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第二話   『変身!レベルMAXのヒーロー』  /焼き直し済み

 けたたましい警鐘が未だ鳴り続けている。街の人々は喧々囂々と不安を膨れ上がらせている。隣で眼を瞑り両手を組み合わせて神に祈るマリーンさん、マリーンさんのスカートの裾を握り締めファリオが不安な面持ちで震えている。


 「大丈夫さ!ミラーナやクルシュにマルスだっているんだ!それに八大魔道師のトラヴィタール様だって!!今回も絶対大丈夫だって!!」


 強気な発言をしているがその小さな身体は震えていた。


 「マリーンさん、戦争は終わったんじゃなかったのか!」


 多少の怒気を込めてマリーンさんに問いただした。戦いの無い世界にやって来た…そう俺は思っていたし思っていたかった。


 「人同士の戦争は終わりました。でも争いは今でも起き続けているのよ。戦争を求めている者たちがあの手この手を使って。」


 「大丈夫なのか、この街は。」


 真剣な眼差しをマリーンさんに向けて問う。マリーンさんからは答えは聞こえてこない。ファリオが俺の脚を叩き思いを訴えた。


 「大丈夫だって言っただろ!皆がいるんだから、だから…大丈夫だよ…!」


 震える身体を必死に抑えて堂々とした面構えを装うファリオ。そんなファリオを見て俺は笑みがこぼれる。


 「強いな、ファリオは。」


 山形になっているお陰でここからでも外壁の外の様子は窺える。今は見ていよう、俺の力を使わずに済むのならその方がいい。今の俺は大衆の一人なんだ。


**************************


 グランズヘイム外壁の前。多くの兵士が規則正しく列になって並んでいた。数は約七千人。中には純白の鎧を着た精鋭らしき兵士たちが千人。先頭にはミラーナ、その後ろにマルス、クルシュ、マントを羽織った仮面の男、おそらく彼がトラヴィタールだろう。


 「性懲りも無く攻めてきおって。こちらの気持ちを考慮せぬか。」


 ミラーナは剣を杖に突く様にし仁王立ち。剣に意識を向けポツリと口にする。


 「またこの様なものを使う事になるとはな…。」


 気を取り直し、ミラーナはトラヴィタールの方へ顔を向けて言った。


 「トラヴィー、エルマナの方は大丈夫なのか?」


 「大丈夫だよん。強力な結界を施したからねーん。」

 おどけた様子で答える。


 後ろから兵士が駆け寄り知らせを伝える。


 「皇女殿下。魔獣の数、二万との事。」


 周囲の兵士たちが息を飲みざわざわと不安を持ち始める。その騒がしさをミラーナは剣を突き鳴らし静寂を生む。


 「案ずるな!恐れる事はないっ!!我々は死なんっ!私が死なせはしないっ!此度も圧倒して見せようっ!!」


 「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」


 兵士の雄たけびが響き渡る。落ちかけた士気は高まっている。互いが互いを奮起し合い、モチベーションを高める。普通であれば信用し難き言葉。しかし彼女が戦場に出陣した時から今まで、戦での死者はゼロ。それが彼女の言葉に現実味を与えている。


 「良き仕事をしましたな。皇女殿下。」


 巨漢の騎士マルスが歯を見せて笑う。


 「茶化すなマルス。お前たちには重荷を背負ってもらう事になる。気を抜くなよ。」


 真剣な顔を崩さずミラーナは言葉を返す。


 「ご期待に添えましょうぞ。」


 マルスは襟を正し正面に身構える。


 マルスの発奮に並んでクルシュたちも気を引き締める。トラヴィタールは何かを感じマントを片腕で棚引かせ身構える。

 地平線を多い尽くす黒いラインが見え始めた。


 「来たか。」


 無数の魔物の群れ。狼、サイ、ゴリラ、虎、熊、蜥蜴の様な魔物たち。その後方に四つん這いの巨体を持つ毛むくじゃらの魔獣の背に座る眼帯を付けた露出度の高い女性の姿が。その女性は余裕な面持ちで魔獣たちを付き従えている。


 「御機嫌ようミラーナ皇女殿下。前回は完膚なきまでに敗北してしまいましたが、あれはまだ本気で無くってよ!今回は地道な素材集めと死ぬかと思ったほどの魔力を消費した末、馬鹿みたいな回数の召喚魔術で圧倒的な物量さを用意したわ。今度こそ八大魔道師である私の絶対的な力を見せ付けてあげるわ!覚悟するがいいグランズヘイム!!そしてトラヴィタァァァァァァル!!!!」


