第十話 『異次元空間からの襲撃者』
グランズヘイム城内、ミラーナ率いる騎馬隊と共に帝都へと戻ってきたカナメは報告を受け目を輝かせてライドアイバーを研究したいと求めるロンティヌスの所へライドアイバーを押して連れて行っている最中。
「研究室が一階にあって良かった。こいつを押して階段を上るのは流石に無理がある。」
エンジンで一気に持って行きたい所だがパワーが強すぎる、お城に轍を作るわけには行かない。だからカナメはしかたなく押して行くのだ。
「ぜぇ…ぜぇ…ようやく…着いた。」
ようやく研究所の前へとやって来たカナメは扉を開き、ライドアイバーを研究所内へと運ぶ。研究所内は広く天井も高いが薄暗く、壁際に置かれた多くの棚には怪しげな薬品やアイテムが所狭しと置かれている。研究者と思しき者たちが所々の場所で何かしらの研究をしている。奥まった所で無理やり作ったであろう広めのスペースが、そこにはロンティヌスとトラヴィタールが。
「!やっと来たかカナメ。さぁ早速その鉄馬を見せてくれ!」
ロンは嬉しそうにライドアイバーの回りを嘗め回すように観察している。「分解してもいいか!」とロンが聞いてきたので「駄目だ。」と当然の返答をする。
「私は失礼するよん。」
トラヴィタールはそういって研究所を出た。「っじゃ、俺も行くけど。分解はするなよ。」と忠告しといて俺は研究所を出てトラヴィタールを追いかけた。
「おーい、トラヴィー!」
トラヴィタールが振り返る。相変わらず仮面を付けたままの怪しげな男。ひょうきんな口調とは違い仕草は普通だ、オーバーアクションではあるけれど。
「何か用かなん?カナメくん。」
振り返りキレッキレの動きを見せる。マイコーかお前は。いつしかポゥ!っと言うんじゃなかろうか。いやいやそうじゃなくて。
「ちょっとトラヴィーと話がしてみたくてさ。」
親睦を深めるという意味もあるが、使者の事が知りたかった。今まで会った者たちの使者になった成り行きは大体は知っているが、トラヴィー、ミラーナ、エルマナたちの使者になった経緯はまだ聞いていなかった。トラヴィーは少し考えた後に言った。
「ふーむ。わかったよん。では、私の部屋に案内するよん。」
トラヴィーの部屋か。どんな内装をしているのかと想像する。トラヴィーの派手な見た目からド派手で奇抜な部屋では無いかと思ってみる。長い廊下を抜け、本城から一旦抜ける。そして騎士団の宿舎までやってきた。
「あれ、トラヴィー騎士団員だったのか?」
トラヴィーに聞くと素早く振り、人差し指を立てて返り答える。
「私は特別に騎士団に入れてもらえたんだよん。元々はヒルヘイルの民だからねん。」
そういえばトラヴィーは不戦条約の結界を張った術師でありヒルヘイルの使者でもあったな。
「帰る場所を無くした私に居場所を与えてくださったのがミラーナ皇女なんだよん。だから私は皇女に忠誠を誓ったんだよん。」
そうトラヴィーは言って前を向きなおし宿舎の扉を開けた。大きな観音開きの扉だったかスムースに動き音も軽めな軋む音、上等な扉なのだろう。宿舎の中は数人の騎士がいた、ほとんどの騎士は警護や巡回のためここにはいないのだろう。
「こっちだよん。」
トラヴィーが自室へと招く。騎士団の宿舎とはいえ豪華な作りだ。赤絨毯に装飾の施された内装、待遇の良さが窺える。トラヴィーは足を止め俺のほうに振り向く。
「ここだよん。」
そうトラヴィーが言うと扉を開け、俺は中へと入りトラヴィーも続いて部屋に入った。部屋の内装を見て俺は少しうろたえる。
「ここがトラヴィーの部屋なのか?」
部屋には窓際の机が一つと椅子が二つ、机の上にはチェスが置かれているだけだった。なんとも簡素な内装にここがトラヴィーの部屋だと信じられなかった。
「ここが私の部屋だよん。」
というトラヴィーの言葉でここがトラヴィーの部屋である事を認めざるを得ない。ベッドもタンスもない部屋。トラヴィーは数少ない家具である椅子に腰掛ける。
