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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
93/159

女心が秋の空な理由


 夏休みが終わり、二学期が始まった。


 まだ蝉の鳴き声は止まず、しかし夜には扇風機がいらない程度には涼しくなりつつある八月後半の出来事。


 家庭科室の扉が開く。



 お、と部員たちが俺を見ては一瞬驚き、からかうように質問する。



「あのー、なんで男子禁制の我部に男子が?」



 そんなこと、俺が聞きたいくらいだ。家庭科室で、出来合いのお菓子を食べながら俺が思う。



 余り入ったことのないこの教室には、家の台所のような不思議な雰囲気がある。台所に立つことのない俺が居心地がいいわけがなく、落ち着かない心地で椅子に座らされている。



「護衛です!陸上競技大会や文化祭が近くて、生徒会が活発に活動してますからね。あの生徒会長が何かと理由をつけてここに来ることも考えられます。その時に速やかにお帰りになっていただくための番犬です」



 簡単に人を犬扱いするその人は、料理研究部部長、五十嵐春風いがらしはるか高校二年。



「役に立つかどうかは微妙ですけどね」



 俺が愚痴を零すと、何人かの部員から慰めの言葉を頂く。



 ここに呼ばれたのは、春風さんの私的な用。一言で言えば、女子しかいない料理研究部に男子を置くことで、現生徒会長の介入を極力避けたいという意向らしい。



「あー、まあ、確かになんかウザイですよね、あの人」



「春風しか目に入らないって感じは逆に助かってるかな」



「悪い人ではないんだけど、友達以上は無理だよねぇ」



 口々に飛び出る生理的嫌悪。裏で俺がこんなことを言われていたら立ち直れないかもしれない。女ってのはちょっと怖い。



「そうですよ!皆も助けてくれればいいのに!だから晴彦くんを呼んだんです!」



 力説するその言葉に全く説得力はないはずなのだが、何故か皆納得している。



「俺がその生徒会長をなんとかできると思っているんですか?」



 俺が問うと、しかしみな好意的な笑みを浮かべる。



「そうは思わないけど、まあ間接的にでも『お前に興味はない』ってことを伝えられたら御の字、って感じ?あと、流石に強引に春風を誘われたりしたら面倒だしさ」



「一人でも信頼の置ける男子がいると安心ってこと」



 そう言われると悪い気はしないのだが。



 そう、だが、なのである。



「で、旦那がいるのになんで奥さんは機嫌悪いのさ」



 家庭科室の奥では明日音が不機嫌そうにチョコを刻んでいた。今日は特に何を作るわけでもないそうだが、チョコが安売りで余っていたのだという。



 最近、明日音の買い物の傾向が一層主婦よりになってきていた。部活で大量に消費できるということもあるが。



「まあ、色々ありまして……」


「何よ、ラブラブ状態はもう終わり?」



 キスをしたあの日から、確かに俺と明日音の関係は飛躍的に進んだ。



 相変わらず言葉約束をしたわけではないが、肉体関係という既成事実の第一歩を踏み出し、まさに『恋人』であるという認識を得た俺たち。互いに、というか主に明日音に、それなりの変化をもたらしていた。



 まず、あの一件以降何回かキスをしたが、明日音が泣くことはなかった。それどころか、喜んでそれを受け入れるようになったその表情は、無表情に近いがどこか色っぽいものだった。



 そして、今までは見せたことのない不機嫌な態度が他人にもわかるようになっていた。あの事件を思い出すと明日音は不機嫌になる。



「旦那さんは心当たりはないの?」



 雨宮あまみや先輩が俺に話しかける。流石に他の部員の名前も覚えつつあるこの頃。



 先輩は大人しそうな顔をしているが野球部の彼氏がいる、眼鏡とおさげな典型的地味っ子だが、やることはきちんとやっている今時の女子高生の一人だ。



 あと、俺の呼び名の『旦那さん』というのは、俺に手を出す意思がないことを明確にすることと、からかいの為だという。



 そう呼ばないのは彩瀬副部長と春風部長の二人だけだ。



「心当たりはありますけど、正直どうしようもないというか」



 あれは、今から数日前。小夜さんがアパートに帰る日だ。



 その日はささやかながら両家族、宴会を開き、当然の如く酒宴になり、高瀬家は夜八時には既に皆倒れていた。無論、俺も例外ではない。酒は飲んでいないがいつの間にか匂いで酔っていた。



