二人の写真が危険な理由
「はい、じゃあ次の活動です」
合宿が終わった次の活動日。と言っても、実質そんなに日は空いていないお盆前の八月。いつもの家庭科室。料理研究部は、早速次の活動に移る。
世間では夏休みだなんだと騒がれているが、私たち家族には関係のない出来事である。皆が祖父母の実家に帰るという話が飛び交っているところに、春風部長の声が響く。
合宿を終え、料理に関してそこそこの自信をつけた春風部長の声はどこか凛としている。
「合宿が終わって次って、文化祭でしょ?」
先輩の一人が返す。
二学期は、イベントが盛りだくさんだ。
「それがそうでもないんだな」
同じく、合宿を終えて少し柔らかくなった彩瀬副部長が応じる。
まず、夏休み直後に陸上競技大会。
これは夏休みボケを強制的にたたき起こす目的と、三年生の受験の息抜きという目的があるらしい。はた迷惑なものだ。夏休みでボケなど誰もしない。やる気がなくなるだけだ。
部活が終わり、夏休みの大半を受験勉強に費やす三年生にとって、二学期の行事は溜まったフラストレーションを発散する場なのである。
そんな深い意味は無いのかもしれない。が、特に運動部経験者にとって、良い息抜きと夏休みの補習を頑張る目的の一つになっているのだろう。
ラストの遠距離リレーは、百メートルを十人がそれぞれリレー形式で走り、タイムを競う。少し変わったことに、このリレーは各クラスの担任が必ずメンバーに選ばれる。
他にも、走りが得意でない生徒も楽しめる内容になっているらしい。
我がクラスの担任ではお荷物もいいところだが。
すべての競技を終えて、最終的にポイントの高いクラスが優勝だ。
しかし、二年以上ならともかく、二年に上がる際にクラス替えが有り、さらに運動部ならともかく文化部の一年にやる気などある訳もない。
私もその一人だった。春風部長が続ける。
「その種目の一つである、『障害物競走』と、『パン食い競争』に使用する、『飲み物』と、『パン』を作って欲しいと、生徒会から要望がありました」
「飲み物と、パン?」
部員皆が視線を合わせる。皆、合宿を乗り越え料理スキルに磨きを付け、家で料理をするようになったという部員もいる。
料理研究部とは言え、母親に家事は任せている人が多かった。が、皆、本格的に料理の楽しさを知ったのかもしれない。それとも、不味いものを作るという冒涜的な行為に脳が何かしらの拒絶反応を起こしているのか。
「パン食い競争なんてあったっけ?」
「去年はなかったよ」
先輩方がブツブツと呟く。
「あー、それに関してだが。飲み物は全部『春風仕様』で。パン食い競争には、半分『春風仕様』で、という要望が来ている」
副部長がその疑問に答えた。
「なに?つまり不味ければいいの?」
『春風仕様』という意味合いが、『不味い』というものの同義であるということに、若干憤慨した春風部長がいた。
真実であるがゆえに否定しにくい事実を、しかし否定したい、という微妙な表情の春風先輩を見ることができた。
「端的に言うと、そうなりますが……。私仕様、という言い回しはやめてくれませんか萌々果ちゃん。まるで私の作る料理すべてが不味いみたいでしょう」
いつもならからかいのセリフが飛ぶ言葉も、合宿を終えた私たちには受け止めざるを得ない。
ここに居る全員、確かに料理勝負で春風先輩率いるA班に負けたことがあるのだから。
反論のないことに、ふふん、と自慢げに先輩は胸を張る。
「でも、春風が不味いものを作るのが得意なのは変わらんだろ」
彩瀬副部長が言い放つと、笑いが起きる。
確かに、そりゃそうだ。もしかしたら世界一かもね。料理人には絶対出せない味だよ。
「むむむ……」
春風先輩が言い返せず、難しい顔をしていた。
そういう意味では、確かに『春風仕様』という名前は、やっぱりそう言う意味合いになってしまうのだ。
「でもまあ、それなら簡単じゃん?飲み物は前のでいいじゃん」