 パシッ!っと手に持った鞭を両手で左右に引っ張り音を鳴らす。


 「八大魔道師メルティーナ=オブスホルン直々のお出ましとはな。」


 対するミラーナは目を瞑り深呼吸をし、カッ!と目を開き剣を掲げ全軍に聞かせるように合図を轟かせる。


 「全前衛部隊突撃ッ!!!!!!」


 兵たちの雄たけびが轟きグランズヘイム軍とメルティーナの魔獣の群れが一斉に突撃していく。


 「マルス、クルシュ、トラヴィー!多くの魔獣を後ろへと通すな、兵士たちの負担を出来る限り軽減させるのだ!」


 そう言いつつミラーナは五十体ほどの魔獣を斬り伏せる。その剣筋は美しく、流水の様な滑らかさで魔獣を斬り刻む。


 「難しい事をおっしゃりますね。ですが、やり遂げて見せましょう!」


 クルシュの魔術と剣が織り成す曲芸の様な戦い。低級ではあるが多種多様の魔術を操りつつ決してぶれない剣筋は多くの魔獣を討ち取る。


 「難しい事でもなかろうクルシュ。数が多いだけの雑兵に我らが敗北するなどありはせん。」


 マルスの怪力が齎す破壊力は一振りで二十体ほどの魔獣を斬り払う。振るう剣は身の丈ほど大きさを持つ幅広の大剣。それをマルスは片手で軽々と振るい回す。


 「だそうですよんメルティーナ。尻尾を巻いて泣いて帰るなら今のうちだよん?」


 トラヴィタールが遠くのメルティーナに向けて指差し強力な魔術を放つ。地に穿たれ扇状に広がっていく雷は百体以上の魔獣を焼き尽くす。


 次々と魔獣たちが倒されていく光景を見たメルティーナは頭を抱え悶え奇声を上げ始める。


 「あああぁぁぁぁぁ!!私の努力の結晶がっ!!けど、まだまだ私の魔獣たちは尽きないわよ!いつまでそのポテンシャルを維持できるかしらねっ!」


 自分の左手の爪を齧りながらメルティーナは言った。


 「くっ!さっきよりも魔獣の押し寄せる勢いが増してきている!」


 次々と魔獣を斬り倒すミラーナだが、徐々に魔獣を処理しきれなくなってきている。


 「むぅ、数が多いだけっというのも厄介だったな。難しい事になってきましたぞ。」


 苦笑して弱音を吐くマルス。その言葉にクルシュも苦笑い。


 「弱音吐かないで下さいよマルス団長!」


 クルシュの顔からも余裕が薄らいできている。魔獣を討ち取り続けて入るが後方の兵士たちへと魔獣が多く流れ始めている。

 トラヴィタールだけが依然として多くの魔獣を討ち取っている。


 「流石は私の元師匠、だぁけどあれこれ結界を使って本領は発揮できないようねぇ!特別に用意した魔獣たち、対処しきれるかしら?」


 トラヴィタールの方へ一つの角を生やした魔獣たちが襲い掛かる。トラヴィタールは魔術を放つが一角獣の角が魔術を吸収し無力化されてしまった。


 「マジックイーターですかなん。また厄介な魔獣を。」


 トラヴィタールは地表から石の槍を形成し一角獣を貫く。魔術で形成された石の槍だが槍自体は魔術ではなく、形成と射出に魔術が使われているだけなので一角獣は槍を防げない。だが形成にかかる時間がある為処理速度が落ちてしまう。


 「くっ、少々不味い事になってきたか。」


 唇を噛み、悔しそうにはき捨てるミラーナ。短剣を引き抜き二振りの剣で魔獣を倒す速度を引き上げる。体力の消耗も増加する為、得策とは言えない行為だが、これ以上の後方への負担は死者を生みかねない。


*****************


 徐々にグランズヘイム軍が押され始めている。質で言えばグランズヘイム軍が優位ではあるが単純な物量さが質を上回っている。その光景を帝都内で眺める市民たちには動揺が見え始める、不安な声が少しずつ膨れ上がっている。マリーンさんもファリオもそれは同じだ。


