第十三話 『戦の鐘は鳴る。』
「あなた方の長は勇猛心をお持ちのようで、羨ましい限りです。」
ディセンバーは遠くでカイゼルと戦うミラーナの姿を見て感銘を受け涙を流していた。対峙するカナメとマルス、クルシュはディセンバーに手を出せないでいる。ディセンバーに攻撃を与えれば相応以上のダメージがこちらに跳ね返る。無闇な攻撃が自分の首を絞めてしまう状況だ。
「俺は魔術に詳しくない…クルシュ、アイツに対抗する術はなんかないか?」
カナメは魔術の心得を持つクルシュに対抗手段を聞く。しかし、クルシュはそれ以前に気になる事があるらしい。
「その前にカナメさん。彼らは何故魔装鎧を使えているのでしょうか。バルバラや自分の空間を創造したジャレイズは例外ですが、カラリオでさえ魔装鎧が使えず自身の多くの能力を制限してようやく不戦条約の結界に対抗したというのに、カイゼルの戦い振りを見る限り能力が衰えている様に見えない。」
クルシュの疑問を聞きカナメも疑問を抱く、確かに八大魔道師だからといって結界の制約を簡単に打ち破る事は出来ない。カラリオも認めている事だ、ならば何故彼らは魔装鎧が使えている?クルシュは一つの可能性を口にする。
「ディセンバー=トールドレッド、あなたは我々を攻撃しないと言ったが…出来ないのでは。」
背だけしか見えないディセンバーだが、その背からでもディセンバーに焦りの色が見えてくる。無言が続くディセンバーはゆっくりとこちらを振り向き落ち着いた物腰で答える。
「いえ?出来ますよ、事実あなた方の傷が物語っているではありませんか。」
クルシュはそれを聞いて鼻で笑う。
「これの魔術は言わば現象の転移。現象を起こした者に起こした現象を転移させる、団長の傷はディセンバーの打ち身のダメージと陶器が砕け散った現象が団長に転移したという事。違いますか?」
ディセンバーの空気が変化する、苛立ちや怒りが渦巻いている。ディセンバーの化けの皮が剥がれてきたのか、柔らかい物腰は完全に消えうせている。
「結局、あなたは魔装鎧を身に纏っているだけで我々に攻撃したくともする事が出来ないのです。…カイゼルも同様に…。」
ディセンバーから一気に苛立ちや怒りの空気が失せる。襟を正し一息の咳払い、そしてクルシュに向けて拍手をする。
「お見事、ですが分かった所であなた方は私を超えて行く事は出来ませんし、種明かしを彼女に伝える事も出来ません。残念ですね。」
「そうでもねぇさ」
ディセンバーの言葉にカナメが答える。右腕は以前と動かない、左拳をディセンバーに突きつけカナメは自信満々に言い放った。
「魔術ってのは万能じゃあないんだろ?やりようはあるって事だ。」
カナメはディセンバーに向って必殺の拳を放つ、ディセンバーは掌を向けてカナメの攻撃を止める。ライドアイバーの時と同じ様に衝撃波は生じている、カナメ自身も強い力とぶつかり合う手応えを感じている。
「やっぱりな…お前、一撃必殺だったらダメージを転移出来ないんだろ。衝撃を衝撃に転移させて相殺しているって所か?」
カナメの言葉にディセンバーは何か答えを得た様子を見せる。
「やはり貴方、私を殺そうとしていましたね?初手の時にそう感じたのですが…結界内でその様な行為が出来るはずが無いと思い頭から除外していましたが、魔装鎧もご使用なられている様ですし…どういう仕掛けですかねぇ?」
「俺は特別なんだよ。」
カナメがディセンバーの疑問に答える。カナメ自身どうして出来るのか分かってはいないが、特別という事にしておいている。
カナメは一撃必殺の攻撃を放ち続ける、ディセンバーは攻撃を相殺する様に衝撃を転移させ防ぎ続けている。カナメはクルシュに向けて指示を出す。
「クルシュ!今の内にミラーナに教えに行ってくれ!こいつは俺が止める!」
「はいっ!」
クルシュがミラーナの方へ向い、ミラーナに告げる。
「ミラーナ皇女!カイゼルの攻撃はあなたに届きません!」
それを聞き届けたミラーナは防ぐのをやめる、するとカイゼルの拳はミラーナの鼻先で停止する。結界は正常に作動している。
