第十二話 『奇襲』
大きな空間、穏やかな大自然に包まれた部屋らしからぬ部屋。真上の中心には天窓が備え付けられ部屋を照らしていた。その部屋には天蓋の付きのベッドで眠る少女エルマナの姿が。寝苦しそうに魘され目が覚める。
目が覚めたエルマナは周囲の物音や匂いで自分が今どこにいるのかを思い出す。ここはグランズヘイム城の中、荒れた息を整えるため深呼吸をする。エルマナは一人呟く。
「やらなきゃ…やらなきゃ私は…。」
エルマナの胸中は”何か”に対する覚悟を決められずにいた。迷い迷って覚悟を決めようとしたその時、二人の足音が聞こえてくる、一つは自分と同じ位の少女、もう一人は若い男性の足音だ。エルマナは生まれつきの弱視であるため耳と鼻の感覚は人並みを外れて優れている。
エルマナは二つの足音に聞き覚えがあった。
「やっほー!エルマナ、遊びに来たよ!」
その声はファリオ。グランズヘイムに来て出来た唯一の友達。この部屋に匿われている私と遊んでくれる元気な子。ファリオの元気で来たばかりだった私の不安を消してくれた。私の大切な友達。
「よぅ、エルマナ。お邪魔するよー。」
その声はカナメさん。皇女様たちがいなくなった時に始めてあった男の人。独特の優しい雰囲気を持つからかすぐにカナメさんとは打ち解けたられた気がする。だけどカナメさんには奥まったところで何か色々な感情があるようにも感じる。気のせいかもしれないけど。
「いらっしゃい二人とも。来てくれて嬉しいよ。」
作り笑いか心からの笑いか自分でも分からない。”あの事”の事もあるから、どうしても作り笑いが入り混じってしまう。ファリオたちと出会って覚悟も揺らいでしまう。しかし決行しなければ私は。
「どうしたエルマナ?顔色が悪いな。」
カナメさんが私の顔を窺っている。いけない、今はあの事を忘れないと。もし勘繰られれば私は…。切り替えよう今は…ファリオといるこの時間だけは楽しもう。
「なんでもないです。さ、今日はなにで遊びましょう。」
エルマナは気持ちを切り替えてファリオたちに接した。カナメも気には留めなかった、軟禁状態のこの状況にエルマナもウンザリしてしまったのだろうと考えていたからだ。
ファリオは編んだ球状の物を取り出す。いわゆる鞠だ。鞠を取り出すと澄んだ鈴の音が聞こえてきた。
「カナメが作ってくれたんだ!これを地面に着けないように蹴って渡しあうんだって!」
エルマナは鈴の入った鞠を手に取る。大きさを確かめ、把握する。
「これをカナメさんが作ったんですか?」
エルマナは笑みを浮かべながらカナメに問いかける。カナメは答える。
「作ったのはマリーンさんだ。俺は『こんな感じのものを作れますか?』ってマリーンさんに聞いたんだ。」
「そうですか。よく出来ていますね。流石はマリーンさんです。鈴の音もありますから、これなら私でも遊べそうですね。」
鞠を持って無邪気で嬉しそうな笑みを見せるエルマナ。その顔を見たカナメは先ほどの暗い顔の事を忘れさせられる。鞠を頭上に放り、器用に足でリフティングさせる。初めてとは思えない軽やかなリフティングだ。鮮やかな技を見せるエルマナをカナメは褒める。
「うまい、うまい!よし、じゃあ早速みんなでやってみるか!」
カナメたちは三人で蹴鞠をして遊んだ。笑顔と楽しげな声が空間に響く。
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暗き城内、その場所は今が何時かもわからぬ常闇、異様な空気が場を包む。玉座に座る男、周りには異形な者たちとジャレイズ、エレオノーラの姿があった。
エレオノーラが男に少々の怒りを持って問いかける。
「我らが王。私には分かりません、なぜあのような者にあの力を…。あれは私に与えてくださる力ではなかったのですか?!」
男は微笑しながらも答える。
「許せよ、エレオノーラ。私とてカナメにあの力を与えたのは想定外の事象が起きたからに他ならん。しかし、カナメは私が求めていた男よ。如何にしてこの世界に入り込んだかは知らんが、グラズヘイムに身を置いているという事はお前も知ってるのではないか?彼の者の英雄譚を。」
エレオノーラはまるでカナメに嫉妬するかのように爪を噛み答える。