「話がしたいんだろん?カナメくんも座ったらいかがかなん。」
トラヴィーはそう言ってどうぞっと手を椅子に向けて招く。俺は椅子に座りトラヴィーと向き合う。
「さて、何を話せばいいのかなん?」
そうトラヴィーは首を傾げて俺に聞く。とりあえずは戦争のきっかけを聞いてみるか。
「戦争が始まったのが何百年も前のことだっけ?始まったきっかけなんてのはあるのか?」
トラヴィーは答える。
「人間の欲だよん。無限に膨れ上がる人間の浅ましい欲が戦争の引き金を引いたんだよん。」
人間の欲。欲自体は誰しも持つものである、そしてそれが悪だとも言えない。欲こそが人間の発展を担っていると思うからだ。トラヴィーは続けて言う。
「五百年前、戦争が起こる前は本当に平和な日々が続いていたんだよん。それが突如、連鎖的に資源が現れ始めたんだよん。」
「ヴァルハラッハには大量の美しい水、ヨーツンベルドには大量の燃料資源、ヒルヘイルには大量の鉱石、アルブホームには大量の食料源、そしてこの国グランズヘイムには大量のマナ。しかし一国だけ資源が現れなかった国があったのよねん。」
一つだけ言ってない国、それは。
「ニンブルレイム…か。」
エルマナの祖国。厄介な国の一つとして言われている国だ。エルマナをニンブルレイムに置いていられないほどだ、自国の民に手をかける様な危険な国なのだろう。
トラヴィーは答える。
「そうだねん。ニンブルレイムだけが豊富な資源を発見できなかった。さらに当時のニンブルレイムは貧困に苦しんでいたんだよん。」
カナメは地図を思い出しニンブルレイムの国土の広さを浮かべる。
「ニンブルレイムって地図で見る限り一番土地が広い国じゃないか。資源なんていくらでも見つかりそうだけどな。」
ヨーツンベルドもかなり広い国土を持つ国だがその二倍ほどの国土をニンブルレイムは持っている。
その疑問にトラヴィーは答える。
「確かに大昔は資源の豊かな国だったんだけどねん。ニンブルレイムの国王が強欲な男でねん、国王を筆頭に裕福な層が湯水の様に資源を消費していったんだよねん。しかし資源は無限ではないのよん、森も水も鉱石も取り過ぎて涸れてしまったんだよん。まぁやり過ぎは良くないって事だよねん。」
言ってしまえば自滅。欲に溺れた者たちの哀れな末路という事か。
「そして、貧困への転落と他国で大量の資源の発見。ニンブルレイムという国が取る行動は一つ。それは略奪だねん。これが戦争の火種だねん。」
「ニンブルレイムが目をつけた国、それは海を挟んだ反対側の国アルブホームだよん。」
それを聞いて俺は不思議に思う。
「なんで一番遠いアルブホームなんだ?グランズヘイムとヒルヘイルは隣の国じゃないか。アルブホームまで最短でも八千キロはある船路を選ぶ理由はなんだ?」
そう言って俺はトラヴィーに疑問を投げかけた。トラヴィーは答える。
「ヒルヘイルは絶対女王制の国なのよん、そして一度手を出せばただでは済まない国なのよん。もしヒルヘイルに手を出していたなら既にニンブルレイムは滅んでいたとおもうのよん。グランズヘイムは最強国であるヴァルハラッハと同盟を結んでいたのねん。グランズヘイムに手を出せばヴァルハラッハも起き上がる。これもまた滅びの道だねん。ヨーツンベルドも侮れない強国。一番お手頃だったのがアルブホームだったのねん。」
「アルブホームは元々戦を好む国ではなかったのよん、さらに特異な霧が外敵を寄せ付けなかったのねん、だから戦いという点で言えば強い国とは言えないねん。」
ロンが言っていた迷宮区画という奴か。敵は門前払いにされていたから戦う必要が無かった。その迷宮区画を強引に突破してきたニンブルレイムがアルブホームを襲撃したという事か。
トラヴィーは語り続ける。
