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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
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夏が人を変える理由Ⅱ


 さて、そして翌日。


 我が家の様子は、微かだが少しづつ変化を見せていた。



 居間に散らばる紙くずのような何か。書類らしき紙片が机の上には散らばり、台所は整頓などという言葉もない有様。



 有り体に言えば、ゴミ屋敷に一歩近づいたというところだろうか。



「いやぁ、綺麗すぎると落ち着かなくて」



 と言い訳する父さんを叱咤し、帰るまでに片付けておくようにきつく言う。



「帰りに明日音ちゃん連れてきなさいよ。挨拶もできて一石二鳥でしょ?」



 そんなことを宣う母にため息を吐き、俺は家を出た。



 持っていく水着は別に派手でも奇抜でもないトランクスタイプ。ブーメランだとかは流石に着る度胸がない。



「よっ、来たな」



 裕翔と合流する。合宿のトラウマはバスケ部全員克服したようで、今は普通に部活をしているという。



 坊主頭だった裕翔の髪は早くも少し伸びつつあり、いつものイケメンらしさを徐々に取り戻している。



「よう」



「夏休みも終わりだな。気がつけばあっという間だ」


「そんなもんだろ、夏休みなんて。うちの親なんて三日休みあれば良いって言ってるし」


 大人になれば長期休暇などない。そしていつか、俺たちもそうなるのである。


「世知辛い話しすんなよ、これから遊びにいこうって時によ」


 裕翔ががっくりとした表情を見せる。


「それくらいいいだろ。それに、夏休みに女子とプールなんて恵まれた部類だろ」


 夏休みなんて、何もないやつは本当に何もないものだ。


 女子の水着姿を拝めるだけでも、何もなかった、とは言わないのだが。


「女子の水着っつっても、茉莉と風華だろ?あとはお前の彼女だし。どこに喜ぶ要素があるんだよ」


 身内贔屓をしたとしても、明日音、茉莉、風華の三人は癖は強いが可愛い方に入ると思うのだが。


「じゃあ、誰ならいいんだよ?」


 裕翔の恋愛観というのは本当に謎である。



 男色というわけではなさそうだが、女子に興味を示していないように見える。まあ、隠しているだけかもしれないが。



「誰って言われると、答えに困るが……」


「そもそも、お前モテるだろ?ラブレターとかもらってたし。なんで付き合わないんだよ」


 佐々木裕翔は言動にこそ難あれ、容姿は優れた奴だ。しかし、裕翔はそういう関係を誰とも築かなかった。


「言葉にするのは難しいんだけどよ。俺の第六感が働かないんだよな」



「……は?」


 俺はその言葉につい足を止めてしまう。


「いや、だから、第六感的な、な?俺のセンサーが反応しないわけよ。これだっ!って思う感覚がないとな、なんか恋とかそう言うのに熱くなれないっていうか?」


