第六話 『鍛冶師』
バリオスが疾走し馬車が揺れる。窓の外には木々が止め処なく流れ過ぎ去っていく。馬車の中には隣にクルシュ、向い側にミラーナが座っている。マルスとトラヴィタールは護衛の為帝都でお留守番。
ヨーツンベルドの使者がこのグランズヘイムに来たと連絡を受けて俺たちは使者のいる離れの村へと馬車を飛ばしている訳だが。護衛の兵士が既に使者の所にいるとはいえその数は少数、いつ襲われるか俺たちは気が気でない。
が、彼是もう一時間ほど座りっぱなしだ。暇で暇で仕様が無い、暇つぶしと言ってはなんだがミラーナに使者やヨーツンベルドについて聞いてみるか。
「なぁ、ヨーツンベルドにいた方が取り決めとかで安全だったって言ってたけど、何でなんだ?ヨーツンベルドも戦争がしたいんだろ?」
ミラーナは俺に目線を合わせて答え始める。
「ヨーツンベルドは仲間意識が最も強い国と言っていい、自国民を傷つける事は絶対にしないのだ。例えそれが国家の存亡をかけた事であっても仲間を手にかけることは無い。しかし仲間に危害を加える者は決して許さない、それがヨーツンベルドだ。」
だからヨーツンベルドの使者は自国にいた方が安全だという事か。
ミラーナは続けて言う。
「故に我が国への来訪には危機感を覚えているのだ。もしヨーツンベルドの使者がグランズヘイムで命を落としたら…。それをグランズヘイムが行ったと認識されたら、結界は解けヨーツンベルドはグランズヘイムに戦争を仕掛けるだろう。それは未然に防がなければならない。」
容易に理解できる事だ。しかしヨーツンベルドがそんな単純にグランズヘイムがやった事だと鵜呑みにするだろうか?その事についてミラーナに聞くと答え辛そうな顔を見せるミラーナ。隣に座るクルシュが変わりに答えてくれた。
「ヨーツンベルドは野生的な国なんです。直感や肉体は優れていますが知力に関しては優秀とは言えないんですよ。事実ヒルヘイルとはそれが切欠で戦争が始まりましたし。」
聞くとヨーツンベルドはヒルヘイルの国旗が描かれた箱に詰められた仲間の死体を送りつけられた。仲間はヒルヘイルと交流のあった人物の様でヨーツンベルドはヒルヘイルが殺したと疑わなかった。ヒルヘイルはその事実を否定しているがヒルヘイルは残虐性の高いお国柄もあってか信用はされなかった。客観的に見れば不自然な点はいくつもあった様だがそれを立証する決定的な証拠は一切見つからなかったという事だそうだ。
大事に至ってない事を祈ろうっと言うとミラーナは全くだと答えた。
馬車を操る兵士が声をかけてきた。
「見えてきました。」
木々の数が減少しいくらか見通しが良くなった所に村の姿が見える。
ベルフェント村、凄腕の鍛冶職人がいる村だとミラーナは言う。ミラーナの派手な装飾が施された剣はその鍛冶師によって鍛えられた物なんだと言った。
村へと入ると到着を待っていた兵士がこちらへやって来て使者がいる場所へ案内を始めた。
頭を左右に振り周囲を見回し村の様子を眺める。帝都とは違い高い建物は無く落ち着いた雰囲気を持っている、一言で言えば田舎というものだ。人々の様子は兵士を少しではあるが恐れている様だった、それは仕方ない事だろう。急な事とはいえ突然兵士が村にやって来れば驚くのは当然の事だ。
「ここです。」
そう言って兵士が立ち止まり一つの家を指し示す。そこには"ferrarius"と書かれていた。確かフェッラリウスと読むんだっけか鍛冶屋という意味のはずだ。
「ここにヨーツンベルドの使者がいるのか、大分年季の入った鍛冶屋だな。」
「ここは私の剣を打ってもらった店なのだ。世界を見回してもここの店主ほどの腕前を持つ者はいないだろう。」
そう言ってミラーナはフフンっと誇らしげに装飾された剣に手を添えた。持つ剣の美しさについて薀蓄を唱えだした、ミラーナにとって剣は武器というよりも観賞用の芸術品という価値観を持っている様だ。
「店先でワラワラと屯いおって。用が無ければ…ん?ミラーナの嬢ちゃんか?」
店の中から背の低い老人が現れた。その体はガッシリとしていて風貌から腕前の良さが窺える様だった。鍛冶屋のおっちゃんとミラーナは世間話で会話に花を咲かせる。クルシュと二人で外から眺めているとミラーナが気付き鍛冶屋のおっちゃんの紹介を始めた。
「この方はルドルフ=ワグナルド。私が幼少期の頃からお世話になっている方だ、まぁここ最近は忙しくて顔を出す事が出来なかったのだがな。」
ルドルフが俺の目をじっと見つめて深く考え出すような様子を見せる。近付いてきてはじーっと見つめているかと思うとニカッと笑い始めた。
「良い眼をしているな若造!闘志と勇気、それに歳にそぐわぬ死地を潜り抜けた様な眼をしている。良い男を見つけたなミラーナ!」
ルドルフは俺の背中をバシバシと思いっきり叩く。ミラーナは顔を赤くして「その様な間柄ではない!」と拒絶した。隣のクルシュにも賛美を送るルドルフ、クルシュが苦笑いしながらも背中を叩かれている。それよりも本題に入りませんかって。
「ミラーナ、本題に入ろうぜ。」
「そうだったな。ルドルフ、店の中に使者がいると聞いたのだが?」
ミラーナに促されルドルフは付いて来いと手招きをして店の中へと入っていった。俺たちはルドルフの後を付いていき店の中へ入る。
中には斧や鉈、小型の剣から豪華な剣や鎧が商品として飾られていた。どの品も最高峰の物ばかり、刃物の刀身はどれもまるで濡れている様で研ぎ澄まされている。話によると並べられているのは出荷予定の物だという、かなりの名高い鍛冶屋だというのも頷ける。何も武器を作るだけが鍛冶屋ではないか。