「えぇ。実際に眼にしてはおりませんが、あのバルバラをも討ち取るまでにはいかないまでも撃退させたと。しかしあの力を持っていれば当然の事。いえ、圧勝して叱るべしですわ。」
エレオノーラの答えに肩をすくめる男。
「手厳しいな。何れにせよ、もう過ぎたことよ。お前にはまた新たに製造したものを送ろう。異なる世界で未知なる技術を得た事だ。期待していろ。」
エレオノーラはそれを聞くと機嫌が直り、深々と頭を垂れる。
「ありがたき幸せ。王が何処に行かれていたのかは聞きません。戻られたこと、それだけで私は満足なのですから。」
それを聞いた男は苦笑する。
「やれやれ、現金な奴だな。」
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廊下をに歩くミラーナとロンティヌス。ミラーナにはどこか落ち着きがない。
「ロンティヌス。本当に出来るのだな?」
疑心暗鬼のミラーナの問いに本を読みながら歩いているロンティヌスが答える。
「当然だ、私はその道の専門家の様なものだからな。」
大きな門の前へとたどり着いたミラーナたち、兵士たちがミラーナたちを確認すると一礼して扉を開けた。重々しい音を響かせ扉は開く、その無効では蹴鞠をして遊んでいるカナメたちの姿が。
「カナメ!お前もここに来ていたのか。」
ミラーナの声に気付きその方向を見るカナメ、手を振り軽快なあいさつをしてきた。
「よぅ!お邪魔させてもらってるよ。」
前へ後ろへリフティングをするカナメ、物珍しそうにミラーナは鞠を見ている。
「なんだそれは?球の様だが。」
ミラーナの問いにファリオが答える。
「まり?って言うらしいよ!地面に付かない様に足でポンポン跳ねさせるんだ!」
カナメはファリオに蹴り渡す、ファリオも器用にリフティングさせミラーナにドヤ顔を見せる。
「こうやって蹴って渡して皆で遊ぶんだ!ミラーナもやってみてよ!」
そういってファリオはミラーナに蹴り渡す、ミラーナも見よう見まねで足を使い上へと跳ね上げようとするが足に当たった鞠はあらぬ方向へと飛んで行き場が静まり返る。
ミラーナが場の静けさに戸惑い上手く出来なかった事への不満を抱いた時、カナメが歩み寄り慈しみを込めた表情でミラーナを見つめ肩に手を置いた。
「ミラーナ、誰にだって得手不得手はある……ドンマイ!」
親指を立てて励ます(?)カナメ。ドンマイという言葉の意味を知らないミラーナであったがカナメの言葉の裏に嘲笑っている要素を感知する。現にカナメは時折、笑いを堪えきれなくなり失笑している始末。
「フンッ!!」
「オゴッ!!!」
ミラーナの無言のボディブローがカナメを襲う。ボディーブローはジワジワ効いてくると言うが全然ジワジワではない、即効性の鈍痛が内臓を蝕みカナメは地に伏せノックダウンする。
「こんな事出来なくとも生きて行けるのだ。」
ミラーナの負け惜しみに背後に立っているロンティヌスは鼻で笑っていた。
「な!ロンティヌスもやってみよ!」
そういってミラーナは鞠を拾いに行きロンティヌスに手渡した。ロンティヌスは鞠を十二分に観察した後何度か宙に放った後、リフティングを始めた。初めてにも関わらず華麗なトリックを決める。ロン…上手すぎでは?
「ほれ、ミラーナ返すぞ。」
「ぐぬぬっ。」
やめて上げて、これ以上ミラーナを惨めにしないで上げて!そう思った時、エルマナがフォローを入れる。
「大丈夫ですよミラーナ様。こんな事が出来なくともミラーナ様は多くの名声をお持ちではないですか。」
「ありがとうエルマナ。お前だけが私の味方だ。」
ミラーナはエルマナを抱きしめ愛娘を愛でるかのように撫でる。それを見ていたファリオもミラーナに抱きつく。
「私だってミラーナの味方だぞ!」
「そうかそうか!」
どうやら機嫌を直したようだな。どれ、ここは俺も。
「ミラーナ!俺も俺も!」
抱きつこうとしたがミラーナの苛烈なソバットが俺の腹部にクリーンヒット。
「な、何故…!仲間、仲間ァ…。」
「ミラーナ、そろそろ本題に入ってもいいか?」
地に伏す俺を無視してロンが口火を切った。何の話だろう。っというか痛烈打を食らった俺に癒しは無いのかい?
