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第四話   『変貌。』 /焼き直し済み

 帝都グランズヘイム城の一室。部屋とは思えない大きな室内には珍しいアンティークや高価な家具が美しく配置されている。壁紙から何まで豪華絢爛、誰しもが高い地位を持った者の部屋であると認識するだろう。

 そこには窓際に立つ女性と、女性の少し離れで跪く男性の姿があった。


 「紅紫色の魔装鎧(まそうがい)?それは本当ですかフリード。」


 豪華なドレスに身を包み広げた洋扇で口を隠す女性。大きな縦長の窓の前で帝都を見下ろしている。執事の格好をした燕尾服の初老の男は顔を上げることなく答える。


 「はい。私は然り、他の兵士たちも視認しております。」


 男の話を聞き険しい顔つきになる女性。洋扇を畳み柄を強く握り締める。微量の怒気を籠めた鋭い声で男に問う。


 「レガリアの可能性は…?」


 「当時は未完成でした故、実物を拝見した事がありません。ですが各所に見える翡翠色の魔石からして可能性は高いと思われます。」


 男は冷静に答える。女性は苛立ちを納めため息を漏らし一拍を置いた後、口を開く。


 「確かその者の叙勲式がありましたね。その時に真偽を確かめるとしましょう。」


 その言葉を聞いた男は言葉を詰まらせる。その様子を感じてか女性は男に尋ねる。


 「…何かあった様ですね。」


 目を細め冷たい視線を向ける女性。その視線に動じず男は答える。


 「はい。件の者はバルバラとの戦いで戦死したと…。」


 それを聞いた女性は鼻で笑いはっきりと言い切った。


 「でしたら、違う…という事でしょうね。例えグレートワンを前にしたとしてもあのお方が作り上げられたレガリアが敗北する筈ありませんもの。」一気に興味を無くす女性。


 「ですが、あのバルバラを撃退して見せた者でございます。」男は補足する様に伝える。


 「フリード。貴方は知らないのね、レガリアが作られた目的を。」女性は言葉を返す。

 「レガリアは世界を手にする力なのよ。」窓から差し込む光を背にして不気味に笑う女性。男は床に映る女性の影からその不気味さを感じ取り冷や汗を流した。

 女性は洋扇を広げ、会話に区切りをつけた。


 「それよりも。」女性は別の話を始める。


 「フリード、貴方の仕事はまだまだ山済みよ。くれぐれも穏便に。」再び帝都を見下ろし男に命令を下す女性。男は静かに立ち上がり頭を下げて答える。


 「御意。」


 男は静かに部屋を去った。


*******************


 「ありあとございやしたー!」


 今日も元気一杯。あれから一ヶ月、宿屋での仕事には流石に慣れてきた。やっていて分かったのは宿屋だけじゃなく飲食店としても経営している様だ。部屋数はそれ程多くないから宿泊者よりも食堂への出入りの方が多い。早朝の食材の仕込み、朝のチェックアウトの受付、退室した部屋の掃除、昼に食堂を開放し、食堂が閉まればチェックインの受付、夕方にまた食堂の開放、夜に清掃して受付終了だ。

 そりゃあ手が足りないわけだ。今は俺が受付、マリーンさんとファリオは今食堂で働いている。活気溢れる声がここまで聞こえてくる。

 最初の頃は来店する客が俺と顔を合わせる度に「あっ。」っという顔をする。最初は何かに察して純粋に寂しそうな顔をしていたが、段々ルーチンワークみたいになってきており完全に悪ふざけでやってきている。

 あっお客さんが入店してきたぞぅ。ごっついトカゲのおっさんだ。


 「おっ!よぅ兄ちゃん!!…あっ。」手を上げ軽い挨拶。その後の寂しそうな顔…なのかそれは。作ってる感が物凄いんだよ。馬鹿にしてんのかコイツは。


 「ン゛ンンヌゥゥ!!」気合の声と共に顔面に一発くれてやったぜ!


 「いってぇな兄ちゃん!!あにすんだよ!!!」顔面を手で擦るトカゲのおっさん。


 「貴様の変顔はギルティ。裁きの鉄槌を与えたまでだ。」指を指して俺は決め顔で言ってやった。


 最近ではこんな感じで小じゃれ合いがある程に親密になってきた。しっかし意外と利用数の多い店でよかった、人との交わりが多くて色々な人と仲良くなれるからな。元々俺の事は知ってる様だが仲がいいって感じじゃなかったからなぁ。

 お、昼時が終わったのかな?人が一気に帰っていく。軽い挨拶をするお客さんに挨拶を返す。出て行くお客さんがいなくなるとマリーンさんが後からやって来た。


 「お疲れ様ですマリーンさん。」食堂での調理担当はマリーンさん。俺は簡単な料理しか出来ないしファリオは給仕の仕事で手一杯だ。恐らくファリオは食堂の片付けをしているんだろうな。