店の中のさらに奥へと入っていくと工房が現れた。外観と同様に中々の年季の入り様だが整理整頓は怠らず綺麗に扱われている。
そこに一人だけ座って大きな音を立てている者がいた。邪魔をしない様に静かに近付いて覗き見てみると、赤く光る鉄をペンチで挟み金床と金槌で器用に整形している。
ルドルフは鋳造よりも鍛造の方が良いと語り始めた。鋳造ならば確かに早く作れる事が出来るが鍛造のような硬さと粘りの両立は出来ないという事だという。
水の蒸発する音が聞こえた、どうやら終わったようだ。そしてようやくこちらの存在に気付いたようだ。
立ち上がるその者は豊満な胸から女性である事が直ぐにわかった。褐色の肌に170センチ程はあろうかと言う長身、白いタオルを頭に被り長い赤い髪を後ろで束ねていた。
この人がトバルカイン=ダナイか。
「久しぶり、ミラーナ。」
トバルカインがミラーナに挨拶をした。
「カナメ、この者がトバルカイン=ダナイ。ヨーツンベルドの使者だ。」
さて、ここからが本題だ。何で俺たちがここまでやって来たのか、それを果たそうではないか。ミラーナがその事をトバルカインに伝える。
「トバルカイン、私は顔合わせに来た訳ではない。帰国を促しに来たのだ。」
「私、帰らない。親方の元で鍛冶師として働く。」
猛烈なまでの拒否。何でそんなに嫌がるのか、誰もが疑問に思った。その事をミラーナはトバルカインに聞き始める。トバルカインは答える。
「私、鍛冶、好き。けど大人たち言う、戦争の為、私から工房を奪う。だから私出て行った。」
純粋に鍛冶がしたいという一心でここまで来たって言うのか。そういえば一体どうやってここまで来たのか、俺からトバルカインに聞いてみると。
「船作って、海渡った。」
周りにいた者が全員絶句した。ヨーツンベルドは地図で見ればグランズヘイムの1000km以上の大海原を渡る事になる。それがいかに危険かを想像するとゾッとする。
ミラーナは「何を考えているんだ!」と怒号を発する。無事だから良かったもののハッキリ言ってここにいるのは奇跡に近い。
「致し方ない。帝都には来て貰うぞ。いいな。」
そう伝えるミラーナであったがその要求を跳ね除けるトバルカイン。
「断る。私、親方の元、凄い剣作る。それまでここ動かない。」
ルドルフも肩を竦め困り顔を見せる。
「物欲しそうな眼で工房を見るもんだから貸してやったんだがな。それにここにいてもお前の傑作は作れんぞ。」
なにか意味ありげな言葉。何かあるのだろうか。「どういう事?爺さん。」と聞くと「んむ。」と頷き出来上がった剣を並べてみせる。同じ剣が二対ずつある。
「こっちがワシの作った剣だ。行くぞ。」
そう言ってルドルフは金槌で剣を力強く叩き始めた。何度も甲高い音を響かせるが剣にはヒビ一つ付いていなかった。次にルドルフはもう一方の剣の方へ目を向ける。
「こっちは娘の作った剣だ。」
先程と同様に剣を叩いた。すると剣は綺麗にポキンと折れてしまった。
「粘り、しなやかさが全く無いですね。」
クルシュが折れた剣を見てそう答えた。
「その通りだ。鍛造は硬さと粘りの両立、曲がらず折れ難い。それが鍛造だ。」
「腕は良い。形だけは寸分違わず同じ物、そう出来る事ではない…だがその真似のせいで最も大切なモノが疎かになっているのだ。」
最も大切な物?一体それはなんだろう?俺はルドルフに聞いてみたがルドルフは「何れ分かる事だ。」と言ってそれ以上は語ろうとしなかった。
トバルカインは黙ったまま考え込むように折れた剣を見つめていた。そしてトバルカインは棒に金属を乗せ布で包み炎の中に入れ鞴で火を沸き立たせる。
鍛冶に詳しい訳では無い俺たちが言えることも無い、今は見ているしかないか。俺はミラーナに目を合わせトバルカインをどうするか聞く。
「どうする?ミラーナ、無理にでも連れて行くか?」
しかしミラーナは首を振って答える。
「いや、今日は諦めよう。村の宿で一泊した後、改めて来よう。邪魔をしたな。」
カンカンと鉄を叩く音を聞きながらミラーナたちは宿を探しに鍛冶屋を出て行った。
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宿はすんなり見つかり各々、部屋で待機していた。俺は外で脳裏に浮かぶ動きを真似て鍛錬をしていた。
「ふぅ、ちょっと休憩するか。」
地に尻を付けて座って休息を取る。
最初よりもスムーズに動けるようにはなってきたがまだまだ下地をなぞっている感じが抜けない。
ふとトバルカインの事を気になった。自分も思うところがあるのだ、ロンティヌスから貰った翡翠の欠片が入った袋を手にとって眺める。
ミラーナたちに何度か聞かされた英雄の話を。強く、輝かしく、勇敢な男の話。俺もそんな英雄になってみたいと思っていた。脳裏に浮かぶ赤紫の戦士と同じ様に戦えたら伝説の英雄に近づける様な気がする確信めいた予感がしていた。だから俺は今日も鍛錬をしていた訳だ。
ある意味トバルカインと同じ気持ちだった。トバルカインは親方の爺さんに、俺は聞き憧れる英雄にそれぞれなりたいと思っている。
(真似のせいで最も大切なモノが疎かになっている。)
爺さんの言った言葉が胸に引っかかる。トバルカインに向けられた言葉が俺にも突き刺さっている様な気がして、でも今の俺には真似る事しか出来ない。一体何が欠けているんだろう。
「何れ分かる…か。よし!」
俺は再び鍛錬を始めようと立ち上がる、その時に鉄を叩く音が耳に入った。トバルカインの顔が浮かんだ俺はその方向へと脚を運ぶ。
途中、明かりの灯った飲食店が眼に入った。手ぶらではなんだと思ったので夜食を買っておいた。俺も腹は減っていたし丁度良かった。
