第十一話 『ジャレイズ=ランタン』
グランズヘイム帝都中が皇女たちを探して大パニックに陥っている。城内の兵士、使用人、場外の市民たちまでも皇女たちを探し回っているが影も形も無い。帝都はパニックによって大部分の機能が低下している、今この時に他国から襲撃を受けていたらひとたまりも無いが幸いその兆候は無い。
「くそっ!どこに行ったんだ、三人とも!」
カナメはミラーナ、クルシュ、マルスを探し回ったが見つけられずにいた。同じく探し回っていたトラヴィーと出くわす。
「魔術を使って探してみたけれどグランズヘイムにはいないようだよん。」
トラヴィーの言葉に視界がぐらつく。グランズヘイムにはいない、だとするなら既にミラーナたちは他国へ連れて行かれたという可能性が出てくる。
「カラリオがやった様に魔術でどこかへ移動したって事なのか。」
カナメの問いにトラヴィーは答える。
「その可能性はないよん。移送魔術の痕跡も探してみたけれど検出はされなかったよん。」
という事は普通に連れて行かれた?いや、ミラーナたちがそんな方法で連れて行かれるほどの者たちではない。だとしたら移送魔術じゃない何かでどこかに連れて行かれた。何らかの魔術であると思うがそれがなにかわからない。
「第一皇女の仕業かと思ったが、その第一皇女まで姿を消している。何者の仕業なんだ?」
カナメの言うとおり、第一皇女までもが姿を消している。その事がさらにカナメに謎を与える。
「ミラーナ…クルシュ、マルス…無事でいてくれよ…。」
カナメたちは再びミラーナたちを探す為、城内を駆け巡る。
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ジャレイズ=ランタンの作る魔術空間でジャレイズと戦うミラーナたち。ミラーナの平静を欠いた軌道のぶれた突きの連撃を軽やかに躱す魔装鎧を纏ったジャレイズ。
「糞ォォォ!ちょこまかと小賢しいっ!!!」
苛立ちを募らせさらに憤るミラーナ。その様子を見てクスクスと笑うジャレイズ、突きの連撃を回避し続けていたが、踵を床に引っ掛け体勢を崩すジャレイズ。
「今だ!!」
近くでチャンスを窺っていたクルシュがその隙を見逃さず、即座に剣を振るい討ち取りにかかる。
「このぉぉぉぉ!!」
クルシュが対応している事に気付かず、ミラーナも斬撃を放つがミラーナの剣とクルシュの剣が交わり定めた狙いは外れジャレイズの身体を避ける様に切っ先が分かれる。
「フッ、どこを狙ってんの。こんなチャンス滅多にないわよ?」
二人を見て笑うジャレイズ。ミラーナは乱暴にクルシュの剣を弾いてクルシュに対して苛立ちをぶつける。
「邪魔をするなクルシュ!!」
そして再び攻撃を開始する。その光景を見ていたマルスは頭を抱える。
「やれやれ、皇女殿下はご乱心か。どうしたものかなクルシュ。」
「ここまで手に負えなくなったのは初めてですよマルス団長。本当にどうしましょう。」
苦笑いをするクルシュ。今のミラーナは冷静さを失い声も届かない、一人で勝てる相手でもないのに連携も望めない。目の前の皇女たちの亡骸が山となっている光景を見せ続けられれな致し方ない事ではあるが今この時は命の駆け引きをしている、まずは冷静に徹しなければならない時なのだ。
マルスは重い口を開き、提案を述べる。
「仕方ない、皇女殿下のペースに見極め、連携は無理でもフォローだけでもしてみようではないか。それが駄目ならクルシュよ腹を括るしかないぞ。」
マルスはミラーナを守る為なら捨て身も辞さない覚悟でいる。その提案にはクルシュも賛成し捨て身の覚悟を決めている。
「そうですね。では行きましょうマルス団長」
「おうよクルシュ。皇女殿下だけは生かして帰さねばな。」
二人は剣を構えミラーナの横に付く。相変わらず滅茶苦茶な攻撃を続けるミラーナの邪魔にならぬ様に、かつミラーナに危害が及ばぬように神経を張り詰めさせる。
ミラーナが大振りな攻撃をし大きな隙を生んだ、その隙を突くジャレイズ、大きな鎌を縦に振り下ろす。その攻撃をマルスが大剣にて防ぎ、押し返す。そして即座にミラーナの前方から下がり、体勢を立て直したミラーナの出鱈目な攻撃が始まる。
「器用な真似をするな、そこの二人は。」