 「交代しましょう。ゴミ出しとファリオと一緒に食堂のお掃除をお願いしてもいいかしら。」エプロンを解く姿も麗しい。


 「うっす。じゃあ行って来ます。」


 最初は固い雰囲気のあったマリーンさんの口調も徐々に砕けてきた。ファリオとも楽しくやってるし文句無い生活が送れている。たまにミラーナ皇女やマルスのおやっさんも顔を出しに来る。トラヴィタールはロンティヌスと一緒に診察で来る事がある。胸に大きな傷痕があったのには驚いたが骨も治っていて特に問題ないと言っていた。

 食堂に辿り着くとファリオが食器をせっせと洗っている姿が窺えた。随分と繁盛していた様でゴミ箱が結構溜まっていた。


 「こっちはウチがやるから兄ちゃんゴミ出しお願い。」ゴシゴシと食器を洗い濯いでいくファリオ。俺は軽く返事をしてゴミ袋を持ち出す。


 「よいしょっと。」


 ゴミを裏口に置き戻ろうとした時、黒いローブと黒いドレスを着たグラマーなレディに出くわした。艶やかな肌は大人の女性の魅力を醸し出していた。


 「あら、こんにちは。仕事に精が出るわね。」美しい声を発するレディ。黒いベールに隠され顔は良く見えない。


 「どうも。こんな所でなにやってんです?」自然な雰囲気を装って俺はレディに聞いた。妙な気配を放つレディ。なぜか脳が頻りに危険信号を打ち鳴らしている。


 「お邪魔したわね。…じゃあね坊や。」多くを語る事無く、腰を色っぽくくねらせ、コツコツとハイヒールを鳴らし、さらに裏道の奥へと進み闇に消えた。


 「なんだったんだ…あの人。」レディの消えた方向を見る。


 気にせず仕事に戻ろう。ただ彼女の顔、何故か作り物っぽかったな。それに臭い…香水の優雅な香りの中に錆びた鉄の匂いがほのかに臭った。


 「触らぬ神に祟り無しってか?くわばら、くわばら。」


 宿へと戻り仕事を再開した。


************************


 壁際には多数の書物を整列させている本棚、大きな机、背もたれの長い椅子、どれも豪華な作りをしている。その背には大きな窓があり背を太陽の光が照らしていた。そこに座るのはミラーナ、事務作業に追われチェックしては判子を押し続けている。机を挟んだ向こう側には三人の男たち、クルシュ、マルス、トラヴィタールが姿勢正しく立っていた。

 ミラーナは事務作業をしながら口火を切った。


 「この一ヶ月、やけに穏やかじゃないか?」


 「皇女殿下。平和なのは良いことですぞ。」笑いながら言うマルスであったが、ギロリと睨むミラーナ。苦笑いしつつもビシッと姿勢を正すマルス。


 「バルバラを撃退したというのが広まり、慎重になっているのでは?」クルシュがミラーナに進言する。


 「確かに、だが他の国々が簡単に諦めるとは思えん。しかし今のカナメを戦場に出す事は躊躇うものがある。一度でも刺客が送られればバルバラを倒した英雄がいない事に気付かれる。そうなれば他国の進攻は始まり苛烈を極めるだろう。」

 「それにしてもこの静けさは不気味で仕様が無いのだ。」


 苛立ちで判子を押す力が強くなる。一ヶ月気を張り続けていたミラーナ、他の皇女からの嫌がらせである意味の分からない公務でのストレスもあり、かなり苛立ち、疲弊しているのだ。


 「お気持ちは分かりますが気を張り続けるのも程々にしては。張り詰め過ぎて戦いの前に疲弊しきってはいざという時に動けません。」ミラーナを案じるクルシュ。


 「わかっているクルシュ。だが、気になって仕方がないのだ…こうも長いとな。」頭を抱えるミラーナ。


 そこにトラヴィタールが考えの一つを伝える。


 「確証はありませんが次は暗殺者を送り込んで来るのではー?もしくは使者の拉致とかねん。」


 鼻で笑うミラーナ。そんな事は出来はしないという態度で否定した。


 「それはありえない。お前が一番分かっているだろうトラヴィー。魔術を無効化出来る"究極"を持つバルバラというイレギュラーを除いてこのレーベンヘルツに展開された不戦条約が結ばれた結界の中で人間同士の殺し殺されは起こりえない。使者のほうも厳重に守護されている。バルバラが不能になっている今はロンティヌスの心配は無くなっている。エルマナの方はたまにファリオと遊戯に興じる程度だ。心配は無い。」


 「その油断が一番怖いんだよねん。」


 トラヴィタールは静かに言う。ミラーナはピリ付いた様子で机を叩き立ち上がる。


 「どういうことだ。」


 トラヴィタールは軽快さを戻しミラーナに忠告する。


 「バルバラも言っていたように魔術も万能ではないだよーん。メルティーナがやった様にどこかしら穴はあるだよん。」


 メルティーナ。魔獣を使って進攻して来た張本人。動物を殺す事を制限すれば人は動物を食べる事は出来なくなってしまう。また細かい制限する魔術は負担が大きく下手をすれば術者の死を招く可能性も出てくる、本より結界の規模の大きさから不可能。その欠陥を突いたメルティーナの策略であった。