鍛冶屋に到着すると蒸発する音が響いた、完成したのだろうか。店の前にいた爺さんに許可を貰って工房を覗いてみるとトバルカインが出来上がった剣を眺めていた。
「良いのが出来た?」
声をかけると剣の切っ先を鼻先に向けてきた。驚いて咄嗟の動きを取ったにせよ危ねぇ…もう少しで鼻が二つに割れるところだった。
「ミラーナと一緒にいた男…驚かすな。この剣、駄目だ。」
素人目では結構良い出来に見えるんだけどな。
トバルカインは剣を万力に挟み思いっきり横に力を加えると剣は曲がり元に戻る事は無かった。
「親方の作った剣、曲げても少しだけ撓るだけ。これじゃ駄目。」
トバルカインはまた剣を作り始めようとする。
「おいおい、まだ作る気か?今日はもう休んだらどうだ?」
そう声をかけるとトバルカインは「時間が惜しい。」と言って作業を始めようとする。しかし何も食べていなかったのかトバルカインの腹から空腹を知らせる音が鳴る。恥らうように顔を赤くし複雑そうな顔をする。
「腹が減ってちゃ集中出来ないだろ?飯あるから一緒に食おうぜ?」
そう言って食べ物の入った紙袋を見せると余程腹が減っていたのか紙袋へ飛びついてきた。工房で食べるのは流石に宜しくないので工房の外で食べる事にした。
工房の直ぐ横で薪を燃やし暖を取りながら肉が挟まれたパンをかじる。肉はここらへんで取れるバッファという猪みたいな動物を使った物らしい。それなりに硬さがある肉だがうまい。トバルカインもお気に召した様だ。まだ手を付けてない俺の分まで食べやがった。
「そういえば、家族はどうしたんだ?向うで心配してるんじゃないのか?」
「戦争、亡くなった。だから私、使者やった。」
そうだったのか。ミラーナ、マリーンさん、ファリオ色々な人たちが戦争で大切な者を失っている。だからミラーナたちは一生懸命に戦っているんだな。
「なんでルドルフさんみたいになりたいんだ?」
「親方の作品、故郷で見た、とても美しかった。私、感動した。同じ物作りたい。」
「でも、全然出来ない。何度作っても、あの輝き、無い。」
落ち込むトバルカイン。まぁ俺にも似た悩みはある。いくら頑張っても全然追いつけない、距離が縮まってもまた離される様な感覚。
「俺もさ、理想の戦士を真似てみてるんだけど全然上手くいかないんだ。なぞってるだけで芯が無いって言うか力を持て余してるっていうか。」
「凄い英雄が帝都にいたらしいんだ、強くて勇敢で眩しいくらいカッコイイんだって。俺もそんな風になってみたいけど、まだまだ先は遠い感じなんだよなぁ。」
顔を夜空を見上げる。高すぎて届かない綺麗な星。憧れの英雄に手が届かない距離のようだ。
けど俺は拳を掴み決心する。
「もういっそ超えてみようぜ。ルドルフさんを、俺も伝説の英雄を超えて見せるからさ。」
トバルカインは驚いた顔を見せ大胆に頭と手を振る。
「無理だ、超える、絶対。」
「それを確かめる為にやってみようぜ。自分の限界って奴をさ。」
俺は翡翠の入った袋をトバルカインに手渡しトバルカインがその中身を確認する。俺はトバルカインに依頼をした。
「それで俺の武器を作ってくれ。ルドルフさんの真似じゃなくて、トバルカインの一番の作品をさ。」
キョトンとした顔で俺を見つめるトバルカイン。
「私の…一番の作品…。」
翡翠を力強く握り締め決心した顔でトバルカインは言った。
「わかった、作る、お前に、私の一番の作品!」
トバルカインは目を輝かせ工房へと入り作り始めた。砕けている翡翠を一つに纏めている様だ。
やれやれ、明日からでも良かったのに…でもまぁあれだけやる気に満ち満ちたトバルカインを止めるのも悪いしな。完成が楽しみだ。
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明朝、宿の中からでも鳥の囀る音が聞こえる、清々しく良い朝の予感。目が覚めて起き上がると同時にドアをノックする音が聞こえた。ミラーナの声だ、どうやらもう一度トバルカインの所へ言って様子を見るらしい。
「その事なんだけど、ちょっと待ってくれないか?」
俺はミラーナにトバルカインを帝都へ連れて行く期日を延ばす様にお願いした。だが使者という立場的にもミラーナは直ぐにでも保護し帝都へ戻りたいと答えを返す。
このまま長居しているとこの村にも危害が及ぶ可能性が高いのだと。確かにその通りなんだけど。百聞は一見にしかずとも言うしトバルカインの下へ行く事にした。
鍛冶屋の前まで行くと店の前でキセルを咥えるルドルフがいた。ミラーナが再びトバルカインに会いに来たのだと言うと俺と同様に「ちょっと待ってくれねぇか?」と言って工房へとミラーナたちを案内する。
そこには金属を打ち鳴らし一心に何かを作るトバルカインの姿が。ルドルフはやっと自分の作品を作ろうとしているトバルカインを完成するまで待ってくれないかとミラーナにお願いをした。
ミラーナもトバルカインの姿を見て感じ入るものがあったのかルドルフの願いを承諾した。
手間かけさせて悪いな。ルドルフがそう言った時、外の方で兵士の苦しむ声が聞こえた。
「何事だっ!」
ミラーナが叫ぶ。
ミラーナと共に外に出るとそこには兵士に囲まれ黒いドレスを着た美女がいた。見た事がある、確か城で暴れまわった奴。
足元を見ると既に何名かの兵士が倒れていた。それを見てかミラーナが怒りを露にして荒げた声を発する。
「カラリオ!また貴様か!」
カラリオ、それがあいつの名前か。地に伏す兵士を見る限りまだ息はある、不必要に人を殺しはしないという事か?
