俺たちがテストを受ける理由Ⅱ
「明日音もきっとさ、変わろうとしてんのかもしれないな」
わざわざ大嫌いな物を弁当に入れた明日音の意図は、正直よく分からない。
だが、なんとなく、だけれど。
明日音も今日の朝、これを入れるべきかどうか、悩んだに違いない。今朝の落ち着きのない態度の理由が今更わかったような気がした。
「ほんと面倒くさいね、お二人さんは」
「今まで仲良くやってきただけの、ツケが回ってきてんのかもな」
弁当を片付ける。
もしかしたら、また明日音を不機嫌にさせるかもしれない。ただ、それが俺たちの目指す関係であるような気もするのだった。そう思うと、俺たちは仲が良かったのかどうかすら懐疑的だ。
「春彦ってさ、明日音ちゃんと喧嘩したことってあんの?」
「喧嘩っていうほどのものはないな」
俺が母親と喧嘩したり、明日音が姉や両親と喧嘩することはあっても、俺たちが仲違いをしたことは、記憶上では一度もない。
「お前はどうなんだよ。茉莉と仲良いんじゃないのか?」
茉莉と裕翔は、会えば言い合いをすることがもっぱらだ。が、嘘のように息が合う時がある。主に悪ふざけをするときとか。
「仲が悪いってことはねーけど。恋愛対象って言う意味なら違うぞ」
釘を刺すように裕翔は俺に言う。
「じゃ、お前はどんな子がタイプなんだよ」
裕翔は見た目だけなら学年で一、二を争う容姿だ。黙ってバスケをしていれば黄色い声援が飛び交うだろう。
「俺?そうだな……。深く考えたことはないけど、一緒にいて楽しい奴がいいかな?」
ほら、俺馬鹿だしさ。頭良い奴といると気後れするっていうか、疲れるんだよな。
裕翔はまだ、明確なビジョンを持っていないようだ。
だが、その隣に茉莉がいるのが実に自然に思えるのは俺だけなのだろうか。
「じゃあ、お前はどうなんだよ」
「俺?」
「そう。明日音ちゃんを好きかどうか、って以前に、お前はどんな子と恋人になりたい?有名人とかさ。憧れとかあるだろ?」
「そうだな……」
少し考える。
好きな女優はいるが、演技が上手いのが好きなのであって恋人にしたいと思ったことはなかった。
「そもそも、恋人、ってのがよく分からない」
図書室で借りた本を思い出す。
中身はよくある男子と女子の恋愛の物語。特に感動する訳もなく、どこか似ている状況に、自分と明日音を写すわけでもなく。
最終的には別離の道を選ぶエンディングだったのは、風華なりの嫌味だったのかどうか。
その本を読んで、一つだけ理解できたことがある。
「俺ってさ、多分、まだ恋ってしてないと思うんだよな」
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。俺は、まだ女を好きになるってことが、よく理解できないってこと」
それはある意味、女子を異性として認識してないということでもある。
「ほら、ガキの頃とかさ。女も男も関係ないじゃん?俺ってさ、多分その時のままの部分があるんだよ」
「なんとなくだが、言いたいことはわかる」
どこか合点が行く客観的事実があるのだろう。裕翔は小さく悩む仕草をする。
「じゃあ、お前明日音ちゃんのことどうすんだよ?」
心配そうな瞳は、俺のことを心配しているのか、それとも明日音を心配しているのか。どっちにしろ、お人好しな良い奴である。
「それに関してはな、まあちょっとした確信があるんだ」
俺は、ずっとずっと前から、そうなることを望んでいたような、そんな節があった。
幼馴染というだけで、ずっと明日音と一緒にいた理由。
恋でもなく、腐れ縁と呼べるような何かもない、不思議な関係。
しかし、今ないのであれば、未来にあるのではないか。
なんだよ?と真顔で聞く裕翔に、堂々と答える。
「俺の初恋は、明日音になるんだろうなってこと」
はぁ?なんだよそれ。
裕翔はわけがわからないという顔で俺を見る。
「ま、今に分かるよ。俺はずっと、それを待ってるような気がするんだよな」
理屈じゃない。
ただ、俺の傍に居る存在は、いつだって明日音のような気がする。
俺の初めてを何時も当然のように奪うのは、幼馴染の明日音だった。
だったら、俺の初恋もきっと、明日音なのだろう。
「お前らの話は、難し過ぎて俺にはわかんねーよ」
裕翔が考えることを辞めた。裕翔の悪い癖でもあるが、元来コイツは考えた所で正しい答えにたどり着けない。考えるより感じるタイプ。
「まぁ、色々ややこしいのは認める」
明日音は、変わりつつある。
そして俺も、日々何かを自覚しつつある。
俺はきっと、明日音に恋をするのだろう。
しかし、それは今の明日音ではなく、未来の明日音に、なのだ。
「果報は寝て待て、って言葉もあるしな」
俺は、自分の気持ちに正直でいるだけ。
今から自分が好きになるであろう女子が、自分のすぐ傍にいる。
きっと明日音は、俺の心を掴んで離さないだろう。そう本能が告げているからこそ、俺はきっと、明日音と『幼馴染』を続けているような気もする。
自覚してしまえば、明日音の変化は好ましいことのようにも思えた。