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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
七話目
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夏休みが人を変える理由



「ええ……?」



 明日音の部活に付き合い、俺もバスケ部の練習に顔を出していた。しかし、体育館に入ったとき、思わず声が出る。


 男子バスケット部の皆様は、全員がほぼもれなく坊主になっていた。



「男子バスケ部って、坊主強制になったのか?」


 隣のコートで練習していた男子バレー部のクラスメイトに尋ねる。


「いや、合宿終わって戻ってきたらこれだったよ。寺とかに篭ったんだろ?その影響じゃないかな」


「それにしても気味悪いよな。野球部でさえも全員坊主とかやらねーのに」


 裕翔の姿を見つけ、クラスメイトに別れを告げる。


「よぅ、久しぶり。合宿どうだった?」


「合宿……?」


 どこか虚ろな瞳をした友人がそこにあった。


「合宿、ああ、合宿な……。まあ、身にはなったんじゃないか?」


 その様子はどこか危うい。廃人、とまでは言わないが、具合が悪いようにも見える。


「やあ、晴彦君じゃないか!」


 嶋村先輩がやってきた。先輩は元々短髪だったので、それが少し長くなっている。だけのようだ。


「今日は練習に参加するのかい?」


「あ、はい。それにしても、皆どうしたんですか?」


 バスケ部の様子は、運動部にしては異常だ。


 活気が無く、しかし皆着実に、そして黙々とストレッチをしている。


「合宿の成果かな。まあ、別に坊主を強制したわけではないんだけどね」


 皆とは逆に、嶋村先輩はとても元気そうだった。いや、鬱憤が晴れた、というような表現が似合いそうだ。


「ま、なんにせよ、俺たちもバスケットは久々だ。歓迎するよ」


 どうやら、寺では本格的に精神修行のみに専念したらしい。


「は、はあ……」 


 そう答えると、先輩もストレッチに加わる。


「おい裕翔。合宿でどんなことしたんだ?」


「合宿でしたこと?午前は掃除と座禅、そして読経だろ?午後からは滝行と山菜摘み、あとはひたすら説法を聞いて、それを紙にしたためたり、般若心境を書き写したり……」


 ぶつぶつと呟くように言うと、急に呻きだして頭を抑える。



「ば、バスケ……。バスケがしたい……。身体を動かしたい……。座り続けるのは嫌だ……!!」


 合宿の合間、本気でバスケット、というより運動すらさせてもらえなかったのだろう。


 どうやら精神的に尋常じゃない負荷がかけられたらしい。


「だ、大丈夫だ!もうバスケ出来るぞ!」


「マジ?遊んだら座禅四時間とかの決まり無い?」


「ないない!ほら、ボール!」


 バスケットボールを渡すと、まるで待ち望んだかのようにそれをもって、ドリブルを始める。まるで幼い子どものようだ。


「おーい、練習始めるよ!」



「「「ハイ!!!」」」



 嶋村先輩の号令に、部員の皆が軍隊のように揃った声を出す。皆目つきが異様なほど真剣だ。


「おいおい、大丈夫かよ……」


 俺は変わり果てた部員の姿に些かの不安を覚えつつも、練習に参加する。



 ランニングから、ボールを使った簡単なパスからシュートへの流れ。サッカーで個人技を練習する時間がないように、バスケの練習も基本的にはチームワークを駆使しての攻守の練習になる。


 アリウープだとかダンクだとか超ロングシュートは攻め方のバリエーションの一つに過ぎず、狙ってやれるようなものではない。


 だから皆、前半の練習ではそういった個人技を封じる。やると怒られるのだ。



 しかし、後半の試合形式での練習では、それが解禁になる。



 試合というのは実力も必要だが、実力があっても『点が取れなければ勝てない』のだ。


 時には何百点になる試合の中で、基礎だけで勝ち抜くというのも中々難しい。



 なぜなら、同じように相手も基礎を磨いているからだ。バカ正直に基礎を繰り返して勝てるのなら、苦労はしない。


 基礎の中に変化を。


 そうして何十回と変化して、短いコートを右往左往するのが、バスケの醍醐味である。  



 流れが速いし変化が些細なため、普通の人が見てもあまり凄さは感じないかもしれない。同じようにコートを走っているように見えても、コートの中ではめまぐるしい攻防があるのだ。