今となってはミラーナは脅威ではない。両端で戦い難そうにしているマルスとクルシュの方がジャレイズにとっては脅威なのであった。
ミラーナの大振りな攻撃を察知したクルシュはミラーナの攻撃に合わせ同時攻撃を放つ。大振りなミラーナの攻撃は流石に避けられはしたが鋭く正確な攻撃を放ったクルシュの攻撃は篭手で防ぐ他なかった。ジャレイズはマルスとクルシュの対応力に驚きを隠せない。
「天晴れな対応力。伊達に騎士団長と騎士副団長の肩書きを持っているわけじゃあないということね。」
ジャレイズは大きく間合いを取り、何かを仕掛ける準備を整える。ジャレイズの魔装鎧の様子が変化する。鎧の表面に鼓動するかのように複数の点が血液の様に流動し青いラインを描く。ジャレイズの雰囲気が変わっている、先ほどとは違い、驕りがまったく感じられない。
「そこの皇女ちゃんは気付いてないだろうけど、そこの二人は流石に気付いたようね。あたしの変化に。」
何かが起こっている。だがそれが何だかマルスとクルシュは分からないでいた。
「何をしようと知った事かぁぁぁ!!」
無謀なミラーナの攻撃が続く、ジャレイズは半ば呆れ始めている。これだけやって平静を取り戻せないとは兵をまとめる長として不甲斐ないと。
出鱈目な呼吸に合わせるマルスの大剣による重い一撃。マルスのフォローによって絶妙な連携となりジャレイズを追い詰める攻撃となるはずであった。タイミングは完璧、クリーンヒットは無くとも軽傷は負わせられた攻撃をまるで"知っていたかの様に"ジャレイズは華麗に回避する。
回避するだけでも絶技であるにも関わらず、ジャレイズはさらに行動を上乗せする。大鎌を振るいマルスの大剣を流し、大鎌の長い柄の端でミラーナの体勢を崩す。流れたマルスの大剣はミラーナへと向けられる、しかしミラーナは体勢を崩していて回避する事が困難な状況だ。ミラーナの脳裏には大剣に頭部を破壊される映像が映される。
「ぐぅうう!ぬぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
マルスの雄叫び。砕けんとばかりに歯を食いしばり、両脚を石にするかの如く固め、大剣に持っていかれる身体を無理矢理にでも反対側へ移す為に渾身の力を込める。ミラーナは何とか踏ん張り倒れるまでには至らなかった、マルスの大剣はミラーナの鼻先で止まり一命を取り留める事に成功する。
「うぬぅぅぅぅぅ。」
しかし代償はあった。大剣の動きを無理に止めたマルスの腰周りを酷く痛めてしまったのだ。腰からは皮膚が裂けたのだろうか血が滲み始めている。老体であるマルスには致命的、常人であれば大の男であろうと泣き叫び動けなくなる程の痛みのはずだがマルスはその強い精神力で悲鳴も上げず大剣を構えるのだった。
「マ、マルス…!」
ようやく周囲の状況に目が行くようになったのかマルスの負傷を心配するミラーナ。その姿を見てマルスは安堵しミラーナにニカッと歯を見せて笑って見せた。
「ようやく冷静になりましたかな皇女殿下。」
ミラーナの怒りは一気に冷め、冷静さを少し取り戻すがマルスの腰からにじみ出る血を見て後退り自分のした行動に後悔をし始めた。手からは剣が抜け落ち頭を抱えてへたり込むミラーナ、戦いによる負傷は付き物でありその事はミラーナも覚悟の内である、しかし今のミラーナは怒りに任せ冷静さを欠き仲間に危険を及ぼし、結果としてマルスを負傷させる事にまでなってしまった。その掛け合わさった自責の念でミラーナは戦意を喪失しまうほどに精神的にダメージを受けてしまったのだ。
「わた、私は…なんて事を…うぅぅあぁぁ…。」
ミラーナの脳裏には母親の死の記憶や、目の前で何も出来ずに義理姉妹を連れ去られ失った光景、そして平静を欠いた自分を守って負傷を負ったマルスの姿が駆け巡る。母の死以来、ミラーナは死に対して大きなトラウマを持っていた。故に今まで死者を出さぬよう懸命に戦い自国の戦死者ゼロ人という記録を築いてきたが、義理姉妹を何も出来ずに死なせ強烈な衝撃を受け平静を欠いたのだ。例え快く思っていなかった義理姉妹たちでも近親者を目の前で失うのはミラーナにとって耐え難い苦痛なのである。
そこへ自身の失態によってマルスが負傷した事が重なりミラーナは遂に戦意を喪失してしまうほどまでに精神的に疲弊してしまったのだ。
「やれやれ、無謀な行動が終わったと思えば。さてどうしたものかな。」
