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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
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俺の親友が恋をする理由Ⅲ


「……お?」



 特に明日音の機嫌が、今までで一二を争うほど悪かった。俺が近づいても、どこか俺から距離を取ろうとする。



「まあ、気合入れて来たのに、親友の頼みとは言え、ほかの女のところにナンパをしに行けばそうなるわよ」



「事情はわかるが、女心は複雑って奴だぞ」



 普通に考えてみれば、そうだろう。



「いや、ごめんな、明日音ちゃん。だが、俺としても必死でさ。でも、そのお陰で連絡先は手に入ったし!」



 裕翔が携帯をみせるが、そんなものが慰めになるわけもない。



「へぇ。この長い時間、晴彦は何してたの?」



 風華の鋭い質問。



「そりゃあ、連れの二人と談笑して、引きつけて――」



 そう言った時、明日音の態度が更に悪化する。



 裕翔も流石に不味いと思ったのか、明日音に言い訳がましい意見を飛ばしていた。



「あーあ、どうするのこれ」



 風華がにやりと俺を見て笑う。人の不幸は蜜の味とでもいうような表情。わかってはいたが、少しサディスティックな一面がある。



「……馬鹿に対する誘導尋問をした奴が言うセリフか?」



「なんにせよ、一大事って奴?」



 茉莉が俺を好奇心丸出しの瞳で見る。



「いや、そうでもないさ」



 しかし、俺がそう答えると、二人は不思議そうに俺を見た。



「余裕なのは結構だけど。女の機嫌取りは安くないわよ?」



「ま、それは同意だな」



 そのまま、明日音の機嫌は全く良くならず。しかし帰るときは一緒に帰る。



「……なあ」



 そう声をかけても、明日音はあからさまに俺と視線を合わそうとしない。



 バスが揺れる。当然ながら明日音と一緒の席で揺られる。



 明日音は無理やり俺を無視している。かといえば、俺が視線を逸らすと伺うように俺を見る。



 話しかける。目を逸らされる。その繰り返し、



 最寄りのバス停について、当然ながらそのバス停で降りる。



 降りてなお、明日音は俺の存在を無視する。まあしかし、明日音が俺を無視し続けることなどできるはずもないのだ。



「……水着、頑張って選んだのに」



 不機嫌な表情は、中々お目にかかれたものではない。そもそも、今まで俺に対して無関心に等しかったのだ。それを鑑みれば、これは可愛らしいとも言える。



「うん、ごめんな」



 真面目に謝ると、明日音の態度に迷いが。



「う……、ま、まあ、姉さんと一緒に選んだやつだけど」



「そっか」



 明日音は自己嫌悪こそ慣れていても、人を責めることに慣れていない。



「それでも、放っておくのはどうかと思う」



 明日音も少し思うところがあったようで、簡単には態度を改めない。



「そうだよな。それは反省してる」



 反省はしているが、後悔はあまりないところが正直なところだ。



 見知らぬ女子大生二人と話したこ時間は、無駄な時間ではなかったことだけは確かだ。



「む。反省してるなら、いい、かも?」



 殊勝にでられるとあまり強く出れないのは明日音らしい。



 家が近づく。バス停からは歩いて直ぐだ。



 人はいつの間にか、自分を偽って生きるようになる。



『努力は報われない』だとか、『初恋は適わない』だとか、信じていたものをいつの間にか否定するようになる



 それが悪いとは言わないし、仕方ないことなのかもしれない。



 ただ、嘘偽りのない俺を知っている明日音にだけは、俺は本当の姿を曝け出せるのではないか。



 そして明日音も。その事実に気づいているのかどうかはわからないが、この姿が仮面ではないはず。



 だから、俺は本当の姿を明日音に見せ続ける。それが俺をいつか救うと信じて。



「明日音」



 家は目前。別れは目の前。俺は、ある決意を持って明日音を呼び止めた。



「何?」



 もう俺を非難することを忘れたような瞳が迎える。



 俺はその振り向きざまの隙を逃さず、明日音の唇を塞いだ。



 音がしなかった。



 口日つの感触は柔らかく、明日音の鼓動と、呼吸を感じられた。



 その時間は一秒に満たなかったが、確かに俺と明日音は繋がった。その感覚が残る。



「その、なんだ。お詫び、ってわけじゃないけど」



 俺が適当な言い訳を考え、言葉に迷う。流石にこれは恥ずかしい。抵抗はないが、このキスには深くも簡素な意味がある。



「……えぅ」



 ちらりと伺うように視線をやると、明日音は涙を零していた。



「おわっ!?」



 忘れかけていた光景が蘇るような気分だった。



 ずっと昔、まだ小学生の頃。明日音は、随分泣き虫だった。何かにつけて泣き、その後処理を俺が全て引き受けていた。



 それは何が嫌だとか、悲しいとか、そういう理由ではけっしてないのだが、それこそなぜ明日音が泣くのかを理解できた人間は少なかった。明日音に友人が少なかったのはそのせいでもある。



