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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
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私の父が不憫な理由Ⅲ


「ただいまー」


「ただいま……」



 辟易しながら家路を辿り、靴を脱ぐと美味しそうな匂い。


 料理をしていると、自分以外の料理というのは、どこか違う匂いがすることに気づく。


「む、魚かな?」



 漂う匂いは油っこくなく、それでいて肉質のある匂い。



「煮物だね。甘ーい匂い」



 別段高級品ではない。恐らくカレイの煮付けである。母がよく作る品の一つ。



「折角父さんが来るのに、料理は普通ね。明日音だったら、晴彦くんの誕生日に何作る?」



 晴彦の誕生日は十二月四日。私の誕生日は十二月十四日。どちらかの誕生日に一緒に祝うのが通例である。関係はないが、姉さんは六月二十日である。男子から供物が山のように届いていた。



「手作りケーキとか、母さんと作ってた。プレゼントは無かったかな」



 誕生日が近いので、私と晴彦の誕生日は昔から一緒という扱い。私も晴彦も祝われる側である。


 だから、晴彦にプレゼントを用意した思い出はない。中学に入ってから料理を初めて、興味でケーキを作ったくらいだ。


「私はプレゼントとか結構貰ったけど。正直、あんまり嬉しいのはなかったわね」


 物だけ貰っても、そんなに嬉しくないということに気づくのに、それなりの時間がいる。


 その人がどういう思いで、その贈り物を選んでくれたのか。心に響くのは、いつだって『どれだけ自分のことを考えてくれるか』ということ。


 正直に言えば、いらないようなものだって、それらしい理由を添えてくれれば嬉しい。その言葉の捉えようと、その人自身の人徳によるところも大きいけれど。



「その中で、一番面白かったのは?」



 靴を揃えながら聞く。失敗談というか、好かれるが故の話を、姉さんは多々持っている。



「そうねえ。下着系かしらね。純粋に気持ち悪いわよね」



「それは確かに……」



 系、と言えてしまうからには、結構な割合で下着を送られていたのかもしれない。



「女には、男にはわからない苦労があるし、そういう都合で下着を選んでるって、わからないもんよね」



 所謂、生理やそれに伴う織物の話である。女子には、本当に見られたくないものを付けざるを得ない時期があるのだ。



 勝負下着、という言葉があるが、基本的にそうでないときは、見られたくない下着なのである。



 玄関で立ち話をしていると、母さんがやって来る。


「遅かったじゃない。正樹、もう待ってるわよっ!」



 正樹、と呼び捨てにする母の姿を見て、私たちは言いようのない緊張感に包まれる。



 時間は午後五時。これから、少し早い夕食時になるのだろうか。



「うわぁ、なんか緊張してきた」



 リビングまでの道のりが遠い。



「いざとなったら、お金くれるおじさんと思えばいいじゃない」



 かく言う私も、進む足取りは重く。



「それ、本人の目の前でいったら晴くん寝取るからね」



 私たち姉妹が、本当に久しぶりに父親と会う。リビングの扉は、驚く程軽かった。



「おかえり、二人共」



 私たちを迎える声は柔らかく。リビングのテーブルに、当然のように腰掛ける男性がいる。



「た、ただいま……」


 姉妹の声が揃う。


 朧げにある写真で見た記憶より少し老けて見えるのその姿は、しかしどこか見覚えがある気がした。



「いやー、久しぶりの我が家はいいねぇ」


「うん、おかえり」


「明日音は例の彼と上手くやってるのか?」


「母さん、父さんに何話したの!?」


「何ってあんた、晴彦くんの事踏まえなきゃじゃなきゃあんたの話題なんで説明しにくいわよ」


「それは言えてるわね」


 姉さんも同意する。


 父さんは朗らかに笑っていた。


 何と言うか、意外といけるかもしれない。視線で姉さんと会話をした。


「で、小夜はそういう話はないのか?」


 父さんが今度は姉さんに話を振る。というか、なにげに聞きにくいことを聞く人だ。


「あるわよ?私も晴くんとよろしくやってるし」


 父さんが初めて、理解不能だという表情を見せる。


 それはそうだろう。妹の彼氏とよろしくやってるとか言われても、普通なら困惑するに決まってる。


「……どういうことだい?ちょっとそのへん、詳しく聞きたいかな」


 少し表情が硬くなった父さんの様子を見て、私は下手なことは言うまいと心に誓った。


「いいよー。この間キャンプに行った時の話とか、聞きたいでしょ?」


「姉さん!」


「だいじょぶだって。別にやましい事してるわけでもなし」


「それはそうだけど……」


 混浴風呂に入ったことは、決してやましくない。だって、混浴だし。誰にも言ってはいないので姉さんはその事実を知らないはずだが、少しどきりとした。


 私が言い淀んでいると、父さんが小さく笑う。


「母さんから聞いてたより、ずっと仲が良さそうじゃないか?」


 台所の母さんへ向けて言葉を飛ばす。



「最近よ。それも、晴彦くんのお陰って感じかしら」



 ふむ、と父さんが考え込む。



「なるほど。これは是非とも、彼の話を聞いていおかないとね」



 生まれてから例のない、早川家の一家団欒が始まろうとしていた。


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