表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
79/159

私の父が不憫な理由



「父さんの思い出ぇ?」


 小夜姉さんが変な声を上げる。



 八月十二日、土曜日。蝉が黙らない夏真っ盛りの日に、私のお父さんは帰ってくる。……らしい。



 晴彦は昨日、実家に向かってしまった。



 なんとなく寂しいのを気取られたくなくて、その日電話するのは我慢した。今日は朝と昼でもう二回晴彦に電話をかけ、あと寝る前にもう一回、晴彦の声を聞くつもりだ。


 自分でも驚くべき事態だった。


 いつもは傍に居る、離れていても居場所がわかる晴彦が、私の知らない場所にいるということが、こんなにも不安になる。



 電話を繋ぐと、そこはいつも賑やかそうで、大人子どもの声が入り混じっている。


 親戚一同に、晴彦とお同じくらいの若い女の子がいたらどうしようだとか、そんなことを考えては携帯を握りしめていた。

 

 晴彦がいないと、私の料理は手抜きに近くなる。それでも、小夜姉さんは美味しそうに食べていた。


 きっと、毎日外食頼みなのだろう。酒も多量飲むに違いない。というより、毎日ビール缶が増えてゴミを圧迫している。空き缶は一週間に一回しか捨てる日がないのに。


 それを指摘すると、『じゃあ瓶ビールケースで買ってくる』と言い張り、この問題は解決の目処が立たない。


 それでいて、姉さんおこのスタイルの良さと肌の美しさはなんなのだ。


 正直、毎日一緒にいて少しイラッとする容姿だ。神に愛されてるとでもいうのか。姉が同性に好かれない理由が、なんとなくわかる気がした。



 本当に何もせずに美しい人間は、女優でもない限り世間から疎まれるのだ。



 そんな姉に適当に女優の道を進め、まんざらでもなさそうな顔を歪めた質問が、先程の私の父親に関する記憶だ。



「そりゃー、その、ないってことはないけど……」



 どこか言いづらそうに小夜姉さんは自室のリビング、ソファの上で視線を泳がす。



「っていうか、何見てるの?」


 小夜姉さんは、大きめの本のようなものを広げていた。しかも複数、テーブルの上に置かれている。


「これ?アルバム。昔の晴くんはどんなのかなーって、暇つぶしに」


 実家に戻った姉さんは、怠惰の極みを尽くしている。


「家族の写真とかあるの?」


 さらりと見たが、少ない。父さんがいない以上、写真を撮る役目は母さんにならざるを得ない。そういった都合で、私たちの写真はあるが、ほとんどが友人や個人で写っているものになる。


「私の写真は文句ないけど、あんたは泣き顔の写真ばっかね」


 写真は時系列順に収められているようだ。


「泣き顔?そんなはずは……」


 そう思ってみるが、確かに写真の中の私は半分位が泣いていて見るに耐えない写真であった。そしてそのうち七割が晴彦と一緒だった。


「あー、写真とか、とった記憶ないしなぁ」


 どんな状況で撮ったのかは写真を見ればわかるが、とった記憶がないのはそういうことだろう。



 泣かずに一人で写っている写真は普通すぎてコメントに困る。



「姉さんのはなに?ギャル?」



 今でこそ清楚系が売れる世の中だからこそ、黒髪で素朴な美人を装っている。が、昔はこてこてのギャル。金髪で肌が黒く、厚化粧。女としてあるまじき構図の写真が数枚ある。



「そーゆー時代だったのよ。時代の最先端を行ってたわけ」


「今見直してどう?」


 その写真を強調してみせる。


「……まあ、黒歴史とは言わないけど、人様に見せられたもんじゃないわね」


 正直な感想に満足して、アルバムを閉じ、元の話題に戻る。


「私、あんまり記憶ないんだよね、父さんの。どんな人?」


 お盆と正月、そしてたまにゴールデンウィークにも帰ってきていたらしい。私は数十年会った記憶がないけれど。


「大学に入ってからは、全くないけど……。高校とか、中学時代とかには、お金くれるおじさん、って感じだったかな」


「……お金くれるおじさんって……」


 私が絶句すると、姉さんは取り繕うように言葉を返す。


「いやいや、私だって知らなかったんだって、その人が父親だって!ほら、母さん若いしさ。私も色々、無駄な知識ばっかり揃えてたから、バツイチなんだとか、あれが新しい父親なんだとかさ、色々想像してたっていうか!」