カラリオはナイフをクルクルと弄びながら笑みを浮かべて言った。
「いけないわねぇ、いくら想定外の事が起きたからって急に兵士をこんなに集めちゃ。どんな馬鹿でも情報が耳に入るわよ?そっちにもいるんでしょヨーツンベルドの使者が。」
カラリオは鍛冶屋のほうにナイフを向けて言った。カラリオは使者を殺せという命令で動いてる、だから殺すのは使者なら誰でも言いと言い放った。
ふざけるな、やらせるかよ。ミラーナもトバルカインも、これ以上誰も傷付けさせやしない。
俺、ミラーナ、クルシュ、それぞれが構え始めカラリオとの戦いのゴングが鳴ろうとしたその時、地響きが響き渡った。
カラリオの援軍かと思ったがどうやらカラリオも知らない事のようだ。そこへ見回りの兵士がやって来て大きな声で報告をする。
「伝令!メルティーナ率いる魔獣の軍勢がこちらへ向って来ています!」
まったく最悪のタイミングだ。どうする、カラリオをほっとく訳にはいかない。かといってメルティーナの軍勢も何とかしなければならない。
考え込む俺にミラーナが指示を出す。
「メルティーナの方は私とクルシュが対処する。カナメはカラリオを倒せ。」
俺としては意外な指示だった。果たして俺一人でカラリオを相手に出来るだろうか?いや、やるしかないんだ。俺一人でカラリオを相手に。
「おう、任せておけ。」
伝えるとミラーナは頷きカラリオに警戒しながらクルシュと兵士たちを連れてメルティーナの方へと向っていった。
「あら、あの時の坊やね…任せるって事はあの時とは違うって事ね。でも一人で私を止められると思ってるならそれは思い上がりよ。」
煩いほど高鳴る心臓を押さえ込め俺は変身の型を取る。
「思い上がりかどうか…今から見せてやるよ。」
沸き立たせろ闘志を、奮い立たせろ勇気を!
「闘志を…燃やすぜっ!!」
「変身っ!!」
暴風が巻き起こり俺の体を光が包む。身体が変化していく、皮膚が黒く染まり、紅紫色の甲殻が浮き上がる様に纏い付く。身体に散らばる翡翠が輝く。
「前より随分と大人しい見た目になったわね。前よりも…弱く見えるわよ!」
一瞬でカラリオの姿を見失う、気付けばカラリオのナイフが顔の横に。腕の甲殻を使い弾く、甲殻が少し削がれたがダメージにはなっていない。
「少しはやるようね。お次もどんどん行きましょう。」
飛び退くと同時に複数のナイフを投げ飛ばす。全てのナイフを弾くと内の一つは爆弾が結ばれていた。爆発したが威力は殆ど無かった、しかし大量の煙が噴出され視界を奪う。
煙の中からカラリオが姿を現す、心臓を狙ったナイフによる刺突が迫ってくる。近すぎて防ぐのは間に合いそうに無い、避けるのも無理そうだ。
身体を少しでも逸らし急所から狙いを外す。ナイフは肩に刺さり激痛が走るが根性でカラリオに拳を放つ。上手く防がれてしまったが付かず離れずのいい塩梅の間合いが出来た。煙も風に流され視界が元に戻った。
不思議と夜に戦ったあの時より力が湧く、どんどん力が膨れ上がっていく感じがする。しかしカラリオの実力はそれ以上の差が付いている。単純な力の差というよりは経験の差がでか過ぎる、読み合いや技術といった場数で培われるものの差。そしてカラリオはまだ本気ではない。
「やっぱり貴方、結界が効いていないみたいね。どうやってるのか知らないけど、結界対策の再起動に時間が掛からなきゃ本気で殺り合って早く終わらせたいもの…ねっ!」
カラリオが飛び込む、ナイフの横薙ぎが胴を狙う。甲殻で防ぎ蹴りを放つが防がれる、間髪入れず拳を放つが躱される。反撃のナイフによる切り上げを躱しカウンターを放つがカラリオの膝蹴りが先に俺の腹部に命中する。くの字に折れた所でカラリオはナイフを逆手に持って背中を突き刺そうとする。しかし甲殻のお陰でダメージを間逃れた。想定外だったのか隙が出来たカラリオの胸に掌底を叩き込みダメージを与える。
手応えはいまいちだ、寸前で飛び退いて致命傷を避けたのだろう。
「相変わらずマナの動き全く見えないわ。やり難いったらないわね。」
「今回は使者を殺すのを諦めるしか無いかしらね。」
「諦めてくれるのか?そいつは有難いね。」
願っても無い申し出だ。そのまま帰ってもらいたい。こっちはまだメルティーナが残っているんだ。