 「皆負けるなー!グランズヘイムの底力見せてやれー!!」


 ファリオは威勢の良い掛け声を上げるが見るからに虚勢を張っている様にしか見えない。マリーンさんの顔からも帝都に迫る危機が増している事を示している。


 「流石に…キツイか…。」


 そう呟くとファリオが俺に向けて怒りをぶつけるように言う。


 「そんな訳ないだろ兄ちゃんっ!こっから巻き返すんだよ!」


 息巻いて言うファリオの身体は小さく震えている。そんな痛々しいファリオと心配と悲しみを含んだ視線で戦場を見るマリーンさんを見て俺は広げた自分の掌を見る。掌には昨日の出来事が走馬灯の様に映し出された。


 ミラーナたちとの出会い、牢屋に入れられたこと、裁判の様な事をした時の事、クルシュに宿を紹介してもらった時の事、ファリオと過ごした記憶、マリーンさんと過ごした記憶、楽しかった宿での仕事、マリーンさんとファリオとの暖かい食事、夜にマリーンさんと話した時の事。

 前の世界の事を思い出す、雪菜が命を落とした時の事だ。怪人に襲われ、か細い息の雪菜は俺の腕の中で変わらない優しい笑顔で俺に言った。


 「皆を…守って…(かなめ)、悲しんでる人たちや…苦しんでる人たちを…その力で救ってあげて…。正義の味方…。」

 「…私のヒーロー…。」


 俺は決心する。眺めている広げた掌を握り締め、再び拳を握る。


 「俺、行ってくるよ。マリーンさん、ファリオ。」


 俺はファリオの頭をわしゃわしゃと撫でた。振り向くマリーンさんは言葉の意味を理解できないといった顔をしている。見上げるファリオもまた同じ顔をしている。


 俺は胸の中で小さな炎を膨れ上がらせる。身体に流れる血潮が熱を帯始め滾らせている、再びあの感覚を覚醒させる。


 「闘志を…燃やせ…。」


 そう呟き俺は目一杯の力で踏み込み跳躍する。踏み込まれた地面は砕け小石が舞い跳躍の勢いによって突風が巻き起こる。その跳躍を見た者たちから驚きの声が漏れる。鳥の様に高く、弾丸の様に飛ぶ(かなめ)は戦場へと向っていった。


 飛んでいった(かなめ)を眺めるファリオ。大きな口を開けて驚きの声を上げる。


 「凄ぇな兄ちゃんっ!!もしかして魔術師だったのかな!」


 マリーンのほうへ顔を向けるファリオ。しかし(かなめ)が飛んでいった方向を見るマリーンさんは最初こそ驚いた顔をしていたが今はどこか悲しそうな顔をしている。


 「カナメさん…、あなたは…。」


 マリーンは働いていた(かなめ)のファリオと一緒に見せた笑顔を思い出し、拳を握り決意する瞬間の(かなめ)の横顔を思い出す。その横顔は決意と勇気と少しの悲しみを覗かせていた。


********************


 前線にて何とか魔獣の群れを倒し続けているミラーナたち。しかし疲れの色を隠せないほどまでに疲労してきている。押し寄せる魔獣の群れは依然として増え続けている。


 「ほらほらぁ、私の魔獣ちゃんたちはまだ後ろでつっかえているわよぉー。」


 頬杖をついて余裕の笑みでミラーナたちを眺めるメルティーナ。


(今回ばかりは私の勝ちね。あの策もそろそろ使い時かしらね。)と勝ちを確信し始めるメルティーナ。


 「くっ、もっとペースを上げられないか!」


 ミラーナがマルスたちへ向けて伝えるが。


 「私共も手一杯ですぞっ!」


 大剣を振るい魔獣を倒していくマルス。最前線のミラーナたちは順調と言える魔獣の数を倒しているがそれでも間に合いきれていない。魔獣と戦う兵士たちにも焦りが生まれ始める。圧倒していた兵士たちは軽傷ではあるが傷を負い始める。

