第五話 『変身』 焼き直し済み
高所にある小窓から日が射す道場の中、俺はおやっさんと対面するように正座していた。
おやっさんと同時に立ち上がり一礼をして構え合う。俺は懐へと飛び込み中段突きを放つが手で捌かれ脚を払われ床に倒れる。隙だらけの状態だったがおやっさんは何もしなかった。逆にそれが悔しくて俺は立ち上がりおやっさんを何度も攻め続けるがおやっさんは全て捌ききり最後には正拳突きを放った腕を掴まれ背負い投げで終わった。
息を切らして大の字になって寝転ぶ俺は苦笑して言った。
「やっぱ強ぇわ、おやっさんは。」
おやっさんは満面の笑みで「当たり前だろう。」と言った。俺はまだまだ強くなりたい拳を天井に掲げて言うとおやっさんは一つ教えてやるっと言うので俺は起き上がっておやっさんを見た。
おやっさんは呼吸を整え短い形を始め終えると呼吸をゆっくり吐き締めくくった。
「昔、爺さんに教わった強くなる為の形だ、子供の頃ヒーローに憧れていじめっ子に立ち向かったんだ。だがそん頃はケンカが弱くてなぁいつもボロボロになって帰ってったさ。爺さんが教えてくれたんだ、強いヒーローになる為の形だってな。」
「まぁ実感は湧かないがな。」
そうおやっさんが言うと俺は「なんだよそれ。」と笑ってツッコミを入れた。笑いはしたが俺も真似して形を取る。
「本当に実感が湧かない…けど勇気と闘志が湧き上がる感じがするよ。ありがと、おやっさん。」
俺は修行の始めと終わりに教えてもらった形をいつもしていた。後になってわかったが、あの形は多分、単純な力を強くする形じゃなくて…。
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会話する声が聞こえ目が覚める。朧げな視界で天井、窓の外を見る。まだ朝のようだ、あの時美女の殺し屋に一発かました所までは覚えている。俺はハッとなって勢い良く起き上がる。
皆は!?皆は無事なのか?!不安を胸に周囲を見渡すとここが医務室である事を確認する、そして驚いた顔をしてこちらを見るミラーナとクルシュたちの姿。良かった皆は無事の様だと胸を撫で下ろすがこの部屋に漂う異様な緊張感を感じた、皆俺を警戒しているようだった。俺は緊張を解す為トキトーな事を言ってみた。
「あの美人なお姉さんは帰っちゃった?せっかくだからお茶ぐらいしたかったなぁ…なんつって☆」
一層静まり返る部屋の中、冷ややかなミラーナの視線だけが俺を刺した。だが緊張感は無くなり一息つくミラーナたち。ファリオがベッドへ飛び乗り俺の脚の上に乗っかるといきなり俺の頬にビンタをかましてきた。
「いってぇ!!いきなり何すんだファリオ!!」
俺はファリオに怒鳴りつけるとファリオは「良かったー!!兄ちゃんのままだ!!」っと満面の笑みで喜び襟を掴んで前後に揺さぶってきた。何がそんなに喜んでるのか分からないが揺さぶるのを止めろ、脳が揺れて地味にキツい。
ミラーナもこちらへとやって来ると俺の肩をがっしりと掴み「本当によかった。」と笑みを見せた。クルシュたちもやってきて事の顛末を教えてくれた。
死者は無く、重傷者も治療を終えているという。俺は丸一日寝ていたらしい、美女に一発かました後返り討ちに遭い後から来たトラヴィタールが撃退したという事らしい。一先ず皆無事でよかったと胸を撫で下ろす。その後に自分の無力さと不甲斐なさを噛み締める。結局俺には皆を守れるだけの力がなかった、けど皆を守れる男に俺はなりたい。
ミラーナに真剣な眼差しを向けてはっきりと言う。
「ミラーナ、俺に戦う術を教えてくれ。」