「えぇ、その代わりに坊やを先に始末するわ。」
カラリオの雰囲気ががらりと変わる、殺気は更に研ぎ澄まされ瞳は獣の様に鋭く俺の魂を見据える。
首につけたアクセサリーを鷲掴み引き千切り破壊するカラリオ。するとカラリオから感じ取れる脅威、恐怖、圧力が今までより数十倍か数百倍まで跳ね上がった。
あの道具は力を増強させる為の道具だったのか?だけど俺には今のカラリオの方が自然体に見える、まるで今まで栓をしていた力を解放ったかの様に。
「これは不戦条約の結界を無効化するための結界。を張る為の装置…作り直すには時間がかかるけどあなたを殺す為の投資と思えば相応ね。」
「そして、これが私の奥の手。」
カラリオは指輪を取り出し左中指に身に付ける。あの道具を俺は知っている気がする、鮮明に思い出せはしないが異様な気配というかとても嫌な感じがするこの圧力を俺は前にも感じた事がある気がする。
「解凍。」
一言を終える。
すると爆発した様にカラリオから暴風が吹き荒れる。これがマナかっと俺に教える程までに濃密なマナが竜巻の様に渦巻く。踏ん張っていないと吹き飛ばされそうな程に風圧は強烈だ。
両腕を顔の前で防ぐ様に水平に構える。腕の隙間からカラリオの様子を覗くと渦巻くマナはカラリオに纏わり付いていっている。纏わり付いたマナは形を成していき鎧へと変化した。
区切りを付ける様に一際強い短い爆発の様な風が吹きカラリオの姿が鮮明に見え始める。
「魔装鎧、ブラッディマーダー。」
カラリオがブラッディマーダーと呼んだその鎧は全身が凶器の様にあらゆる箇所にナイフのブレードのような物が突き出ており大きな扇状の飾りを付けた特徴的な頭部が際立っていた。
金属が擦れ合う音を鳴らしながら一歩ずつ向ってくるカラリオ。自分が呆然と突っ立っている事に気付く強大な圧に愕然としてしまった様だ、自分に一喝を入れ拳を構えゆっくりと息を吐き相手を見据える。
依然として一歩一歩近付くカラリオ。後手に回って様子を見るか?いやそんな余裕が俺にあるのか、先手を取られれば防戦一方になるビジョンが浮かぶ。
ならばと俺は先手を打つ。懐へ飛び込み刃の無く装甲の薄い腹部を狙い正拳を放つ。
空耳かと疑う様な微かなカラリオの嘲りが耳に届く。背筋が凍る様な悪寒が走る、反射的に既の所で拳を引っ込める。
拳の向うで金属音が鳴り響く。見ると腹部の鎧は形が変わってジグザクの刃が垂直に噛み合わさっていた。刃はガチャ開き腰の後ろの方へ回り固定される。もしあのまま拳を放っていたら俺の拳は確実に千切れていただろう、その事を想像したらゾッとする。
「惜しかったわ。じゃあ、イカせて貰うわよ。坊や。」
カラリオの篭手の裾からブレードが飛び出す、腕をクロスし俺の胴体を挟みこむ様に弧を描くブレード。飛び退きブレードを躱す。カラリオはブレードを振り切る。
「ッ!?」
突然胸に痛みが走る、胸を触ると血がぬるりと指に付く。傷む箇所を見ると横に鮮血が線を描いていた。届く距離じゃ無かった筈だ、そう思いカラリオの血の滴るブレードを見ると俺は気付いた。
ブレードの長さが二倍にも伸びていた。またもや意表を突くカラクリ仕掛け、正統派ではなく変化を多用するタイプの戦闘スタイルという事か。
回避に余裕を持たせていた事と自分の装甲の強固さに助けられが、向うもその事を頭に入れ修正してくるだろう。相手は殺しのプロだ、次に同じ幸運は起こらない。
「まだまだっ!」
そういってカラリオは胸を突き出す。胸部から突き出すクナイのようなナイフがキリキリと音を立てる。何かが来る、そしてその何かが俺には予感できた。標準をずらそうと俺は横へ駆け出す、それと同時にカラリオの胸部からナイフが射出される。宛らマシンガンの様に俺のいた場所を突き刺していく。まともに喰らったらあっという間にサボテン状態だ。
「キャアッ!」
民家から悲鳴が聞こえた。
流れ弾が民家に命中しガラスや家具などを破壊していく。不味い、今のカラリオに人は殺せないと言ってもこの場所で戦い続けては村が荒れてしまう。何とか村の外へ出して村を守らないと、でもどうやって外へ出す?体中仕掛け塗れの今のカラリオをどうやったら村の外へ連れ込む事が出来る?