「それはそれは、残虐非道を行ったと聞いているよん。殺し、奪い、犯し、絶望の限りを与えたと言われているねん。憎悪に駆られたアルブホームはニンブルレイムと戦争を始めた。これが始まりなのよん。ちなみにアルブホームは長寿の種族、今でもニンブルレイムを憎み続けているんだよん。ロンティヌス様がどう思っているのかは知らないけどねん。」
だけどアルブホームから使者の命を狙う様な事は起きていない。やはり戦争を好まない種族という点は完全には無くなってはいない様だ。
「ヨーツンベルドやヒルヘイルも戦争を始めたのか?」
トラヴィーは答える。
「勿論、ヨーツンベルドとヒルヘイルは元々仲が悪かったんだよん。戦争するほどの中の悪さではなかったんだけどねん。戦争に触発されたのか、はたまた何者かに触発されたのか、今となっては知る由もないけど突然だったのよん。ヨーツンベルドとヒルヘイルが戦争を始めたのは。」
「こうして四カ国が戦争を始め混沌とした世界が生まれたのよん。その光景を見かねたのかヴァルハラッハが戦争を止めるべく動いたのよん。ただ方法が極端すぎたのよねん。」
「『世界の統一』ヴァルハラッハが唯一の国として君臨し戦争を終わらせようとしたのよん。こうして四百年以上に渡る世界大戦が始まったのよねん。」
なるほどなるほど、って待てよ。まだ出てきてない国があるな。
「グランズヘイムも戦争してたんだろ?どんな理由なんだ?」
トラヴィーは釈然としてないっといった感じで答える。
「巻き込まれた。っと言えばいいのかなん。何もせず静観していたからねん。ただ…。」
含みを持たせた言葉にカナメは反応する。
「ただ?」
トラヴィーは首を振って何でもないという素振りを見せる。
「何でもないよん。これで戦争の話は終わりだよん。」
気にはなるが本人がなんでもないと言っているんだ。ここはそっとしておこう。他にもトラヴィーに聞いてみようか。
「じゃあ今度は使者についての話だ。カイン、ロン、ヒルダ、三人の話は直接本人たちから聞いたけどトラヴィーたちの事は聞いてなかったからさ。トラヴィーは何で使者になろうと?いや、不戦条約の結界を作ろうと思ったんだ?たくさんの危険が降りかかるってわかっていながらも。」
トラヴィーは考えるまでもなく答える。
「ただ一つ、平和を取り戻す為だよん。完全には取り戻せはしなかったけどそれでも静かになったものだよん。私も戦争に参加していたけどねん、今も悲鳴や憎悪の声が耳から離れないのよん。妻も子も失ったのよん、もう…嫌になったんだよねん。たとえ多くの危険がこの身に降りかかろうとも戦争を止めたかったんだよん。」
トラヴィーは自分の仮面に手をかける。
「顔を焼かれ幾千の拷問を受けようともねん。」
ようやく俺はトラヴィーが何故仮面を付けているのか分かった。
「その仮面も奇抜な服もその傷を隠すためのものだったんだな。」
それを知らずにトラヴィーの服装を内心で小バカにしていたなんて、自分自身が愚かな人間だったんだと思い知らされる。
トラヴィーは答える。
「仮面は兎も角、この服装は私のセンスだよん。」
なんだよ。反省して損したな。まぁ気を取り直して。
「エルマナはニンブルレイムの人間だったな。聞くような残虐な性格には見えないけど。」
「エルマナは数少ないニンブルレイムの常識人だからねん。エルマナには兄がいるんだけどねん、エルマナの兄とは思えないほどの残虐な性格の持ち主だよん。エルマナは優しき子だからねん、不戦条約の結界に協力してくれたんだよん。ただニンブルレイムに置いておく訳にもいかないからねん。グランズヘイムで保護しているんだよん。」
エルマナ。ファリオとよく遊ぶ少女。直接会った事はまだない。
「それじゃ、最後にミラーナの話を聞かせてくれ。」
トラヴィーは深く考える。困っている様子だ。トラヴィーは口を開く。
「ミラーナ皇女の事はマルスに聞いたほうが詳しいかもしれないねん。それでも私が知っている事といえば。ミラーナ皇女は国皇と愛人の娘という事だねん。」
それは初耳だ。ミラーナが愛人の娘だとは、だから第一皇女から疎まれていたのか?