 「トラヴィー…あれはお前の弟子の一人だろう。なんとかならんのか。」静かに着席し作業に戻るミラーナ。


 「なんともならないよん。手元を離れてしまったし、もう一人厄介なのがまだいるからねん。」ため息を漏らして言うトラヴィタール。


 トラヴィタールは二人の少女を思いだす。


 (メル…カラリオ…どうして力に溺れてしまったんだい。魔術の使い方は戦う為だけじゃないと教えたと言うのに。)


*************


 人目のつかない道を歩み続ける。人目に触れることなく任務を遂行するのが私たち暗殺者のセオリー。しかし、一人だけ見られてしまった。まさかあんなにマナの少ない人間がいたとは。しかし問題は無い、彼には私をどうする事も出来ない。と考え事をしていたからだろうか、またもや人に出くわしてしまった。やれやれ、注意力散漫になっている。これでは仕事に支障が出てしまう、気を引き締めないといけない。


 「ん?綺麗な姉ちゃんじゃねぇか。俺たちと一緒に飲まねぇか!ガッハハハハ!」


 日の射さない裏道で木箱をテーブル代わりにし複数人で囲って昼間っから酒を煽る木偶の坊たち。無粋で不潔で醜い者たち。私たち暗殺者が万が一、人目に触れてしまった場合の対処法は?一つしかない。実験体になってもらおう。


 「残念ね。あなたたち、もっと節度ある生活を送っていれば長生きできたのに。」木偶の坊の近くへと歩んでいく。


 「あ?なんのことだぁ?」何も理解していない木偶の坊たちは警戒する事無く酒を呷っている。


 金属の擦れる音がした。すると男たちの首から赤い線がスーっと横に流れる。首が胴体から離れ床に転がり落ちる。血を流すことなく胴体も鈍い音をたてて倒れる。


 「ンフ。どうやら術は正常に作動しているようね。」満足そうに怪しげな笑みする。

 「次は本番ね…。」


 今魔術を使うの好ましくないが死体をこのまま転がしておくのは愚策。隠すのもいいけれど見つかるリスクを考えるとやはり魔術で飛ばした方がいいだろう。限界までマナを絞った移送魔術で死体を何処か遠くの海へと送り捨てた。この程度のマナなら気付かれる事は無いでしょうし、死体は魚が綺麗に食べてくれるでしょう。任務を終わらせる為、城へと向う。


 乾いた靴の音だけがその場に響いていた。


******************


 食堂の掃除が一通り終わった頃、バスケットを持ったマリーンさんが顔を出す。


 「カナメくん、クルシュ君にお弁当届けてくれるかしら。久々に食べたいって注文が入ったの。」

 「本当は私が行きたいのだけれど、ちょっと手が離せないの。お願いできる?」


 客の出入りが静まる頃合だが、事務作業でいっぱいいっぱいのマリーンさん。もちろん快く承る。


 「わっかりやした。お!うまそうな匂い!」


 マリーンさんからバスケットを受け取るとバスケットからパンやベーコンやらの良い匂いがしている。途中で食べてやろうか…そんな事をしたらマリーンさんに怒られるか。


 「兄ちゃん!城の方へ行くのか?」


 ドタドタと近寄りピョンピョンと跳ね回るファリオ。働き詰めだというのに元気なことで。


 「そういう事になるな。」


 そう言うと目を輝かせるファリオ。


 「ウチも連れてってくれよ!エルと遊べるかも!」


 ファリオは時間があればよく城の方へ行くのだ。友達がいるとか聞いた事がある、名前は確か”エルマナ”だったかな。


 「またかよ。昨日も行ったろ?それに宿の方はどうするんだよ。」


 客の出入りが落ち着いているとは言え急な事が起こるかもしれない、その事を考えると連れて行くわけには行かない。うるうると瞳を煌かせるファリオは俺の服を乱暴に引っ張り駄々を捏ねる、マリーンさんはクスッと笑い快く許諾してくれた。


 「大丈夫よ。いってらっしゃいファリオ。」


 パァっと電球が灯された様に明るくなるファリオ。


 「ありがとマリーン!!ほら、行くぞ兄ちゃん!!」


 ご機嫌なファリオは俺の裾を万力の様に鷲掴み馬の様な力で引きずる。マリーンさんに手を振って「いってきまぁす。」と言って強制的に外に出される。


 「さぁてと、城は向うだな。」


 宿から出て城のある方角を確認し、城に向って歩み始める。マリーンさんのお店サナティオ・ホスピティウムから城へと向おうとすると一本道のようで意外と入り組んでいる市街地の道に迷わされる、だがこの一ヶ月ただ店で働いて訳ではない。食材の仕入れとかで何度も歩いている、バシッと一発で城まで辿り通いてみせるぜ。