面食らうミラーナ、考えた後ミラーナは答えを出す。
「駄目だ。これ以上無理をするなカナメ。お前はマリーンの店で働いて真っ当な人生を過ごせ。」
そう言ってミラーナは部屋から出たマルスも会釈をして部屋から出てクルシュとファリオが部屋に残った。ミラーナの言葉を胸の中で反芻する。だがそれでも俺は諦め切れていなかった、皆を守る力が欲しい…そう心で願い続けた。不意にファリオが俺の手を握った。
「帰ろカナメ。」
ファリオが短くそう言うとクルシュも「帰りましょう。」と手を差し伸べてきた。俺はその手を握り立ち上がる。そうだな今は帰ろう。丸一日寝たからマリーンさんも大変だっただろうし、早く帰って安心させなきゃな。ファリオと手を繋ぎクルシュと一緒にマリーンさんのいるサナティオ・ホスピティウムへ帰るのだった。
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医務室から出たミラーナ、後ろからマルスが追うように駆け寄る。
「良いのですかな?」
マルスはミラーナにカナメを戦士としない事について問う。ミラーナはカラリオと戦った時のカナメの暴走を危惧していた。トラヴィタールやロンティヌスが言うには自分自身の大きな力を制御できていない、その上カナメの体に埋め込まれたグレート・ワンの破片が拍車をかけ暴走を引き起こしているという事だ。
ミラーナたちはカナメの全盛期を知っているだけに今のカナメがあの力を制御するには並大抵じゃない時間と努力を労する、それに稽古をつけようにもあの領域まで復帰させる事の出来る人材はいない。全力のトラヴィタールであれば不可能ではないが、その為には不戦条約の結界を解く事になる。それでは本末転倒だ。
「だからカナメには普通の人間としての人生を送ってもらう。カナメにとってもそれが一番いいのだ。」
カナメは戦う事自体をあまり好んではいなかった。人同士の戦いを嫌っていたという事もあるが戦い自体に嫌気が差していたとミラーナは感じていた。であるならとミラーナはカナメを一般の国民として扱う事を決めていたのだ。
廊下を歩いているとカラリオと争った場所へとたどり着く。そこには精鋭部隊に囲まれた第一皇女が状況を確認する為に周囲を眺めていた。それに気付くとミラーナは素早く第一皇女の下へ駆け寄り跪く。
「エレオノーラ第一皇女殿下、遠征からのご帰還なされていたのですか。大事無い様で安心致しました。」
エレオノーラ=グランズヘイム=フォン=シュバーンシュタイン、グランズヘイムの第一皇女である。彼女はここ最近グランズヘイム城からの外出が多くなっており、カラリオ襲撃の際も他方へと出て行っていたのである。その行動を不審だと思うミラーナやマルスたちであったが護衛を行った兵士たちからは不審な動くを見聞きした者は今現在も現れていない。
エレオノーラはミラーナに一瞥をくれる事無く話を始める。
「戦の長として無様な失態ですわね?第十六皇女を背負う者としての自覚が足りないのかしら。」
ミラーナにとって嫌味を言われるの慣れた事。皇族ではない愛人の子である身である彼女は他の皇女からも疎まれている。簡潔に起こった事を伝えるとエレオノーラは「そう。」と短く答え扇子を広げ「後の事はわかせましたわ。くれぐれも皇女の何恥じない行いを。」といって精鋭部隊を連れ城の最上階にある自室へと向っていった。
「相変わらず手厳しいお方だ。」