「本当のようだな。さて、貴様らが何を狙ってこの様な策を実行したかは知らんが、これで終わりだな。」
「フフフ、それはどうでしょうか?」
ディセンバーが不気味に笑う、一体どういう意味だろうか。その時、ミラーナの方へ空から小さな少女が戦場に舞い降りてきた。その者の顔はミラーナたちが良く知る者の顔。エルマナであった。ミラーナは状況が把握できてはいないがエルマナをそのままにしておく事もできず、思わず近寄りエルマナを城の方へと戻るよう促そうとする。その時。
「!?何をするエルマナ!!」
エルマナの魔術がミラーナを襲う、明らかに殺意を持った攻撃だ。エルマナがどうして?どうやって?様々な疑問がミラーナたちを悩ませる。ディセンバーは三人を煽るような高笑いをして言い始めた。
「先日には随分と大変な事があったようですねぇ!易々と潜入できるとは思っていませんでしたが、運よく混乱状態に陥っていたので容易にエルマナに接触する事が出来ましたよ!いやぁ愉快愉快。」
あの時、エルマナが部屋の外へ出ていたのはコイツの所為だったのか。
「私は洗脳術や催眠術が得意でございまして、我が国に連れ戻した後エルマナに術を掛けさせて貰ったのですよ。カイゼル国王と共に行った不戦結界対策と魔術の習得、そして皇女ミラーナの殺害を洗脳術にて強制させました。一応、皇女の殺害を完遂出来なければ自分が死んでしまうと催眠を掛けておきました。その後にちゃんとお返した事はご存知の通り。」
カナメたちの拳が怒りに震える。カナメはディセンバーに殴りかかる。
「貴様ぁぁぁぁっ!!!」
「おっと。」
防がれる攻撃、ディセンバーの笑いがカナメの怒りを掻き立てる。ディセンバーはカイゼルに声をかける。
「国王、こちらへ。ミラーナ皇女は妹様にお任せしましょう。」
素直にカイゼルはディセンバーの元へとやって来る。もしかしてこいつ。カナメは思い浮かんだ一つの可能性をディセンバーに向けて言った。
「お前、自分の国王にも催眠術を。」
「おやおや、わかってしまいますぅ?」
嫌な事に的中、こいつは自分の国の王すら自分の人形に変えてしまっている。ディセンバー=トールドレッド…吐き気を催す程の邪悪。おそらく国王だけでなく国民までもが。
「既に思い浮かべていらっしゃるとは思いますが、我が国民も私の駒にさせて頂いております。なんと嘆かわしい事か!クククッ!」
笑っている、嘲笑っている。俺たちだけじゃない、自分の国民も国王も殺し合いすらも全てを嘲笑い楽しんでいる。殺しはしない…そう心に決めていたが、コイツだけは生かしてはいけない。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
カナメはディセンバーに正拳を放つ。ディセンバーの弱点は依然変わっていない。愚策だが下手な鉄砲も数うち当たる、一撃必殺の攻撃を当たるまで打ち続ける。
「やらせるかよ。タコが。」
カイゼルの大きな腕がカナメの攻撃を防ぐ。厚い装甲はカナメの正拳を受けてもビクともしない。
「状況は変わってるんだぜ?俺様がただ見てるだけのデクに見えたかよマヌケが!!!」
力任せな左回し蹴り。技術なんてあったものじゃないが速度と破壊力が乱暴な蹴りを技に昇華している。カナメは脛の装甲を使い防ぎきる。ダメージは少なかったものの衝撃がまだカナメの足に残っている。
「来いよガキ。まだクソッタレな結界の中だ、死にゃあしねぇよ。」
人差し指を向け数回折り曲げ、掛かって来いとアピールしてくる。上等だクソッタレアホ王様が、とっととノックダウンさせて天日干しにしてやるよ。。
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「やめろエルマナッ!目を覚ますのだ!!!」
エルマナの魔術による攻撃を躱し続けるミラーナ。エルマナの魔術の威力は大地を大きく破壊する程の威力を持っている、奴らの魔術によって無理矢理に魔術を扱える様にしているにしては相当な威力だ。しかし、元々魔術の才覚のない者が無理矢理魔術を扱えば身体に重い負担が掛かる、本来扱えない者が扱おうとすれば至極当然な事。エルマナには既に相当な負担が掛かっている筈だ、早くエルマナを止めなければならないがどうやって止めればいいか。
「うううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
エルマナの悲鳴とも聞こえる悲痛な唸り声がミラーナの耳に届く、だがミラーナにはどうする事もできない。その不甲斐なさに憤りを覚える、どうすればいい?エルマナを助けるには…。その時頭上から聞き慣れた声が聞こえた。
「エルマナァァァァァァ!」
「ファリオッ?!」
ミラーナの頭上にはトラヴィタールがファリオとカインを連れてやって来たのが見えた。何故ここに来たのか、少々の混乱を起こすミラーナ。トラヴィタールがミラーナに語りかける。
「勝手な行動、申し訳ないですよん皇女殿下。エルマナが脱走したのをファリオから聞き知ったんだよん。こんな事になってるとはねん。どうするん?」
「…。」
トラヴィタールの問いかけに答えが出せないミラーナ。思わぬ人物が声を上げた。
「エルマナの事はウチに任せて。」
「ファリオ?」
ファリオがミラーナの前に立つ。「止せ、ファリオ!今のエルマナは操られていて普通では無い!」ミラーナの制止の声に反応して振り向き笑顔を見せるファリオ。
「良かった。じゃあ目を覚まさせてあげないとね!」
「これは遊びじゃないんだファリオ!下がれ!」
止めるミラーナはファリオの周囲の変化に気付く。小さな光がファリオの周りで輝いている、あれはマナ…ファリオも魔術が使えるのか?いやこれは魔術ではない…”加護”だ。
「加護の力!ウチに力を貸してっ!!」
マナは急速に速度を上げファリオの身体を包み込む。マナは集合し鎧の様にファリオを包んだ。これが加護の力。
「行くよ、エルマナ!ミラーナ、下がって!」
エルマナの攻撃を凌いでいたミラーナはファリオを信じ後退する。ファリオの速度はマナの加護により超高速の域に達していた、エルマナの目前まで飛び全力でエルマナを殴りつける。殴り飛ばされ地に打ち付けられたエルマナはどこか驚いたような顔をしていた。
「そういえば、今まで喧嘩した事がなかったねエルマナ。始めよう、初めての喧嘩を!!」
再びエルマナに向って飛び掛るファリオ。エルマナは迎撃する為魔術を放つ、ファリオを守る加護が魔術を防ぐ。目の前まで来たファリオは拳を振りかぶる、エルマナは魔術で高圧縮した大気を地面に叩きつけファリオを吹き飛ばす。加護がファリオを守り無傷、距離は大きく開くが体勢を立て直し空中で加護により足場を形成し再びエルマナの方へ。
「ファリオォォォォォォォォォ!!!」
「目ぇ覚ませ、馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!!」
二人の闘志が交差する。
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「面白く…ありませんねぇ」
指を擦り合わせ何度もパチンパチンと音を鳴らす、計画にイレギュラーが発生し苦悩の色が見え隠れしている。その姿を見て鼻で笑うカナメ。
「焦りが見えるぞ、イカレ神父。」
「うるっさいですねぇ、仕方ありませんカイゼル国王はあちらの支援に。」
ディセンバーが指示を出しカイゼルが動き出そうとすると行く手を塞ぐトラヴィタールとトバルカイン。その姿に戸惑いを見せるカナメとマルスたち。口火を切るクルシュ。
「トラヴィタールさんは兎も角、何故トバルカインさんが?」
「私戦ウ、一緒ニ。」
そういってトバルカインは大筒を掲げる。流石は身体能力が高いヨーツンベルドの民、重々しい大筒を軽々と扱う。だが不戦結界の中では無用の長物なのではないか?そうカナメはトバルカインに疑問を投げかけたところ。
「大丈夫、殺傷能力無イ。」
無用の長物には変わりないと思うが、ものは試しだ。
「白いのは俺が相手をする。赤いのは皆に任せる!」
カナメがそういうと皆同意しカイゼルを囲むトラヴィタールたち、ディセンバーと対峙するカナメ。ミラーナはもしもの時の為にファリオを見守る。