「国王は今、行方不明なんだけどねん。そしてミラーナ皇女の母クラリス殿下はお亡くなりになっているのよん。」
俺は驚きトラヴィーに聞く。
「ミラーナの母親はもう亡くなっていたのか。」
トラヴィーは答える。
「聞いた話ではあるけどねん。ミラーナ様の幼少期の事で出会う前の事だよん。確か街のパタスを食べて毒殺されたと聞いているよん。」
ふとカナメは思い出す。ブリュンヒルデとパタスを食べた時の事だ、トバルカインの時は自分で買っていたので気付かなかったが、あの時パタスを渡した時にミラーナの顔が青ざめた理由がカナメには分かったのだ。
「だから、あの時パタスを食わなかったのか。」
トラヴィーは言う。
「ミラーナ皇女が使者を引き受けた理由は内情の事が大きいのかもしれないねん。」
トラヴィーは立ち上がりカナメに言う。
「そろそろ席を外させて頂くよん。いいかなカナメくん。」
随分と話が聞けた。時間を割いてくれたトラヴィーには感謝しないとな。
「あぁ、ありがとうトラヴィー。じゃあ俺も失礼するよ。」
トラヴィーと共に騎士団の宿舎を出て、別れの挨拶をした後に二人は別れ様とした時、血相を変えた兵士がこちらを見つけ駆け寄ってきた。
「大変ですトラヴィタール殿!カナメ殿!」
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第一皇女から第十六皇女までの皇女たちが豪華なろうそく立てが複数置かれ真っ白なテーブルクロスの敷かれた長い机に向い豪華な背の長い椅子に座っていた。
一番奥の中央に第一皇女、そして左右に第二皇女から順々に並んでいた。しかし第十六皇女ミラーナだけは第一皇女の対面で両腕を腰に当て姿勢正しく立っていた。気性の荒い第三皇女が口火を切った。
「何故、ここに売女の娘がいるのかしら?」
次に肥満体の第十皇女が悪態をつく。
「その通りだわ!汚らわしい娘がなぜ私たちと同じ場所にいるのかしら!同じ空気を吸っていたらこちらまで汚れるわ!」
双子の第六皇女と第七皇女も口を揃えて言う。
「「汚らわしいですわ。」」
第一皇女は静観をしているが他の皇女はざわついている。第一皇女が口を開く。
「私が呼んだのですわ。」
その一言で空間のざわつきは消え、静寂が場を支配する。
「此度は重大な報告がございます。」
周囲がざわつく。ミラーナも姿勢こそ崩さないものの驚きを隠せないでいる。
第二皇女は第一皇女に聞いた。
「いったいどの様な報告が?」
第一皇女は愛しい者を思うように口にした。
「王が帰還なされた。」
その言葉に皆静まり返る。そして喜びの声を上げる。枝の様にやせ細った第五皇女が歓喜の声を上げた。
「本当ですの!あぁお父様が生きておられたのですね!なんと喜ばしい事!」
根暗な第八皇女も喜びの声を上げる。
「お、お、祝祭を上げないといけないわね。お、お、お、お父様のご帰還ですもの。」
ミラーナの事も忘れ一気にお祭りムードとなった大きな会談室。ミラーナだけは見ていた、第一皇女エレオノーラの不敵な笑みを見逃していなかったのだ。
第九皇女は第一皇女に近づき話しかける。
「よろしいでしょう、エレオノーラお姉さま!お父様のご帰還を祝う催しを行っても!」
エレオノーラは優しく第九皇女に笑みを向ける。
「えぇ、では今から始めましょうか。」
各々喜びの舞を踊っている、しかしミラーナだけは何かに警戒している。エレオノーラが見せた不適な笑みが彼女の警戒心を煽ったのだ。
エレオノーラは言う。
「始めましょうか、死の舞踏を。」