マルスが苦笑して言うがミラーナはマルスのちょっとした苦言にも釘を刺す。もしエレオノーラの側近に聞かれでもすれば騎士団長マルスといえども首を落とされる事になるだろう。その事を思ってのことだ。マルスは軽い調子で謝るとミラーナは壊れた城の箇所を眺める。
「直るには時間が掛かりそうだな。」
そう呟いた後、ミラーナは歩みを始める。マルスは「どちらへ?」と聞くとミラーナはまだまだ仕事が山済みなのでなっと言って事務作業を行うべく自身の事務室へと向う。マルスは警護の仕事に就く為ミラーナと離れる。
ミラーナは自分の事務室へとたどり着き大きな窓ガラスを背にした大きな机の椅子に着席する。目の前には山の様に詰まれた書類。戦闘によって使われた資材、補充に伴う費用、修繕費や治療費などが書かれた書類に確認の印を押すという地味な作業。中には意味の分からない日記の様な物まで混じっているがこれは他の皇女たちの嫌がらせ。勿論こんな幼稚な事を一桁の位にいる皇女たちがやる筈も無く、おそらく第十五や第十三皇女あたりの仕業だろう。暇を持て余していた羨ましい限りだ。
「さて、やるか。」
ため息をつきながらもミラーナは作業を開始する。
-数時間後-
すっかり日も落ち時刻は十一時過ぎ。作業を終えて一息つくミラーナ、そこへ女性兵士の一人が顔を見せコーヒーの差し入れを貰う。兵士に感謝をしコーヒーを口にする。とても美味しいと伝えると兵士は喜んだ顔を見せる、コーヒー飲み干し容器を兵士に渡す。兵士は会釈をしてこの場から去っていった。
ふとカナメの事が頭をよぎる。もやもやとした煮え切らない感情がミラーナを悩ませる。少し考えるミラーナ。
「少し様子を見に行ってみるか。」
見回りの意味も込めて店の前まで行ってみようとミラーナは城の外へ出て市街地に向かった。
「まだまだ街の活気は消えていないか。」
まだまだ店を開けている所が多い様だ。ミラーナを見る市民たちから挨拶の言葉を投げかけられる。ミラーナはその一つ一つに手を振って答える。奥まで進むにつれ静かになっていく、マリーンの店であるサナティオ・ホスピティウムの近くまで行くと完全に周囲の明かりは街灯のみになっていった。
ようやくサナティオ・ホスピティウムが目に映る近さまで到達した。するとそこには。
「―――――――。」
ミラーナは何者かが舞う姿を目にした。それはカナメだ月明かりに照らされるカナメが見た事のない舞踏を舞っていたのだ。その舞踏は力強くも美しく理に適った受けと攻めの動きであった。まだまだ拙い所はあるがその姿にミラーナは嘗てのカナメの姿を重ねた。
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宿の仕事が終わり静かになった頃、俺は自室で横になって眠ろうとしていた。あの殺し屋との騒動の事が頭からはなれない、ミラーナから断られた事も思い出す。やりきれない思いだけが残り続けている、無理にでも眠れば忘れられるだろうかと思い布団を被って眠ろうとするがただ単に息苦しくなっただけだ。俺は布団から顔を出し瞼を閉じてジッとしている事にした。
しばらくしていると色褪せた知らない記憶が掘り起こされる。それはマルスのおやっさんに似た人物と一緒にキレの良い踊りの様なものをしている光景だった。拳を突き出したり腕で防いでいるかの様な事をしているところから武術である事がわかった。この武術を俺は知っている、だが何故だか鮮明に思い出す事が出来ない。俺は起き上がると無性にあの舞を真似てみたくなった。
俺は宿から出て路地の中央へ立つ。街灯と月の光が俺を照らす。冷たい空気をゆっくりと吸いゆっくりと吐き出す、まずはゆっくりとヘンテコでも構わない、なぞる様に真似をするんだ。