 それを見届けたメルティーナは複数の綺麗な石を取り出す。


 「それじゃ、ここでダメ押しの一手。」


 メルティーナは石をミラーナたちより後方へと放り投げる。その石を見たトラヴィタールはそれが何か理解する。


 「これは魔術結晶…!不味い…だよん!!」


 トラヴィタールは炎の魔術を放ち幾つかの魔術結晶を破壊する。


 「流石はお師匠様。けど手遅れよ。魔術結晶解凍、移送方陣はぁーつどーぅ!!」


 メルティーナの言葉に反応して残った魔術結晶が砕け大きな魔法陣が展開される。

 魔法陣からは無数の魔獣が姿を現す。


 「これで決まりね。」


 メルティーナが勝利宣言を口にする。


 「しまっ…!。」


 その状況に対応したいミラーナであったが、目の前の魔獣たちを対処に追われ向かいに行く事が出来ない。


 恐れおののく兵士たち。魔獣たちは一斉に兵士たちへと襲いかかる。


 「チェェェェェック・メェェェェェイト!!」


 メルティーナの嬉々とした声が響いたその時。


 何かが魔獣たちに向って落下し、地表を穿つ轟音が鳴り響く、衝撃が大地を巻き上げ大量の砂埃を一帯に充満させる。

 砂埃の中からは凄まじい鈍い音と共に魔獣たちの悲鳴が聞こえる。


 「何が…起こった…?!」


 戦いながらもミラーナは目を見開き異常が起きている場所に注意を向ける。


 「何が起きてんのよ!」


 メルティーナの何かが落下した地点を目を細めて注意深く凝視する。すると突如大型の魔獣がメルティーナ目掛けて飛ばされてきた。


 「ひぃっ!」


 驚いたメルティーナは悲鳴を上げて防御の魔術で飛ばされ迫り来る魔獣を弾いて防ぐ。


 砂埃が晴れてくるとその光景が露になった。何かが落下した一帯の魔獣たちは息絶えて地に伏せていた。そしてその中心には一人の少年の姿があった。


 「お前は…!」


 ミラーナはその少年の姿を見て信じられないといった顔を見せる。


 「カナメ…さん!」


 クルシュは見知った者から放たれる凄まじき闘気に戸惑う。


 「あの時のおかしな少年か…トラヴィタール殿は初めてだったな。」


 トラヴィタールへと目線を向けるマルス。


 「彼は…。」


 トラヴィタールはその男を見て信じられないという様な様子を伺わせる。トラヴィタールはその少年の異質さを感じ取っていた。トラヴィタールだけではない、魔獣の上で眺めているメルティーナも同様に。


 「ありえない……。ありえない、ありえない!何者なのよアンタはぁぁぁああ!!」


 メルティーナは少年に向けて異質さを理解できない恐れと理解できない怒りを籠めて怒鳴るように言った。


 少年は答える。


 「俺か?俺はな…。」


 少年はメルティーナへ顔を向ける。


 「遠野(とおの) (かなめ)…またの名を。」


 (かなめ)は構えを取り闘気を膨れ上がらせる。闘気は現象として表れる。地が割れ、割れた大地が浮き上がる。流出された覇気は周囲の者、魔獣たちの心臓を握りつぶされそうになる感覚を与える。

 変身の型を始めると凄まじい闘気はさらに膨れ上がり強烈な風を巻き起こす。瞬間、闘気が一気に解放される。




 「       変…身ッ!!!     」



 その一声で爆発が起きる。途轍もない闘気にミラーナたちはたじろぎ強烈な風で衣服をなびかせる。強烈な光で(かなめ)が見えなくなるが徐々に光と猛風は収まり。その姿が見えてくる。


 「その姿は…。」


 ミラーナたちが目にした(かなめ)のその姿は真紅の布切れをたなびかせ、赤紫の甲殻を身に纏い、黒い皮膚は硬さと柔らかさを持ち合わせた鱗のようであった。身体には翡翠色の鉱石が埋め込まれており輝きを放っていた。


 「これが…グリットマンだ!!!」


 (かなめ)は声を大にして名乗った。

 ミラーナたちの世界でも似た性質の魔術はある。しかしカナメのそれは余りにも生物的で機械的。魔術の燃料であるマナを全く感じさせない。ミラーナたちの世界とはまったく違う、異質なものであった。

 そう、トラヴィタールとメルティーナが感じていた異質さは(かなめ)からまったくマナを感じ取れないという事だ。


 その姿を見たメルティーナは爪を齧りながら険しい顔をして考えを巡らせる。


 「あれは魔装鎧(まそうがい)…?いやマナが感じられない、だったら一体何だって言うのよ。そもそもアイツからまったくマナを感じないっていうのはどういう事よ。マナは生命活動に不可欠なエネルギーの筈…。」