「あぁ、そうだった。エルマナちょっといいか?」
「?」
エルマナをロンの前へと出したミラーナ。ロンは身をかがめエルマナと同じ目線になる。ロンがピースサインを作るとエルマナの瞼に指先を当て何かを始める。するとロンが何かを察する。
「なるほど、君の弱視は目の中のレンズが濁っている事によって起こっている病気だ。これならば治せる。」
そういうと指先が優しく光り、ロンは指先を瞼から離す。
「目を開けてごらん。」
恐る恐る瞼を開けるエルマナ。エルマナの目には光が差し込み鮮やかな風景を映し出した。
「わぁぁ!!見える!!見えるよファリオ!!これが皆が見ていた世界なんだね!」
嬉々として踊るように辺りを見渡すエルマナ。その顔は笑顔で満たされていた。ファリオもまたエルマナの喜びを共に感じる。
「良かったねエルマナ!これでもっと色んな遊びが出来るよ!!それだけじゃない本だって!!もしかしたらお外にも出れるかも!」
ファリオの言葉を聞いてエルマナはミラーナに問う。
「ミラーナ様!お外に出させて貰えるのでしょうか!」
目を輝かせてミラーナに詰め寄るエルマナ。その無邪気な瞳にミラーナも押し負け外へ出る事を許す。
「外へ出る事は許すが、私たちと共にだ。子供たちだけでは駄目だぞ。」
「はい!」
ミラーナの答えに元気良く答えるエルマナ。ファリオと共に喜びを分かち合っている。
カナメはロンティヌスの横に立ち会話を始める。
「あぁいう病気も治せるんだな。」
「当然だ。私は治癒術の専門家だ。自分以外の死、以外なら何でも治せる。グレート・ワンの力もあるのでな。」
誇らしげなロンティヌス。カナメも感服するばかりだ。
ファリオがこちらに向って大きな声を出し、呼びつけている。
「おーい!カナメたちも早く来いよー!」
カナメとロンティヌスは顔を見合わせ肩をすくめ、ファリオたちの方へと行き外へと出た。
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「わぁぁ!これが景色!」
運良くといったところか、外は快晴で綺麗な青空が広がり城下町と大草原、山々が広がる世界をエルマナは目にし感動している。エルマナにとっては初めての世界が広がっているのだろう。
「あれが空!あれが山!あれが森!あれが街!海が見えないのは残念ですけどいつか見てみたいです!」
爛々としているエルマナを見ているとこちらまで嬉しい気持ちになってくる。ふとカナメはある事を思い出す。その事をエルマナに直接聞かずミラーナに耳打ちして相談する。
「そういえば、ミラーナが連れ去られた時、ゲートのある部屋を見つけたのがエルマナだったんだけど。」
「そうらしいな。ファリオが部屋の中にあるゲートの痕跡をを見つけ出したのだろう?」
ミラーナがそう聞き返す。
「そうなんだけど、エルマナと出会ったのはあの部屋じゃなくて廊下だったんだ。」
そうカナメが言うとミラーナはカナメの言葉を疑った。そんな筈は無いと、緊急時だからこそあの場所の警戒は高まる。エルマナが一人で出る事は不可能だと。しかしその光景は連れていたファリオも見ていた。兵士には確認を取ったがあの時エルマナがあの部屋を出てはいないと答えた。では何故エルマナは廊下にいたのか。二人の中で疑問が生まれる。
意を決してエルマナに直接聞こうとカナメが声をかける。
「なぁエルマナ。聞きたい事があるんだけど…?」
エルマナの様子がおかしい。周囲の様子もどうやら緊張が走っているようだ。周囲の視線が集中しているその先をカナメたちは見た。東から地平線を埋め尽くす何かがこちらへ向ってきていた。ミラーナはそれを見て何であるかに気付く。
「あれは…軍勢。ニンブルレイムの軍だ!!」
周囲の兵士たちが一斉に動き出す。けたたましい鐘の音が周囲に危険を知らせる。市民たちの声が高台のこちらまで聞こえてくる。
それよりもあのニンブルレイムの軍の数。おぞましい量だ。だが、何を考えているんだ?ミラーナたちも同じ事を考えているのだろう。戸惑いを隠せずにいる。
”不戦条約の結界”これがある限り人間同士での殺し合いは不可能だ。あれだけの数の軍を連れてこようが殺し合いが発生しない限り、ただの押し合いになるだけ。グランズヘイムの軍も数で押し負けるような弱い軍勢ではない。先頭に立つ二人の姿を見てミラーナの顔色が変わる。