 「あっれぇ?」


 意気揚々と進んでいった結末は行き止まりだ。


 「方向音痴だな兄ちゃん…。」


 振り向くと呆れたファリオの顔が目に映る。居た堪れない気持ちになった俺は弁解を計る。


 「ち、違うよ?ちょっと間違えただけだよ?」


 やれやれと首を振るファリオ。トンッと平べったい胸を叩きエッヘンと無い胸を張った。


 「ウチが案内してやるよ!付いて来い!」


 ドンドン自身もって歩くファリオ。次々と街を突き進んでいく。頼もしいぜ親分、一生付いていきますぜ。


 「こっち通った方が早いんだ!」


 裏道へと入るファリオ。うーん、危ないんじゃないかな~。怖いオッサンとかいないかな~。もしいたら襟首掴んでストリップ・ラビットの如くダッシュだな。しかし人はおらず静かなものだった。だが人がいた痕跡は残っている。


 「なんだ?酒瓶と木箱だ。まったく、散らかしたら片付けろよなぁ。」


 文句を言いつつも片付け始める。大した量ではなかったのですぐに済むだろう。ファリオは何かを感じ取ったかのように周囲を見ている。


 「誰かここで魔術を使ったみたいだぞ?」


 何も無い空間を手で撫でる様にするファリオ。


 「なんでそんな事わかるんだよ。」


 俺は些細な疑問をぶつける。


 「ウチはマナを目で見る事が出来るんだ!加護?があるとかなんとか。」


 驚きだ。ファリオにそういう才能が有るとは、意外とファリオは未来有望なのかもしれない。しかし、なんでこんな所で魔術を使ったんだ?


 「マナの量も微かだから対した魔術じゃないと思う、誰か遊んで使ったんだろ!さっ行こうぜ!」


 そんな事でいいのか。まぁ考えたところで分かる筈もないか。ファリオはもう先に行ってしまった。置いてかないでくれ。この歳で迷子にはなりたくない。


 ただ、何故だろう不気味な感じがその場に漂っていたのは…。


**************


 ようやく城にたどり着いた。ファリオの近道作戦もあってか時間はそれほど掛からなかったが疲労感が半端ではなかった。ぜぃぜぃと息を切らす。前を行くファリオが振り返り俺に向け呆れ声を出す。


 「なんだ兄ちゃんだらしねぇなぁ。ほら着いたから入ろ!」


 「何も、あんな、茨の道を、通らなくても、いいだろ…が!」


 そう俺は苦言を言った。ここまではやったら細い道や激坂、一本橋、さながらアスレチックの如く道を歩んできたのだ。

 ファリオはやれやれと肩を竦めて言う。


 「兄ちゃんが道を間違えまくったせいだろ!ほら行くよ!」


 ファリオに腕を引っ張られ強引に城門前へと進んでいく。今夜は穴が開くほど地図を見よう。

 門番に許可を得て城内に入り、目に入った兵士に話しかける。


 「悪いけどクルシュの所へ連れて行って欲しいんだけど。」


 「私が…ですか。」


 白髪、背が高くがっちりした体格の老兵だろうか。愛想はよくないな。それに変に香水臭い、鉄錆の匂いを隠そうとしているかの様だ。鎧の整備くらいちゃんとすればいいのに。

 横から飛び出すようにファリオが老兵に向けて言う。


 「エルマナの所にも行きたいんだけど!」


 困り顎に手を当てる。なんだろう、いつもならすんなり案内してくれるのだが、この老兵は他の兵士と対応が違うぞ。


 「しばしお待ちを。」


 老兵は俺たちから一旦離れ他の兵士たちの方へ。その間、ファリオが俺に匂いの話をしてきた。


 「兄ちゃん、あのおっちゃんの匂い凄ぇな。コレ系なのかな。」


 開いた手の甲を頬に当てオカマのポーズを取る。止めなさいっとファリオにオカマポーズを止めさせる。もし老兵に見られて気まずい空気のまま案内されるなんて御免だからな。

 老兵は他の兵士に話しかけ、こっちに戻ってきた。


 「エルマナ様との面会は出来ないそうです。また次の機会にお越し下され。」


 チェっと拗ねるが何かに気付いたファリオ。


 「おっちゃんもしかして魔道師か?」


 俺も老兵も唐突な質問に驚いた。急にどうしたのかと俺はファリオに聞いてみると、老兵の持つマナがトラヴィタールの様だと言っていた。道中ファリオがマナが見えるっと言っていた事を思い出した。ファリオが言うには一般人の持つマナと魔道師の持つマナは異なる様だ。魔術が使える者は身体を流動するマナの動きが整頓されているらしい。トラヴィタールは特にマナの流動が綺麗だという。この老兵もそうだと言う。

 老兵は買い被りだと言い笑い飛ばした。確かにそんな繊細さを持っている様には見えない。もしファリオが言う様な人だったらマルスやクルシュと肩を並べていても可笑しくはないだろうからな。

 コホンっと老兵は話を区切りをつけ改まった態度で案内を始める。


 「クルシュ殿はミラーナ皇女の所へいらっしゃる様です。」

 「では、案内致します。」


 老兵が道案内をしようと赴こうとすると丁度ミラーナとクルシュ、マルスが会話をしながらこちらへやってくる。三人に手を振ると向うも気付いたようでこっちに向って歩みを速める。