「さぁて、今度はお前らが足止めされる番だ。覚悟はいいか?」
カナメはディセンバーに向って言い放つ。ディセンバーは苛立ち舌打ちをする。だが。
(まぁいいでしょう。まだ面白い展開は残っていますし。)
ディセンバーは今だ、この状況を楽しんでいた。ゲームの様に。
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ぶつかり合う少女と少女。喧嘩と言うには苛烈すぎる喧嘩が繰り広がる、お互いの不満をぶつけ合って。
「エルマナの馬鹿ちんっ!簡単に洗脳されんなっ!!!」
エルマナを殴るファリオ、魔術で踏ん張り殴り返すファリオ。
「私は馬鹿じゃないっ!!難しい文字は読めないファリオの方が馬鹿っ!!!」
わざと加護で守らずエルマナの拳を受けるファリオ。再び殴りつけるファリオ。
「エルマナだって読めなかったじゃん!!」
殴り返すエルマナ。
「私は見えなかったのっ!!ファリオと一緒にしないでよ!!」
魔術を使いファリオを攻撃し距離を空ける。ファリオは加護の守りで防ぎ距離をつめる。
「ウチのドーナツ勝手に食べたっ!!」
ファリオの拳を魔術で防ぐエルマナ、その魔術で押し出し地に叩きつける。
「あれは私のドーナツでしょ!!いつも私より多く食べるくせに!私だってドーナツ好きなんだから!!」
背後に回るファリオ、それに気付くのに一歩遅れ対応が遅れるエルマナ。
「しまっ―――――!」
エルマナを抱きしめるファリオ。
「だったらそう言ってよ。笑顔で誤魔化さないで、胸の中に押し込めないで言ってよ。苦しい事があったらウチに言ってよ。」
エルマナの肩に熱いものを感じた。ファリオの涙だ。
「ウチら、友達でしょ?」
「…。」
ファリオの言葉に黙ったままのエルマナ。そしてエルマナは言った。
「私は、生きたい。だからっ!!!」
ファリオを突き飛ばすエルマナ。「エルマナっ!!」ファリオの呼びかけを無視してミラーナの方へ襲い掛かる。
「ミラーナっ!!!死んでくださいっ!!!!」
「!!」
ミラーナの腹部を突き刺すエルマナのナイフ。ナイフを引き抜き三歩下がるエルマナ、ミラーナは腹部を押さえてその場に倒れこむ。ミラーナは体が言うことを聞かない事に気が付く、痺れ薬が仕込まれていたのだろう手足の感覚が薄れている。
「エルマナ…。」
ミラーナはエルマナの顔を見上げる。この時、怒りや悲しみといった感情はミラーナに無かった、この状況でもエルマナの心配をしているのだ。
エルマナはミラーナを見下ろしナイフを振り上げる、カナメたちの声がファリオの耳に届くが内容までは把握出来ていない。ただミラーナを見下ろす事で色々な想いがエルマナの脳裏を駆け巡っていた。ファリオと出会った事、優しく接してもらった事、目が見えるようになった事。
エルマナはナイフを振り下ろす。
「エルマナ?」
ミラーナはエルマナに話しかける。エルマナが振り下ろしたナイフはミラーナの頭の数cm上で止まっていた。エルマナの頬に暖かいものが伝う。エルマナは涙を流しナイフをミラーナの頭から放し、手からも離したのだった。
「出来ないよ…私にはミラーナ様の命を奪うなんて…私には出来ないよぉ…。」
「エルマナ…。」
ホッとするカナメたち。だがその光景を望まぬ者たちがいた。
「やれやれ、面白みに欠けますがしかたありません。」
そういうとディセンバーが魔装鎧を解き徐に地に肩膝を着いた。カイゼルもまた魔装鎧を解き、ゆっくりとゆっくりとエルマナの方へと近づいていった。
「そうか、そうか。エルマナ…辛い思いをさせたな。」
エルマナを見るカイゼルの顔は優しい兄その者であった。だがエルマナを除いたカナメたちは嫌な予感が脳裏を掠めていた。だが体が動かない、理解不能な力が身体を動かそうとしない。
「八大魔道師と…言われる…所以ですよ。ふぅ…流石にこの人数の動きを止めるのは苦労しますがね。」
結界だ。動きを封じる結界が周囲に張られている、そのせいで体が動かないのだ。トラヴィタールが解除に取り掛かる。