考えても良い案は浮かばない。考え付くのは愚直なまでに単純な事だけだ。
「なら愚直にやってみるか!」
覚悟を決めて俺はカラリオに向って走り出す。向ってくるナイフの雨を避けて弾いて懐まで疾走する。
「捕らえたぜぇっ!!」
カラリオは考えていなかったのだろう、自分の腹目掛けてタックルを仕掛けてくるなど。驚いた様子を見せたが直ぐに嘲笑し「馬鹿ね。」と一言。腰からカリカリカリと金属音が響く、あの時のトラバサミが来る音だ。ガチャンと音を立ててトラバサミが食い千切ろうと俺に襲い掛かるが、作動と同時に両腕で刃を掴み力の限り閉じない様に押し返す。手にはトラバサミの刃が食い込み痛みが走るが無視して俺はカラリオを村の外へと押し出す。
カラリオを突き飛ばし村の外へとやって来た。腕はボロボロになったが拳は握れるしまだまだ戦える。乱暴で無策と笑われる様な行動だったかも知れないが結果良ければそれで良しだ。…でもやっぱり超痛い、出来ればもうしたく無い。
「村の外へ出せば心置きなく戦えるって事かしら?馬鹿ねぇ村人を盾にすれば有利に戦えたかも知れないのに。」
確かにカラリオは俺以外の人を殺せない状態だ。だがそうだとしても村人を盾にする様な事は絶対にしたくない。自分が死ぬような自体に陥る事になったとしてもだ。
「んな事は絶対しないし、しなくともお前を倒す事は十分出来るだろ。」
右掌を伸ばし相手に向け左拳を腰に添え一呼吸しカラリオへ向って踏み出す。たった一歩の踏み込みだが間合いまで踏み込むには十分だ。
胸部から射出されるナイフを右腕で弾ききる。懐近くで篭手からブレードが伸び首を狙って来たがブレードとブレードが重なり合う箇所を見極め右腕で交差する一点を払い上げる。無防備となった腹部目掛け拳を放つ。ガチンと音を立てるトラバサミ俺は寸前で拳を引っ込めトラバサミを誘い込んだ、フェイントに上手く引っかかってくれて助かったぜ。
俺は地に脚を踏み付け全体重を乗せてトラバサミごと拳でカラリオの腹を打ち抜く。トラバサミは破壊され腹部にクリーンヒットする、鎧を貫く事は出来なかったが確かな手応えを感じた。カラリオの腹部の鎧に亀裂が入る。カラリオにも相当なダメージが入っている、一時的な呼吸困難に陥っているのだろう「コヒュ。」という苦しそうな呼吸音を出している。
しかし、すぐに笑い声も耳に届いてきた。
風を切る音がなり背中に痛みが走る。何か鋭利なものが数本俺の背中に突き刺さっているのだ。
さらに風を切る音が聞こえた、その僅かな音を頼りに肘打ちで攻撃を防ぐ。この場にいては危険だ、俺は背中に刺さる何かを振り払い飛び退いて攻撃の範囲から逃れる。
離れてようやく理解した。鎧に備わっている湾曲した刃が自在に伸び手足の様に動いていたのだ。
傷はすぐに回復するが疲労は蓄積される。このままではジリ貧で倒れるのは俺だ、打開できる策は何か無いか?
「休んでる暇は無いわよぉ。」
そう言うとカラリオは兜の扇状の部分から細く光る刃を取り出す。どんだけ刃物仕込んでるんだあの鎧。あの刃はただの武器ではないだろう、何かしらの仕掛けが施されているはずだ。
両手の指の間に四本ずつ刃を挟み右手を大きく振りかぶって一本目を投げる。刃は真直ぐ俺の方向へと向ってきている。ぎりぎりまで様子を見るが変化は無い。
避けるか防ぐかを判断する領域まで刃は近付く。防ぐのはリスクが高いか、触れれば何かが発動する可能性がある。ならここは避けるしかない。
俺は刃を避ける。胴の横を刃が通り過ぎる、なんの仕掛けも無いのか?と思ったその瞬間。刃はまるで水が溝に沿って流れる様に向きを変え切っ先は俺の方へと向けられた。向ってくる刃。避けるのは間に合わない、防ぐしかない。
腕を振り下ろし刃の鎬を叩き地面に打ち落とす。触れて何かが起動するような類じゃ無い様だ。
「ビックリしたけど、これなら何とかなりそうだぜ?」
「それはどうかしら?」
俺の強がりに対しカラリオが即答で言った。カラリオの言葉に対し詮索をする間も無く脚に激痛が走る。
痛みの元を見てみると打ち落としたはずの刃が俺の脚を貫いていた。抜こうとすると押さえつけられている様な抵抗感が伝わってきた。
操作している。伝わってきた不自然な抵抗感が俺にそう教える。身体中の刃の事といい、おそらくカラリオの鎧は刃を操れる特性を持っている。鎧を使う前はナイフが追尾したりしなかった、だから刃を自在に操っているのは鎧の特性だ。
わかった所でどうしようもないな。距離が離れてちゃ攻撃出来ず一方的にやられるし近付いても虫の足みたいな刃と手に持っているナイフでこれまた一方的。
こっちは素手での戦いだ、せめて武器があればな。
「カナメ!受け取れっ!」
声の方向から何かを投げ込まれ咄嗟に受け取る。取った物を見ると握りこぶし程の楕円のブローチの様だ。誰が投げたのかと声が聞こえた方向を見るとトバルカインの姿が見えた。
トバルカインはブローチを指差して大声で俺に言った。
「念じろ!今、求める物!」
今求めている物をブローチに念じろって…一体どういう事なのかさっぱりだが。トバルカインに「どゆこと?!」と説明を求めるがトバルカインは急かす様に「いいから!」と言う。
カラリオが残りの手持ちの刃を全て投げる。とりあえず剣だ、こっちも剣が欲しい。ブローチに剣のイメージを注ぐように意識を向ける。するとブローチは輝きだし剣へと姿を変えた。
一も二もなく俺は剣を振るう。叩き落すつもりだったが想像以上の斬れ味で迫り来る刃を斬り刻んだ。おぉ、これ結構使えるぞ。お、カラリオの気が緩んだからか知らないが足に刺さってた刃が抜け落ちて消滅したぞ…っと恐ろしい顔でカラリオがこっちを睨んでるな。
「何よその武器。それにその斬れ味、普通じゃないわ。変形の速度も尋常じゃないわ、そんなものどうやって!」
「こっちには超一流の鍛冶師がいたって事だな。」
俺はトバルカインの方に目を向けてグッドサインを送る。満足そうな顔をしてトバルカインもグッドサインを返してくる、がグッドサインを知らないのか上下逆だぞ?