「そだね。パンならホームベーカリーなりなんなり、部費で買えばいいしね」
手作りでパンが作れる時代である。多少の用意さえすれば、パンを作ることもできる。まあ、ホームベーカリーは少し値が張るが。
「しかし、生徒会ね。春風も、よく受けたね、これ」
なにか意味深な言葉。二年の先輩方は何かを知っているようだが、一年は何もわからないと顔を見合わせた。
「うちの部、生徒会と確執か何かあるんですか?」
生徒会。すべての行事の予算と、内容を決めるところ。生徒会長という肩書きは、まあそれなりに内申点に響く。
しかし、実際は裏方業務であり、華々しいイメージとは真逆である。その中でも目立つのか生徒会長だけなのだ。
現生徒会長は今年の学園祭を最後に引退し、今の二年から新たな生徒会長が選出される。生徒会としても有終の美を飾りたいだろうし、今時期は忙しく動いている様子である。
「いや、部活自体はないよ。依頼自体も断る理由のない正当なものだし、成功すれば部費の申請も融通されるだろう」
「そういうことです。部全体の利益として、断る理由はないから受けました」
春風先輩は珍しくツンとした態度で答える。
「ただ、春風がね。今の生徒会長に、だいぶ言い寄られてた時期があってね」
彩瀬副部長が怒涛のカミングアウトをする。一気に色めく一年たち。
「生徒会長って、あの眼鏡の男の人ですよね!?」
「名前、なんて言ったかな?」
入学式や終業式で見かけた気もするが、あまり覚えていなかった。格好いいというよりは、クールで頭が良さそうという印象だろうか。在り来りな答えしか導き出せない。
「付き合うとか、そういうのですか!?」
「そう言う言葉では無かったですけど……。一年の頃から、『生徒会に入らないか』ってしつこくて。まあ、言ってしまえばそう言う意味の誘いでもありましたね」
五十嵐春風は、一年の頃からその異彩を放っていた。らしい。
それに目をつける先輩方は多かったが、話しかけることは無かったのだとか。
「春風は運動音痴で、運動部は持ってのほかだし。文化部に至っては、活動してるとこなんてあまりないしね」
そうして帰宅部に身を置いていた春風先輩を誘ったのは、他でもない生徒会だった。
「君には人を惹きつけるカリスマがある。生徒会に入ってみないか。君なら生徒会長にもなれるだろう。どこの部活にも入っていないようだし。まあ、言葉尻はそんな感じでした」
春風先輩が思い出しただけで疲れたような息を吐く。
「まともな勧誘のような気もしますけど……?」
私が言うと、春風先輩は強く首を振る。
「週に二回のペースで教室に来るんですよ!?二年の先輩が直々に!教室の空気も冷えるし、皆はそそくさとに教室から出ていくし!入りません、って言っても、聞いてくれないし!」
確かに、それはちょっと気持ち悪い。一年が視線を合わせる。
「そんなわけもあって、料理研究部を立ち上げて、部長になって。生徒会に入れない理由を作るのが、この部活ができた理由の一つでもある」
「料理に興味があったのは確かなので、一石二鳥というやつです」
春風部長が威張るように胸を張る。
「ま、そんな訳で。多少気乗りのしない部分もありますが、やはり部費というのは見過ごせません。来年の合宿のために、多少の功績を挙げてみようか、ということですね」
春風部長が言うと、でもさ、と先輩の一人が口を挟む。
「それ、私たちの出番ある?春風が一人でやったほうが、いいものが出来ると思うんだけど」
確かに、その通りだ。私たちの『不味い』と、春風先輩の『不味い』は次元が違う。
私たちの思いつくレベルは精々、『わさびや辛子を入れる』とか、『砂糖と塩を入れ替える』程度だ。
しかし、春風先輩は『冷蔵庫にあった食材ををミキサーで混ぜ、それで出汁を取る』とか、『よくわからないけど、取り敢えず適当に入れる』とか、そういう闇鍋に近い偶発的な不味さである。