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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
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夏休みが人を変える理由Ⅱ

「佐々木くん、大丈夫なの?」 


 部活もなんとか順調に終わり、帰路につく。今日顔を出したのは、明日音も料理研究部があったからだ。


 コートの都合と、部員の精神面を考慮し、部活は午前のみで終了となった。


 部員の大半は、なぜか部活をした記憶があまりなかった。少し、いやかなり問題だと思ったが、俺の口から事実を言うことは憚られた。嶋村先輩の視線が怖かったとも言う。


 そんなわけで、俺と明日音は今日も一向に衰えない直射日光を浴びながら、帰り道を歩いている。

 

 今年の夏は猛暑。毎年聞くフレーズではあるが、今年も夏は暑い。アルファるとの放射熱を避けるように、俺たちは歩いていく。



「まあ、部活終わったあとはいつもの感じだったし。裕翔のことだ、すぐ忘れて元通りになるだろ」



 そう願いたいところだ。バスケ部の闇を垣間見てしまったようだった。



 顧問は何と言っているのだろうか。それさえ洗脳しているのかもしれない。嶋村先輩の恐ろしさが身にしみる。


 ならいいけど、と然程興味もないように明日音が会話を打ち切る。


 明日音と学校から帰る道のりはどこか懐かしい。夏休みも半ばを過ぎようとしている。



 夏休み期間になれば、昼でもバスは混み始める。いつものバス停には、いつもより眺めの列が出来ていた。


 なんとなそのバスに乗り込む。過剰、というほどではないが、快適の圏外程度の人員を乗せて、バスは扉を占めた。冷房が涼しい。


「流石に狭いな」


 つり革に捕まって、なんとか人とぶつからないスペースを築く。いつもはサラリーマンが大半だが、若い私服の男女や、子連れの主婦が殆どだ。


「ん、うん……」


 明日音はいつものように、俺の身体にもたれかかるようにしてバスのスペースを空けることに貢献していた。


「汗臭くないか?」


 いつものように、インナーを脱いで制服のシャツだけの俺の肌は、汗でペタペタするほか、少し臭う。


「だいじょぶ」


 しかし、その問には返事は早い。


「そう言えば、明日音は俺の匂いが好きとか言ってたな」


「む、まあ、そうだけど」


 発言したことを後悔するような、羞恥的な表情。


「汗臭くても大丈夫なのか?」


 俺自身、自分の匂いは嫌いじゃない。そもそも、自分の匂いを嫌う人間はそうそういないだろう。動物的本能というやつだ。汗臭いのは、少し嫌だけど。



「大丈夫。晴彦の匂いだよ」



 明日音はそう言うと、心なしか俺の胸に顔を近づける。


「……なんか恥ずかしいな」


「そう?恥ずかしい?」


 褒められたような言葉もそうだが、匂いを嗅がれていると思うと、少し緊張する。


「それなりにな。ま、俺も明日音の匂いは嫌いじゃない」


 丁度、頭に顔が乗る位置にあったので、髪の中に鼻を埋める。


 女の匂い。化粧品か何か、少し甘い匂いと、肌の温もりを感じる生々しい匂いが混じっている。


 決して嫌いではない、むしろ俺も嗅ぎなれた匂いがした。


「……恥ずかしいかも」


「だろ」


 俺が言うと、明日音は少しだけ笑った。


 これまたいつものバス停にバスが止まると、今度は子供連れの大勢奥様方が乗り込んでくる。これがまあ、子どもも本人も厄介なこと極まりない。



 バスでも電車でも、大事なのは人と一定の、そして均等の距離を保つことだ。満員電車が許容されるのは誰しもが圧迫されて、誰もが同じ重圧を味わっているいるという日本人ならではの協調性が発揮されているに他ならない。


 言い様によってはアレだが、辛いことも皆が同じ条件なら耐えれる、というのは、日本人ならではの特長だと思う。なんとも協調性の強い民族だ。



「ほら、もっと詰めろ」


 抱き寄せるようにして、明日音を俺の胸板に顔をくっつけさせる。



「わっ……」



 アカネは少し驚いた後、俺を見上げるように視線を上げた。


 色んな意味で少し恥ずかしい。が、俺もどこか、明日音とくっつくことを嫌がらない、むしろ期待しているところがあるのかもしれない。


 男としての本能という奴か、部活で昂ぶっているのか。


「恥ずかしい」


 そういう明日音は、しかし満足そうに俺の身体に全体重を預けた。手はつり革から離れ、俺のシャツを掴んでいる。


 バス内の視線は、余り感じない。皆、同じような距離感だから。


 そうしてそのまま時間を過ごし、降りるべきバス停で降りる。


「暑いな……」


 バスから降りると、冷房の有り難味が良く分かる。


「そうだね」


 明日音は暑くても寒くても、あまり感慨の無い答えをする。言ってもどうにもならないことは言わない主義なのだ。


 しかし、明日音の機嫌は明らかに上を向いていて。


 明日音の機嫌は、表情にはあまり出ないが歩き方でわかる。


 楽しそうに歩くときと、落ち込んでいるとき。歩く音が違う、というのは言いすぎかもしれないが、明日音の場合歩き方を見たほうが良くわかる。


 表情でその機微を伺うと混乱する事が多い。が、最近はそうでもないことも多い。


「よく笑うようになったよな」


 明日音の表情が柔らかくなったのは、部活に参加してからのような気もする。


 料理研究会の偉大さが良く分かる。というより、春風部長とあの副部長の人徳なのだろうか。



「……そうかな?」


 そうだな、と返して、歩き出す。


 皆、暑さから逃げるように忙しなく動いている。


「戻ってきたら、プールとか行くか。風華と茉莉、裕翔も誘ってさ」


 夏といえば海。しかし、学生だけで海は敷居が高い。しかし、プールならお手頃だ。


「やっぱり、今年も行くの?」


 明日音の不服そうな顔が見えた。


「まあ、恒例行事だしな」


 後数日で、世間は盆休み。


 母さんは不安定だが、父さんが確実に休みになる貴重な時期。


 毎年恒例で、母さんと父さんの実家に顔を出すことになっている。同郷なので手間は余り無いが、連日繰り広げられる宴会と、田舎ゆえに車がないと何処にもいけないというのは少しばかり面倒というか、子どもにとっては退屈な行事。


 今年も行くのだが、明日音がそれを引き止めるような言葉を吐いたのは多分初めてだ。


 戻ってくるのは十五日以降になるだろう。

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