 が、急に表情が一変するお三方。ピタッと止まりミラーナが鋭く俺たちの方へ強く指示を出す。


 「今すぐその老兵から離れろ!」


 その勢いに驚いて聞き返す間も無くゆっくりと老兵から後ずさっていく。背中からは老兵の様子は窺えないが全く動じておらず普通に突っ立っている。


 「おやおや、どうしました皇女殿下。何か私が無礼を働きましたかな。」


 肩を竦め手を上げてポーズを取る老兵。ミラーナたちの表情、緊張感は変わらず食い気味にミラーナは「黙れ。」と老兵を一喝する。


 「貴様…何者だ。正体を現せ。」


 ミラーナは刃のない剣を引き抜く。マルスとクルシュも続き刃のない大剣と細身の剣を引き抜く。周囲の兵士たちもその異変に気付いたのか手に持つ刺又の様な物を老兵に向ける。じりじりと兵士たちが間合いを取りつつ老兵を囲む。

 老兵は口を開く。


 「変装には自信があったのだけれど。これじゃ自信なくしちゃうわね。」


 バサッと大きな音をたててマントが舞い老兵の所に黒いドレスを着た美女が現れた。宙を舞いはためくマントを肩にかける美女。


 「初めまして皇女殿下。自己紹介はごめんなさい、私…殺し屋なものですから。」


 微笑を浮かべスカートを摘み上げ軽く会釈をする美女。美女の足元からはゴトゴトと鈍い音が連続して鳴り響く。美女の足元を見ると底には握りこぶしより少し小さめの黒い球状のものがごろごろと転がっていた。それが何か考える間も無く球は煙を凄い勢いで噴出した。


 「!煙幕かっ!!」


 ミラーナの声が聞こえる。動揺する兵士たちの声、それを落ち着かせようとするミラーナやマルスの声。短い悲鳴の様な声が複数聞こえ、金属がぶつかり合う音が数回聞こえた。

 煙幕が晴れていき視界が良好になると周囲にいた兵士たちは呻き声を上げて倒れ美女はミラーナと接近し金属の擦れ合う音を響かせていた。

 美女の手にはククリナイフ、ミラーナの剣と鍔迫り合いをしている。ミラーナの剣からは電撃が流れナイフへと伝っているが美女の腕には電撃が流れていない。美女が口を開く。


 「その剣、スタンエッジっと言ったかしら?触れると対象を気絶させる電流を流すとか…結界対策としては良い考えね。だけどこっちも対策はしてるのよ。」


 「絶縁…か。それも魔術による百%の絶縁処理だ。」


 そうミラーナは言った。おそらくあの美女の腕に嵌められた長手袋は絶縁処理がされているのだろう。だからナイフを伝って電流が流れない。

 マルスとクルシュがミラーナを助太刀する。二人の攻撃を軽やかに避ける美女。


 「ミラーナ皇女。彼女の武器…おかしくありませんか?」


 クルシュはそうミラーナに疑問を投げかける。ミラーナもそれには気付いていた様だ。ミラーナは美女に対して問い始める。


 「貴様、なぜ不戦条約の結界が効いておらんのだ。あの時の斬撃…防いでいなかったら私の首を刈り取っていただろう。」


 美女はその質問に小さく笑った後に答える。


 「そうね、教えてあげましょう。自分に結界を張ったのよ。」

 「勿論簡単にはいかなかったわ。自分に色々枷を設けて結界を相殺出来る結界を自分に張ったのよ。お陰で大半の魔術と魔装鎧(まそうがい)も使う事が出来なくなってしまったけれど。」


 美女はため息を漏らして髪を書き上げミラーナを見下ろすようにして続けて言った。


 「だけど、あなたを殺すには十分よ。」


 そう言い終えると同時に疾風の如き速さで美女がミラーナへと接近する。クルシュが逸早く反応しミラーナを守る様に前へと出て美女を迎撃しようとするが美女は容易くクルシュの剣を弾き横をすり抜ける。

 美女のナイフがミラーナのわき腹目掛けてナイフが水平に弧を描く。ミラーナは剣で防ぎ飛び退く、そこへマルスが美女に大剣を振り下ろす。地面を砕き破片を巻き上げる、しかしそこに美女の姿は無い。マルスは地面に映る影で頭上に飛び上がった美女に気付く。

 美女は小型のナイフを投げ牽制し、それをマルスは左腕で防ぐが防いだ腕にナイフが浅く突き刺さる。腕で隠れたであろう美女の姿を確認する間も無くマルスの左腕が美女のナイフによって斬り落とされる。腕は地面へと落ち、ガシャンッと重厚な音を立てる。それを見た美女が小さく驚き声を漏らす。


 「あら、義手だったの。残念。」


 マルスは大剣を振るい宙の美女を狙うが美女はナイフで大剣の剣筋をずらして躱しマルスを蹴って距離を離す。クルシュは着地の瞬間を狙うべくそのポイントまで駆けつける。美女はそうさせまいと手投げナイフを放つがクルシュは容易く弾いて防ぐ。着地の瞬間、クルシュは途轍もない速さでしかし洗練された剣筋で連続して斬撃を放つ。

 無数の金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く、美女は両手にナイフを持ちクルシュの攻撃を防いでいるのだ。

 俺の目の前で凄まじい戦いが繰り広げられている。負けるな、負けるなっと心の中で祈りながら拳を握り締めて見守っている。


 …ただ見ているだけか?それでいいのか?