左拳を斜め下に振り下ろし払う、右拳を前へと突き出す、振り返りながら右拳を払う様に斜め下にし一拍置いて右拳で弧を描きハンマーの様に振り下ろす、左拳を前へ突き出す、次々とあの光景を真似ていく終わっても何度も何度も繰り返し真似ていく。
不思議と力が勇気が闘志が湧き上がっていくのを感じた。やっていて理解したがこれは攻めと受けの形だ。そういえば気絶していた時にも夢に見た様な気がする、そう思った時フラッシュバックするかの様に夢で見た形が鮮明に思い出される。
脳内で鏡に映し出されたかの様な自分が俺に教える様にその形を見せる。大切な形。
「…かた…?そうか、形かっ!」
俺は舞が形という名前だったのを思い出した。襟を正してその形を真似ようとした時、気配を感じてその方向を見る。そこにはミラーナの姿があった。しばらくボーッとしていたミラーナが我を取り戻しこちらへと近付いてくる。少しバツが悪そうにミラーナは言う。
「邪魔をしたようだな。」
俺はそんな事は無いと返す。「まだ戦うつもりでいるのか?」そう俺に問うミラーナ。俺は自身の拳を見つめる。
「まぁな。だけど今のままじゃ足手まといって事もわかってる。今になってわかったけど、俺はなにか大切な事を忘れている気がする。それを取り戻す必要があると思うんだ。」
そうか、とミラーナは答える。共に顔を上げ星空を見る、しばらく黙って眺めているとミラーナが口を開いた。
「不戦条約の結界が生まれる前、母は戦で戦死してしまったのだ。」
穏やかじゃない話だが俺は黙って聞き続けた。
「元々は平民の出の騎士だったのだ。王族となった後も母は国のため民のため、戦い続けた。負けるはずの無い戦いで敗北し母は棺となって帰ってきた。そして私はこれ以上誰も失いたくないと強く心に思ったのだ。」
「だからカナメ、戦うな。お前をまた失いたくない。」
また?またとはどういう事かと聞き返そうとした時、異様な気配と体に鋭く刺さる殺気を感じた。ミラーナも気付いたようで共に周囲を警戒し背を合わせて身構える。空を切る音が複数こちらへ向ってくる、街灯によって煌いたものは太く長い針、それを掴み取り投げ捨てる。ミラーナは腰に見に付けたスタンエッジという刃のない剣で弾き飛ばす、内の一つを弾き返し主に命中させる。
「ギギィ」
人間の声ではない泣き声が聞こえてきた。姿を現したのは人間サイズの蝙蝠の様な姿をした怪物。目は異様な光を発し何者かに操られているかの様だった。ミラーナが呟く。
「魔獣グルール…メルティーナか、いや奴にしては数が少ない他の者か…。大丈夫か、カナメ!」
俺は大丈夫だと背中合わせのまま伝える。襲い掛かるグルールの顎を上に突き上げる掌底で迎撃する、殺し屋よりも遥かに弱いけど油断は禁物だ、迎撃したグルールも倒せてはいない。口から射出される針を弾き突進してくるグルールを迎撃。ミラーナも装飾の施された殺傷性のある細身の剣を引き抜きグルールを切り伏せる。流石と言うべきかミラーナは一撃で襲い掛かるグルールを仕留める。
「カナメ。この先私と共に行くという事はこの戦いよりも苛烈を極める事になる。何故かは知らぬがお前には結界が作動しない。故に人に殺されるやもしれん、万一に人を殺める事になるやもしれん。その覚悟がお前にはあるのか!」
俺には結界が効いていない。初耳だが今は疑ったり驚いている場合ではない。つまり俺だけは人に殺し殺されが適用されるという事か、魔獣を殴る事だって気持ちのいいものではないそれが人を殺める事にもなるかもしれない。俺にその覚悟があるのか?
