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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
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幼馴染が不機嫌な理由Ⅲ



「伊達にバスケ部に混ざって走ってないからな」



「でも、勉強をおろそかにするのはダメ」



「今だけだって。テストもだいぶ先だし」




 勉強と部活の両立は難しい。腹筋しながら数学をやって、どれだけの数式が頭に入るだろうか。脳筋という言葉があるが、実際脳みそが筋肉のように反射的に答えを導き出すなら、脳筋はむしろ褒め言葉である。



「いや、しかしそれだと考えすぎて筋肉痛に……?」



「何の話?」



「もし脳みそが筋肉だったらって話」



「……なにそれ。心臓みたいに動くってこと?」



「それは少し気持ち悪いな」



 相変わらずの俺。



 何も変わってないように見える明日音。



 しかし、変わらないものなど何もない。



「髪、どこまで伸ばすんだ?」



「うーん……、決めてはないけど。暫く伸ばすつもり」



 今までロングにしたことのなかった明日音が、髪を伸ばし始めた。小夜さんに手入れの仕方を聞いたらしい。



「あー、それと。裕翔のお相手の教育実習生の人。どんな感じだ?」



「どんな感じ、って言われても……。なんていうのかな、普通の人だよ」



「普通の人って言われてもピンと来ないんだが……」



 俺の困った顔を楽しげに見つめる明日音がいる。



「私だって言葉に困るよ。うちのクラスは先生に変な質問する男子もいないし、授業も淡々と進むよ?」



 もし仮にこれが美人や何か特徴があるような人なら、自ずと話題になるだろう。それすらないということは、性の盛の高校一年の男子も、興味の範囲外ということだろうか。



「裕翔はあの人のどこを好きになったんだろうな」



 正直な話、きっかけを作りに行って、ちら、と見かけた俺でさえも、その印象は薄く。スーツ姿など実際に見ないと想像もできない。



「一目惚れ、って言ってたよね。やっぱり、佐々木くんの特殊な感覚でしか感じ得ない何かがあったんだよ」



 ヘタをすれば悪口にも捉えられるその言葉はまさしくその通りで。



 容姿のいい裕翔の選ぶ相手が彼女だと、一概には信じられないのだ。



「佐々木くんの恋、手伝ってあげるの?」



 明日音が裏のない瞳で俺を見る。



「出来るならな。あんなんでも友達だし。やれることはやってやりたいよな」



 極力、陰ながら。



 もう裕翔の好意は相手には知れているのだから、俺がひたすら裏工作をしても寒いだけだ。後はあいつの情熱と本気が試される。



「上手くいくといいよね」



「今上手くいっても、この先きついだろうけどな。遠距離恋愛はヤバイって言うし」



 年齢差は五歳ほど。大人ならともかく、今の俺たちには天と地の差。いうなれば、教師と生徒のようなものだ。



「でも、佐々木くんならそういうのもなんとかしちゃいそうだけど」



「どうかな。あいつ今変に気張ってるからな」



 今の裕翔は初めての恋を経験して戸惑い、浮かれているように俺は思う。



 暴走することはないと思うが、どこか危ういと思う気持ちがあるのも確かだ。



 今まで自分の好きなことを突き詰めてやってきた人間が、急に他人のために動けるか。



「今の裕翔と付き合ってると、なんか調子狂うんだよな」



 誰かの為に動く裕翔を、俺が想像できないから。



「でも、それじゃあ佐々木くんに失礼だよ。佐々木くんだって恋をする権利はあるんだし」



「それはわかってるんだけどな。でもさ」



 俺は抱いてた疑問を、絞り出すように口にする。



「好きな人に好かれるように頑張るっていうのは、正しいことなのかな?」



 頑張るというのはつまり、無理をするということに等しくて。



 裕翔は、『相手に好かれたい自分を演じる』ということをしているような気がして。そして、自分でも『この方向性ではたしていいのか?』と不安になるからこそ、裕翔を気にしているのだ。



