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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
二話目
8/159

俺たちがテストを受ける理由

 五月も半ばを過ぎ、もう月末。二ヶ月近く経てば流石に学校生活にも慣れてくる。



 そんなやさか、全く嬉しくない学年行事が近づいてきている。


「なんでテストは期末と中間に別れてるんだろうなぁ?」


 部活動も禁止期間になり、学校全体がどこか熱を失ったよう。皆、談笑をしながらも心のどこかでテストのことを考えている。


「お前みたいに一夜漬けする奴のことを考えてるんだよ。学期末に一回だと範囲も広くて大変だろ?」


 相変わらず、俺の昼食相手は裕翔だけ。稀に女子を交えたり、男子の団体で卓を囲むこともあるが、毎日一緒なのはコイツだ。


「そいつはありがてーことで。できれば赤点で補習ってのも無くして欲しかったぜ」


「それなくしたら一夜漬けすらしないだろうが」


 俺はブロッコリーを渋々齧る。


 青臭い味が舌の上に広がる。思わず顔を顰めた。


「先輩がさー、念押してくるわよ。『補習とかマジありえないから』とかさ。言っちゃなんだけどさ、これ顧問同士の確執だと思うわけ。バスケ部は何人、サッカー部は何人ってな。それが上級生にも伝わってんのかね」


「そうだろうが、普通にやってれば赤点とか取らないだろ?」


 少なくとも、部活をやっていた中学時代も赤点は取ったことがない。


 食べるかどうか、赤いミニトマトを箸で啄きながら考える。


「お前は馬鹿の気持ちがわからないんだな」


「馬鹿だから赤点を取るワケじゃないだろ。勉強しないから馬鹿って言われるんだよ。お前も普通に勉強すれば赤点なんて取らねぇよ」


 トマトを転がしながら答える。


 正しく勉強をして、努力をして。それで赤点を取るのであれば、正しく馬鹿なのだろうが。


 世の中には、その努力を諦める口実としてよくその言葉を使う事が多い。


「まぁ、そうなのかもしれねぇけど……。それより、お前トマト嫌いなの?」


「ん?まぁな……」


 どのくらい嫌いか、といえば、俺の嫌いなものナンバーワンに上げていいくらいに嫌いだ。


 噛んだ時の食感、汁の味、そして内部の見た目。全てにおいて俺はトマトが嫌いだ。


 更に言えば、ブロッコリーもそんなに好きじゃない。まあ、こっちは食えないほどじゃないが。


「何だよ、弁当に嫌いなもの入れられるなんて。明日音ちゃんと喧嘩でもしたのか?」


 昼休みも半ばを過ぎようとしている。他の皆はもうとっくに昼食を平らげ、各々の時間を過ごしている。


 残っているのは食べるのが遅い奴らだけだ。給食ならまだしも、弁当で何かを残すかどうか迷っているのは俺だけだ。


「別に喧嘩はしちゃいないんだが……」


「だが、嫌いなものぶち込まれるんだろ?」


「まあ、最近な……」


 料理研究部に顔を出すようになった頃からだろうか。明日音の弁当、というか料理全般に変化があった。


 具体的には、味の好みを聞いてくるようになったこと。どんな味が好きか、どんな濃さがいいのか。どんな料理が好きか。


 弁当も彩り鮮やかになり、美味しく食えるものは、美味しくなった。


 だが、それと同時に、何故か俺の嫌いなものまで弁当に入ってくるようになった。これは、今までで初めてのことだった。


「なーんか料理研究部の先輩に、焚きつけられてるような気がしないでもないんだが」


 事実はわからない。だが、少し明日音の様子が変わったのは確かだ。


「あれじゃねーの?なんか不満があるとかさ。何かを訴えかけようとしてるとか!」


「一回聞いてみたけど、『好き嫌いは良くないから』って普通に返されたぞ」


「春彦って、以外と好き嫌い多いのか?」


「まあ、少なくはないな」


 トマトの他にも、嫌いなものを上げればキリがない。半分は食わず嫌いだったりもするが、別段栄養素で言えばほかの食材でカバーもできる。


 この忌まわしき赤い球体も、一時期リコピンのダイエット要素が判明して品切れが頻発したが、俺には関係のない出来事だった。


「残せばいいじゃん。本気で嫌いなら無理に食わなくてもいいんじゃないか?」


「母親の弁当ならそれでも良かったんだけどな。明日音の弁当はな……」


 かつて、まだ明日音の料理がそれほど上手ではなかった頃。


 明らかに失敗した料理を残したら、明日音がほんのちょっとだけヘコんだような顔をした気がした。


 俺も罪悪感が残り、それ以降、明日音の弁当を残したことは一切ない。


 しかし、このミニトマト二つは強敵だ。勝てる気がしない。


「じゃ、俺が食ってやろうか?」


「……ま、それが無難か」


 ほれ、とミニトマトを摘んで、裕翔の手に乗せてやる。


 ちなみに言うが、トマトを材料にしたは嫌いだが、食えないほどじゃない。ケチャップやソースは何とか胃が受け付ける。


「ふふふ、春彦よ、愛がないな」


 裕翔はニヤケ顔でミニトマトを二ついっぺんに口に入れる。


「食って胃が痙攣して、胃の中にあるその他諸々と一緒にリバースすることが愛だっていうのなら、愛なんて要らん」


「そこまで嫌いなんか……?トマト、結構美味いぞ?」


「好きな奴が好きなのは知ってるよ。だが、俺には無理だ」


 世の中には、二種類の人間がいる。


 それは、トマトが好きか、それとも嫌いかだ。


 大多数は好きだと言うだろうが、その逆の勢力もそれなりの規模になるだろうと確信している。


「しかし、明日音ちゃんに何があったんだろうな?トマト嫌いなの知ってるんだろ?」


 無論だ。俺の嫌いなものを明日音が知らないはずがない。中学の頃は、気を使っているといってもいいほどにそれらを避けてくれた。


 明日音の変化は、実はこれだけに留まらない。


 俺と居る時、またはあの騒がしい二人と居る時。明日音はよく笑うようになった。


 今まではどちらかというと、喜んでいてもそれを感じさせることはなかったのだが、このところ顕著にそれが現れるようになっている。


 それと同じで、不服そうな表情も増えた。


 一言で言ってしまえば、感情が顔に出やすくなった、という感じだろうか。


「さあね。だけど、きっと悪いことじゃないさ」


 実のところ、明日音は幼馴染という言葉に縛られているのではないか、と思うことがあった。


 そして、それは俺もそうなのだ、と空になった弁当箱に蓋をしながら思う。

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