マルスは激痛に耐えながらもミラーナの身を案じる。その一瞬の隙をジャレイズは突いてくる、しかしクルシュによってジャレイズの攻撃は防がれる。マルスは笑いを見せクルシュに礼を述べる。
「おぉ悪いなクルシュ。助かった。」
余裕を見せる口調と態度を保つマルス。
「礼には及びませんよ、まだ動けますかマルス団長。」
マルスは腕を回して空元気を見せる。
「これしきの事でへこたれる私ではないぞ。さて行くぞクルシュ!」
「はい!」
マルスの声に応答するクルシュ。連携しジャレイズと戦う二人、先ほどよりも戦いやすくはあるがやはり絶妙な回避を見せるジャレイズ。自分の剣が避けているんじゃないかとさえ錯覚してしまう。
深追いするのは危険だ。ミラーナから離れすぎれば彼女を守る事が出来なくなる。しかし近すぎる位置で攻防を繰り広げるのもまた危険だ。
「一発も当たらんな。もっと過激に攻めてみるかクルシュよ。」
「そうですね。遠慮なしで行くので付いてきてくださいよ団長。」
「抜かせ。」
クルシュの魔術が繰り出される。雷の槍が投擲されジャレイズに一直線、身体を逸らして魔術を回避するがジャレイズの背にマルスの追撃が迫る。ジャレイズは身体は動かさず大鎌を使い背を守る、金属のぶつかり合う音が響く、マルスは一旦距離を置くとクルシュの横薙ぎがジャレイズを襲う。飛び退き回避する、飛び退いた瞬間の無防備なジャレイズをマルスの大剣が迎撃しにかかるがジャレイズの魔術によって岩壁が出現、その岩壁を大剣で両断する。岩壁の向うには既にジャレイズの姿は無かった。
「マルス団長!上です!」
クルシュの助言により上空から攻めてきたジャレイズの大鎌を防ぐ事に成功する。クルシュがジャレイズに突きを放とうとするがジャレイズの魔術による攻撃によって身動きを一時的に止められる。ジャレイズはマルスから飛び退き、その際に魔術を放ち牽制する。そしてガラ空きになったミラーナを仕留める為、魔術の岩石の矢を放つ。放心状態のミラーナの頭部にジャレイズの放った魔術が迫る。
強烈な鉄の拉げる音が鳴り響く、マルスの左腕の義手でミラーナを守ったのだ。代償として義手はバラバラになり使い物にならなくなってしまった。
「間一髪ですな皇女殿下。」
「マルス…。」
虚ろな眼でマルスを見つめるミラーナ。彼女への耐え難い強いストレスが彼女を放心状態にまで陥らせている。その痛々しい姿を見てマルスは顎を大きく開き大音声にて喝を与え奮い立たせようとする。
「立て皇女殿下ぁ!!!!血を見て尚も貴方は立ち上がり進まねばなりませんぞぉ!!!」
ミラーナにマルスの言葉は響いたのだろうか。彼には確認する事はできなかった。
「ぐおぉぉ!」
「残念だったな。お姫様に気が逸れて自分が疎かになったぞ。」
ジャレイズの大鎌がマルスの右胸を貫く、遂に力果て尽き膝から崩れ落ちる。
「マルス団長ぉぉぉぉぉ!!」
クルシュが間に割り込みマルスの様子を見る。まだ息が微かにある、頑丈なお方だとクルシュはマルスに対して敬意を胸に秘める。出血量が少ない鍛え抜かれた肉体が出血を抑えているのだ。これならば多少の時間は大丈夫ではあるが重傷である事には変わりは無い。
短期決戦を仕掛け全力全開での戦闘に移るクルシュ、一対一で八大魔道師に対する勝算はない。だが諦めるわけにはいかない、マルス団長が命を張ってミラーナ皇女をお守りしたように、私も全身全霊にてミラーナ皇女をお守りするのだ。
「オオオォォォォォォォォォ!!!」
クルシュの咆哮と共に怒涛の攻撃が始まる。高速の剣技と魔術の織り成す乱舞。袈裟切り、横薙ぎ、唐竹とまるで同時に斬り付けているかの様な高速の剣。ジャレイズも避ける事が出来ず防ぐ事で負傷を避けている、そこへさらに魔術がジャレイズを襲う。刀身に仕掛けられた魔術が衝撃と共に炸裂する、しかしジャレイズは魔術を仕掛けたときに限り魔術で防御を行っている。まぐれでは無く一度のミス無く。そこでクルシュは感付く。
「貴方、先が見えている様ですね。予知…というモノですか。」
攻撃の合間、クルシュがそう答えるとジャレイズは楽しそうに答える。
「ピンポーン。ようやく分かったか、この魔術結界内に限り私は数秒先の未来を見る事が出来るのよ。魔装鎧との併用によって出来る技ではあるが。それを知ったところで貴様に抗う術などない。」