「八大魔道師…カイゼル=ディアブロッソ、そしてディセンバー=トールドレッド。そういえばニンブルレイムには二人の八大魔道師がいたな。彼らはグレート・ワンを所持している。そしておそらく。」
二人とも不戦条約の結界に対処を施している。だとすればあの二人は是が非でも抑えに行かねばならない。カナメは一つ気付いた事があった。
「カイゼル=ディアブロッソ?たしかエルマナの名前も…。」
エルマナは俯きがちで答える。
「はい、私はエルマナ=ディアブロッソ。カイゼル=ディアブロッソは私の兄でありニンブルレイムの国王です。」
国王であり、八大魔道師であり、グレート・ワンを持ち、エルマナの兄。色々と持ち合わせた兄ちゃんだなぁエルマナ。だが一番の問題は。
「エルマナ。俺たちはお前の兄と今から戦いに行く。許してくれとは言わない。でも…ごめんな。」
グランズヘイムにとって今のカイゼルは敵でしかない。しかしエルマナにとっては兄は兄である筈だ、快く思うはずが無い。目が見えるようになったその日にこんな光景を見せる事になるとはな。
「行くぞ、ミラーナ。こんな所でやられる訳にはいかないだろ。」
「無論だ。」
カナメの言葉に即答するミラーナ。ライドアイバーを呼び、二人で跨る。戦地に向けてエンジンを轟かす。
「ファリオ!エルマナと一緒に安全なところにいくんだ!いいな!」
カナメの言った事に頷くファリオ、エルマナと一緒に兵士に連れられる。ちらりとファリオはエルマナの横顔をみる、エルマナの横顔は不安と恐怖でいっぱいであった。だが戦争に対しての恐怖や不安ではない、何かを覚悟をしようとしその覚悟に対しての恐怖と不安のようであったがその覚悟がなんなのかファリオには見当もつかなかった。
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ライドアイバーで地を疾走するカナメたち、その横を飛翔するトラヴィタールの姿が。ミラーナはトラヴィタールに命令を下す。
「トラヴィー!お前はグランズヘイムの最後の砦だ!敵は一人とも限らない!他の使者たちを守っていてくれ!」
トラヴィタールは命令を聞くと少し思案した後、頷いて帝都へと戻っていった。トラヴィタールとすれ違いでマルスたちが遅れてやって来る。
「あの鉄の馬、なんと速いことか。追いつけんな。」
遠くを駆けるカナメたちを見て笑いながら言うマルス。横ではクルシュが苦笑い。
「しかたありませんよ。少し遅れますが間に合うはずです。」
前方を行くミラーナを乗せたカナメ。カイゼルたちの顔が見えてくるほど近づいてきた。戦闘体勢に移行する二人。カナメは変身をし、ミラーナは剣を抜く。戦闘態勢に移行するのは向うも同じ、ド派手な格好にマントを羽織ったカイゼルとまるで神父のような格好をしたディセンバーが行動を開始する。
カイゼルはランプの様な物を、ディセンバーは逆さの十字架を掲げる。
「「解凍」」
二人のアイテムは強烈な光を放ち、疾風を纏う。大量の土埃から赤い鎧と炎を纏った者がカナメの方へと突進してくる。
「魔装鎧、パイロバンカァァァァァァァァ!!!」
重厚な音を右腕から響かせ振りかぶり始める。明らかにヤバイ攻撃だ。ミラーナはライドアイバーから飛び退き、俺はアクセルを全開にして赤い鎧の者に突撃する。
だが赤い鎧の者はこちらを無視して飛び退いたミラーナの方へ方向転換する。奴の狙いはミラーナだったのか。しかたない、俺はもう一方の白い鎧の者を相手にするか。
「魔装鎧、ヒポクリト。」
カナメは猛スピードで白い鎧の方へと突撃をする。ライドアイバーは目標と衝突し、強烈な衝撃波を生む、砂埃が巻き上げられ視界が遮られる。
砂埃が止み、状況が見えてきた、そこには片腕でライドアイバーを止める白い鎧の者の姿が。
「!?」カナメは理解できない。高い破壊力を持ったライドアイバーの突進が片腕一本で止められている現状に。白い鎧の者が口を開く。
「私はあなたの攻撃を許しましょう。故にこれは対価です。」
ライドアイバーを巧みに操り、白い鎧と距離を取る。白い鎧は紳士の様に挨拶をし始める。