 ブツブツと呟くメルティーナ。

 ミラーナたちが(かなめ)を怪物を見るかの様な目を向ける中、トラヴィタールはひょうきんな態度を見せず黙して(かなめ)を見守るかのように見つめていた。




 「闘志…燃やすぜっ!」


 気合十分、肩を解すかのように右腕をグルグルと回す。


 「まずは肩慣らしと行くか。」


 右腕に埋められた翡翠色の鉱石パワーストーンを甲殻を展開させ露出させる。パワーストーンから強烈な輝きが放たれる。輝きは右腕へと収束し手甲の様に纏わり付く。そして右腕を大きく振りかぶり地面へと叩き付けた。


 「シャァァァイニング・インッッッッッパクトォォォォォォォォォ!!!」


 気合の叫びと共に放たれた衝撃は真横に二手となって広がり残った魔獣の群れの真下を伝う。地を伝う衝撃は噴火の様に天高く湧き上がり魔獣たちを消し飛ばす。

 魔獣たちは残骸すら残らなかった。ふと後ろを振り返り周囲を見渡すと唖然としてこちらを見る兵士たち。少しばかりやり過ぎたか?兵士たちの俺を見るその目からは恐怖が籠もっていた。


 「全軍!!!ここから巻き返すぞぉぉぉぉぉ!!!」


 背中から覇気の籠もった少女の声が聞こえた。振り返るとミラーナが剣を掲げ勇猛な姿を見せていた。それに呼応してか、兵士たちの目は変わり雄叫びを上げ今までの疲れを吹き飛ばし眼前の魔獣を打ち倒していく。

 ミラーナに視線を向けるとミラーナは怪物となった俺を見据えて強く頷く。


 「凄ぇな…やっぱ、俺も負けてらんねぇな!」


 手首を掴みグローブを深く嵌める様な動作をする。


 戦っているミラーナたちよりも前の戦線へと進む。すんなりとは行かせてはくれず魔獣たちが行く手を阻む。

 飛び掛る狼型の魔獣を裏拳でなぎ払い頭部を吹き飛ばす。突進してくる牛型の魔獣に対しては正拳を放ち衝撃が魔獣の身体を駆け巡り魔獣は四散する。

 ゴリラ型の魔獣が五体ほど襲い掛かってくる、魔獣から放たれる拳を受け流し頚椎への飛び後ろ回し蹴りで首を完全に破壊。飛びついてきた魔獣に対し広げた両腕の懐へ入り踏み込んだ力を急停止させ肘へと伝える、鳩尾への肘打ちは飛びついた魔獣の勢いも相まって威力が増し魔獣を絶命させる。二体同時に襲いかかる魔獣に対して中段蹴りで一体、倒れこむ魔獣を踏み台にし飛び踵落としでもう一体を倒す。最後に残った怯んだ魔獣を瓦を割るかのように手刀で真っ二つにした。


 次々と魔獣を打ち倒していく(かなめ)の姿にミラーナは目を奪われる。対してメルティーナは恐怖する、圧倒的なその力に。


 「どうして、ありえない!!今のこの世界でどうやってそこまでの力をっ!!いや、そもそもその力は一体なんなのよっ!!!」


 メルティーナは一斉に魔獣を(かなめ)に襲わせる。

 (かなめ)は身を守るかのように水平に腕を重ね合わせ甲殻を展開させる。雷の様に腕を走る光のエネルギー、重ねた両腕を徐々に離していくと糸を引くように雷が両腕を行き来する。それを引き千切り大きく両腕を広げ気合の叫びを轟かせる。


 「ライジング・パワァァァァァァァ!!!」


 両腕を振り上げ、力の限り振り下ろす。高エネルギーが半球状に広がって行き周囲の魔獣を蒸発させる。


 「凄まじいな、あの少年!この短時間で、そして一人で半数以上は倒している!」


 マルスは(かなめ)の怒涛の戦い振りに尊敬の念を向ける。

 道が開けた、後はアイツを倒せば終わりだ。俺は魔獣たちの長であろう人物へ一直線に駆け抜ける。


 「おおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 「ヒィィ!最後の切り札ぁぁ!」


 メルティーナは怯えながらも拳ほどの魔術結晶を投げる。地に落ち魔術結晶は砕け巨大な魔法陣が解放される。


 「うおぉっと!!」


 (かなめ)は巨大な魔法陣から大きな何かが出てくるのを察知し足を止める。魔法陣から現れたのは大きな二本の角、赤い鱗、鋭い眼に鋭利な牙、大きな翼を持つその生物はドラゴン。