「それはどうでしょうか。」
クルシュはニヤリと笑い、魔術を発動させる。
「アクセラレーション!!!」
クルシュの魔術が発動するとクルシュの連撃は速度が増し疾風の如くジャレイズを襲う。
「ク、クゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
ジャレイズの苦しむ声が初めて零れる、クルシュの動きを先読み出来ても速度に対応しきれなくなって来ているのだ。しかし「姑息な手段だな!私とて加速化魔術程度!!」ジャレイズもまた同じ魔術を発動させる。加速したジャレイズはクルシュの攻撃に対応し始める。
「どうだ!!これでまた振り出しだな!!」
どうだと言わんばかりに威勢を張るジャレイズ、しかしクルシュの顔には焦りの顔など微塵も無い。
「確かに、ですが…それは一人だった場合の事。」
クルシュの余裕の一言。ジャレイズは先に起こることを見ていた、それはジャレイズにとって想定外な光景であったためジャレイズはその攻撃に対応する事が出来なかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ミラーナがジャレイズに一閃を放つ、だが一閃は防がれてしまう。しかし防がれた事はミラーナたちにとって想定内の事である、狙いは攻撃を当てることではないのだから。
「そんな!アクセラレーションが!!」
ジャレイズに掛かった加速化魔術がミラーナの剣に吸われていく。そう最初のカラリオとの戦い時と同じだ、ミラーナの剣は魔術を吸収する。魔道師殺しの剣だったのだ。
ジャレイズの加速化魔術が失われ、クルシュの高速剣が迫る。このままでは対応出来ない為ジャレイズは急いで加速化魔術を発動しようとするが遅い。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
初めて攻撃が命中する。クルシュの逆袈裟斬りが深く入る、ジャレイズの身体には斜めに切り傷が入り血が噴出する。大鎌を振るい飛び退き距離を大きく取る。そして治癒術を使い傷を癒す。
「よくもよくもよくもよくもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!ミラァァァァナァァァァァ!!!貴様が何故立ち上がっているぅぅぅぅぅ!!!」
「もう、誰も失いたくない。マルスが私に教えてくれたのだ…立ち上がれと!!!!」
ミラーナの剣撃が始まる、ミラーナの眼には以前の怒り、絶望、そのどちらも無い、あるのは希望の光だった。
ジャレイズは本気になったミラーナの剣筋が完璧に把握出来ていない。ミラーナだけは剣の特性によって未来予知がノイズが走りあやふやに映ってしまっているからだ。愚直で単調であったミラーナには未来予知を使うまでも無かったが今のミラーナはフェイントを織り交ぜ連携も取れている。相性が悪い相手と対応しきれない相手、その二人と戦わなければならない。
次々とジャレイズに鎧や身体に傷が増えていく、ジャレイズからも焦りの色が出始めて来ている。ミラーナの胸中に勝機を感じ始めたその時。
「ぐっ!」
クルシュの加速化魔術が強制的に解かれる。加速化魔術の使用には多大なマナの消費と肉体の消耗を激しくしてしまうのであった。動きが止まったクルシュをジャレイズは見逃さず先んじてクルシュを攻撃。大鎌はクルシュを切り裂き、蹴り飛ばす。
「クルシュゥゥゥゥゥ!!」
気が逸れたミラーナにもジャレイズの攻撃が迫る、大鎌を振るいミラーナを攻撃するがミラーナは剣を盾にして防ぐ。重い一撃にミラーナの身動きが取れなくなる、そこへ大鎌の柄を使った突きの連打がミラーナに痛打しミラーナは突き飛ばされる。転げ落ち、乱れ狂った呼吸をどうにか整えようとするがミラーナの首筋にジャレイズの大鎌が迫る。ジャレイズが勝利を確信した時靴の乾いた音がし始める。その音を聞いたジャレイズは狂喜する。
「あぁ!エレオノーラ様!!私ジャレイズ=ランタンは遂にミラーナに王手をかけました!」
「エレオ…ノーラ…ッ!!!!!」
ミラーナが怒りの視線向ける中央階段の上にはエレオノーラが見下してミラーナを見ていた。
「随分と手間取ったようですけど、上出来ですわジャレイズ。後で褒美を上げましょう。」