「なんとなく言いたいことはわかるが……。第一印象で今まで女子を振ってきたのか?」


 俺が言うと、素直に裕翔は頷く。


「おう。だってそういうもんだろ?付き合って無理やり好きなところを探すのは俺の性に合わないんだ」


 無駄に馬鹿正直なやつである。もう少し嘘が上手ければ、いい思いもできただろうに。



「……ま、お前だったら告白の仕方さえ間違えなきゃ大抵いけるだろうからな。我が儘言える奴は羨ましいぞ」


 だが、やはりコイツのいいところは間違いなくそういうところなのだ。


「ちなみに、理想なんてあるのか?」


 ついでに聞いてみる。話の流れというやつだ。


「理想?そうだな……。明日音ちゃんみたいな子は、割といいなって思うよな」


 微妙な沈黙が、流れた。


 俺が裕翔の顔を見ていることに気付いた裕翔は、慌てて弁明する。


「明日音ちゃんを好きってことではないぞ!?ああいうタイプがいいなってことだ」


「いやまあ、そこまで必死に否定しなくてもいいが……。しかし、意外だな。俺はてっきり茉莉みたいな天真爛漫な奴が好みだと思ってた」



 茉莉と裕翔はタイプが似ていて、並ぶと実に様になる。だからこそ、俺は勝手にそう思っていたのだが。



「無理無理。俺ら両方共馬鹿だから。絶対喧嘩するし、喧嘩したら引かないしな」


 話を聞いていて、俺と裕翔の、茉莉への認識に差があることを知った。


 俺は、茉莉は馬鹿ではあるが、そこそこ大人な面も持ち合わせているように思えるのだが。


「じゃあ風華は?ちょっと言葉キツイけど、案外面倒見いいぞ。小柄で可愛いし」


「いや、風華はな……。相性が合わないというか。テストの度にあの勉強会をさせられるかと思うと……」


「まあ、それもそうか」


 至極納得できる理由だった。


「じゃあ、なんで明日音?」


 お前、意外と言いにくこと聞くのな、と裕翔は笑う。


 夏の日差しが俺たちを襲う。今日も真夏日だ。歩くだけで汗が出る。プールはさぞ気持ちがいいだろう。



「いや、なんでって。そもそも、明日音ちゃん結構人気あるんだぞ?料理上手いし、おしとやかだし、優しいし」



 まあ、当の本人が彼氏にぞっこんだから皆意識しないけど。裕翔はそう続ける。



「なんつーかさ、弁当作ってもらったりとか、ちょっと羨ましいと思う時もあるわけよ。バスケばっかやっててると、そう思う」



「弁当作ってくれってお前が頼めば、作ってくれるんじゃないのか?」


 料理を学んでおきたいと思っている女子は少なくないだろう。イケメンの彼氏が頼めば、いい動機付けになると思うのだが。


「いや、それも申し訳ないだろ。俺が弱みに漬け込んでるみたいでさ。その点、晴彦とと明日音ちゃんはそういうの無いだろ?」



 確かに、俺は明日音に弁当を作ってもらっているが、それは別に俺が頼んだわけではない。俺自身は別にコンビニのパンとかでもいいのだが、今ではもう明日音がそれを許してくれない。