 そんな疑問が俺の胸中に潜む。俺なんかが戦いに混じってもミラーナたちの邪魔になるだけだっと否定して俺は見守り続けている。俺には戦いのいろはや先の読み合いなんて知らないし出来ないんだから。ただ邪魔をして呆気なく命を落とすのが目に見えている。

 だけどこのやりきれない気持ちは何なんだ。時折脳裏に浮かぶ赤紫の戦士の姿は一体何なんだ?わからない…わからないけど今は見守るしかないんだ。


 「うおぉぉぉぉぉ!!」


 雄叫びを上げて美女を囲み一斉にサスマタで襲い掛かる兵士たち。だが美女は紙一重で跳躍し攻撃を避ける。ぶつかり合うサスマタは強烈な電撃を放ち兵士たちの目を潰す。電撃を放ち続けるサスマタの上に着地する美女、美女の靴が絡み合うサスマタを固定し引き剥がせない様にしている。どうやら絶縁処理されているのは長手袋だけじゃなく靴も…おそらくドレスもマントもそうなのだろう。美女はサスマタの太刀打をナイフで切断し体勢の崩れた兵士たちをナイフで切り刻む。


 「!!」


 声にならないミラーナ。兵士たちは死んだかのように思えたが全員呻き声を上げている所から致命傷ではあるがまだ彼らは生きている。それを知ってかミラーナが一安心している様に見えた。しかし安心した反動からか怒りを見せるミラーナ、冷静さを欠いている様に見える。


 「貴様ぁっ!!」


 怒りに満ちているミラーナが美女へと突っ込んでいく。最初の時とは違い考えなんてない愚直な特攻。マルスもクルシュもミラーナの行動に焦りを見せフォローをしようと後に続くが美女は好機と見るや否やミラーナの前に小さな宝石を放り投げる。それを見たマルスとクルシュは強引にミラーナの前へと出て防御態勢を取る。宝石が光を放ち砕け散ると一瞬魔法陣が現れそして強烈な風が巻き起こる。

 それはまるでカマイタチ。旋風は刃となりマルスとクルシュの身体に多数の深く大きな切傷を与える。大量の血を流し倒れる二人。それを見たミラーナは衝撃を受け固まって動かない。

 さらに美女はミラーナの前に宝石を投げ、今度は爆発を発生させる。爆発の煙からミラーナが投げ出されるように吹き飛ばされる。乱暴に転がされ地に伏すミラーナ、肩が息しているのを見るとまだ生きている事が確認出来る。

 美女はミラーナの方へコツコツっとハイヒールを鳴らし近付いていく。


 「魔術結晶。結界を張る前に作っといたのよ。さっこれで終わりね皇女殿下。」




 まだ見ているだけなのか?こんな状況になっても…まだ見守っているのか?マルスもクルシュも兵士の皆も傷ついて、更に今ミラーナが殺されるのを指を銜えて黙って見てろっていうのか?


 胸の傷が疼く、戦え…戦えと。力…力があれば…戦う力が…。皆を守れる強い力が…!


 その時、俺の頭の中に懐かしい少女の声と共に赤紫の戦士の映像が明確に映る。すると不思議なくらい闘志が湧き立ち全身に力が漲るのを感じる。


 「ぐぷっ!」


 美女の苦しむ声が聞こえた。気付くと俺は美女に接近しその美しい顔を拳で殴っていた。そのまま振り切り美女を殴り飛ばす。壁に激突する美女、壁はクレーターの様に壊れガラガラと煉瓦が砕け落ちる。美女は前倒れになるのを踏み留まり血反吐を吐く。


 「あなた…それは一体何なのかしら…?」


 美女は何かを指して疑問を口にした。

 何かを目にしたミラーナは喜びの顔を俺に向けるが、見る見る内にその顔は化け物を見るかの様な目に変わっていった。


 突如、俺の身体に異変が起こる。胸が酷く熱い、体を流れる血が煮えたぎる様だ。おぞましい感情が俺を支配する。闘え、殺せ、蹂躙しろっと。

 意識が遠退いていく。闘う欲求が心を蝕んでいく、高まり続ける闘争心が思考を停止させる。


 そして、糸が切れるように意識は途絶えた。


********************


 「ヴオオオォォォォォォォ!!!」


 獣の咆哮が城内に響く、音圧がガラス窓を破壊する。黒いドレスを身に纏う美しい殺し屋の変わらぬ笑みは無くなり眉間にしわを寄せて獣を睨みつける、その形相は獣が如何に危険な存在かを表している。

 それを良く知る人物たちの見る目は恐怖と不安に染まり、獣を畏怖している。彼女らの知る人物はここには無く、一匹の獣がそこに佇んでいた。

 紅紫色の身体は胸の中心から水面の波紋が広がる様に黒く染まっていく。口には見慣れぬ鋭い牙、龍の様な恐ろしい眼光、禍々しく尖った爪、どれもがミラーナたちの知る姿とは違っていた。彼女らの知る英雄の姿は見る影も無い。