その言葉を聞き狂喜の余り飛び跳ねるジャレイズ。ミラーナは抵抗を始めようとするがジャレイズの拘束魔術によって身動きが取れなくなる。
「これでようやく終わりねミラーナ。やりなさいジャレイズ。」
ジャレイズに命令を下すエレオノーラ。ジャレイズは嬉々として命令を実行する。
「承りました~♪」
マルスは瀕死の状態、クルシュも気を失っている。もう駄目か…そう思いかけた時、爆発音を轟かす音が徐々に近づいてきた。その音にエレオノーラもジャレイズも驚きを隠せず周囲を見渡す。
「何の音です…これはっ!!」エレオノーラは戸惑いの声を上げる。
「そんな!もうこれ以上この空間には生物の反応は無いはず!!」
ジャレイズの驚きの声も聞こえる。だがミラーナだけはこの音を以前聞いた事があった。
「この音は…。」
ミラーナの顔には笑みが浮かび上がり眼からは涙が流れる。そして胸には希望の光が照り輝く。
「カナメェェェェェェェ!!」
ミラーナは叫ぶ。英雄の名前を。
「あいよぉ!!!」
意気揚々とした声と共に何も無い空中の空間をガラスの様に破壊し鉄の馬に跨った人間の姿のカナメが現れる。カナメの車線上にはジャレイズがおり、そのままライドアイバーで体当たりを決行する。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
ジャレイズは大鎌を盾にして防ぐが強烈な衝撃で吹き飛ばされ壁に激突する。
「よぅミラーナ遅くなった。マルスとクルシュは大丈夫なのか?」
周囲を見渡して倒れているマルスとクルシュを見てカナメはミラーナに聞く。
「あ、あぁ。今は気絶しているだけだ、だが長くは持たない。」
自責の念に駆られるミラーナ、その表情を見て察するカナメはミラーナのおでこをコツンと軽く叩き叱咤激励を送る。
「俯くなミラーナ!立ち上がって前を見ろ!!!お前の目の前には進まなきゃいけない道があるんだろう!!」
マルスの言葉がミラーナの脳裏に蘇る。そして、気合を振り絞りミラーナは立ち上がり剣を拾い構える。
「お前は誰だ?どうやってジャレイズの魔術空間に来れたのだ。」
エレオノーラは平然をなんとか保ち、カナメに問いを投げかけるのだった。その問いにカナメは答える。
「このライドアイバーは時空を超える事が出来る。それと色んな人の協力があっての事だ。」
「…。」
エレオノーラは平然とした面持ちの中に苛立ちを現し始める。続けてカナメは答える。
「そして俺は正義の味方ぁ!トーノ=カナメだ!!」
「トーノ=カナメ…。」エレオノーラはその名前を記憶に焼き付ける、葬るべき敵として。
「そしてまたの名を…。」
そう言うとカナメは変身の型を取る。そして発するのだ、あの言葉を。
「変…身ッ!!!!」
カナメから強烈な爆風が巻き起こり、カナメの姿を隠す。さらに強風が起こりカナメの姿が露になる。
「グリットマン!!闘志燃やすぜぇ!!!」
はためく真紅のマフラー、赤紫の甲殻、黒い身体に五体に埋め込まれた翡翠色の鉱石。その姿を見てエレオノーラは怒り狂い出す。
「その姿はぁぁぁぁぁ!!!あの人のぉぉぉぉぉぉ!!何故貴方が!!!何故だトーノ=カナメェェェ!!」
「は?」カナメはエレオノーラの言葉を理解出来なかった。
エレオノーラは自分の唇を噛み血を流す。そしてジャレイズに命令する。
「何をしているのジャレイズ!!その者を始末するのです!!!」
ジャレイズはカナメに大鎌を振るって襲い掛かる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ジャレイズは予知で見ていた(この男に一撃たりとも撃たせてはいけない、もしこの男の攻撃を受けた時…私は負けるっ!)ジャレイズの未来予知はカナメの一撃によって敗北するビジョン。カナメに攻撃を撃たせないように大鎌による猛烈な連打を放つ。素早い大鎌の連撃は宛ら殺人旋風、ミラーナは近寄る事が出来ない。カナメはその猛攻の間隙を突いて攻撃を放とうとするがジャレイズの未来予知により攻撃の出頭を抑えられ攻撃する事が出来ない、強制的にカナメは防戦一方となってしまう。カナメは一つの考えが浮かぶ。
(こいつ、攻撃を読む早さが異常だな…。いや、もしかして既に見えているんじゃないか?)