「まあ、そうだな……」


 今更ながら、自分の環境の特異性を実感する。


「いやまあ、皆彼氏だからとか、そう言う理由で弁当作ってるわけじゃないの知ってるし。だからこそ明日音ちゃんに言い寄る奴がいないんだけど」



 ふぅん、と興味なさそうに相槌を打つ。



 別に興味がないわけではないのだが、今更にそれを認めるのは少しだけ恥ずかしかった。


「お、なんだよその反応!もし俺が明日音ちゃんに告白して、オッケーだったらどうすんだよ?」


 その未来は有り得ない、、というニュアンスの裕翔のからかい。


「んー、明日音が選んだならそれでいいけど――」


 ただ、やはりその時俺は大事なものを失う感慨に打ちのめされるだろう。


「取り敢えず、一、二発は殴るかもな」


 俺が笑顔で返すと、裕翔は両手を挙げて俺に返した。


 さて、裕翔の恋の愚痴を聞いたところでプールにたどり着く。



 室内の競泳用のプールと、外にあるテーマパーク的なプール二種類を完備し、スポーツクラブから近隣の学校の水泳部まで、幅広い層が訪れる。


 夏は無論、若者の重要施設の一つだ。


 一般は使用が禁じられているが飛び込み台も完備し、シンクロナイズトスイミングの練習も可能。


 コーチは美女とイケメンが多し。若奥様からメタボなサラリーマンまで大歓迎な施設である。



 入場券はやや高めだが、これで遊び放題なのだから安いものかもしれない。



「あいつら、もう着いてるって」



 裕翔が携帯を眺めながら言う。


「第六感が働いたら、ナンパしてきてもいいぞ」


 プールは今日も大盛況。老若男女問わず、多くの人が訪れている。単純だが人の数だけ出会いがあるものだ。


 男子更衣室で海パンに着替える。周囲には茶色に焼けた男子がいる中、俺と裕翔の肌はやや白い。



 裕翔の肉体は針のいい筋肉に覆われている。色は白いが、肉質では大人に負けず劣らずといったところか。俺も貧相ではないが、やはり裕翔と比べると見劣りする。



 荷物をロッカー預け、更に中のコインロッカーにその鍵と財布などをしまう。

 中には売店も多数あり、飲食を出来るところもある。財布の盗難に注意の張り紙が見えた。



「おー、初めて来たけど、かなりでかいな」



 裕翔が辺りを見渡す。


 室内では温水プールや波の出る海を模倣したプール。それにウォータースライダーが設置されている。


 屋外も同様だが、こちらは遊ぶというより水に親しむというスタンス。椅子に腰掛けて休んだり、泳ぐ以外の楽しみ方をコンセプトにしている、



「外の方は数年前に増設したんだよ」



 駐車場を潰して、新たなスペースを確保するほどには、ここは人気施設だ。


 当然だが行き交う人はすべて水着で。 



「前々から思うんだけどさ、水着は見せてもいいけど下着はダメっていうのがよくわからん。ビキニなんて水に丈夫なブラジャーとパンツだろ?」



 布面積的に言えば、確かにそう変わりはしない。



「素材が違うんだじゃないか。俺らだって、海パンをパンツの代わりにするのは嫌だろ?」



 まあ、確かに。と裕翔は頷く。



「だが、じゃあなんで女子は下着を隠したがるんだ?水着で人前にでれるなら、下着でだってでれるだろ?」



「言いたいことはわかるんだけど――」



 女性にはきっと、女性だけにしかわからない問題がある。



 理解を示せとよくは言われるが、やはり理屈を知らなけれな理解できないものなのだ。



「なにこんな真昼間からエロ話してんのよ猿ども」



 そしてこんな真昼間から容赦のない罵声が俺たちに注がれる。汚い言葉を俺たち二人限定で口にする女子は、一人しかいない。



「んだと風華。理解できないものを理解できないっていうことの、どこが悪いってんだ」



 風華はパレオタイプのビキニを着用していた。水着自体の布面積は大きめだが、それが身体の小さな風華によく似合っている。太陽のような黄色い色も、いつもの印象と真逆で新鮮味がある。



「女性と男性のそういう話は何席も前からある話よ。未だに解決してないのに、バスケ猿が口にするなんて烏滸がましいわね」


 この頃の風華は、俺たちに容赦がなくなる一方である。まあ、それが彼女の友情の証であるとも言えるのだけれど。



「後の二人は?」



 先に出てきたのか、風華はため息を吐く。


「ちょっと問題が発生して、女子更衣室に引っ込んでたのよ」


「問題?なんだよ、水着が盗まれたとかか?」


 それだったら警察を呼ぶわよ、と風華がジト目で俺を見る。


「あれ、どうにかしなさいよね」


 あれ、とはなにか。もしかして明日音のことか?と思うが、後から出てきた二人の姿を見て、ひと目で理解する。


「は、晴彦ー」


 どうしようか困った顔で出てくるのは明日音。


 今までには見たことのない薄いピンク色のビキニ。控えめなフリルの主張が実に明日音らしい。そこまで大胆さはないが、紐で解けるタイプの水着で背中や肩、さらに腰に視線が行く。これはこれでいい物であった。


 が、しかし。


 大本命が後ろには控えていたのである。


「あ、おっそいぞー!」


 小麦色の肌。


 実った二つの果実に、それでいて細い肢体。


 大人の身体に、子どものようなあどけない笑顔。短い髪の毛が歩くたびに嬉しそうに跳ねる。


 北川茉莉である。


 もとより、裕翔と同じく見た目は完璧な彼女は、この夏でさらに進化を遂げていた。

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