俺の親友が恋をする理由
「しっかりしろよ……。お前しかその女の人知らないんだからな」
昼食後、俺は不本意ながら裕翔が本気で一目惚れした女性を探しに、女性陣と別れていた。
ひと夏のナンパ体験だ。
明日音は非常に嫌な顔をしたものの、裕翔の異常な態度を見てなんとか許可を出した。
「お、おう……。だけどさ、メアドとか電話番号とか、どうやってゲットしたらいいんだ?」
なんというか、少しイライラするのは俺の良心が足りないからだろうか。
「普通に聞けば教えてくれるだろ……」
しかし、裕翔は信じはしない。すがるように俺を見つめてくる。言葉は悪いが、ちょっと気持ち悪い。
「そうか?なんつーか、『コイツ私に気があるみたい』ってな感じになって、笑われねえかな?」
「気があるのは確かなんだから、堂々としろよ。そういう気がなけりゃ声なんてかけないだろ」
まあ、そうだけどよ、と裕翔が呟く。
ナンパというのはまあ、色々なテクニックがあるらしいが基本的にどれも同じ。
完全な拒絶なら脈なし。これは諦めるしかない。
いい返事、または迷っても脈アリ。迷うというのは、詰まるところ決断の保留だ。可能性がないわけではない。
こう見れば可能性は三分の二のような気がしないでもないが、実際の成功例はそう高くはないと思う。したことはないので何とも言えないが。
しかし、この佐々木裕翔はなんとも容姿がいい。
『見た目だけなら』十分合格点なのだ。
「そもそも、お前今までにナンパされたことあるだろ?」
今まで裕翔と街を歩いていただけで、女性や雑誌のスカウトだとかに声をかけられた経験が数回ある。
「あるな」
周囲を見渡し、目当ての女性を探し歩く。目当てがあると案外見当たらないものである。広い施設だ。今日も女性客は少なくない。
「その逆を今からやるんだ。やり方は知ってるだろ?」
「知ってるけど、それで興味を持ったことは一度もない」
「そこはお前の努力次第。経験豊富なんだから失敗例を思い出せ」
失敗は成功の友。それが他人であっても、だ。
「難しいな」
「恋を成就させるには、皆そんなことをやってるんだよ」
裕翔が俺の瞳を直視する。
「お前も?」
俺の恋もそうなのか。一瞬で答えが出る。そうだったのかもしれない。
「そうだな。俺はそう気づくまで十年以上かかったんだ。一目で相手のことを好きだとわかるお前は逆に凄いよ」
馬鹿にしているわけではない。
俺は、生まれてからいつも隣にいる女の子を好きだと、この歳になってようやく気づいたのだ。
俺の幸運は明日音と幼馴染だったことではない。明日音が俺をずっと好きでいてくれたことなのである。
それに比べれば、一目惚れというのはなんとも直感的で、それでいて運命的だ。
「そ、そうか?じゃあやっぱり、携帯の番号くらいは聞くべきかな?」
「失敗しても失うものは何もないんだ。強気でいけ」
赤の他人の連絡先を知れずに落ち込むのは詐欺業者位だ。
「そうだな。こんな時に縮こまってたら男が廃るな」
その言い方はどうなのかと思うが、それで裕翔の覚悟が決まるならそれでいいと思った。
現実的に、見知らぬ女性に告白し、振られても社会的に影響はないのは確かだ。男と女が別れたりするのは、日常的に行われていることである。それはそれで悲しいことでもあるけれど。
「腹が決まったなら、あとは探すだけなんだが」
正直な話、大勢が入り乱れるこの施設で特定の個人を見つけるのは至難の業だ。それも、一目見かけただけの女性を。
更に正直に言えば、ここまま見つからずに戻るのが俺にとって一番いい話なのだが。
「おい、晴彦!あれだ!彼女だ!」
興奮した裕翔が俺の肩を叩く。
現実は何故、こうも面倒な方に進むのか。容姿のいい男が世界に愛されているとでも言うのだろうか。
ちら、とみると、彼女らは椅子に座り休憩中。女性三人組できているようだ。
実に残念なことに、彼女らは男を連れてはいないようだ。彼女らが囲うテーブルにも他の誰かが入る余地はなく、三人は楽しそうに、そしてどこか詰まらなさそうに談笑をしていた。
三人に気付かれない位置に移動し、それとなく様子をうかがう。
「あの三人のどれだ?」
確かに三人とも可愛い人たちだ。小夜さんと比べるのは少し酷な話。
小夜さんに茉莉。そして裕翔。思えば俺の周りには美男美女ばかりだ。性格に少し難はある人ばかりだけれど。
「緑の水着の彼女」
その人は長い髪を縛っていて、眼鏡をかけていた。風華のように知的というよりは、どこか大人しい女性のようなイメージ。言ってしまえば、三人組の中でも一際地味目だった。
「へぇ……」
なんとも意外な告白に、俺もその人を見てしまう。人間、どんな人に恋をするかなんてわからないものだ。容姿が優れていても、それは同じらしい。
あまり見るのもなんだと思い、視線を離す。
「男はいなさそうだな!」
裕翔が意気込む。
「そうだな。じゃあさっさと電話番号なりなんなり聞いてこいよ」
俺が投げやりに言うと、裕翔は俺の腕を掴む。
「どうやってだよ!頼むよ裕翔、協力してくれよ!」
逆ギレなのか縋られているのか。まあ、どちらにせよ途轍もなく面倒だ。この裕翔の面倒を見るのもそうだし、あの三人の中に入っていくのも、である。
「普通に聞けよ。どんなにさり気なく装っても気があるのは確定的なんだし、小細工もなにもなしで聞いてこい」
「ダメだったら?」
「潔く諦めろ。まあ、変に小手先の芝居をするよりかは成功率は高いさ」
相手は年上。高校一年の俺達が大人ぶっても滑稽なだけだ。だから、子どもらしく攻める。
率直に、実直に。
だがまあ、そんな事が言ってすぐできるようになるのなら、苦労はしないのである。
「……すまん晴彦。あの中に切り込むことだけやって貰えないか?」
想定はしていた。
告白する時に近い精神状態なのだろう。上手くは言えないが、その気持ちはなんとなくわかる。誰かに背を押してもらわないといけない時も時としてある。
「ま、その位なら。きっかけやるから後は自分で何とかしろよ。身体でかいのに肝っ玉小さいとか思われなくないだろ」
「わ、わかってるよ!」
「じゃ、行くぞ」
そうして俺は三人組の方へと歩き出す。
「お、おう!」
裕翔はどこか頼りない意気込みを見せた。
さて、そんな中俺は思ったよりズカズカと三人組に近づいていく。心は冷ややかだった。もうどうにでもなれ、という感覚に近い。
俺にも失うものはないのだ。
三人組も俺達の接近に気付いたようだ。
あの、と俺が声を掛けると、快活そうな一人が返す。
「なにかな?」
俺達を年下とみている。まあ、歳の差は隠せない。
「さっきこいつがなんかやらかしたみたいで……。それで、きちんと謝りたいってことだったので」
何があったのか、間接的にしか聞いていないが、ただぶつかったと言う訳ではなさそうだ。
「佐絵じゃん?さっき胸に思いっきりダイブされて、水着も外れたの」
二人が笑い、目当ての緑色の女性が顔を赤くする。
「裕翔、お前……」
俺が呆れると、裕翔は必死で弁解する。
「不可抗力だって!ウォータースライダーの終わりでさ、ちょっと勢いが付きすぎてて……」
前の人に追いついたのだろう。それで、彼女の胸にダイブし、その拍子に水着をずらしでもしたのだろう。