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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
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私の家庭がおかしな訳



「ははぁ、それで小夜も、晴彦くんと仲良くなったのか」



「そーいうこと。年下もさ、いいものよね」



 驚くべきことに、宴会はギスギスした空気もなく続いていた。



「正樹さん、ほら、ビール」



 というか、途中からやっぱり酒宴になっていた。



「ああ、奈美さん、ありがとう」


 もう何本目かのビール瓶を開ける。


「小夜も飲むだろ?」


「いただきまーす」


 父さんにお酌してもらう姉さんは、かなり様になっている。


「やっぱり小夜も飲兵衛だったか」


「明日音も酒の耐性はかなりある方だと思うよ。この親にしてこの子あり、って感じ」


「正樹さん、私にも注いで」


 父さんはあちこち大忙しだが、決して嫌そうではない。


 まあ、子供と酒を飲み交わす、ということに憧れる人もいるようだし。


 私は一人、ジュースを飲みながら場が盛り上がるのを眺めていた。



 酒豪の家系であって、変なテンションになるというより、少しだけ開放的になるだけだ。酒癖は家族皆良い。


 会話の内容は、ほぼ八割がた晴彦の話だ。


 まあ、私にしても、小夜姉さんにしても、いい思い出の大半に晴彦が重なっているのは確かだ。


「そう言えば父さんたちの馴れ初めとか、聞きたいな」



 姉さんがそう言って、母さんと父さんを見る。


「大して面白いもんでもないぞ?それに、父さんはお前たちのことが知りたいな」


「私たちのこと?母さんから聞いてるでしょ」


 そりゃそうだが、と父さんは言う。


「一緒に居たのは本当に子供の頃だけだからな」



「そうかもしんないけど。別に、私たちの生き方こそ面白いもんでもないよ?」



「そだね。姉さんは色んな男の人を引っ掛けては振り振られだしね」



「明日音は晴くんの後ろついてただけだしね」


 飛び交う視線に、しかし危うい意味合いはなく。


 私たちにすれば、もう軽いジャブ程度の会話になりつつある。



「そ、そうか……。それは何と言うか、父親としては微妙な心境だな」


 モテるがゆえに男遊びの限りを尽くした姉と、モテないけれど一人の男にべったりな妹。


 生まれてきてごめんなさいとまで言うつもりはないが、確かに父親としてはどう言葉をかけていいのか微妙なところだろう。


「小夜は私の方向性が悪かったとも言えるけど、明日音に関してはもうそうなる運命だったとしか思えないのよねぇ」


 誕生日が数日違いで。同じ病院で生まれ、そして家が真向かい。


 確かに、そんな好条件が重なっていたこともある。しかし、それは運命のほんの一部でしかないような気がした。


「じゃ、私の今までの過ちは母さんの所為、ってことで」


 姉さんが悪びれもなく言い返す。


「なんだ、やめたのか?」


 どことなく嬉しそうな父さんの表情。まあ、娘が美人でも、男を手玉に取るような娘だとは思っていなかっただろう。


「そ、やめたの。恋の安売りはしないって」


「そうして売れ残ってしまえばいいのに」


「そしたら晴くんに買ってもらうまでよ。家族割引もついてお得よ?」


 ぐ、と私は口を噤む。


「小夜からしても、晴彦くんはいい男かい?」


 父さんの質問に、待ったなしで姉さんが答える。



「そうねぇ、容姿はそれなりだけど、中身が抜群でいいわね。大事にしてくれそう。誠実っていうのとは少し違うような気がするけど、安心して話せるし。年下なのに甘えたくなるっていうか、そんな感じ」



 ほほう、と父さんがビールを傾ける。


「それの何がムカつくかって、それが明日音に向けられてるのが周囲にもわかるってのがむかつくし、凄いと思う」


「そうよねー、晴彦くんは昔っから明日音好き好きだったもんね」


「そ、そんなことなかったと思うけど」


 晴彦の好意に気がついていなかったということはないが、それは意識するほどのものではなかった。



 そう、私は晴彦が自分を好いている、好いてくれているという事実にいつも包まれていて、だからこそ、晴彦を意識しなかった。



「言わせてもらうけどね、近所に住んでるからって積極的に遊びに誘ったり、祭りや初詣に一緒に行ったり、学校終わってからいつも一緒に勉強とかね。いくら幼馴染とは言え、好きじゃない女子と、年頃の男子がそんなことするかって話」



 母さんが皮肉的に言う。



 ぐうのねもでないほどの正論。



「で、でも、それは晴彦の家庭環境と、私の家の家庭環境的な面もあるでしょ」



 焼け石に水の反論。



 互いに母子家庭で、両親とのすれ違いが多かった晴彦と、常に母が家にいる私。



「子供の頃はそうでしょうけど、中学になってからはねぇ……」



「普通、そういうのは自分の好きな子を誘うもんなの!幼馴染だから誘わなきゃなんて、誰も思わないわよ」



 そうなのだ。


 真剣な言葉には、ずっと昔から意識してこなかった。言われても、冗談めいた『好き』


 だけど、私は思う。ずっと、ずっと前から。きっと、晴彦は、私が好きだったのだ。


 そうして、私はそれに甘えて、それに頼って、知らないふりをして。その空間が変わるのが、嫌で。包まれているのが、心地よくて。



「そうなのかなぁ」



 思い返せば少しの変化を求めたのも、晴彦からだったような気がする。



 そうして、少しづつ、少しづつ。私も変わっていく。



「……あれ?」



 私は思う。



「……どうしたんだい?」



「え、いや、何でもない」



 考えが纏まらず、咄嗟にそう口走る。



 晴彦の『好き』という言葉は、私はずっと、『幼馴染として』だとか、『人間的に見て』とか、そう言う意味だと思っていた。



 しかし、その実、そうではなかったのかもしれない。



「知ってたら私も子供の頃から唾付けとくんだけどなー」



 だって、皆が言う。



 高瀬晴彦は、私を。早川明日音のことが好きなのだ、と。



 私は、その認識すら、自分の思いと混同させていて。



 もしかして、晴彦の言葉を、誰よりも信じていなかったのは、私なんじゃないだろうか。



 晴彦の言う『好き』を、勝手に軽く捉えていたのは、私の否定的な価値観だったんじゃないだろうか。


 いやまあ、これには晴彦にも非があるだろう。晴彦の好きという言葉はいつも唐突で軽快だったことは確かだ。しかし、それに中身がなかったかどうかはわからない。


 私は、いつだって姉さんよりも、他人よりも劣っていると、そう思っていた。



 晴彦も、幼馴染だから一緒にいるのだと、思っていた。幼馴染という立ち位置を利用して、一緒にいたいと色々やってきた。



 けれど、小夜姉さんは、晴彦の件に関しては、負けを認めたのだ。あの美人が、望んだものはなんでも手に入るような女が、私に負けたのだ。



 そうして気づく。


――もしかして、私ってバカ?

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