 獣は殺し屋に向って飛びかかる。迎撃しようと渾身の力でナイフを投げる、しかし獣は空中で一回転し身に纏う漆黒の装甲で弾き飛ばす。回転の力を加えて獣のけりが殺し屋を襲う。蹴りを避ける殺し屋、しかし壁に放たれた蹴りの衝撃と瓦礫が殺し屋を襲う。回復魔術が籠められた魔術結晶を取り出し殺し屋は負傷を癒す。殺し屋を睨み壁に張り付く獣は床に着地し姿勢を低くして前傾姿勢を取る。唸り声やその戦闘態勢はまるで獣そのものだった。

 殺し屋は気になる事があった。獣への変身や凶暴性も気になるところではあるが、それよりも気になる事があった。


 (攻撃が読めない。身体に流れるマナの動きを感じて攻撃を予測出来るから多数を相手に出来ていたけど。あの子にはまったくマナを感じられない…生物としてはありえないわ。どういう事なのかしら。)


 獣の突進が始まる。殺し屋は目で追う事が出来ず、場数による勘によって大きく振り下ろされた右腕の爪をナイフで防ぐ事が出来た。しかし獣の攻撃は止まらない。左右の爪によるワンツー、鋭利な装甲の付いた左膝による飛び膝蹴り、宙に浮いたままで右回し蹴り、防がれた反発を利用した右後ろ回し蹴り。防ぎきっていた殺し屋も最後の一撃でガードが崩され大きく距離を離される。獣は容赦なくその隙を襲い殺し屋の腕を切り落とす。


 「っ!!」


 プロの殺し屋であるからか悲鳴を一切上げない。しかしその表情は鬼の様に怒り狂っていた。魔術結晶を取り出し切断された腕を拾い上げる。腕はすぐに接合されぎこちなく動く、流石に切断直後では神経が完全に繋がりきっていないのだ。

 殺し屋は感情を露にし吼える様に怒りを獣にぶつける。


 「舐めてんじゃないわよ、この犬畜生がぁぁぁっ!!!」


 多数の魔術結晶を取り出す殺し屋。突撃を開始する獣、そのタイミングに合わせて殺し屋は結晶を投げる。獣が振り払おうと結晶に触れた瞬間砕け散り魔術が発動する。強烈な閃光が獣の目を眩ませる、殺し屋は獣の足元に結晶を投げると発動した魔術が獣の脚を床と一体化させる様に石化させ動きを封じる。さらに獣にぶつける様に結晶を投げ魔術が発動し獣を炎の綱でその身を焼きつつも拘束する


 「これで最後よ。」


 最後に投げた魔術結晶は一際大きく高位の魔術が込められている事を予見させる。獣に当たり砕け散る結晶、それは空間を喰らうワームホール。獣はそのワームホールへと吸い込まれていった。


 「最後の切り札として取って良かったわ。さてっとお待たせしたわね皇女殿下。」


 瀕死の状態で身動きの取れないミラーナの下へナイフを持って歩み始める殺し屋。しかしそこへ小さな少女が立ちはだかる。


 「ミラーナ皇女はウチが守るっ!」


 ファリオが殺し屋の行く手を塞いだのだ。勇気が籠もった目とは裏腹に小さな身体は小刻みに振るえていた。ファリオの前に立つ殺し屋、殺そうと思えばすぐにでも殺せる。しかしいつまで経っても殺し屋はファリオに何かをする素振りを見せない。

 不思議に思うファリオ。子供でありながら殺される覚悟を持って前へ出たが葛藤する表情を見せる殺し屋に対してどうしていいかわからない。


 そこへ突如、ガラスを割るような音が聞こえ始めた。その音は徐々に大きくなっていき一際大きな音を立てて何も無い空間から拳が突き出される。次元の割れ目から眼光がの覗かせる。そこは獣が消えた場所、空間ごと喰われる事なく、無傷で戻ってきたのだ。


 「ヴオオオオオォォォォォォォォッ!!」


 憤怒する獣。両腕の装甲を解放し特大級のエネルギーを籠める、雷の様に溢れ出るエネルギーは周囲の物を破壊していく。その様子を見て殺し屋は焦り始める。


 「本気かしら?後ろには皇女様もこの子もいるのよ!」


 だが獣には意に介さず行動を続ける。限界まで高まった両腕のエネルギーを振りかぶり拳同士をぶつけ合わせる。殺し屋はありったけのマナと防御魔術が籠められた魔術結晶を全て出し多重に防御魔術を張る。

 獣の両腕から超強力なエネルギー砲が放たれる。魔術結晶による防御魔術は破壊エネルギーや衝撃をゼロになるまで減退させるが一瞬で破壊されていく。結晶による防御魔術を使いきりマナによる防御魔術で防ぐ。なんとか防ぎきっているが未だに攻撃は止まない、防いでいる殺し屋の腕が魔術による反動で焼け焦げてきている。

 もう駄目か…そう殺し屋が思ったとき。


 「かなめ…。」

 (かなめ…。)