「カナメ!ジャレイズはこの空間内では数秒先の未来が予知できる!!気を付けろ!!」
元百戦錬磨のカナメ、早くもジャレイズの未来予知を察知する。ミラーナの言葉で核心に至る。
「だったら。コイツを使ってみるか!!」
カナメはスパークルオーブを取り出し槍の名を呼ぶ。
「ライトォォォスティンガァァァァァァァァァァァ!!!」
スパークルオーブは槍へと形状を変え、ジャレイズを射抜く。ジャレイズはその動きを予知し突きを放つ前に槍を弾き飛ばそうと大鎌を振るう。ジャレイズは言う。
「それも既に見えている!!」
しかし、ジャレイズは槍をその身に受ける。攻撃を受ける瞬間上手く飛び退きダメージを抑えることに成功はしたがライトスティンガーを受けた腹部の内蔵はシェイクされている。血反吐を吐き、治癒術で負傷を癒す。致命打を防いでもこのダメージ、ジャレイズは勝機を見失ってきている。
「悪い悪い。加減するのを忘れてた。今度は加減するから、大人しく捕まってくれよ?」
「行くぞミラーナ!」
「あぁ!!」
カナメとミラーナの連携がジャレイズを襲う。ミラーナの予知が難しい攻撃、そしてカナメの異質な攻撃。カナメのライトスティンガーは防いだとしても水の様に防御をすり抜け攻撃を当ててくる。先ほどとは違い手加減をしているおかげで致命傷を負うまでには至っていないが。
「このままでは!!!申し訳ありません、エレオノーラ様ッ!!!」
ジャレイズが諦めかけた、その時。
「総員、止まれ。」
男の声が冷たく響き、その場にいる全員の動きが停止する。カナメとミラーナは声から伝わる覇気によって動く事が出来ない、まるで蛇に睨まれた蛙の如く。
「中々良い戦いであった。私の心が踊り狂ったぞ。だが…まだ足りない。」
その男の姿を見たエレオノーラは即座に跪き敬意を払う。エレオノーラが頭を垂れる程の人物…いったい何者なのか。姿はマントに包まれ顔も見えない。体つきは良い、身長は百九十ほどだろうか長身の男だ、声からはまだまだ若々しさを感じる。
「トーノ=カナメ…いや、グリットマンよ、もっと輝け、もっと私を満たしてくれ。その時が来るまで私は待っているぞ。」
この男、俺のことを知っている。誰なんだ、この胸に沸き起こるざわつきはなんだ?脳内で頻りに俺に促してくる。"今はこの男と戦うな。"こんなにもハッキリと恐怖を感じる相手は初めてだ。確かに今の俺では絶対に負ける。何故か知っているその男のイメージと今目の前にいる男の覇気は別次元のものへと昇華している。まるで神の領域へと達しているような。
「ミラーナ、お前も励めよ。私の心を躍らせる程の勇気を見せてくれ。」
その男の声を聞きミラーナは懐かしさに囚われる。幼き頃に聞いた様な声。
「あなたは…。」
ミラーナが問いを投げかける前に男は身を翻す。
「帰るぞジャレイズ。ご苦労であったな。」
ジャレイズも深々と頭を下げ男の下へと飛び寄る。エレオノーラは不服そうに男に苦言を呈す。
「何故あのような者にあの力を…!私は聞いておりませぬ!」
「そう怒るなよエレオノーラ。私が認めた男だ、それで文句は無かろう。」
納得しないままのエレオノーラ、ジャレイズの移送魔術によって三人ともが空間から消える。男の声が最後に木霊するのであった。
「また会う時を楽しみにしているぞ、グリットマン。」
空間が揺らぎ始め自壊を始める。焦るカナメ。
「なんだ、なんだ!何かヤバそうだぞ!!」
「落ち着け!ジャレイズがいなくなり魔術空間が自壊を始めたのだ!早くその鉄の馬にマルスたちを乗せるのだ!」
