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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
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私の家庭がおかしな訳Ⅱ



 晴彦は私が幼馴染だから一緒にいる訳でもなく。



 今まで晴彦に言われた好きという言葉も、私の劣等感満載の意味などではなくて。



 本当に純粋に、何の他意もなく。



 晴彦は、女としての私を『好き』なのだろう、か?



「なによ、黙りこくっちゃって!」



 姉さんが楽しそうに私を叩く。痛かったが、今はそれどころではない。



「晴彦って、本当に私が好きかな?」



 言葉にすると、瞬時に罵声が飛ぶ。



「はぁ?あんたバカぁ?」



 姉さんは本気で私を馬鹿にしていた。酒の勢いなのか、少し怖かった。



「確かに、男は意味も分からず浮気するし、彼女いるのに風俗とかキャバクラとかナンパとか平気でやるような奴ばっかよ!意味分かんねーっての!もう少し普通の子がいいとかなんなの?美人なのがダメなの?意外とお堅いのがダメなの?自分から告白してきてそりゃねーだろって奴ばっかよ!」



 その熱意ある告白に、母が呟く。



「あんた、本当に男運ないのね……」



 母も、父とは初恋だったらしい。その視線には、酔った状態ならではの哀れみが篭っていた。



 うるっさいっての、と言いながら、姉さんは芋焼酎を煽る。やけ酒の頻度は、きっと姉さんが一番多いかもしれない。



「でもね、晴くんは違う!晴くんは私を絶対裏切らない!何故かって?それはね、明日音の姉だからー」



 しかし、そこでちょっとイラつく方向に話が流れ出す気配がする。



 少しでもいい話をするかと酔いどれに期待した私が正しくバカだったのだ。



「明日音にあげるわ、お嫁さんの立場は。でもね、私は姉。お義姉さんなわけ。お義姉さんとか、小夜さんとか、そう呼ばれるのが楽しみで仕方ないの!そしていつか、明日音とのすれ違いの合間に私が上手く入っていくのよ!ふふふ、楽しみ!」



 楽しげに未来を語る姉さんの前に、母さんは引き攣った笑顔を浮かべていた。



「小夜、あんた男と上手く行かないって悩んでたのは知ってたけど、浮気願望があったなんて……」



「いや、うん……。普通にやると訴訟沙汰だからね?小夜?」



 若干引き気味の両親に負けず、姉さんは語る。



「大丈夫!明日音には気付かれないようにするし、子供が出来ても一人でちゃんと育てるから!慰謝料とかも請求しない!ただ、ちょっとだけパパに愛される時間があればいいから!」



「そーゆーの、別の人でやってくれる?」



 晴彦と結婚するのかどうかはわからない。しかし、仮にも本人を目の前に浮気する宣言はどうかと思う。


 料理は次から次へとなくなっていくが、宴は終わる気配がない。



「いやよ、晴くんがいいもん。あの真面目で、明日音一筋って顔が、後ろめたさと愛情の境目で戸惑うの思うだけで、生きる気力が湧いて来るってもんよ」



 どうやら、本格的に変な性癖に目覚めてしまったらしい。



「これは、小夜にいい人が現れることを祈るしかないわね」


 母さんはがっかりしたように首を振った。



「私はね?これから一人で生きていけるような、強い女になるんだ。男以上に稼いで、子どもにも不自由させない、でも少し秘密のある、そんな家庭を作るんだ」



「……まあ、自分を安売りしないようになったのは、いいことよね」



「これで明日音が容認したらどうなるのかな?」



「いや、容認はしないけどね?」



 母さんにしげしげと尋ねる父さんに、そうツッコミを入れていた。



「その点、晴くんに好かれてる癖に未だに迷ってる明日音は本当に馬鹿。やーい、バーカバーカ。私も晴くんとラインとか交換したもんね。きっと晴くんが私に悩みを打ち明けるんだろうなあ。なんたって私、お姉ちゃんだし!」