エレオノーラの言葉が終わった時、近くにいた第九皇女の姿が消失する。
「!?」
その瞬間を理解できない皇女たちは第九皇女の姿を探す。
「クラムベリー姉さまの…姿が見当たりませんわ。どこへ…行ってしまったの?」
エレオノーラに問う第十一皇女。その問いに答えるエレオノーラ。
「ではお見せしましょう。」
第十一皇女の姿が消える。遂に皇女たちから悲鳴の声を上げようとした瞬間の事。
あっという間に十四人の皇女たちは消失した。この場にはミラーナとエレオノーラの姿のみだ。
「エレオノーラ第一皇女…。皆はいったいどこへ…。」
エレオノーラは答えない。初めて向けられた笑みだけが返ってくる。
「答えろぉぉっ!エレオノーラァァァ!!!!皆をどこへやったぁぁぁ!!!!」
ミラーナは剣を引き抜き切っ先をエレオノーラに向ける。怒りか恐怖か手は震え、息は荒くなるばかり。
「誰に向ってその様な口を利いているのかしら。ミラーナ。」
ミラーナは背後の扉に向って号令をかける。
「来いっ!マルス!!クルシュ!!」
即座にマルスとクルシュが会談室に突入する。警戒していたミラーナは二人を伏兵として潜ませていたのだ。周囲を見てマルスはミラーナに問う。
「他の皇女様は…。」
ミラーナが答える。
「空間転移か何かしらの魔術でどこかへ消えた。」
クルシュは口を開く。
「しかし、殺害されるような場所への転移は出来ないはずですよ。高所や大海の上など命が奪われるような場所には。」
エレオノーラが口を開く。
「マルス、クルシュ。こちらに就きなさい。騎士団屈指の力量を持つ貴方たちを失うのは惜しいわ。」
マルスは答える。
「第一皇女。貴方側へ就く事は出来ないですな。どうにも貴方はきな臭い。」
クルシュも続いて答える。
「私も同意見です。今すぐ他の皇女様たちを解放して頂きたい。」
エレオノーラは呆れたような素振りを見せ、マルスたちを睨みつける。
「残念だわ本当に。では彼女らに会わせてあげるわ。さようならミラーナ、不愉快な娘。」
エレオノーラの言葉が終わると一気に視界が歪む。魔術による移動が始まっている。
視界がハッキリするとそこは見たことも無い館の廊下。館は静けさに包まれ物音一つ聞こえはしない。
「ここは…?」
ミラーナが疑問の声を上げるとクルシュが何かに気付く。
「ミラーナ皇女!外をご覧下さい!」
ミラーナとマルスは背後の窓の外を見る。そこは暗黒だった、夜の闇とは違う、窓から零れる光があるにも関わらず窓の外の地面は暗黒に染められていた。
魔術の嗜みがあるクルシュはここがどこか気付く。
「ここは魔術空間です!魔術空間なんて最高位魔術が扱えるのは魔道師といえば一人だけ。」
ミラーナも察しがついた。
「八大魔道師、ジャレイズ=ランタンか。」
異空間形成の魔術に長けた魔道師。それがジャレイズ=ランタン。マルスに嫌な考えが浮かぶ。
「もしここが完全にもとの世界と異なる空間であるなら、ミラーナ皇女…不味いですぞ。」
ミラーナもその事はわかっていた。だからこそ他の嫌な予想が頭から離れない。
「エレオノーラは『彼女らに会わせる』と言っていたな。だとするならこの静けさはなんだ…。」
その問いにクルシュが答える。
「考えたくはありませんが、そういう事でしょうね。」
三人の警戒心はより増した。そう、彼女らはこういった異常事態に慣れている筈が無い。だとするならこの静けさは彼女らに何らかの問題が起きていることを示している。そしてその問題は恐らく。
「進むぞマルス、クルシュ!皆の姿を探そう。」