 獣の目にミラーナと懐かしい少女の姿が重なって映る。殺し屋の背後から覗かせるミラーナの姿が獣の動きを停止させる。戦いへの欲求とそれを阻む意思が葛藤を生み獣を苦しめている。


 「カナメ君、今引き戻してあげるよん。」


 トラヴィタールの声。離れた場所にトラヴィタールとロンティヌスが姿を現す。

 苦悩しながらもトラヴィタールを睨みつける獣、トラヴィタールは動じず指招きをして獣を挑発する。獣がトラヴィタールへと飛び掛り獣の爪が襲う。トラヴィタールは片腕で円を描く様に攻撃をいなし、もう片方で掌底を獣の腹部に放つ。吹き飛ぶ獣、地を転がるが受身を取り即座に体勢を立て直し顔を上げる。そこには大きく足を上げたトラヴィタールの姿が、上げた足を振り下ろし踵落としを獣の頭部に致命打を与える。地に打ち付けられる獣、トラヴィタールは間髪容れず獣を蹴り上げ打ち上がった獣の背に手刀を振り下ろし再び地に打ち付け獣を足で踏み付け動きを封じる。トラヴィタールは魔術を構成し獣の胸に叩き込む。


 「単なる道具に支配されちゃ駄目だよんカナメ君っ!」


 トラヴィタールの魔術が獣の姿をあるべき紅紫色の英雄の姿に戻していく。暴れて抵抗していた獣も抵抗を止め静かになり変身を解く。人間の姿へと戻るとそこには傷だらけになって気絶するカナメの姿があった。それを確認して安心するトラヴィタール、ロンティヌスにカナメの治療を要請する。ロンティヌスは黙って頷きカナメの下へと歩いていき回復魔術を施す。トラヴィタールは満身創痍の殺し屋の下へと歩いていく。


 「久しぶりだねん、カラリオ。」


 トラヴィタールはそう殺し屋に語りかけた。辛うじて意識のあるクルシュとマルスはその名を聞いて驚く、"カラリオ"八大魔道師の一人、トラヴィタールの弟子の一人であるカラリオ。カラリオはトラヴィタールを恨めしそうに睨んでいる。


 「久しぶりですわね糞仮面野郎。焼かれた顔は今もご健在かしら。」


 満身創痍でありながら悪態をつくカラリオ。トラヴィタールは微笑し軽くあしらう。トラヴィタールは身体を屈めカラリオの顔に近づける。カラリオは力を振り絞りトラヴィタールにナイフを向けるが腕を掴まれ振り解く事が出来ない。


 「子供好きは変わらないねん、カラリオ。今回はファリオを守り結果的にミラーナ皇女を守った事で見逃してあげるよん。君の事だ脱出用の魔術結晶持ってるよねん?」

 「だけど…また今度、性懲りも無くミラーナ皇女の命を狙いに来た時、もしそこに僕がいたとしたら。」


 トラヴィタールは腕を掴んだままもう片方の手でカラリオのナイフを掴み、バナナの皮の様にナイフを裂いていく。次は容赦はしない、トラヴィタールの意思表示であった。カラリオの歪な形になったナイフを取り上げ投げ捨てる。舌打ちをした後魔術結晶を使い姿を消すカラリオ、背後にいた怯えるファリオの姿がトラヴィタールの目に映る。


 「よく頑張ったねん。」


 トラヴィタールはファリオの頭を優しく撫でた、安心したのだろうファリオの顔に笑みが戻る。トラヴィタールはミラーナの下へと向い回復魔術を施す、ロンティヌス程ではないが無いよりはマシなのである。

 トラヴィタールはミラーナに語りかける。


 「大丈夫ですかミラーナ皇女。」


 「遅いぞトラヴィタール。この姿を見て大丈夫だと思うか。」


 笑みを浮かべて冗談を言うミラーナ。それだけの余裕があれば大丈夫ですねとトラヴィタールは冗談を返す。実際は紙一重の状況だ。死人が一人も現れなかった事が奇跡的である。カナメがもっと暴れまわっていたら、カラリオの防御魔術が弾く性質のものだったらっと考えるだけでトラヴィタールはゾッとした。

 ミラーナは気絶しているカナメの方を見てトラヴィタールに語りかける。


 「カナメは…カナメは無事なのか?」


 「大丈夫ですよん。ロンティヌスに任せておけば問題ないですよん。」


 治療班が大急ぎでこの場にやって来た。クルシュやマルス、負傷した兵士たちを魔術で治療していく。ミラーナはその惨状を見て自責の念に駆られる。


 「私のせいだ…私が不甲斐ないせいで。皆が傷ついたぐらいで冷静さを欠いた私の…。」


 冷徹であろうとするミラーナにトラヴィタールは助言を伝える。その優しさはミラーナの武器の一つであるとそれを捨てず、しかし使い時を考える様にと諭した。

 トラヴィタールはミラーナに伝えなければならない事があると言いそれを伝える。


 「バルバラに穿たれたカナメ君の胸部にグレート・ワン"アルティメット・キング"の破片がある事がわかったよん。」


 ミラーナは回復してきた意識が一瞬遠退く感じを味わう。カナメの胸部には痛々しい傷が未だに残っていた。

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