着などなど、一度に渡されいきなりの大荷物。特に鎧が重いわ。
「それでは、次はお食事ですわ。」
これを持って移動するのか。既に億劫になってきたぞう。
飲食店が連なる区域へとやって来た。ブリュンヒルデは目をキラキラとさせてディスプレイに並べられた料理やガラス越しに見える調理の風景を興味津々に見ている。
「これは何と言うのかしら!」
タコスに似た食べ物を指差すブリュンヒルデ、あれは確か…「それはパタス。」俺の記憶ではタコスという名前だったけどファリオたちからパタスという料理と聞いた。代金を払いパタスをブリュンヒルデに渡した。早速食べ始め美味しかったのだろう随分喜んで食べている。
「ほのかな辛味と食欲をそそる匂いが良いですわ!これが庶民の味!」
ミラーナたちにもパタスを渡す。「ほら、一緒に食べようぜ。」カインは素直に手に取ったがミラーナは遠慮がちだ「私は…結構だ。」冷や汗を流し少しだけ青ざめている。何か訳でもあるのだろうか。「ジャア、私貰ウ。」もう食べ終わったのかミラーナの分を食べる。
次々と街を観光して行き、日が落ち始めてきた頃に城壁近くまでやって来た。城が高い位置にある為、街が見下ろせるようになっており夕焼けと相まって中々の絶景だ。
「英雄には出会えなかったけれど良い思い出ができましたわ。」
ブリュンヒルデは風を浴び髪をなびかせ翼を少しだけ広げる。綺麗な純白の羽が空に舞う。
「なんで英雄に会いたかったんだ?」
素朴な質問にブリュンヒルデは答える。「憧れですわ。純粋に一度でも良い…見てみたかったのですわ。」俺は笑顔で答える。
「そうか。いつかは会えるといいな…英雄に。」
ブリュンヒルデも満面の笑みで一言だけ。「えぇ。」
ミラーナがいつもの鎧にドレスの姿に戻りブリュンヒルデに伝える。
「お送りする準備が出来ました。参りましょう。」
ブリュンヒルデはミラーナの後ろについて行く。ふと振り返りブリュンヒルデが問う。
「そういえばお名前を聞いていませんでしたわ。」
俺は快く答える。「トーノ=カナメだ!」
「カナメ!今日は興が乗る一日でしたわ!機会があればまたご一緒しましょう!」
おう!っと返事をして腕を掲げる。振り回されはしたが確かに楽しい一日だったな。ミラーナたちが見えなくなってきた頃、ふと人の声が微かに聞こえてきた。周囲を見渡すと警備をしている兵士がいるがこの声は大勢の人の声、場に不釣合いな生活音までしてきている。声はだんだんと大きくなってきている。
「ぐっ、何だこれは!」
多くの音に自壊しかけている。このままでは頭が狂ってしまいそうだ。その中から不穏な会話が聞こえてきた。
(ミラーナたちはもう出発したようね。)
(はい、準備も滞りなく完了しております。)
老いた男と若い女性の声が聞こえてきた。その方向を見ると窓から気品漂う女性の姿が、あれは確か第一皇女だったか。城内の大きな自画像で見た事がある。老人の姿は見えない。
(しかし、成功するでしょうかな、ヨーツンベルドの者たちは知能が低い故、奴らに魔獣が扱えるとは思えませんがな。)
(案ずるな、奴らの野生的な力は常軌を逸している。メルティーナの様な魔獣召喚は出来ずとも野生の魔獣を扱う事には長けているのよ。ただの阿呆では無いという事ね。ヴァルハラッハの使者に手を出す様な阿呆ではあるけれども。)
怪しく微笑む第一皇女の笑いが聞こえてくる。何を言っているんだ。ヨーツンベルドの者を利用する?ヴァルハラッハの使者に手を出す?嫌な考えが頭に巡る。
(今回の件はミラーナの落ち度という事ということにするのです。ヨーツンベルドの者たちが首尾よくブリュンヒルデの暗殺を成功させたのなら野生の魔獣に襲われブリュンヒルデを殺めてしまった、ミラーナはヴァルハラッハの人間国宝ともあろう方を護衛できずにみすみす殺してしまった事にするのよ。そして、その落ち度によってミラーナがヴァルハラッハによって処刑されるのを待つか内々で責任を取るという形で処刑すればよろしいでしょう。)
(しかし…あの第十六皇女がたかだか魔獣如きに遅れを取るでしょうかな?)
(策は講じてあるわ。ミラーナの側に私の駒を送っておいたのよ。今頃は駒がミラーナに睡眠薬入りの水を飲ませている頃でしょうね。致死量は入れられないけれども十分でしょうね。不戦条約の穴は思っている以上にあるものね。)
(クルシュもマルスもトラヴィタール、ロンティヌスさえも側にはいません。根回しは済ませておきました故、おそらく第十六皇女の外出にも気付いてはおりますまい。)
(さようなら、ミラーナ。先にあの世を楽しんでいらっしゃい。)
突如として超感覚は途切れた。だが十分な事が聞けた、今すぐミラーナの下に言って伝えないといけない。阻止するんだ本当か嘘かはわからないけど、もし本当だったら…!