 「うおっ!凄ぇ、初めて見たぜ、ドラゴン。」


 憧れの空想生物との対面に感動してまじまじとドラゴンを見る。


 「私が特に力を入れて召喚した魔獣、ア・ドライグ・ゴッホ!!さぁ恐れおののくといいわ!」


 息を荒げて叫ぶメルティーナ。しかし(かなめ)は恐れるどころかドラゴンと戦える事に心を躍らせていた。


 「ドラゴンと戦えるなんて御伽噺みたいじゃないか!さぁて、どの程度か…。」


 余裕に構えている(かなめ)


 「ア・ドライグ・ゴッホはただデカいだけの魔獣じゃなくってよ。やってしまいなさい!!」


 メルティーナはドラゴンに命令を下すとドラゴンは口から火炎を吐いた。(かなめ)はドラゴンの火炎に包まれる。周囲の大地は黒く焼け焦げ草や木は一瞬で灰となる。


 「カナメェェェ!!」


 (かなめ)の耳に聞きなれた少女の声が聞こえてくる。背中越しにミラーナの心配する顔を目にする(かなめ)


 「心配すんなよ、この程度じゃ俺は倒れない。」


 (かなめ)はそう言うと気合を入れるように踏ん張り全身の甲殻を展開させる。


 「おおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 (かなめ)を包む炎が急速に縮小する。(かなめ)の身体にあるパワーストーンが炎を吸収している。光をエネルギーとする(かなめ)、というよりグリットマンは光の源である炎を吸収してエネルギーに変換しているのだ。

 唖然としてその光景を見ているミラーナ


 「炎を…。」


 ミラーナだけでなくクルシュたちも魔術の高い知識を持つトラヴィタールでさえ唖然としている。


 「吸収した?!」


 声を裏返らせて驚きの声を上げるメルティーナ。ドラゴンでさえ(かなめ)に対して恐怖を持ち後ずさる。


 (かなめ)はドラゴンの頭上より高く飛び上がり右足へとエネルギーを集中させる。(かなめ)は考える。今から放つ必殺技の名前は何にしたらいいか。(かなめ)が技名を叫ぶのは無意味な事ではない。叫ぶことで発動の引き金となりより高い力を発揮できるからだ。

 (かなめ)の中で必殺技の名前が決まる。


 「バアアァァァァァニング・メテオォッ!!」


 (かなめ)は蹴りを放つ、右足から炎が噴射され推進剤の役割を果たす。(かなめ)はドラゴン目掛けて急降下しドラゴンの頭部へと命中する。(かなめ)の蹴りは頭部を裂きドラゴンを真っ二つにしていく。蹴りの持つ熱量によって切り裂かれた部分は灰となっていく。

 地表へと到達した(かなめ)の蹴りは前方へと余剰エネルギーを放ちメルティーナと魔獣たちを襲う。メルティーナだけは魔術によって身を守ったが頼れる魔獣はもういない。


 「ヒ、ヒィィ!」


 腰を抜かし地に尻をつくメルティーナ。ゆっくりと歩み寄る(かなめ)を鬼の様だと感じている。

 (防いでなかったら死んでた…!なんで、なんでよ!!結界は今も効いてる筈なのにどうしてよ!!)


 (かなめ)は走り出しメルティーナに向って拳を放つ。


 「止めろっ!!」 (止めてっ!!)


 聞きなれた声による制止によって(かなめ)の拳はメルティーナの眼前で止まる。

 (かなめ)の脳裏に雪菜の笑顔が浮かび上がる。


 (人が人を手にかけると天国に行けないんだよ!どうせなら一緒に天国に行きたいね、(かなめ)。)


 「…っは。そうだな、雪菜。」


 誰にも聞こえないくらいの小さな声で微笑を浮かべて呟く(かなめ)


 「行け。もう、こんな事すんなよ。」


 メルティーナに向けて言う(かなめ)。メルティーナはそそくさと立ち上がりそれなりの距離を空けた後に言った。


 「今日のところはこの位にしてあげるわ!!!次ぎ来た時は覚悟しておくといいわね!!」


 そう言い残し、即座に移送魔術で姿を消した。

 また来んのかいっ!とため息をつき、変身を解除しホッと一息つく。すると背中から波に叩かれた様な感触が伝わる。(かなめ)は振り返りその正体を確認する。


 「「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」


 グランズヘイムの兵士たちの歓声が(かなめ)の背中を叩かれたのだった。笑みを浮かべて喜ぶミラーナたちや兵士たち、感激した俺は皆の下へ駆け寄った!皆が俺を囲いそして持ち上げ胴上げを始めた!わっしょい、わっしょい!と歓声を上げ勝利を祝ったのだ!