何故ディセンバーは魔装鎧を解除して地に伏している?結界を張っただけか?何故カイゼルも魔装鎧を解除している?答えは簡単だ。カイゼルは不戦条約の結界を破っている。
「俺が間違っていた。」
「兄様っ!」
両手を広げエルマナを向かい入れるカイゼル。
「ッ!!兄…様…?」
エルマナの背中から剣が突き出る。
「最初からこうすれば良かったのだ。」
「ゆっくりと消えてゆけ、妹よ。」
そういうとトランプ程の石版を剣に宿す。ゆっくりとカイゼルは発する。
「グレート・ワン『ストロンゲスト・ルーク』」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴を上げ、倒れこむエルマナ。カイゼルはディセンバーの下へ行き並び立つ。ディセンバーは結界を解き立ち上がり膝の砂を払い落とす。
「これで世界を覆っていた不戦条約の結界の殻は綺麗に破られる。」
エルマナの方へと駆け寄るファリオ。
「エルマナァァァァァァァ!!」
「ファリオ…空は…青い。森は…緑で…海は…何色なんだろうね…。」
エルマナの体が砂と化していく。ファリオはエルマナの手を掴もうと手を伸ばす。
「見たかったな…海…今度…教えて…ね?」
「自分の目で確かめるんだな。知識とはそう斯くあるべきだ。」
大量の本を携えた中性的な男ロンティヌスがエルマナの側に立ち、優しく手を添える。
「結界を守る事は出来なかったが、君まで命を落とす事はあるまい。」
ロンティヌスはエルマナをあっという間に完全に治癒して見せた。
「エルマナ!」
ファリオがエルマナを抱きかかえる。しかしエルマナからは返事が無い。だがロンティヌスは。
「安心しろ、気絶しているだけだ。無理も無い、今しがた死して魂を失いかけたのだからな。」
死したものは蘇らない。ロンティヌスはそう言っていた、そう思うであろう事は容易に考え得たロンティヌスは先んじて答える。
「魂が完全に消滅しない限り再生は可能だ。肉体的な死は器の崩壊に過ぎず、魂が肉体からはなれ消滅しない限りは…。」
「ロン、わかったから。あ、ありがとな?」
流石のカナメも戸惑いを隠せない。何はともあれ結界こそなくなってしまったがエルマナの命が救えただけ良しとしよう。だが目の前にいるニンブルレイムの軍勢は今だ健在だ。
「あぁ、安心してください。今日のところはこれにて失礼しますよ。思い描いた結末ではなかったもののやるべき事は終えました。」
隣にいるカイゼルはディセンバーに問う。
「いいのか?また結界でも張られたら面倒だぞ?」
「心配ご無用です。その為に妹さんには無理にでも魔術を使って頂いたのですよ。あの身体では使者の契約をする為の負荷に耐えられませんから。そうでしょう?トラヴィタール=フォン=ゲデストニス殿?」
そうディセンバーがトラヴィタールに問いを投げかけるとトラヴィタールを答える。
「確かにねん。もう彼女は使者にも魔術師にもなる事は出来ないねん。マナの流れが乱れているのねん、これはロンティヌス様でも治せないのよん。」
トラヴィタールの答えを聞くと満面の笑みを見せるディセンバー。深々とお辞儀をし別れの挨拶をする。
「そういう事で。では皆様、またお会いしましょう。」
一瞬だった。あれだけのニンブルレイムの軍勢が一瞬で消えてしまい、閑古鳥が鳴きそうだ。これが結界の鎖から解き放たれた八大魔道師の力。あれ程の軍勢を一瞬で転移させてしまう脅威の力。カナメは不安の言葉を漏らす。
「あの魔術で軍勢が一気に城の目の前に現れるかと思うと恐ろしいな。」
「その心配はいらないよん。」
トラヴィタールはカナメの不安を払う様に断言した。
「領土には結界が張られているから転移して侵入する事は出来ないよん。帰還する時は例外だけどねん。」
カラリオも魔術で突然現れる事は無かったな、確かに帰る時は魔術で帰っていた。侵入を防ぐのに特化しているという事だろう。カナメはファリオが大切に抱きしめているエルマナの顔を窺い見る。小さな寝息を立てている、どうやら本当に大丈夫のようだな。ファリオの頭を撫でてカナメは言った。
「良く頑張ったな。」
ファリオに対してもエルマナに対しても。
