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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
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夏が人を変える理由Ⅳ

「輝いてるわねぇ」



 風華がしみじみという。



「そうか?」



 俺がレンタルのビーチボールを風華に投げると、風華はそれを見事に頭で受け止めた。



「明日音ちゃんが自発的に、晴彦が関係しないものに首突っ込むのは中々ないよなぁ」



 風華が弾いたボールを晴彦が取る。弾まないボールに興味はなさそうだ。



「そんなことないだろ。部活だって今は楽しそうにやってる」



「それは入ったあとでしょ。入る前、っていうより、入学したときはあんな積極的じゃなかった」



 確かにそれはそうかもしれない。



 中学の時も一人で動くときは目立たないような素振りをしていた。



「これが成長ってやつ?」



 苦し紛れの答え。



「わざと間違うのは見苦しいし、笑えないわよ」



「……わかってるよ」



 恋をすると人は変わるという。女は美しくなるという。



「言っておくけど、明日音も男子のお目当ての一人なんだから。きっちり掴まえておく気がないと後悔するわよ」



 そんなことは、ずいぶん前から分かっている。苦笑して返す。



「風華はお目当ての一人に入らない?」



 風華は当てつけのように、凄まじいスマッシュを裕翔に放つ。



「私はこんななりだし、好きって言われればそれはそれでやばいような気もするわ」



 典型的幼児体型に天才の頭脳。そして並々ならぬ運動能力。



「ま、見た目だけで言えば小学生だからな」



 強烈なサーブを易易と受け止めた裕翔がにへらと笑う。



「其の通りだけど、ムカつくわね」


「風華はそういう願望ないのか?」



 俺が尋ねる。友人として。



「無いわけじゃないけど。茉莉と明日音と一緒にいると、自分にはそんなの無理なんじゃないかとさえ思うわね」



「恋愛なんてしようとしてできるもんじゃねえだろ?」



 裕翔の言葉はもっともだ。流行り廃りや一時の迷いで自分を安売りするものではない。


 まあ、裕翔が言ってもイケメンの戯言と捉えられがちだが。



「でも、やろうと思わなきゃ出会いさえない人もいるわ。私もそう。そのうち本と紙に埋もれていくのかも」



 晴れた空に似合わない表情が水面に揺れる。



「心配しすぎじゃないかな。風華も十分可愛いよ」


 友人になら、こういうことも言える。いや、友人に言えるからこそ、明日音になんと言えばいいのか迷うのだ。


「……相変わらず、恥ずかしいことをズバズバ言う奴ね」


 風華はそれでも、少しばかりその表情に余裕を持たせた。


「そーそー。世の中ロリコンも多いし!なんとかなるって!」


「ロリコンにしか受けないみたいに言わないでくれない!?」



 二人のボールの応酬は、もやは俺が関われるレベルではなく。笑いながら事の成り行きを見守っていると、気落ちした明日音が帰ってくる。



「た、ただいま……」


 俺の隣に座り、足を水に浸す。


 落としたら負けルールの、裕翔と風華のビーチバレーは四十五対四十で裕翔が勝っていた。



「お帰り。どうだった、って、聞くまでもない感じだが」



「うん……。教えてることは正しいはずなんだけど、それでも茉莉が上手くできなくて……。そのうち私もこれでいいのかな、っておもってきて。そう思うと、なんだか自信もなくなっちゃって……」