ま、まぁいい。こっから巻き返しだ、心強い相棒も手に入った事だしな。
仕切り直しだ。
「さぁて、闘志燃やすぜ!」
俺は剣を構えて距離をつめる。カラリオは兜から刃を取り出し投擲、だが今の俺には脅威では無い。刃を斬り刻み迎撃、更に距離を詰める。
お次は虫の足みたいな刃が襲ってくるがこれも迎撃する。すると抵抗感はあったものの両断する事が出来た。この刃も斬れる、厚みのある刃だったが斬れるぞ。ここまでの斬れ味は想定外だった、カラリオにとっても想定外だった様だ。隙が生まれた。
「くっ!」
カラリオはすぐに切り替え胸部の刃を射出しようとするが、もう遅い。
「ようやく届いたぜ、カラリオ!」
剣を振り下ろす。
しかし止める様に俺の名前を呼ぶミラーナの声が聞こえた。剣を一瞬止め少しの間合いを開け致命傷を避けた。
勿論この場にはミラーナの姿は無く声など聞こえるはずが無い。時折俺の記憶に蘇る少女が俺を止めたのだろう。
助かったぜ、不殺を志したミラーナの道を汚す訳にはいかないからな。
カラリオの身体から血が流れるが見た目の派手さよりダメージは少ない。カラリオは不機嫌な顔をして俺を睨みつける。
「あなた、どういうつもりかしら。手心を加えるなんてね。」
「舐めているのかしらこの私を。」
手を突き出し幾重にも魔法陣を展開する。俺の周囲を囲む無数の魔法陣、流石にやばいんじゃないかこの展開は。
しかし突如カラリオは耳元に手を当て誰かと会話をするような素振りを見せる。何やら口論をしている様だが。会話が終わったのか一層に不機嫌となるカラリオだったが周囲に展開された魔法陣は散り散りになり消えていった。
手を顔に当て一呼吸して落ち着いた表情を見せる。スイッチの切り替えが早い、流石はプロと言った所か。
「白ける展開ねぇ。けど仕方ないわね、この勝負は次ぎに会うまでお預けって事で。」
「またね、坊や。」
魔法陣に包まれカラリオは消えた。魔法で拠点にでも戻ったんだろう、相手方の都合のお陰でなんとか首の皮一枚繋がった。
気が抜け脱力する俺の下へやって来るトバルカイン。後を追う様にルドルフもこっちにやって来る。
「やったなカナメ!」
「お前の作ったコイツのお陰だ。ありがとなトバルカイン。」
そう言って俺は剣を見せる。その剣をルドルフはまじまじと観察する、剣その物を見ているというよりは中に宿る情熱を見ている様な感じだ。そしてルドルフは満足そうな顔を見せる。
「良くやったな娘。見た事も聞いた事も無いあの鉱物を鍛え上げ傑作を超えた出来を見事完成させた。もうワシを超えたと言って過言では無いぞ。」
トバルカインの背中をバンと叩くルドルフ。それを聞いてトバルカインも嬉しそうにガッツポーズを決める。
「さぁてと。俺もやるとしようかな。」
そう言うとトバルカインは「何を?」と聞き返す。剣をブローチの形にして力を込めて握り締める。今もミラーナたちは戦っている、俺が来るのを信じて。
トバルカインはルドルフを超えて見せた、次は俺が超える番だ。
「次は俺が超える番だろトバルカイン。超えて見せるぜ伝説をな。」
俺はミラーナたちが待つ戦場へ駆け出す。
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ちらほらと木々が立ち青々とした草原が美しい場所、普段なら静かでピクニックには持って来いの場所だろう。しかし今はこの場所で戦争が行われている。
視界を覆いつくすのは魔獣の群れ、奥の方では大きな魔獣の上で余裕綽々と構えているメルティーナの姿。アイツはあのスタンスを絶対に崩さぬな、意味があるのだろうか?いや、無いだろうな。
魔獣を斬り捨てる。並び立つクルシュが語りかける。
「不味いですね、これは。時間の問題ですよ皇女殿下。」
「あぁ。」
幸いな事に未だ死傷者は出ていない。だが徐々に押され始めている、向うは千を超える魔獣の軍勢、対してこちらはかき集めた百人程の軍勢。ここまでの圧倒的な物量差は埋めようがない。
カナメは無事だろうか、相手はあのカラリオだ。八大魔道師の名は伊達ではない、今のカナメでは勝ち目は五分五分…不戦条約の結界対策を解除されたら勝ち目は薄い。だがカナメなら大丈夫だ、アイツはそんな死地を乗り越えてきたではないか。きっとカナメが居ればこの形勢をも逆転するだろう。
いや待て、カナメに頼らなければ私たちは戦えぬのか?いつからそんなに弱くなったのだ!カナメが居なくともグランズヘイムの力で乗り切る事が出来んでどうする?!
