二人の写真が危険な理由Ⅱ
「そうかもしれないですけど、一人でやってたらあの人が来るかもしれないじゃないですか!一緒にやってくださいよ!」
半ギレのような状態でお願いされた。そこまで嫌なのだと、一年の皆も察する。
「はいはい、じゃあ、盆明けの活動はそれね。しかし、現生徒会長も嫌われたもんね」
「そこまで悪い人には見えませんでしたけど……」
一年から擁護の声が上がる。まあ、私の目にもそんな粘着質な人のようには見えなかった。あまり覚えてないけれど。
「何ていうんですかね……。ちょっとナルシストなんですよね。生徒会ってすごい、生徒会長の俺ってすごい、素敵だろ?みたいなオーラが出てるんですよ。無駄に自信満々で。成績は確かにいいらしいんですけど、一緒にいるのはちょっと無理ですね」
普段悪口を言わない春風部長さえも、明確な否定の言葉。そこまで言われると、どんな人物だろうと少し気になる自分もいる。まあ、他人事だからだけれど。
わかるわかる、と頷いている先輩がいるのだから、多方女子の評価はそうなのだろう。
「その点、晴彦くんは良かったよねぇ」
ドキリ、とする。
あの合宿が終わってから、料理研究部で晴彦の株は急上昇だ。前は『明日音の幼馴染』とか『幼馴染くん』だったのが、『晴彦くん』に変わってしまっている。
「わかるわかる!クラスの男子みたいにガツガツしてなくて、大人っぽくて」
「そうそう!一緒に遊ぶとこっちを気遣ってくれるのがわかるんだよね。女性として扱ってくれるっていうの?ありゃあ惚れるわ」
ニヤついた視線が私に飛ぶ。
「な、なんですか……」
つい、不機嫌そうな言葉を返してしまう。
「明日音、別れたら言ってね?晴彦くん慰めに行くからさ」
「何で私が振る流れになるんですか?」
尋ねると、先輩の一人が返す。
「そりゃあ、私たちから見ても、明日音から振らなきゃ別れないってわかるし。いい男捕まえやがって」
そうなのだろうか。
あの時、私はその場にいなかったから何とも言えないが。
「でも、合宿の写真で二人が写ってる写真ってあまりないですよね」
悪魔という名の部長が声を発する。
「あー、そう言えばなかったかも?」
合宿ではスマホやデジカメで、生徒側、保護者側で多数の写真が取られていた。
しかし、その中で私と晴彦が写っているのは集合写真ただ一つ。
「晴彦は部外者ですし」
そう、晴彦は私が連れてきたゲストである。それに保護者の気持ちも鑑みると、女だらけの料理研究部で晴彦を好んで撮る保護者もいないだろう。
「でも、明日音ちゃんは、なんというか、思い出作りの為に、晴彦くんを呼んだんですよね?」
そして、小夜姉さんから距離を置かせるための作戦だった。
「じゃあ、二人だけで写真とか撮ってたりして?」
部室替わりの家庭科室が、一瞬沈黙に包まれた気がした。
「い、いいえ。そんなのはないですよ」
はっきり言えば、私は演技が下手だ。晴彦の前で素直なのも、晴彦が容易くそれを見破ってくるからである。
結局バレるのなら、素直に言ってしまったほうが得だ。そう思えるようになったのも、実は最近だ。
『晴彦の匂いが好き』
とカミングアウトしてから、晴彦とのスキンシップの回数は格段に増えた。
晴彦は、私が喜ぶと知ってか、いくら汗をかいている状態で近づいても逃げなくなった。
正直者が得をすると知ってしまえば、嘘はどうしても下手になる。しかし、それが今回は裏目に出た。
「……これはあるね。やばい写メが。恐らく、明日音の携帯のフォルダの中に」
心臓が悲鳴を上げる。
「クラスメイトの写メとかたまに見るけどさ。多分、これはそれ以上にヤバイ写真がある予感」
野獣の群れに飛び込んだような不安感。
「ちょっと、止めなよ。プライベートの写真なんて、見られたくないものもあるだろ?」
最後の良心の彩瀬先輩さえ、その勢いを抑えきれない。
「見られたくないなら写真など取らないし、残しておこうなんて思わないものですよ、萌々果ちゃん。あるかどうかは別にしても、明日音ちゃんの携帯の写真フォルダは。私も気になるところではあります」
この問答に私が勝つ術はもうない。