「俺は…。」
目を瞑りあの時の惨状を思い出す。沢山の兵士が血を流して苦しみミラーナやクルシュたちもが倒れていたあの光景を。
迷う必要なんて無い。
「俺は戦う。例え罪を背負う事になっても皆を守る為に俺はっ!!」
そう意を決して答えた時、腹部が異様に熱く感じた。燃え滾るように熱くなったが不思議と苦しさは無かった。脳裏には紅紫色の何者かが真紅のマフラーをはためかせ"あの形"をしていた。
やれって事か。そう思ったときその通りだと呼応する様に熱い腹部が強烈な輝きを放ち始め何かが形成されていく。
「なんだそれは!?」
ミラーナの驚きの視線を向けるそれは紅紫色のベルト。中央には翡翠色の鉱石が埋め込まれている。何故だかこのベルトがどういうものなのか直感で理解した。まるで記憶の中の俺が教えてくれている様に。
俺はあの形を、ヒーローになる為の形を始める。
「闘志を…燃やせ。」
何故だかそんな言葉が浮かんだ。そして言うべき決まりの台詞も。
「変…身ッ!!!」
強烈な衝撃波が放たれ俺の体を光が包む。気合を入れて光を解き放つ様に踏ん張る、すると包んでいた光は周囲に散り散りになって四散する。俺の体は紅紫色の甲殻を身につけ皮膚は漆黒に包まれていた。脳裏に浮かんだ者とは若干違い甲殻の面積が少し小さくなっている。
「グリットマン…。」
俺の姿を見てミラーナが呟いた。グリットマン?それがこれの名前なのか?俺は変化した自分の姿を見回していると。
「危ないカナメッ!」
ミラーナの声で気付く。グルールが数対こちらに迫ってきている、だが遅いまるでスローモーションの映像を見せられているかの様に遅すぎる。ゆっくりと構え正拳、後ろ回し蹴り、肘撃ち、鉄槌と次々と撃破していく。威力も前とは大違いだ、まるで拳が鉄の様に硬く間接が馬よりも力強く動いて途轍もない破壊力を生んでいる。
倒したグルールは煙の様に消えていく。これは魔獣の特性なのだろう。何時ぞやにクルシュに聞いた覚えがある魔獣は闇のマナによって生み出される獣だと。まぁ今はそんな事よりも。
「掛かって来い蝙蝠ども。俺はグリットマン、グランズヘイムのヒーローになる男だ!」
俺は次々とグルールを倒してく。今となっては奴らの吐き出す針すらも俺には通用しない。遂には最後のグルールを倒し場に静寂を取り戻す。
戦闘が終わったからか変身が自動的に解除される。ベルトは短く光ると俺の体に吸い込まれていく様に消えていった。
「カナメ…。」
小さく明るいトーンでミラーナが俺を呼ぶ。俺はミラーナを真直ぐ見て改めて言う。
「俺は戦う。誰も失わないように…皆を守る為にっ!」
俺はミラーナに近付いて手を差し出す。
「後悔するなよカナメ。ひよっこの英雄。」
ミラーナは俺の手をガッチリ掴み握手を交す。これからは厳しく辛い戦いが待っているだろう。それでも俺は決して折れず挫けず突き進み戦い続ける。この国を世界を守りたいってそう思えるから。
それにしてもひよっこは無いんじゃないかな…しかたないけどさ。
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日が昇り朝の城内で紳士服に身を包んで王室前の大きな門の前でネクタイを締めなおす。戦士としての就任式が今始まっている、必要な事とはいえ堅苦しい事は苦手なんだよな。振り返ると綺麗なドレスに身を包む見目麗しきマリーンさんと七五三の如く着せられている感が満載のドレスを着たファリオの姿が。
「馬にも衣装だな兄ちゃん!」
それを言うなら"馬子にも衣装"だファリオよ。
「とてもお似合いよ。凛々しく見えて格好いいわカナメくん。」
照れますなマリーンさん。そろそろ門が開く、緊張してきたな…ミラーナは普通にしていれば良いと言ってたけど。
門が開き両端の兵士に招かれ赤絨毯の中央を歩いていく。両脇には無数の位の高そうな騎士が規則正しく並んでいる、正面にはマルスとクルシュにトラヴィタール、超精鋭と思わしき騎士たち。ロンティヌスの姿は見えない、アイツは確かこの国の人間じゃないとトラヴィタールとかに聞いた事がある。マルスたちの後ろには高貴なドレスに身を包んだ十六人の女性の姿が、端の方にミラーナの姿も見えるっという事はあれがこの国の皇女たちか。中央には一際偉そうな女性が立っていた。