「あら、それだったら小夜が晴彦くんもらったっていいんじゃない?」



 迷っているのは、私の方なのだろうか。変な固定概念に。確かに、晴彦に迷う素振りはない。



 母のまっとうな質問に、姉さんは素直に首を縦に振る。



「明日音には言ってあるから。別れたら貰うって。別れなくても貰うけど」



「なんか、こーゆーとこ奈美さんにそっくりだ」



 父さんが笑うと、母さんが顔を赤らめる。



「どういうこと?」



「ちょっと、やめてよ」



 母さんが少し嫌がるのを父さんが笑って返す。



「小夜がお腹にいるってわかった頃、俺と奈美さんはまだ学生だったんだけどね。そりゃあもう、堕ろす降ろさないで双方のご両親からああだこうだ言われててさ。でも、奈美さんは『絶対に生む』って譲らなかったんだよね」



 学生結婚。



 実にドラマチックな話なのだけれど、その現状はやはり厳しい。



「俺も頭下げに行ってさ。奈美さんの意思を尊重したいって。で、金の無心をされると思ってか、俺と奈美さんは両親と絶縁状態でね」



 私たちに、祖母や祖父がいない理由は、まあそんなところだろうと粗方予想できていた。



 夏休みで実家に帰る必要がないというのは、楽ではあるが、その間とても退屈だ。



「それに腹が立ってね。絶対、こっちから連絡はしてやるものか、って、住所も電話番号も教えてないから、毎日快適よ」



「俺はさすがに携帯番号くらいは教えてるけど。まあ、いい気はしないから顔を出したり、孫の顔を見せろなんて言っても無視はするけどさ」



「堕せって散々言っといて、お金の心配がなくなったら顔を見せに来いだとか、都合良すぎよね」



 私と姉さんは、その話を飲み物を適当に飲みながら聞いていた。



「だから、小夜は母さんと似てるよ。聞いた話だと家事は余りできないようだけど、一度決めたことをやり遂げる強さがある」



 私としては、そんなことで母さんと似られても非常に困るのだけれど。


 なんだかいい話っぽくて、口を挟むのが躊躇われる。



「小夜は、才能はあるのよね。それを活かす目的がなかっただけで。だからきっと、子どもができれば人生変わるわよ」



 いやだから、その子どもは誰の子どもなのかでかなり問題が起きそうなのだけれど。



「そうかな」



 殊勝な姉さんの反応。あれ、これっていい話?両親が妹の彼氏と浮気を許容してるっていうのはどうなの?



 酒にまみれたおかしな空間で、私だけがきっとそう思っている。



「でも、シングルマザーは辛いわよ?お金の心配もそうだけど仕事との両立も難しいし、世間の風あたりもそう。覚悟はしときなさい」



「いやいや、浮気前提ってのは、おかしくない?」



「いいじゃない、正妻の立場はあげるって言ってるんだし」



 なんだこの噛み合わない話は。いつから日本は一夫多妻制を認めているのだ。いや、認めているのは我が家だけだ。



「大奥じゃないんだから」



「確かに!マジうける!」



 姉さんは急に笑い出す。これだから酔っぱらいはタチが悪い。



 ダメだ。どんな嫌味も通用しない。有頂天とはこのことか。



「明日音は、晴彦くんとどうなりたい?」



 父さんが柔らかな口調で私に尋ねる。



「わ、私は……」



 姉さんも私を覗き込んでいる。


「わ、私は別に……。このまま大学に一緒に進学して、一緒に入れればいいなって」


「結婚は考えてないの?」


 矢継ぎ早に飛んでくる質問を睨み返す。素面で答えれる質問ではない。


「今は!大学では一緒の部屋を借りて住むつもりだし、そういうことはおいおい!」


 私がきっちりと言い返すと、へえ、と母さんは息を吐いた。


「同棲ってやつ!?なっまいきー」


 姉さんがビールを煽る。


 懐かしいね、と父さんが語る。


「僕と奈美さんも、半同棲状態だったんだ」


「そうね、懐かしい」



 母さんが昔を懐かしむ。

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