私の携帯の画像フォルダには、確かに私と晴彦の人様には見せられないツーショットや、晴彦が寝ている時の隠撮などが多々入っている。
二人で撮る写真の中の私は、私自身驚くほど満たされている。
へぇ、あの感情はこうして表情に出るんだ、と自分でも驚くこともあるし、後で見てもその時の胸の高鳴りが蘇るよう。
先の合宿で言えば、二人で一緒に温泉に入った後に、写真を撮ったりしている。
見せることに抵抗がない、とは言わない。
見せない、と言っても、それは『ある』ということと同義だ。
そして、写真の中の私は、きっとここに居る誰もが知らない顔をしているのだ。
見せるわけには行かない。私の面子にかけて。
「ちょっと気になるねぇ、明日音のラブラブな写真は」
先輩方も皆、乗り気のようだ。
「み、見せませんよ?」
私の言葉も、当然、という風に皆は受け取る。
「ただで見せてもらおう、ってんじゃないよ」
「そうだね。やっぱりそういうものは勝ち取らなきゃ」
合宿の成果、という訳でもないが、料理対決を経て、我が部に一つ、余計な伝統が追加されつつあった。
『料理研究部の勝負は料理対決』
無論敗者は罰ゲームであり、基本的には部長仕様の食べ物になるのだが。
「明日音が負けたら、秘蔵の写真フォルダ公開ってとこで」
「ええ!?それだったら毒を飲みますよ!」
その言葉に皆吹き出すように笑い、
「毒とは何ですか毒とは!明日音ちゃんは写真公開が罰ゲーム!部長命令です!」
「そんなぁ」
なし崩し的に、私の罰ゲームが肉体的なものから精神的なものに変わる。
「ま、負けなきゃいいのさ、負けなきゃ」
副部長がさらりと言い放つ。
「だが、陸上競技会の話し合いが先だ。遅れると生徒会長に首を突っ込む機会を与えてしまうからな」
綾瀬副部長の言葉は、魔法の言葉だった。
「そうですねぇ。それは避けたいです」
「ま、私らが対応するワケじゃないからどうでもいいけど」
「わかんないよー?春風が無理だと知ったら別の誰かに目を付けるかも」
正直に言って、生徒会長に謝辞を送ってもいい。私の話は、あまりにすっぱりと終を迎えることができた。
願わくば、このままずっと皆が忘れてくれることを祈るばかりだ。
その後、陸上競技大会の『特製ドリンク』『特製パン』の方向性を笑いがなら打ち合わせる。
「ドリンクはやっぱり、滋養強壮をメインにしたいね」
「ということは、栄養ドリンクと高カフェイン系でしょうか?」
「パンはどうすんの?中身で勝負?」
基本的にはやはり、春風部長が先導する。
しかし、会議の内容は思うように進まない。特にパン。ホームベーカリーでやれることには限りがある。
「不味いものを意図的に作る、というのも、中々難問だね」
「ホント。春風は天才だわ」
「褒めてないですよね、それ……」
料理が出きるようになると、意図的に不味く作ることは困難になる。
脳が、やってはいけないこと、と認識してしまう。普通、料理に失敗すればそれはもう『食べられるもの』ではないのだ。成功してなおかつ『不味い』というのは、ある種の才能がいる。
そして、『パン食い競争』という詰まらない競技を面白くする為には、意表をついた、『不味くて笑えるパン』が必要である。
「とりあえず、次集まるときはもっとドリンクのほうを煮詰めましょうか。皆さん、良いアイディアがあったらお願いしますね」
意見の纏まらないまま午前が終わろうとする。午後にまたがって部活をすることは基本的に無い。
「次は盆明けだな。実質その時決めないと時期的にも不味い。良い案が出ないと長丁場になるかもしれないぞ」
皆、気のない返事を返す。
夏休みに余り縛られず、しかし予定が無いわけでもないこの部活は、実に居心地が良い。
「ああー、もう直ぐお盆かぁ。お母さんの実家に行くの億劫なんだよなぁ」
「そう?私は好きだけどな。あっちの名物食べれるし」
「それは都会だからでしょ。家の実家は田舎だから」
そんな会話は、私には縁のないことだった。
夏休みも半ばを過ぎる。
晴彦も、盆には実家に帰宅する。
私にとって、空虚な数日が迫ってきていた。