「だけどどうやって追いつく…走っていくのは現実的じゃない…馬でも借りるしかないか!」
俺は駆け出し、グランズヘイム帝都の外にある馬小屋を尋ねていった、しかし使える馬は残っていないという。その場に立ち尽くしてしまう。万事休すか、馬のような足の速い乗り物があれば!
「――――――――――ッ!」
脳裏に一瞬、鎧を纏った馬の姿が思い浮かんだ。ずっと昔に俺はそれを操っていたような。
時空を超える、鎧を纏いし馬。
「来い!!ライドアイバァァァァァァ!!!」
カナメとは別の世界。瓦礫に埋もれる馬の姿をしたバイクがその眼に光を宿し、マフラーからは爆音を轟かす。車輪が回転し瓦礫を掻き分け陸上へと姿を現す、ライドアイバーは時空へと飛び立ち主人であるカナメの下へ向う。
カナメのいる世界に時空の亀裂が生まれそこから排気音を鳴らしライドアイバーが現れる。
「これは…知っている…俺はこいつを知っている。」
ライドアイバーに跨りハンドルを握る。その乗り心地は懐かしさを感じさせるものだった。
「こいつなら追いつける!行くぞライドアイバー!!」
アクセルを全開まで捻る。馬のような鳴き声とけたたましい排気音を鳴らし超加速を見せる。
「間に合えよ!!ミラーナ、ブリュンヒルデ!!」
****************
「馬車って結構揺れますのね。」
外はもう暗闇。夜になった月明かりが森の隙間から道を照らす。森の中、整理された道を馬車とそれを守る騎馬隊が通っている。
「申し訳ありませんが辛抱下さい。」
つまらなそうに外を眺めるブリュンヒルデと向い側に姿勢正しく座るミラーナ、その周りには一人の従者。従者が水の入った瓶を持ちミラーナたちに勧める。
「お水のお代わりはいかがですか?」
「いや、結構だ。ありがとう。」
ミラーナもブリュンヒルデも断った。ミラーナのコップには半分の水。ブリュンヒルデは一滴も飲んでいなかったのかコップの水は一杯に入っていた。
ミラーナの瞼が何度か閉じかけるのをブリュンヒルデが見ていた。
「大丈夫かしら?眠たそうですわね。」
ブリュンヒルデの言葉でミラーナは目を覚まし自分の頬を叩いて気を引き締める。
「お見苦しい姿をお見せしました。大丈夫です。」
馬車の中は甘い匂いが漂っていた。
「もしかしたら、このお香のせいかも知れませんね。少しでもリラックス出来ればと焚いてみたのですが。」
従者はいつの間にか焚いていたお香の器を見せる。器からはお香の煙が微かに漏れていた。
「お気遣い感謝する。ほのかに甘い良い香りだ。」
ブリュンヒルデもその香りをかぎ眠気に襲われる。
「私もなんだか眠くなってまいりましたわ。ふわぁぁぁ。」
口に手を当てて上品に欠伸をする。ブリュンヒルデは目を閉じ睡眠を取ろうとした。
その時、突然馬車が止まり中にいたミラーナとブリュンヒルデは体勢を崩す。ブリュンヒルデは頭部を強打し痛そうに打ったおでこをさすっている。
「痛いですわぁ…。」
「大丈夫ですかブリュンヒルデ様!なんだ!?何が起こった!!」
馬車を引く馬に似た獣を操っていた兵士が荷車の小窓から緊急事態を伝える。
「大変です!魔獣が現れました!!」
「何っ!魔獣だと!メルティーナの仕業か!」
「わかりませんっ!」
ミラーナは剣を腰に挿し身なりを整える。
「ブリュンヒルデ様!決して外には出ないで下さい!私たちがお守りします故。」
荷車のドアを開け外に出るミラーナ。外に出て周囲を見てみると夜になった森の中から怪しく光る点が無数。魔獣の目だ、かなりの数の魔獣が周囲を囲んでいた。
その内の数十体が兵士たちと戦っていた。獣たちの動きには統率が取れている、何者かが操っているのだ。やはりメルティーナの仕業か?!
兵士たちの加勢をしたいところだが馬車から離れるわけにはいかない。留まっていては危険だ、強引にでも馬車を走らせなければ。
「ブリュンヒルデ様、激しく馬車が揺れますからしっかりと掴まっていて下さい!」
「わ、わかりましたわ!」
がっちりと備え付けられた手すりに掴まるブリュンヒルデ、それを確認したミラーナは兵士たちに号令をかける。
「全員、全力で前進せよ。槍や弓を使い魔獣に対処せよ!!」
複数人の雄叫びが上がり、馬から下りていた者は即座に馬に乗り全力で走り出す。馬車も置いていかれぬよう猛スピードで走り出した。ミラーナは馬車の屋根に上り、ライフル銃を取り出す。そのライフルの姿はウィンチェスターM73に似ていた。
魔獣たちは馬車を追いかけるように走ってくる。それをミラーナや兵士たちの矢や弾丸が撃ち貫く。前方からも魔獣が現れ始めた。
「絶対に立ち止まるな!突き進め!」
ミラーナの豪勢に兵士たちも呼応する。前方を行く騎馬隊たちの槍が立ち塞がる魔獣たちを蹴散らしていく。
「我らと魔獣たちの攻防…先に根を上げた方が負ける…か。」
疾走する騎馬隊とブリュンヒルデを乗せる馬車、そして魔獣たちの攻防戦が始まった。