「私はニンブルレイム国王の補佐を勤めさせていただいているディセンバー=トールドレッドと申します。以後お見知りおきを。」
ディセンバーの魔装鎧の姿は神父のようであるが軽装の鎧を身に纏っている。まるで十字軍の様な姿。ディセンバーは忠告するように掌をこちらに向けて言った。
「私はあなた方に一切攻撃はしません。ただ足止めはさせて頂きます。よろしいでしょうか?」
随分と腰の低い奴だ。一々説明してくれるとはな。攻撃しないっていうんならお前の事は無視させてもらう。ミラーナを援護しに行かねば。
「ですから、いかせませんよ。後から来られる方々にも私と戯れて頂きます。ご了承下さい。」
雷の様な速さで俺の前に立ちふさがる。邪魔すんな、お前の相手をしてる暇はないんだ。ちょっと痛い目にあって貰うぞ。
俺は右拳で正拳を放つ。ディセンバーは身動き一つ取らず正拳をまともに受ける。手応えもあった。なんなんだコイツは?ディセンバーはよろめき正拳を受けた腹部を押さえている。
「い、痛いですねぇ…、胃の中のものが出るかと思いましたよ?ですが、私は貴方を許しましょう。故にこれは対価です。」
ディセンバーがそういうと、急激に俺の右腕に感覚が無くなりだらりと右腕が垂れ下がる。まったく動かない、アイツが何かをしたのか?対価と言っていたが、これは魔術か?
「お仲間も来られたようですよ。賑やかになりますねぇ。」
振り向くと馬から下りるマルスとクルシュが。こちらへとやって来る。
「待て!二人ともミラーナの方へ行ってくれ!!こいつは俺が相手するから!!」
キョトンとする二人。クルシュがカナメに問いを投げる。
「二手に分かれた方が宜しいのでは?」
「いいから行けぇぇっ!!!!」
思わず声を荒げる。お願いだから早く行ってくれ。正体が掴めないけどディセンバーの魔術は厄介な感じがする。何かされる前に早く。
「行くぞクルシュ。カナメがあそこまで言うのだ。」
「そうですね。カナメさんならば何とかしてくれる筈ですね。」
二人ともミラーナの方へと駆け出す。しかし。
「あなた方も私とお戯れ下さい。麗しき少女が息絶える様を見るまで紅茶でも飲みますか?」
二人の前に立ちはだかるディセンバー。俺の方へと近づきすぎたか。どこから出したのかティーセットを取り出し紅茶をティーカップに入れてマルスに差し出す。
「すまんが、ご遠慮願おう。」
「!マルス!そいつに構うな!!」
カナメがマルスに忠告をするが遅かった。マルスはディセンバーに掴みかかり背負い投げでディセンバーを投げ飛ばす。ティーセットは地に落ち壊れディセンバーは受身も取らずまともに地に打ち付けられ跳ね痛みに悶える。
「おぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉ!!!痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃ!!!唐突に酷い事をするお人だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!私のお気に入りの陶器が粉々ではあぁぁぁぁぁぁぁりませんかぁぁぁぁぁ!!」
泣き叫ぶように悶え狂うディセンバー。その姿にマルスたちはドン引きだ、俺もドン引きしている。しかし恐ろしいのはここからだ。
「しかし私は貴方の行いを許しましょう!故に!!これは対価です!!!!」
「うぐぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ディセンバーの言葉の後、マルスの様子が急変する。マルスの体中の皮膚がひび割れる様に裂け血が噴出する。それだけではなく体が強烈に打ち付けられた様な痛みがマルスを襲う。
「団長!!」
クルシュが即座に治癒術を使用するがマルスの傷は癒えない。クルシュもマルスも何故癒えないのか理解できない。するとディセンバーが口を開いた。
「癒す事など出来ませんよ。それは対価なのですから。」
対価…こいつにダメージを与えればそのダメージがこちらに返って来るという事か?だとすればマルスのあの裂傷はなんなんだ。