俺はその人物の前まで行くと俺は先んじてミラーナに教えて貰ったとおり片膝をついて跪き顔を伏せる。
「勇敢なる意志を持つ者よ。第一皇女エレオノーラ=グランズヘイム=フォン=シュバーンシュタインが汝をグランズヘイムの戦士として認め、この勲章を授ける。汝の武運を祈る。」
顔を上げて立ち上がり第一皇女の前で再び跪き勲章を授かる。
こいつが第一皇女。確か今この国には王がいない、だから第一皇女が実験を握っているらしい。俺を虫けらを見るかの様な目で見下しているこの女が第一皇女って訳か。
俺は受け取った勲章を胸に付ける。すると周囲の兵士たちから歓迎の歓声が沸き起こる。
こうして就任式は終わった。
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どかっと柔らかいソファに腰掛ける。兵士たちが使う控え室のソファとはいえ上質な物を使っている。ネクタイを緩めボタンを外しだらしない格好で気が抜けた様にだらっと背もたれに体重を預ける。
就任式後の歓迎パーティでヘトヘトだ。昨日の今日でパーティが開けるとは大した手際の良さだと感心する。
マリーンさんたちは先に帰ったが俺はロンティヌスのお呼び出しでまだ城内。いったい何の用なんだろ。
「待たせたな。」
ロンティヌスがやってきた。ずかずかと足早に近付いてきては俺の服を鷲掴んでおっぴろげる。何やってんだコイツは変態か。ロンティヌスは目を爛々と輝かせて言った。
「さぁ見せてくれ。腹部に現れた謎の道具とやらを。」
俺は思わず「は?」っと言って何が何やら理解できなかった。ロンティヌスはミラーナから昨夜の戦いの事を聞いていた様だ、その時に腹部に現れたあのベルトの様な物のことを言っているようだ。
「興味がある。ぜひ観察させて欲しいん。ほれ、出して。」
そんな急に言われても。俺は腹部に力を込めてみるがうんともすんとも腹筋が浮かび上がるだけだった。正直、意識して出した訳じゃないからあれの出し方なんて良く分からない。その事をロンティヌスに伝えるとガッカリした様な顔を見せるが何か思いついた様に裾をごそごそと漁り翡翠色の石を取り出す。その石を腹部の方へ近づけると石が光を帯び始めるが他に反応する様子は見せない。
「ふむ、駄目か。もしかしたら共鳴して出現するかと思ったが。」
ロンティヌスは口惜しそうに言った。石を指差して「何それ?」と聞くと、ロンティヌスは答える。
「これはお前が…じゃなくてある戦いの跡を調べていて発見した物だ。光を吸収しエネルギーを蓄えるエネルギー体だ、マナじゃない他のエネルギーを生成する実に面白かった代物だ。もう調べつくしたからお前に返…あげよう。」
小袋を取り出し翡翠色の石を中に入れる。その小袋を手渡されるとジャラっと音が鳴る、中身を見てみると見せられた石以外にも細々と石が複数入っている。なんだか少しだけ胸がスッと軽くなったような気がする。小袋をしまいこむとロンティヌスが熱い視線を向けてくる。今度はなんだろう。
「なにか変化はあったか?」
そうロンティヌスが聞いてくる。胸がスッとした程度だがそれは錯覚程度の変化だったから俺はその事は伝えず特に変化は無いと答えた。ロンティヌスは「そうか。」と言うとブツブツ言って考え込む。
「時間を取らせた。それが自由に出せるようになったら報告しろ。」
ロンティヌスは俺の腹部を指してそう言った。そして「失礼する。」と言ってロンティヌスは部屋から出て行った。
俺もマリーンさんの所へ帰ろう。今日はもうクタクタだ。
部屋から出て左右を見て自分がどこら辺にいるのかを確認する。いくらか城内の道は把握しているが未だに覚え切れていない。周囲を見渡して大よその位置が分かる程度だ。外はすっかり暗くなってしまっている。早く帰ろうと早歩きで廊下を通る、するとミラーナと出くわし「よう。」と軽く挨拶をする。