 「ありがとう!ありがとう!遠野(とおの) (かなめ)をよろしくお願いします!」


 そう言って俺は皆と喜びを分かち合ったのだった。


*******************


 荒縄で雁字搦めにされ更に椅子に固定されている俺。再び裁判所の様な場所に拘束された…窓から指す夕日が眩しいな。

 周囲には厳しい顔をした人たちで埋め尽くされていた。


 「なんだこの落差は。なんなんだ!どんな日だっ!」


 カナメは先ほどまでの歓声から静けさ極まる罪人を裁くムードへの転換に驚きと焦りを隠せない。これは彼が懸念していた事態の一つだったが、あの歓喜の嵐ですっかりその事は頭から抜け去っていた。

 裁判官の席にはマルス、クルシュ、トラヴィタールそしてミラーナが座っていた。ミラーナが口を開く。


 「トーノ=カナメ。貴君の行いには賞賛に値し、尽きぬ感謝を送る。」

 「重傷者五十六名、軽傷者四千三百七十七名、死傷者は零名。あの戦況の下で無傷の者が千を越えるこの戦績を齎したのは貴君の武勇あってのものだという事は重々承知。だが、我が国の者ではない貴君が許可無く戦へと加入した事には大いに問題がある。最悪、貴君を死罪に処さなければならない。」


 えぇ…酷い仕打ちだな…。っと言いたいところだけど。

 戦争にもルールがあるという事だろうな。兵士でもない俺が戦争に加入したのがどうやら規則に反するらしい。だけどそのルールを知っていたとしても黙って見過ごす事はなかっただろうな。

 ミラーナは続けて述べる。


 「しかし、貴君と相対する程の武力は我が国には無い。」


 それもそうだろう。言ってしまえば俺は"LVがMAXの育ち切ってしまったキャラクター"悪いが今日戦った百倍の魔獣が迫ってきたとしても一日以内で全滅させられる。くらいの自信はある。


 「しかし、このままにしておけば他国にこの情報が流れ問題になるのはそう遠くない。故にどうだろう、トーノ=カナメ。」


 ミラーナは一拍置き、真剣な眼差しで(かなめ)に向けて述べた。


 「我々と共に道を歩んではくれないか。」


 (かなめ)はその言葉を聞いて考える様子を見せる。もし頷けば他の国と戦い続ける事になるだろう。それは人同士での戦いになる事を容易に想像させる。怪人や魔物の相手であれば覚悟できる。だが人同士となれば。


 「少し…時間をくれないか。」


 (かなめ)が"考えさせてくれ"と言わず"時間をくれないか"と言った事には条件を飲むという態度が窺える、しかし覚悟が足りていないという事も窺える。

 それを感じ取れないほど鈍感ではないミラーナは頷き言った。


 「わかった。しかし、時間の猶予は多くないと思っていてくれ。あれだけの戦果だ、五つの国に情報は知れ渡っているだろうからな。明朝、返事を聞かせてくれ。」


 (かなめ)が頷くとミラーナは兵士に目配せ、兵士が(かなめ)の拘束を解く。クルシュが(かなめ)の下まで歩き寄る。


 「監視としてクルシュを付ける。くれぐれも穏便に頼むぞ、トーノ=カナメ。」


 ミラーナの忠告に軽く手を振り答える(かなめ)。裁判所の様な場所から退出し、城門を抜け外に出る。牢屋から出された囚人の様な気持ちで日の沈んだ夕方の冷たい空気を吸う。