「大丈夫か?」



 俺がそろりと手を出すと、声もなく明日音は頷く。涙は止まらず、顔は歪んでいく。



「一人で帰れるか?」



 明日音は駄々をこねるように首を振る。家は直ぐそこだ。しかし、明日音は帰るのを拒否する。



「……俺の家来るか?」



 そう言うと、明日音がゆっくりと頷く。



 仕方がない。どんな理由があろうと、泣かせたのは俺だ。



「ほら、行くぞ」



 俺が手を引いてやると、明日音は顔を伏せながらついてくる。泣き顔を人に見られるのが嫌なのだ。



「おかえりー、ってあれ?」



 俺の家の扉を開けると、出迎えたのは父さんだった。



 明日音が泣き顔を庇うように俺の背に隠れる。父さんはその様子を見て何か合点が言ったような声を上げる。



「明日音ちゃんは昔と変わらないねぇ」



「変わらないって……」



 父さんが知っているのは小学生低学年の頃だ。しかし確かにその頃の明日音と今の姿は被るのだ。



「女の子を泣かせちゃダメだぞー」



 これでは居間に居座ることもできない。



「わかってるって。ほら、行くぞ」



 明日音はおどおどとした足取りで、しかししっかりと父さんに頭を下げた。



 階段を登り、目的地は俺の部屋。



「ほら、入って」



 明日音を入れると、クッションに腰を下ろす。まだ涙は止まらない。鼻を鳴らすような音と、やや赤く腫れた頬が見えた。



「昔はこうだったな」



 俺がベッドに腰を下ろす。明日音は応えない。



『明日音ちゃんは不器用だから、それをどう表現していいのかわからないんだよ』



 それは、昔滅多に合わないと父さんが、泣いている明日音を見ていった言葉だ。



 明日音は、感情の表し方が上手くない。



 基本的に鉄面皮だったのだ。今でこそ、多少の表現の豊かさを得たものの、昔はひどいものだった。



 例えば、嬉しいことがあるとする。



 しかし、明日音が表現できる嬉しさというのは、少し頬を緩ませて『ありがとう』という位まで。それ以上に嬉しいことがあると、どう表現していいか分からずに明日音は泣く。



 怒りも悲しみも悔しさもすべて同じ。感動で泣くというのはよくあることだが、明日音はその敷居がひどく低い。まあ、言ってしまえばそれだけ。



 大人になるにつれて、自分の感情を上手くコントロールするようになっていた。



 しかしそれはどうやら、『うまく感情を表現する』方法ではなく、『受ける感動を表現できるレベルにまでに抑える』という方法だったのかもしれない。



「明日音は本当に不器用だな」



 それがまた、なんとも愛おしいような気もしないでもないのだ。



「っ、晴彦が、あんなこと、するからっ」



 なんとか言葉を発せれるくらいには回復したようだが、まだ涙はとめどなく流れている。



「仕方ないだろ……」



 何が仕方ないのかは俺にもわからない。



「あれはなんつーか、俺の気持ちだ」



 言葉で気持ちが伝われば苦労はしない。気持ちを正確に言葉に出来るのなら更に苦労はしないのだ。



 だから、身体で示すことが効果的な場面もある。そして、俺たちの関係はまさにそうだ。



「気持ち……」



 明日音が息を呑む気配がする。



 俺はベッドから床に腰を下ろし、明日音を見据える。明日音は咄嗟に俺から目を逸らした。

「こっち来なって」



 その言葉の意味がわからないという明日音を手招きする。



 少しづつ、少しづつ、明日音の顔が近づく。



 またキスをするのか、とも思ったのか、どこか警戒している明日音を引き寄せる。



「ふぁっ!?」



 キスはしない。俺は明日音の身体を抱き寄せていた。顔は俺の方に。身体は密着し、熱が伝わる。



 明日音の体温は高かった。



「ほら、落ち着け」



 頭を撫でてやる。昔は、よくこうして明日音を慰めていた。まあ、抱き合いはしなかったが。



「ふっ、うっ……」



 また明日音が泣き始める。



 夏の終わり。しかし、俺たちの間で、新しい何かが始まる。いつだってそう。



 静かに涙を流す明日音を抱きしめながら、そんなことを思った。 

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