「これからはカナメも正式なグランズヘイムの兵士だ。お前には覚えていて置かなければならない事を伝えておこう。」
「使者。なんとしてでも守らなければならない存在についてだ。立ち話もなんだ、落ち着ける場所に案内しよう。」
そう言ってミラーナは付いて来いと道案内を始める。
城内の中では割と小さめな部屋、応接間にたどり着き中へ入る。椅子に腰掛け机を挟んでミラーナと向き合う。ミラーナが会話を始める。
「不戦条約の結界については知っているな。」
「大雑把にはな。人同士が殺し合わない様に世界を覆った大規模の結界だってな。」
俺は聞き知った事をミラーナに伝える。ミラーナは語り始める。
「そうだ。長年続いてきた戦争を終わらせる為にトラヴィタールが敷いた巨大な結界。世界を覆うほどの結界である故に代価もまた膨大。結果的に人同士の直接的な殺し合いを封じるだけになってしまったがそれでもトラヴィタールは結界を発動させる為に自分の能力と魔術の大半を封じる事になった、カラリオが結界を無効にする為の結界でやっていた事と同じだ。だが自身のみの結界を使ったカラリオと違ってトラヴィタールは世界を覆うほどの規模、最高位の魔道師であるトラヴィタールであっても不足であった。」
「そこで出てくるのが使者って奴か。」
「その通りだカナメ。トラヴィタールは代価として各国から一人ずつ使者を立てたのだ。そして使者を代価として加えた。使者が亡くなれば結界は崩壊するという条件を加えてな。」
なるほどな。だけど一つ問題がある。俺は「使者に病気や寿命が来て亡くなったらどうするんだ?」と疑問を投げかけた。ミラーナは答える。
「その場合、命尽き果てる前に全ての使者が認めた他者に使者としての任を譲渡し継承させる。」
そうか、継承にもある程度の条件が含まれているのか。という事は使者は全員この国にいるって事なのか、俺はその事をミラーナに聞く。
「いや、ヴァルハラッハとヨーツンベルドの使者は自国にいる。文化や取り決めの事もあって自国にいたほうが安全だからな。」
結界を破ろうと躍起になっていてもそれ以上に守らないといけないルールがあるって事か。盲目的に戦争を始めたいと言う訳でもないのか。
「使者は全てで六人、私とトラヴィー、そしてロンティヌスにエルマナ。」
良く見る面子だ。エルマナはファリオが良く遊んでいる弱視の少女だ、厳戒態勢で護衛されてるから不思議に思っていたがそういう事だったのか…っていうか。
「お前、使者なのに前線に出て戦ってるのか?随分リスキーな事してるな。」
「安全なところなどありはしない。戦っているほうがいくらか安心できる。」
ミラーナはそう言ったがそれだけじゃない気がする。例えば他の皇女たちからの嫌がらせとか、けどトラヴィタールやマルスたちが何も言わないって事は考え抜いた後の答えなんだろう。これ以上この事を聞くのは止そう。
「残り二人だが、ヴァルハラッハのブリュンヒルデ様、そしてヨーツンベルドの…。」
そこへ扉が唐突に開きミラーナの口を止めた。兵士が顔を覗かせミラーナを見つけると慌てた様子で報告する。
「こちらにいらっしゃりましたか皇女殿下!緊急報告があります!」
「どうした?」
ミラーナが兵士に体を向け問いを投げる。
「トバルカイン様がグランズヘイムに入国されたとの報告がありました!」
「なんだとっ!?」
兵士の答えにミラーナはよろめき頭を抱え始める。トバルカインという人物が余程の大物か災いの種かどちらかという事か?俺はミラーナにこっそりと聞いてみた。
「トバルカインって誰なんだ?」
ミラーナは頭を抱えながらも答えた。
「トバルカイン=ダナイ、ヨーツンベルドの使者だ。」
ヨーツンベルド…自国にいた方が安全だと言っていた内の一つ。なるほどね、そりゃあ頭も抱える。ミラーナは立ち直って兵士に告げる。
「クルシュを呼べ、マルスとトラヴィーは城に残ってエルマナとロンティヌスの護衛するよう伝えておけ。」
ミラーナは俺の方へ顔を向ける。
「就任早々で悪いが付いて来てもらうぞカナメ。」
やれやれ、マリーンさんに伝えておかないとな。