廊下を進み、周囲を警戒しながら備えられた扉を次々と開けて中を調べるが、もぬけのカラ。本当は違うところに送られていて皆生きている。っというのが彼女らの理想ではあったが。
廊下を進み大広間にたどり着いたところでその理想は打ち砕かれた。
「…。」
ミラーナはその光景を見て怒り狂いそうになった。だが敵が眼前にいたことで戦闘態勢に入り冷静さを保つ事が出来ている。
ミラーナが見た光景は十四人の皇女たちの惨い死体の山。その上には一人の女性の姿が。
「貴様がジャレイズ=ランタンだな。」
ミラーナの問いに女は答える。
「如何にも。あたしが八大魔道師、ジャレイズ=ランタンさ。」
まるで地に染められたかのような真紅のドレスを身に纏うジャレイズの手には服装に見合わぬ死神が持っていそうな大きな鎌が握られていた。その大鎌を軽々と振り回し死体の山から飛び降りる。
「なぜこんな事をした!彼女らを殺す必要があったのか!」
ミラーナの怒声が響く。耳を塞いでだるそうにするジャレイズは答える。
「それはあたしの主の命令だからさ。彼女らは単純に必要ないってさ。それは貴方も一緒だ、ミラーナ皇女。」
ミラーナはジャレイズに問う。
「お前の主とは誰だ…。」
ジャレイズは答える。
「分かりきっている事だ。我が主はエレオノーラ=グランズヘイム=フォン=シュバーンシュタイン様さ。」
ミラーナは剣を握り締めている手に自然と力を込めてしまう。彼女は今、怒りで冷静さを失いかけている。
「王が父上がこの事を知ったらどう思うだろうな。」
ミラーナは憎々しげに言い放った。しかしジャレイズはキョトンとしたあと大笑いをする。
「アハハハハハハハハハハハハハ!!貴方何も知らないのね!!!これは滑稽だわ!!アハハハハハハ!!」
ミラーナの我慢は既に限界に達していた。
「何が可笑しい!!私が何を知らないというのだ!!」
ジャレイズは未だに腹を抱えて笑っている。笑いながらもジャレイズは言う。
「それは言えないわね。主から口止めされているもの。でも知ったところで貴方はここで死ぬのよ。意味無いでしょ。アハハ!いやぁ笑った笑った。」
怒りで冷静さを失うミラーナをマルスとクルシュが抑える。
「ミラーナ皇女!!冷静になって下さい!!」
クルシュの制止に抗うミラーナその光景を見てジャレイズは滑稽だと笑う。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
二人の制止を振り切ってジャレイズに単身突撃をするミラーナ。その速度は疾風の如き素早さであったがジャレイズは余裕を持って何かを取り出す。
それは長いチェーンに繋がれた球体。チェーンの端を持ち球体を放して吊るしだす。
そしてジャレイズは発するのだ。
「解凍…。」
突如ジャレイズの周囲から強烈な風が巻き起こり突撃したミラーナを吹き飛ばす。吹き飛んだミラーナをマルスたちが捕まえ手助けする。
風は止みジャレイズの姿が露になる。
その姿は漆黒、球体を主体とした鎧の姿。その姿からは尋常ではないマナが感じられる。圧倒的な力量さを感じるミラーナたち。
「魔装鎧、ワールドワイド。さぁ一方的な殺し合いを始めようか。」
大鎌を構えるジャレイズ。ミラーナたちも覇気に負けじと剣を構える。この空間で繰り広げられるのは人間同士の殺し合い。三対一でありながら勝機を感じさせない相手の力量。
「魔装鎧がなんだというのだ。絶対にお前は倒す。」
怒りに囚われたままのミラーナ。冷静さを失いマルスたちとの連携も考えない思慮の浅い状態の彼女に勝機はない。