「どういうこと?」



「俺は明日音を好きだけど、明日音が作る飯が上手いから明日音が好きなわけじゃない」



 う、うん、と明日音は頷く。



「何と言うか、いいところだけを極端に見せるようなやり方は、いい方法なのかな、とも思うわけ」



 付き合って長い時間を過ごせば、嫌な面も見えてくる。



 その結果如何によっては、別れるという可能性も十分にある。それを踏まえた上で、その場凌ぎの好感度稼ぎは正しいのか。そんなことを思う自分がいた。



「うーん……。晴彦の言いたいことはわかるよ。けど、最初から好感が持てないと、その先もないと思う」



 明日音の言うことも、これもまた事実で。



「全く、難しいな」



 どうしたら友人とその思い人を近づけさせることができるのか。



「難しいことだけど、見守ってあげるだけでいいと思うよ」



 明日音の言葉は、力強く俺に響いた。



「晴彦は佐々木くんに頼られてるけど、晴彦自身、してあげられることないって思ってるでしょ」



 明日音は、本当に良く器用に俺の心情を見透かす。しっかりと俺を見ている。



 そのとおりだ。俺が裕翔にしてやれることは、何もない。ない、というより、何もしない方がいいと、俺自身思っている。



 しかし、何かをしてやりたい、と思う気持ちと相反する。ゆえに、変な手心を抱く。言ってしまえば、部活に付き合っているのもその一つだ。



「結局、佐々木くんとあの人の問題だし。無理に晴彦が関わっても、変な方向に拗れるだけだよ」



 それはわかる。



 裕翔の恋がうまくいくにしても、行かないにしても。その後の自分のために、重要なことは裕翔自身で決めるべきであるのだ。



 俺の歩く力に迷いが生まれる。自分の進む道なら自己責任で進めるが、他人の進む道を指し示せるほど俺は全能ではない。



 明日音の方を向く。今までは揺れなかった襟足が、楽しそうに揺れる。



「明日音も言うようになったじゃないか」



 少しだけ長くなった髪を、犬をあやすように乱雑に撫でる。



「ちょ、ちょっとー」



 迷惑そうだが、嫌そうではない明日音の声に、すぐ止める。明日音が少し整えると、すぐに髪型は元通り。元より、大したセットはしていない。



「ま、裕翔の為でもないけど、俺も少し頑張ってやるか」



「そうだね。キツーイ特訓してるし」



 と、そこでまた明日音の瞳に不機嫌なものが宿る。といっても、今回は俺をからかっているような優しい光。



 歩く音が悪戯めいた上機嫌なものに変わり、しかし顔つきは俺をどこか非難したまま。



「競技会、いいとこなかったら罰ゲームだから」



 そう淡々と言い放った。



「……罰ゲームって?」



 一瞬呆気にとられた俺だったが、すぐに明日音に聞きなおす。



「うーん……。トマト三昧とか」



 俺の背筋に怖気が走る。夜はめっきり冷え込むようになっていた。



「それは横暴じゃないか?」



 胃を完全に握られている俺にとって、その罰ゲームは何より重い。



「でもね、美味しそうなトマト料理もあるんだよ?トマトブームは終わったけど、そのお陰でいろんなレシピがあるの」



 真剣な表情でトマト料理を語る明日音。確かに、トマトを使った料理はこの世に溢れている。俺がそれを敬遠しているだけだ。



「明日音、結構本気で怒ってる?」



「え?別に?」



 明日音が不機嫌なのは、俺が部活で会える時間がないからなのか。それとも、俺がトマト嫌いで、世にあふれるトマト料理を作る機会がないからなのか。



「……わからん」



 表情では、女心の機微を完全に読み取ることはできない。



「なに、急に……。わっ、降ってきたね」



 晴れていたはずの青空はいつの間にか半分以上隠れていた。鮮やかな色を映し出す光も薄れ、雨粒が降りだしていた。



「女心と秋の空、ってか」



 少しばかり濡れるのを気にせず、俺は明日音に手を引かれて早足で歩き出す。



 俺が恋愛云々を胸を張って語れる日は、まだ遥か彼方にあるようだった

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