「……それはわかるかも。未亡人っぽいオーラは出てるよね。無駄に若いし」



 私の母は、母親としてはかなり若い。学生結婚なので当然だが、まだ四十路一歩手前だ。



「でしょ?私としてはさ、まあ色々気を使うわけよ。あれが新しいいパパ?とか聞くのも残酷でしょ?だから、いつ再婚しても反対はしないから、って意味合いでさ、そういうことは聞かないでおいたのよ」



 姉さんには姉さんなりの気遣いがあったということだろうか。真実を知ればかなり失礼な言い分だが、父親という存在が無かった早川家には、当然の配慮であった。


「それでも、お金くれるおじさんって……」


「だからぁ!それは父親候補としてさ、私に気を使ってるっていうか、そんな感じにしか捉えてなかったんだって!母さんが写メ送ってきても、『ふーん、次はこの人?』みたいな印象しかなくて、すぐ消してたからさ」



「まあ、私もすぐに消してたけど」


 姉さんのように、父親ではないという意識は無かったが、両親の写真を保存して何があるのか。


「まあ、そんなだからさ。正直、母さんに旦那さんがいる、っていうか、私に父親がいる、っていう事実は、いまだしっくりこないっていうかさ。バツイチって言われた方が説得力があるっていうか」



「それは同意するけど……。でも、大学の学費とか、出してくれてるんだよね?」


「それもさぁ、かなり疑った、っていうかさ。そういう男捕まえたのかなとか、そう思うじゃん?」


 母さんが専業主婦なのは明確だ。それも、まあまあ若く、美人の部類に入る。


「正直バツイチでさ。娘を育てるために多数の男と浮気してて、資金援助だけして貰ってるから、悠々と専業主婦ができるとか、そういう方向性も――」


 そう姉さんが余計な勘ぐりを入れたところで、母さんのフライパンが舞い降り、軽い音を立てる。


 イッテ!!女性らしからぬ声がした。


「何を失礼な!私は正樹さん一筋だし、浮気もしたことないってーの!!」


 そこには、妙におめかしした母さんの姿があった。



「あんたたちもさぁ、仮にも学費とか食費とか家賃とか光熱費とか出してもらってる身なんだから、父さんに感謝しなさいよね」


「いや、うん、わかるけどさ。この歳になってお父さんとか言うのもなんじゃない?」


「だよねぇ。ちょっと、どう接していいかわからない」


 浮き足立つ母さんとは対照的に、私たち姉妹のテンションは下がっていく。


「今日の夜につくんだっけ?」


 現在の時刻は一時過ぎ


「そうよ。だから、今日はご馳走になるわよー!」


 母さんはそう言って、台所に走っていく


「二十になってさ、母さんの気持ちもわからなくはないんだけど」


「うん」


 私も今はきっと、姉さんと同じ気持ちだ。



「親がいちゃいちゃするのを目の当たりにするのは、やっぱ結構キツいよね」



「そうだね……」


 普通の親は、そういうものを隠れてやるのだろうけれど。母さん達は見せつけるようにしてくるのではないかという印象がある。



「私たちもなんか用意したほうがいいかな?」



 姉さんが殊勝な提案をしてくる。



「私はともかく、姉さんはしたほうがいいんじゃない?家賃とかの負担、大きいでしょ」



 私が言うと、う、と姉さんは顔を顰める。



「あんただって、色々お金かかるようになってきてるじゃない。この先もどんどんお金かかるんだから、媚売っといたほうが良くない?」



「媚って……。まあ、確かに買うものは増えたけど……」



 言ってしまえば、数日で水着を新調しなければならないのだ。確かに、何かあったほうがいいのかもしれない。



「……買い物行こうか」



「……そうだね」



 そうして、生まれて初めて、姉妹で買い物に出る。お金は事情を話すと母さんがくれた。しかし、これもいわば本当は父の稼いだ金である。なんとなく、父さんに申し訳ないような気持ちを抱えつつ、私と姉さんは家を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