 故に、ここからは明日音と小夜さん、そして奈美さんから聞いたことだ。



 その時に、明日音がつい、俺とキスをしたということを勢いで漏らしたらしい。酒で姉妹喧嘩がヒートアップでもしたのだろうか。



 それで火が付いた小夜さんは、どうやら俺にキスをしまくったらしい。



 それも、唇だけではなく体中。正直、全く覚えていない。俺が覚えているのは急激な眠気と、最後に食べたパセリの苦味である。起きたときはなぜか自室だった。



 記憶にあるうちで言えば、小夜さんを見送る際に不意を付かれてキスをされた。



 その一件に関して、明日音は今までにないほど小夜さんに腹を立てている。



『実の姉でもやっていいことと悪いことがある』と小夜さんを攻める一方で、『晴彦も油断しすぎ』とのお言葉をいただいた。



「油断するなっていうけど、キスするなんて思ってもなかったしな」



 小さな声で呟く。



 更に言えば、俺が他人とキスをするということに全く抵抗がないこともあるだろう。



 裸を見せるものと同様だが、俺はキスにもさほど抵抗がない。異性のみならず、同性にも頬くらいならキスはできる。



「明日音のああいう姿は新鮮だけどさー、早いうちに仲直りしてよね。明日音はうちの大黒柱なんだからさ」



「……まあ、努力はします」



 明日音がその出来事を忘れるには、まだ時間が必要そうであった。



「さて、会議始めますよー!チョコ組も湯煎しながらでいいので聞いてくださいね!」



 春風部長が声をかける。



 チョコの加工には数人加わっていた。手軽なものだが、見たことのない材料があるところを見ると中々凝ったものを作るらしい。今は九月。バレンタインにはまだ遠い。



「さて、課題は陸上競技会のパンとドリンクですが」



 会議の議題は、九月上旬に控えたイベント、陸上競技大会のパン食い競争と、障害物競走に使用する物。



 どうやら今回、料理研究部は意図的に『不味いもの』を作るようにお願いされているらしい。



 それなら春風部長の得意分野だと思える。



 その件に関して、彩瀬副部長が議題を述べる。



「春風が作る『大外れ』と、私たちがつくる『外れ』の二種類を用意しようと思う」



 その提案にみな笑うでもなく、神妙な顔をして検討する。その光景が少し恐ろしい。



「それってどの程度にするわけ?」



「いいんじゃない?話題にもなるし。毎年何かしらの伝説を残せるようになれば新入部員確保や部費、活動日も増やせるし」



「でも逆に保健室行き多数で自粛とかになってもやばいんじゃない?」



 飛び交う意見はどれも不穏当な意見。



 まあ、今回ばかりは『不味いものを作る』という活動なればこそだ。むしろ、どんな料理にこそ真剣に取り組むさまは運動部以上なのかもしれない。



「嘔吐とかされてもまずいし」



「悪評が広がるのはまずいから、当たりも入れようか」



「それはいい案だね。不味いのしか作れないなんて噂が流れても困る」



「春風に関しては手遅れだけどね」


「ちゃんとしたのも作れるって証明したじゃないですか!?」



 笑いというか、部長弄りを交えながらも会議はつつがなく進み、『当たり』『外れ』『大外れ』、という『美味しい』『不味いが食える』『食えたものではない』、という三つのジャンルに変更するように生徒会に要望を出すことになった。



 耳を塞ぎたくなる会議が行われる陸上競技大会は、一週間後の土曜日。



 夏休みボケを吹き飛ばすという名目で行われる、三年の癒しの場である。



 大半が部活を卒業し、受験勉強に入る。夏休みを削っての補習。体を動かさなくなるために、学校行事でそのストレスを発散させようという意図と、下級生の夏休みボケを吹き飛ばそうという意図がある。らしい。



 そして九月末には学園祭。これもほぼ三年の為であり、三年及び二年生はクラスで店をやったりする。一年はクラスで店を出すことができない。客としてか、部活動の出し物のみの参加。



 クラスでの繋がりが希薄になるため、孤独ではないと思わせるための行事なのだ。三年の為に、二学期に学校行事が集中している。二年修学旅行は十月半ばで、三年生は学校で思い出を語り合う。



 一年生の時はお試し期間ということなのか、あまり行事のメインステージには立てない。まあ、受験だからと言われれば納得してしまう部分もあるのだけれど。

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