 「厄介な事になっちまったなぁ。」


 そう愚痴る(かなめ)の隣で微笑するクルシュはそれ以上の反応はせず変わらない態度で接していた。


 「帰りましょうか。マリーンさんたちの所へ。」


 クルシュと共に宿屋へと帰る。扉を開けると心配そうにしていたマリーンさんとファリオが駆け寄ってきて無事を祝っていた。


 「見てたぜ、兄ちゃん!!大活躍だったな!!凄っいカッコ良かったぜ兄ちゃん!!」


 俺の服を掴んでピョンピョンと跳ねながら大喜びしているファリオ。


 「おう。ありがとなファリオ。」


 ファリオの喜びに満面の笑みで答える。マリーンさんへと目線を向けるとマリーンさんは悲しそうな笑みを見せる。


 「もう…大丈夫ですよカナメさん。」


 そう言ってマリーンさんは俺の手を取る。


 「あ…。」


 マリーンさんの取った俺の手を見ると万力のような力で握られた拳がそこにはあった。マリーンさんは拳の上に手を載せ優しく解きほぐす。


 それを見ていたクルシュは複雑そうな顔を見せる。(かなめ)の背負っているものの一片を垣間見た気がしたからだ。


 「さ、夕飯にしましょ。今日はお客さんも出払っちゃいましたし、豪勢にしてみたんですよ。」


 気を取り直したマリーンが優しい笑みで(かなめ)とクルシュを迎え入れる。


 「ウチも手伝ったんだよ!ちゃんと食べろよ兄ちゃん!」


 ファリオも(かなめ)の手を引っ張り案内する。


 食堂へと案内され、机に広がる料理の数々を目にする。凄い量だなおい。それにしても上手そうだ。腹も減ってるし遠慮なく頂こう。

 クルシュ、マリーン、ファリオとの楽しい食事。また誰かと一緒にする暖かい食事。乾ききり荒んだ(かなめ)の心を癒していく時間。

 (かなめ)の中で一つの決心が生まれる。


 (この暖かい時間を、俺は…。)


 その時間の終わりを告げる騒々しい鐘の音が鳴り響く。


 「クルシュ、この音は。」


 (かなめ)はクルシュの方へ視線を向ける。


 「えぇ。」


 短く返事をするクルシュ。

 不安そうな顔をするマリーンたちを安心させるように。クルシュとカナメは「大丈夫。」と彼女らに優しく声をかけた。


 外壁の外へとやって来たカナメとクルシュ。そこには数百の兵士たちとミラーナとマルス、トラヴィタールの姿が。


 「クルシュ、来たか!トーノ=カナメ…貴君も来たのか…。まぁよい!」


 ミラーナの下に兵士が近寄り情報を伝える。


 「敵襲を確認。索敵班の情報によると敵は一。先遣部隊は全滅。ですが死傷者は出ておりません。」


 「一人だと…。」


 ミラーナは耳を疑った。たった一人で一国と戦おうとする者が現れた事に。そして既に部隊がたった一人の敵に全滅させられている状況に。

 しかし、敵の名前を聞いたミラーナは納得せざるを得なかった。


 「敵は…八大魔道師、バルバラ=ガルゲナート」


 「バルバラ=ガルゲナート…。」


 トラヴィタールが懐かしげにその名前を口にした。


 「何者なんだ?そのバルハラ=コルゲート?って奴は。」


 (かなめ)はうろ覚えの名前を口にするとミラーナが訂正を入れる。


 「バルバラ=ガルゲナートだ。ヴァルハラッハの究極の戦士にして最強の八大魔道師。」


 「最強ねぇ…。」


 ミラーナの言葉を聞いた(かなめ)は相手を舐めきっていた。また今回も圧勝できるだろうと。しかしその甘い考えもすぐに吹き飛ばされる。


 遠くに見える月を背にした一粒の黒い影。しかしこの距離からでもその者が放つ異常な闘気を感じる。闘気は陽炎となって月を躍らせる。


 「あれがバルバラガルゲナート…ね。」


 (かなめ)も感じる、今日戦ったどの魔獣よりもメルティーナとかいう者よりも遥か上を行く尋常ではない強さを。


 あの筋骨隆々の魔道師らしからぬ肉体を持つ男。

 奴こそが八大魔道師、究極であり最強の男。バルバラ=ガルゲナート。


 その姿を見た兵士たちの指揮は堕ちきっていた。絶望する者や覇気に当てられて気絶する者まで現れる。ミラーナやマルス、クルシュでさえ覇気に当てられ冷や汗をかき畏怖を感じているようだ。まともに立っているのは八大魔道師であるトラヴィタールと俺だけだった。


 「確かに最強と言って過言じゃなさそうだな。」


 そう言うとトラヴィタールが軽い口調で聞いてきた。


 「君だったら…彼に勝てるかなーん?」


 親しそうにバルバラを彼と呼ぶトラヴィタール。


 「知り合いなのか?」


 そう聞くと「昔の友だよ。唯一無二のねん。」そう答えたトラヴィタールの仮面越しの目はバルバラを懐かしそうに見ていた。


 「でっ?どうなのかなん?」


 改めて聞きなおすトラヴィタールに俺は答える。


 「さぁ、どうだかな。」


 鬼神のようなあの男に果たして勝てるのだろうか…(かなめ)にすらそれは分からない。

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