表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
84/159

私の家庭がおかしな訳Ⅲ



「いいなー同棲!毎日一緒なんて羨ましい!」」



 姉さんが父さんを見ながら言う。



「確かに楽しかったけど、ずっと一緒というのは、結構厳しいものがあるものだよ?」



「なになに、喧嘩とか?」



 姉さんが実に楽しそうに先を促す。私とて、気にならない話題ではない。



「相手のふとしたところにイライラしたりすれば、そのイライラはずっと続くものだし。大学時代、同棲始めたとかいう人も結構いたけれど、半数以上が別れたわね」



「僕と奈美さんも、ほぼ僕の部屋で暮らしてたけど、自分の部屋はちゃんとあったし、四六時中一緒、ってことはなかったんだよね」



「些細なすれ違いが、予想外に大きなものになるものよ?」



「なになに、やっぱ母さんたちも喧嘩したの?」



 懐かしそうに昔を振り返る二人に反し、私はそのアドバイスに拍子抜けしていた。



「なんだ、そんなことか……」



 安堵したその言葉を吐き、乾いた喉にジュースを流し込む。と、三人の視線がこちらに向かっていた。



「そんなことって、明日音……」



 姉さんが驚きに瞳を丸くしている。



「そう言えば、明日音は生まれてこの方、晴彦くんに会わない日はないってくらいだし。それも、朝から晩まで、それこそまさに寝る直前まで一緒なこともあったわね」



 更に言ってしまえば、一緒に寝たこともあるのだ。四六時中一緒なのがどうしたというのだ。 



「下手すれば、同棲なんか目じゃないくらい、明日音は晴彦くんと一緒に居るのよねぇ」



 その事実にしみじみと母さんが目を細める。



 学校では別のクラスだが、登下校、そして帰宅して暫く、恭子さんがいない日は夕食を超えて九時くらいまで一緒だ。



 同棲がどの程度一緒かは知らないが、私と晴彦に個人的な時間はほぼない。寝る前くらいだろうか。



「ちょっと待ってよ、それに加えて朝昼とご飯作ってるんだよね?」



 夕飯はまあ、作ることもある。三食作ることはあまりないけれど、中学から晴彦のお弁当を欠かした事はないし、それを苦労だとも思ったことはない。



 まあ、そうしなければ自分の弁当がないという理由もある。



「……明日音って、なにげに主婦適正高い?」



 認めたくない事実を噛み締めるように、姉さんは言う。



「もしかしたら、奈美さんより高いかもね」



 父さんも笑う。



「だから別に、晴彦と同棲したからって喧嘩とか多分しないし」



「それはなんとなく想像つくのよね。晴彦くんも、喧嘩とか苦手そうだし」



「でも、それはそれでどうなんだい?僕と奈美さんも、多少の喧嘩はあったし。ないというのも、それはそれで不健康のような気がするな」



 ああもう、何が何だか、どれが正解なのかよくわからなくなってきている。



「喧嘩はないけど、問題やすれ違いはあるよ」



 皮肉なことに、まさに、ずっと、私たちは皮一枚で手をつながない位置にある。



「……ま、そうよね。そのへんは、晴彦くんにお任せしましょっか」


 母さんが何かを悟ったような表情で私を見る。


 まるでこの先の私と晴彦の姿を見透かしているようで、少し居心地が悪い。



 そんな中、私の携帯が音を立てる。



「晴彦くん?」



 私の携帯に電話をする人は少ない。姉さんか母さんはともかく、他人では晴彦や風華、茉莉くらいなものだ。



 表示されている名前は、予想どうり晴彦だった。



「うん、ちょっと出てくるね」



「別に、ここで出てもいいのよ?」



 母さんの悪ふざけを視線で諌めながら、私は自室へと戻る。



 階段を上る途中では、酔いどれたちによる談笑が再開される。よく素面でいれたものだ。



「っと」



 素早く電話を通話状態に。薄暗い階段を上りながら耳に携帯を当てる。



「晴彦?」



 しかし、聞こえてくるのは何やら、こども達のはしゃぐ声や、それを諌める大人たちの楽しそうな声。



 切ろうかどうか迷っていると、晴彦の声がする。



『ああ、悪い。ちょっと子ども相手に追われててな……』



 その言葉には疲労の色が見える。バスケットをしている時のようなハリのある声ではなく、傍若無人な親戚の子どもの扱いに困っている様子の声。



「大変そうだね」



 自然と笑い声が漏れた。晴彦が苦労する姿は中々に珍しい。



『ひと暴れしないと寝ないんだよ、こいつら……。それでいて起きるのは滅茶苦茶早いし。朝の五時にサッカーしようとか、正気の沙汰じゃないぜ』



「好かれてるんじゃない?」



『そうかもしれないが、限度があるだろ……。親は親、子は子で楽しめとか言われてるけど、実質俺はお守りだからな』



「いつごろ帰ってくる予定?」



 自室について、小さく明かりを付ける。夏は虫の天国。窓を開けて空気を僅かにでも流す。エアコンはついているけれど、どうしようもない時にしか使用しない。電気代も高いし。



『母さんと父さんが多分、今日の宴会で潰れる。早くても明後日だな』



 それまで俺はお守りだ、と晴彦が苦笑する。きっと、なんだかんだ上手くやっているのだろう。



「そっか、大変そう」



 その言葉だけでも、笑顔になれる。別に楽しいわけではないのに。



『明日音は、父親と仲良くしてるか?』



 まるで私を子供扱いする言葉ぶり。



「大丈夫です。別に仲悪いわけじゃないし。こっちは今日宴会だよ。皆、好き放題やってる」



 その様子が想像できたのか、晴彦がおかしそうに笑う。



『俺はこっちに避難しておいて正解だったな』



「私もそっちのほうが良かった」



『明日音にガキの子守が務まるかな?』



「遊んであげることはできないけど、お菓子は作れるもん」



 子どもとは、価値観を分かち合うことはできないかもしれない。私は子供の頃から大人しいタイプで、走り回るような子ではなかった。



『それはそれで、集られて大変そうだけどな』



 それで、会話が途切れる。



 一瞬の空白に、声が漏れる。



「は――」



 早く帰ってきて。その言葉はしかし、言えなかった。



 唇を噛み締める。



 いつだってそうだ。私は気のある素振りをしていながら、決して自分からそう言う言葉を発しない。


 好き、だとか、愛してるだとか。そんな言葉を待つだけだ。


 早く帰ってきてほしい。それが無茶な我が儘なような気もした。駄々をこねる子どものように思われたくはない。


「私の父さん、実は副社長なんだって」


 へえー、すごいじゃないか。


 結局、話したくもない、そんな他愛もない話を、私は薄暗闇の中続けることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