「さぁ、共に麗しき者の最後を見届けましょう!」
ディセンバーは天を拝んで声高々に言った。
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「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
カイゼルの大振りな攻撃。両腕に装備された巨大な鉄杭、それが魔術による爆発によって超スピードで穿たれる。鉄杭は突出された後素早く収納され装填される。ミラーナはその攻撃を避ける、地に穿たれた攻撃は大地を砕き、その衝撃は地形を変形させる。防御不可能の一撃必殺、避けるしかない。
「避けてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!とっとと俺に狩られろよ、皇女さんよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そう言われて避けないなんて事はするわけ無い。カイゼル攻撃を避ける。しかし今の攻撃は私の方を狙った様に感じなかったが。カイゼルの口がにやける。その瞬間を見逃さなかったミラーナは直感的に危険を感じる。
「!?ぐっ!」
地に穿たれたカイゼルの攻撃は地形を変形させる、大地は大きな杭状になり後方へ飛び退いて避けたミラーナの方へと迫る。
「こういう使い方もあんだよぉぉぉぉぉぉ!!!死ねやぁぁぁぁぁ!!!」
ミラーナは地形の変化を見切り盛り上がった杭状の大地を踏み台にし方向転換に成功し避けきる。
「糞!糞!糞!糞ォォォォ!!!姑息な真似をぉぉぉぉぉぉ!!いつまでも避けられると思ってんじゃねぇぞぉぉ!!!」
踏み込み一気にミラーナへと近づくカイゼル。鉄杭を使わない拳による連打。肘に爆発を生み加速された高速の連打。一撃一撃重い攻撃ではあるが防げない事もない。剣を使い次々と連打を受けきっていく。
「くったばりやがれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
鉄杭による攻撃。だがこの攻撃だけは大振りになる為見切りやすく避けやすい。回避には成功するが攻撃の手段が無いのもまた事実、カナメはマルスたちと合流している様だが苦戦している様に見える。
「よそ見してんじゃねぇぇぇぇぞぉぉぉぉぉ!!!」
カイゼルの鉄杭。なんとも避けやすい攻撃でありがたいがこのままではジリ貧だ。活路はあるのか?いや見つけ出すんだ。なんとしてでも。
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グランズヘイム城内、エルマナと共にエルマナの部屋で身を守るファリオ。エルマナの様子がおかしい事に気付き心配をする。
「大丈夫エルマナ?カナメたちは負けないよ!だから安心してエルマナ!」
「違うの。私はいかなきゃ。いかなきゃ、いかなきゃ!」
震えながらも何かを決心するエルマナのその顔はどこか正気では無い様に感じるファリオ。立ち上がるエルマナをファリオは全力で抑えるが。
「ごめんファリオ。さようなら。」
「エルマナ!!!!」
エルマナの体が浮遊し天窓から城の外へと出て行ってしまった。あれは魔術、加護を持つファリオの目にもエルマナの浮遊が魔術によるものだと視認していた。
その光景をただ見ているわけにはいかなかったファリオはエルマナがどこに向っていったのか推察する。
「エルマナが向ったあの方角は…戦場!?」
ファリオは急いで部屋から出て護衛の兵士たちの制止を振り切りトバルカインと共にいたトラヴィタールの元へと駆けていった。
「トラヴィー!!!エルマナが!!エルマナが魔術を使って戦場の方に!!」
「それはホントかなん。」
エルマナが魔術を使えるという事は長年遊んでいたファリオすら知らない事であった。
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戦場へと向って快晴の空を飛翔するエルマナ。彼女は何かに取り付かれたかのように呟き続ける。
「私が…す、私が…す、私が…す。」
そしてエルマナははっきりと殺意を込めて言う。
「私がミラーナを殺す。」