カナメに頼り切った結果があの惨事を招いたのではないか。共に戦える力があればカナメは無事に済んだのではないのか。
「ミラーナ皇女!」
クルシュの声で我に返る。一瞬だけだが我を忘れていた、その隙に魔獣が押し寄せてきている。
対応して斬り伏せるが手数が足りない。このままでは死ぬ。
「カナメッ!!」
祈るように声に出すと返事の如く砲声が後方から轟き、倒しきれなかった魔獣を何かが貫き消滅させる。
魔獣に注意しつつ砲声が聞こえた方角に意識を向ける。すると味方の兵を掻き分けて紅紫色の鎧を纏った者がこちらに向って疾走している。
確認するまでもない。何というタイミングだ、劇的ではないか。嬉しさと不甲斐なさの板ばさみにジレンマを感じるが今は素直に喜ぼう。我々の英雄の勝利と到着を。
「待たせたなっ!」
そう言ってカナメは高く飛び上がり頭上からマスケット銃に似た銃を使い魔獣を次々と狙撃していく。さらに落下する最中に手元の銃が変化し槍となって足元の魔獣を穿ち着地する。あっという間にカナメは最前線へと辿り着く。
「その武器は一体…。」
私はカナメの持つ槍を指して問う。
形が変わる武器は珍しいがあるにはある。だが質量その物を変化させる事は出来なかったし魔術を使わず変化する武器は見た事が無い。それにあの途轍もない威力は。
カナメは周囲に警戒しながらも答える。
「細かい話は後だ、勝つぞこの戦い。」
周囲の魔獣たちはカナメへと意識を集中させ、一斉に飛びかかる。カナメは槍を引き抜き石突を持ち大きく弧を描いて振り回す、常人では考えられない力で周囲の魔獣たちを斬り刻んでいく。馴れた手捌きで槍を操り回し構える。
すると形状がまた変化する。片刃で少し幅広、サーベルの様に見えるが刃には波模様が描かれ刀身はまるで濡れているかの様だった。
剣を使いカナメは斬り込んでいく、まさに一騎当千の勢いで形勢は五分にまで持ち込まれた。
その勇姿を見て私は恍惚とした。あれこそ父の求めた英雄の姿、絶望的な状況に現れる希望の光。しかし悔しい気持ちもあった、カナメに頼りきりの自分の弱さに。
「ここから一気に巻き返すぞっ!!」
奮起せよ。カナメと肩を並べられる戦士になれ。士気を高め私はクルシュと兵士たちと共にカナメに続く。疲れた身体が嘘の様に動く、心に眠る闘志が湧き立つ。
「闘志を燃やせぇぇぇぇぇぇっ!!!」
カナメの口癖を真似た訳ではない。自然と口から溢れた心からの言葉。
戦況が遂には逆転する。その光景を見てメルティーナは魔獣の上で地団太踏む。金切り声を上げ強烈な苛立ちを見せる。
「まぁぁたあのお邪魔虫!!!またしても私の邪魔をしてからに!!グウィバーちゃん、やぁぁぁっておしまい!!」
号令をかけるメルティーナ。後方で控えていた白いドラゴンが起き上がりカナメと対峙する。大きい、圧倒的に大きい。けどカナメなら大丈夫だ、新しい力を手にした今のカナメなら。
カナメは剣を構えて立ち向かう。ドラゴンは高熱の火炎を吐く、火炎の範囲は広大で放って置けば後ろにいる我々は身を焼かれてしまうだろう。
カナメは渾身の一振りによる風圧で火炎をなぎ払う。そしてドラゴンの胸の辺りまで飛び上がり重い一撃を放ちドラゴンを撃ち飛ばす。胸には剣による傷が付いているが浅い、流石はドラゴン皮膚が分厚い。ドラゴンは四つん這いになってカナメを睨みつける。
追撃に向うカナメ、ドラゴンは近づけまいと四つん這いのまま尻尾による横薙ぎで迎撃する。直撃した様に見えたが巻き上げられた砂煙でまったく状況が掴めない。
だが砂煙から大きなものが飛び出す、それはドラゴンの尻尾の一部だった。すぐに砂煙は風で流されカナメの姿が見え始める。その手には大斧が握られていた。
ドラゴンの尻尾が斬られた姿を見てメルティーナは大きくショックを受けていた。
「グウィバーちゃんの尻尾がぁぁ!この人でなしっ!!」
立ち上がるドラゴン周囲を見渡しているがカナメを見失ったようだ。カナメはいつの間にかドラゴンの頭の上に乗っており、飛び上がりくるりと回り大斧による一撃を放つ。
落下するカナメ、大斧は凄まじき斬れ味でドラゴンを裂きカナメの着地と共に二つに分けられマナとなって消滅する。
メルティーナの喚き声が耳を劈く。悔しそうに転げまわった後、魔法陣を展開し転移魔法で消えていった。
残りの魔獣たちも転移魔法で消え静寂が生まれる。勝利を確認した兵士たちが勝利の雄叫びを上げる。私はカナメの下へと駆け出す、カナメは駆け寄る私に気付き振り返る。
変身を解くカナメ。親指を立ていつものにこやかな顔を見せる。
「ミラーナ、クルシュ。遅れた悪かったな!」
「カラリオの方はどうなったのだ?」
そう私が聞くとカナメは指で頬をかきながら答える。
「通信みたいのが入って途中で魔法で行っちまったんだ。まぁ大分ヤバイ展開だったからラッキーだったけどな!」
笑いながら答える事では無いような気がするが無事ならそれでいい。
突然クルシュが何かに気付きそれに向って指を指しカナメに問いかける。私とカナメはクルシュの指摘した物へと目を向けると変幻自在の武器がうねうねと形を変えていた。
武器は突然カナメの腹部へと襲いかかりカナメは屈みこみ呻き声を上げる。
私はカナメの肩を包み身を案じて声をかける。
「大丈夫かカナメ!」
「違和感が半端無いけど痛みとかそういうのはないから大丈夫だ。」
顔を歪めて答えるカナメ。するとカシャンと音を立ててカナメの腹部から何かが落ちる。
落ちた物を見る私たちが見たのはカナメが変身した時に身に付けているベルトの様な装飾品だった。
「「「と、取れた。」」」
カナメはそれを拾い上げると複雑な顔をして私たちに言う。
「どうしようコレ。」