「おっし、やるかっ!」


 裕翔が気合を入れる。


 皆、身体の錆を落としたかのような動き。


 汗をかき、表情も活き活きと、好戦的に。


「だいぶ戻ってきたんじゃないか?」


 俺が声をかけると、なんのことかわからない、と言った、いつもの顔の裕翔に戻っている。


「戻った?何の話だよ?」


 どうやら、なにかしらいけない記憶として、合宿のことは封印されているらしい。


 以前にもこんなことがあったような気がする。


「……テスト勉強の時か」



 風華が睡眠学習だと言って、疲れて居眠りした裕翔にイヤホンを着けた。英語の教材のCDをそのまま暫くかけていたのだが、起きた頃には英語と日本語が混じって、ちょっとウザイ感じになっていた。



『……効果は微妙ね』と風華が白けた顔で言っていたのが印象的な事件だ。



「なんだよ?俺は勉強なんてしてないぞ?それより、早く試合やろうぜ試合!」



 あのやり方と似ているのだ、と感じる。



 トラウマになるまで追い詰めて、身体に、脳に刻み込むやり方。


「おっと、皆いい感じに出来上がってるね。じゃあ、試合やるけど、その前にこれね」


 嶋村先輩がラジカセを取り出す。


 そして取り出したのは、何とテープ。


「うわっ、先輩なんすかそれ!古っ!」


 部員が茶化すようにそれを眺める。



 確かに、俺たちが物心ついた時にはCDの時代だったし、今では再生機器も少なくなっている。



 そもそもテープは劣化するのが難点だった。あの変な薄い紐はよく絡まるし、切れる。


「音楽でもかけるんですか?」


 しかし、驚くべきは、あの中に音楽の情報が入っているということ。レコードもCDもそうだが、今ひとつ俺にはどんな原理なのかよくわからない。



 理系には進む理由がないな、と、俺は直ぐそこに控えた二年の文理の選択に答えを出す。技術者なんて柄でもない。



「ああ、ちょっと、待ってね……」



 嶋村先輩がテープをセットし、回すと。



 流れてきたのは、なんと般若心経。



「なんでこれ――」



 俺が嶋村先輩に問いかけるより早く、部員に変化が訪れる。



 小刻みに震え、顔色は悪く、というより、無表情に。



 一瞬にして、バスケ部部員のすべての表情から、充足感や疲労が消える。そこにあるのは諸行無常の断りである。いや、俺も良くはわからないけれど。



「先輩、これは――?」


 俺が尋ねると、意気揚々と先輩は語る。


「合宿でひたすら般若心経を聞いて書いて読んだからね。もうみんな一字一句間違いなく言えるはずさ。そんなものを聞きながらバスケをする方が、動きが良くなるような気がしないかい?」


 嶋村先輩は笑顔で言うが、これは洗脳に近い手段のような気がした。先輩だって『そんなもの』扱いなのだ。別に般若心経でなくても良かったのだろう。


 バスケでより良い動きを身に付け忘れないために、まずトラウマを植えつけ、それと一緒に別の作業をさせることによって、その作業の効率をあげようというのだ。



 般若心経が唐突に流れ、向かいのコートで練習しているバレー部にも動揺が走る。


「きっと般若心経をかけながらバスケをやれば、般若心経を覚えたように、皆いい動きを覚えるんじゃないかなって」


 練習法というには、余りにサディステックな手法だった。


 嶋村先輩は家では虐げ得られる立場だと、以前聞いた。しかし、家系的にサディズムの血を受け継いた先輩が、それを発散する場所がここなのかもしれない。



「……まあ、ちょっとやりすぎな気はしますけど」


 皆の様子を見て、俺はバスケ部の合宿には絶対参加しないことを心に誓う。


「確かに、今はちょっと皆の反応も過剰だけど、慣れれば絶対プラスになると思うんだよね」


 過剰というより、皆悟りを開いたような無表情なのだが。後が怖いのでそこには触れないでおく。



「まあ、取り敢えず試合してみようか?」



「……先輩がそう言うなら」


 かすれた声の般若心経が流れ、となりのコートのバレー部の視線もある中、試合形式の練習は始まる、のだが。


「無表情なの、どうにかできませんか……?」


 皆同じ表情なので、正直敵と見方の区別がつきにくいし、咄嗟の判断も鈍る。


 ここぞという時に、その分野で輝く人間は、表情が違うのだが。


「これはこれで、攪乱できると思わない?」


「まあ、相手からしたら不気味なのは認めますが……」


 まるで機械か、そうでなければキョンシーを相手にしているような不気味な印象がある。


「でも、確かに本気で人間性が削がれるのは問題かな。冬の合宿はそこのところうまくやらないとね」


 この先輩には何があっても逆らうまい。そう誓った。


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