「合点だ!」
ミラーナと共にマルスたちを担ぎ上げ、ライドアイバーに乗せ四人乗りとなる。ミラーナは皇女たちの屍を見て連れて帰りたい気持ちを押さえ、ライドアイバーに跨る。
「こんなに乗せるの初めてだけど大丈夫かなぁ…?」
「行くしかなかろう!走らせろカナメ!」
「あいよ!」カナメはアクセルを捻りエンジンを轟かせ、ライドアイバーを疾走させる。空間をぶち破り次元を駆け抜ける。
「ありがとう…。」
ミラーナがぽつりと呟く、しかしエンジン音に掻き消されカナメの耳には届かなかった。
「え?なんか言ったか?」
「何でもない!」
ライドアイバーが次元を突き破り元の世界レーベンヘルツへと帰って来た。そこにはトラヴィー、ファリオやロンティヌス、大勢の兵や使用人たちが俺たちの帰りを待っていた。
「おかえりミラーナ!!無事で良かった!!!」
ファリオがミラーナに飛び付き抱きしめる。体力の消耗が激しいせいか少しよろけるがファリオの体重をしっかりと受け止める。ミラーナはファリオの体重を感じる事で自分の生を噛み締める。ミラーナはマルスたちの身を案じ、トラヴィタールに促す。
「ロンティヌス、マルスたちを至急治療してくれ。まだ間に合うはずだ!」
「では取り掛かろう。」
ロンティヌスは待機していた治療班に指示を下しマルスたちを担架に乗せ治癒術を与えながら医務室へ運ぶのであった。
「ロンティヌス様の治癒能力があれば明日には動けるようになってると思うよん。」
トラヴィーの言葉でミラーナはようやく安堵する。
「そうか、それにしても魔術空間にどうやって来れたんだ?様々な人の協力あっての事だと聞いたが。」
ミラーナの問いにカナメは答える。
「それは思わぬ手助けがあったからなんだ。これを見てくれ。」
カナメはズボンのポケットから手紙らしきものを取り出しミラーナに手渡した。ミラーナはその手紙を開いて中を見てミラーナは読み上げる。
「ジャレイズ=ランタンの創造せし空間の門を見つけよ。カエラエルン=ヴォード=ヒルヒアイゼン。」
そこにはヴァルハラッハ一番の知将、全知と呼ばれる男の名前と助言が書いてあった。ミラーナは思わず失笑してしまう。全知と呼ばれる由縁をまたもや思い知らされる。
「ブリュンヒルデ様の借りは返したっということか。」
「まぁそういう事だな、あとは子供たちの力もあっての事だ感謝しとけよ?」
カナメはそういって二人の小さな救世主を教えてくれた。
「ファリオも魔術空間の門を見つけてくれた一人なんだ。」
「そうなのかファリオ、感謝する。ありがとう。」
ミラーナは優しくファリオの頭を撫でると、ファリオは嬉しそうに喜ぶ。
「そしてこの子も門の場所を探し出してくれたんだ。」
カナメがミラーナの前に出した人物は目を閉じた小さな少女。
「エルマナは目は良くないけど耳と鼻はすっごく良いんだ!」
「エルマナ…!そうか、ありがとうエルマナ…お前にも心配をさせてしまったようだな。」
ミラーナはエルマナを優しく抱きしめ頭を撫でる。エルマナは申し訳なさそうに言う。
「ミラーナ様、勝手にお外に出てごめんなさい…。でも私、ミラーナ様が心配で…。」
「いいんだエルマナ。エルマナがカナメを導いてくれたお陰で私はこうして生きているんだ。ありがとう。」
ミラーナのその言葉を聞いてようやくエルマナは明るい顔を見せてくれた。ミラーナは今、改めて実感する
「私は多くの人たちに支えられてここに立っているのだな。」
そして運命の歯車は大きく動き出す。