ファリオから離れロンティヌスの治療を受けているミラーナの方へ歩み寄る。周りには治療を終えたマルスやクルシュが心配そうにミラーナを見守っていた。
「おぅミラーナ、天然のベッドの居心地はどうだい?」
「ふん、軽口が叩けるならそちらも大事無い様だな。」
この感じだとミラーナはすぐにでも元気になるだろう。さて、大きな問題が生まれちまったもんだな。口惜しそうにミラーナは吐き捨てる。
「結局、戦の鐘は鳴らされてしまった。私の二年間は無駄に終わってしまった。」
「何言ってんだミラーナ。まだ諦めるには早いってもんだ。」
カナメの言葉に一同カナメに視線を集中させる。ここにいる者は皆、戦争が始まり止める事は出来なかったと諦めていた。なのにこの男はどうだろう、もう止められない…塞き止めていた戦の流れは一気に広がる、どうしようもない事だ。だがカナメは諦めていない、ただ一人だけ諦めていない。まだ戦争を止めようとしている。戦争を始めたいが為に多くの敵がこの国に様々な手を使って攻めてきた、遂には始まってしまい不戦条約の結界ももう使えない。この状況でカナメだけは諦めていないのだ。
「手もある、足もある、剣もまだ折れちゃいない。お前らの心はどうだ?折れちまってるのか?」
「もう諦めて、黙って戦乱の世を見ているのか?」
ミラーナは唇を噛み締める、拳は強く握られ血が滴る。まだ抗いたい、諦めたくない。強くそう願っている。だがそうもいかないのだ。ミラーナは怒りを込めてカナメに言い放つ。
「五ヵ国が戦争を望んでいる。自国からも望む者が現れた。想いの問題ではない、物量差で敵わないと言っているんだ。私の我が侭に兵たちを民たちを巻き込めるかっ!!」
「だったら俺一人でもやってみせるさ。」
何を言っているのだろうかこの男は。出来るわけがない、たった一人で五ヵ国…いや六ヵ国の戦争を止められるわけが無い。なのにどうして堂々とそんな事が言えるのだ。
「出来る出来ないは後からわかるだろ。どの道痛い目を見ることになるなら、小さな可能性を俺は信じるさ。」
「俺の心は…まだ折れちゃいないんだからな!」
どうしてこの男はこんなに眩しいのか。無謀とは思えない勇気がどこから湧き上がるのか。どうして私の心は高鳴ってしまうのか。だが、私は兵士たちを自分の想いに巻き込むわけには。
「私も戦いますよ。確かに黙って見ているのは性に合いませんからね。」
クルシュは立ち上がる、決意を込めて。
「私もついて行こう。何、たかだか五ヵ国の戦争を止めるだけの事よな。」
マルスは剣を手に取る。剣と顔を合わせ覚悟を決める。
「私も行くよん。八大魔道師の一人として、一人の男としてただ見ているのは名折れだしねん。」
トラヴィタールはマントを派手に広げて強い意気込みを見せる。
トバルカインもファリオさえも強い意思を持った眼差しでカナメを見つめる。そして離れの兵士たちも次々とカナメの熱が伝染していく。
「俺も戦う!」 「私も!」 「俺も!」 「ワシも共に!」
次々と兵士たちからの声が上がる、全ての兵士たちがまだ戦う意志を、戦争を止める決意を、揺るがぬ勇姿をミラーナに見せる。
ミラーナは兵士たちを眺め呟く。
「お前たち…。」
「ミラーナ。お前の声を聞かせてくれ。」
手を差し伸べるカナメ。その輝かしいカナメの姿を、皆の姿を見てミラーナは決意を固め、カナメの手を取り決起する。
「手間を掛けさせたな。カナメ。」
「ありがとう、皆の者。」
ミラーナは剣を取り、決意を、想いを、願いを、天に掲げる。
「我らグランズヘイムは戦争を止めるべく、戦に身を投じる事をここに宣言するっ!!!!」
「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」」」」
ミラーナの轟声に兵士たちは大音声にて答える。
ミラーナはカナメと向かい合い決意を示す。
「トーノ=カナメ、我らと共に歩んでくれるな、この茨の道を。」
カナメは真剣な表情のまま笑みを浮かべ拳をミラーナの胸に軽く当て答える。
「当たり前だろ。これからも宜しくな、ミラーナ!皆!」
そして、新たな戦いが始まる。