 負の悪循環というのはこういうことを言うのだろうか。


「じゃ、最後は俺か」


 立ち上がると、風華が明日音に声をかける。


「明日音ー、いいの?晴彦、子どもの躾上手いから、妙になつかれちゃうかもよ?」


 明日音が答えに窮し、先に俺が口を開く。


「教師なんか、俺に向いてるのかもな」


「小学校教師は大変らしいわよ。モンスターペアレンツとか」


「風華がなったら生徒に親しみもたれそうだな」


 裕翔のからかいに、殺意を一段階上げる風華。



「バスケなんてマイナースポーツやってるあんたに未来はないわよ」


「あぁ?今なんつった?」



「……じゃ、明日音。あと頼んだ」


 えぇ!?と悲鳴のような声を上げる明日音を生贄に、俺は避難を開始する。



 少し歩いた、普通の二十五メートルのプールでは茉莉が退屈そうにビート板を抱えていた。



「そんなものまであるのか」



 小学校時代に使っていたのを最後に、ビート板など見かけなくなっていた。懐かしい、水の浮力に反発する感触。



「つまんないー!泳ぐのも覚えられないし!」



「なんで泳げないんだよ?」



 俺はそもそもの原因を聞いてみた。



「えー、だってクロールとか、平泳ぎとか、覚えることいっぱいあるじゃん」



「覚えることって……。泳ぎ方の種類ってだけだろ?」



「息継ぎのタイミングとか、足の動かし方とか。自分でも初めてで、どうやったらいいのかわかんないし」


 度重なる失敗で、茉莉は飽きていた。まあ、それも致し方ない。



「水の中で目を開けることはできるんだよな?」



「そのくらいならね」



 なら、話は早い。



「よし、潜るぞ」


 その言葉が聞こえる前に、俺は水中に顔を埋める。


 水の中では視界が揺らめき、耳に水が入って音の振動も弱い。プールの底で胡座をかき、茉莉が潜ってくるのを待つ。


 すぐに、夥しい水泡を上げて、茉莉が潜ってくる。


 浮かぶのはそこそこ難しいが、意識的に潜っているのは容易い。


 やや離れた位置の茉莉に、ここまでこい、とハンドサインを送る。


 茉莉は右手で親指を立てると、水底に足をつけた。俺は首を振る。そこで一旦、顔を上げる。茉莉も同じように自ら顔を出した。



「息継ぎはしなくていいい。息を止めて、泳いで来い」


 それだけ言うと、俺はまた潜る。茉莉も潜る。


 茉莉はしばらく考えると、手を平泳ぎのようにして前へ進んでくる。


 そう長い距離ではない。すぐに手が触れ合う。水の中で触れ合うというのは、中々に刺激的だ。また、二人で顔を上げる。



「できるじゃないか」



 俺が言うと、茉莉は怪訝そうな顔を上げる。



「今のも泳いだっていうのか?クロールとか平泳ぎとか、そういうのを明日音も風華も教えてくれたけど」



「ま、それは競技的なものだな。泳ぐなんて簡単だ。水の中で思うように進めればいいんだよ」



 泳ぎ、を教えるのは難しい。それは競技で、『いかに速く、最小の体力で泳ぐか』ということが目的だ。



 泳ぐ、というのは、しかしそれに当てはまらない。



「難しくはないさ。別に速く泳ぐ必要はないんだ。水の中でバタ足すりゃ進むだろ?あとは、水の中を進んでいくっていう楽しさを味わえればいい。ここはプールだからまだ楽だが、海とかになると波もあるし、大変だぞ?」



 水泳という楽しみは、いつだって水の中にいることにある。



 水の中は涼しいし、重力も少ないし、音も違う。息を止めなければならないし、鼻に入ったら苦しいし。人間にとって住むべき場所ではない未知の世界。



 地球は水に溢れている。川もそうだ。しかし、人は住めない未開の地。そういう異世界のような感覚を楽しむのが水泳だ。



 競技としての楽しみは、また別のものだ。



「ほら、行くぞ」



 そういう世界に足を踏み入れるのは、誰だって怖いものだ。



 だから、俺が先に潜って、茉莉を先導する。



 自由に泳ぐ。



 水の中では地上でできないことができる。バク転だって容易だ。言葉も通じないからジェスチャーで気持ちを伝える。中々伝わらないが、それがまた楽しい。



 水中で泳ぐことができれば、水面を泳ぐことはその応用だ。



 息継ぎは教えない。苦しくなったら息をしろとだけ言っておく。



 速く泳ぐことが目的ではないのだ。



「なーんだ、簡単じゃん!」



 結局、明日音や風華の段階で、泳ぐことは殆ど身についていた。茉莉自身が、それに懐疑的だっただけで。



「だろ?こんなもんだよ、泳ぐのなんて」



 俺が水面に浮きながら言う。



「それ、どうやるの?」



 茉莉が興味を示した。やれそうなことにはすぐ興味を示すのだ。まさに実家の子どもたちと一緒である。



「これはちょっとコツがいるんだよなあ」


 背泳ぎは俺がなんとなく覚えた泳ぎである。空を見ながらゆっくり泳ぐのが好きだった。そのまま惚けて、よく壁にぶつかったものだが。

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