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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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俺が合宿に参加した理由Ⅱ



「しかし、なんで混浴に来ようと思ったんだ?」



「だ、だって……。合宿中はあんまり喋れなかったし。それに、折角一緒に来てるんだし、何か思い出も作りたいし」


「それで混浴?」


 そう言うと、うう、と明日音はまた恥ずかしそうに俯いた。


「エッチなのは明日音の方じゃないか」


 俺が笑うと、明日音は顔をお湯につけた。


 水泡が踊るように弾け、水音が響く。


 からかうのはここまでにしよう、とその様子を見ていて思う。このままでは記憶には残るだろうが、思い出というより黒歴史だ。


「一緒に風呂なんて、随分久しぶりだな」


 小学生の頃は、なんだかんだ一緒に風呂に入っていた。いつの間にか、二人で打ち合わせることもなく、その週間は当然のように無くなっていた。


「そりゃあ、もう私たちも子どもじゃないし」


「それはそうだけど。そういうのも、何かちょっと寂しいな、とか思ったり」


 そう言うと、明日音は小さく笑う。


「じゃあ、たまに一緒に入る?」


「俺は全然構わないけど。まあ、それもそれで少しおかしい気もするな」


 俺たちは一体、どうあるのが正しいのか。


 未だにその距離を測り続けている。近いことは確かなのだが、服一枚か、それとも素肌を交わす間なのか。


 高校一年で後者というのもまずいような気はするが、やってる奴がいるのもまた事実である。



 ただ、俺としては明日音とそういう一線を超えることは、正直今は考えられることではない、のだが。


 横を向いて、明日音の顔を伺う。


 明日音は、今ここで俺がその気になったらどうするのだろう?受け入れてくれるのだろうか。それとも拒絶するのか。


 その判断はしかし、俺と明日音の全ての答えを出すことのように思える。その度胸は、まだない。結論を出すには、まだ俺たちは若い。


 だから俺は、明日音の肩に再び頭を寄せる。


「……どうしたの?」


 いつもはあまりない仕草に、明日音が驚くような声を出す。


「今日はこれくらいで勘弁してやろう」


 明日音の肩の柔らかさと、肌の匂い。子どもの頃は近くにあって、今は遠くなったものがそこにある。


 他人の体温には、心を満たす何かがある。


 俺は小さい頃、俺を満たしていた何かを思い出すように、その肌の暖かさを感じていた。


「いい思い出になりそうか?」


 特に何をした、ということはない。


 俺と明日音が、どこに行ったとしても、特に変わったことはしないのかもしれない。


「うん。そうだね。忘れられない、夏になるかも」


 ただ、どこに行ったとしても。俺たちが一緒にいたという記憶は、頭の中で特別なものとして残るような気がした。


「……なんか旅行会社の企画名みたいだな」


 ロマンチックとは程遠いのかもしれない。けれど、俺たちは確かにここにいたということを脳に刻み込んだ。


 その後は、また着替える時に明日音を散々からかい。そのお小言をもらいながらキャンプ場に帰った。



 部員全員に冷やかされるのかと思ったが、やはり皆疲れていたのか。キャンプ場は静まり返っている。


「そう言えば、よく俺が夜更けに温泉に行くってわかったな?」


 見張られていたような気配はなかったし、一応物音には気をつけて抜け出した。一人になれるタイミングを見計らっていたのだから。


「晴彦は、そういうの好きでしょ?」


「そういうの?」


 俺が聞き返すと、明日音は小さく笑って返す。


「真夜中の温泉とか、夜桜とか。あと、朝風呂とか、普段生活ではやらないようなこと」


「……確かに好きだけど」


「明日の朝は保護者の人が来るだろうし。入るなら真夜中かなって」


 そう言われると、何だか自分が短絡的であるような気がする。


「まあ、いいや。お休み」


「うん、お休み」


 どこか名残惜しそうな明日音の表情。


「……俺のテントで寝るか?」


 そう誘うと、かなり逡巡した表情を巡らせる。


「……いいや。それは帰ってからもできるし」


 少し悩んだ挙句、そんな結論に達する。周囲の目を考えたのだろう。


「さいですか」


 相変わらず、変なところで大胆な明日音であった。


 狭い寝床で星を見上げながら寝転んでいると、いつの間にか意識を失っていた。音もなく輝く星は、まるで地球を、そして人類を監視しているようで。


 起きた時に、昨日の出来事を夢だと思っていたのはきっとそんな妄想のせいだろうと顔を洗って忘れることにした。



 次の日の朝飯は無く、保護者団主導のバーベキューまで自由時間となる。


 が、しかし。


「何やってるんですかお父さん!野菜はそう切ったらダメです!」


「肉もただ焼くだけじゃつまらないしね。ソース作って下味つけようか?」


「じゃがいも余ってるんだけど。じゃがバターとかつくる?」


「この余分な香辛料、肉にでも使ってみるか!」


 余ったものでバーベキューという行為は、以外に難易度が高く。


 普段料理をしない男親が仕切りきれるようなムードではなかった。

 料理対決で技術、そして絆を高めあった料理研究部一同に、手綱を握られ。


「参りましたね、これは」


「そうですなぁ」


 そう保護者団が笑い、なし崩し的にバーベキューも料理研究部が仕切ることになった。


 味的には、当たり外れはあった。食材を余らせないための、斬新な創作料理の餌食に、保護者も笑いの渦。


「あ、アレも余ってたよね?」


「そうだねぇ。春風のお父さん、これ飲んでみる?」


 終いには春風ドリンクEXを保護者団に配り、子どもが飲んだ手前、断れない父兄が地獄を見るという事態にまで陥った。


「……帰りのバスは、大丈夫だろうな?」


「……ちょっと不安かも」


 バーベキューの最中は、明日音は常に俺の隣にいた。いつもの距離感に、少しだけ安らぎを覚える自分がいる。視線を交わせば、互いに何を思っているのかなんとなくわかる。


 昼食が終わり、全ての片付けを終え。施設の人に皆でお礼を言って、予定道理、帰りのバスに乗り込む。




「いやー、なんだかんだ楽しかったね」


「合宿ってのもいいもんだね。今度、皆で普通に旅行にでも行かない?」


 純粋に合宿のことを語り合う部員に対して、保護者団は死屍累々。春風ドリンクEXの余りは、全てそこに収まっている。無論、小夜さんも例外ではなく。


『明日音ぇ……。覚えておきなさいよ……』


 と、なぜか明日音に恨みを発しながらバスに乗車した。


 バスに揺られながら、俺も合宿のことを昔のことのように思い出す。


 家に帰ると思うと、身体に溜まった疲れが吹き出すかのよう。久しぶりの人工的な背もたれに身を預ける。


「旅行もいいが、やっぱり家が一番落ち着くな」


「そうだね。それに、晴彦は狭いテントだったし」


「キャンプっていうより、施しを受けるホームレスの気分だったな」


 寝心地は悪くはなかったのだが、あの小型テントでは疲れを完全に取り除くことはできない。


「なあ、明日音?」


「何?」


 俺が明日音に寄りかかると、明日音も俺を支えるかのようにこちらへ傾く。髪の毛があたって、少しこそばゆい。


「明日音は、俺のどこが好きだ?」


 春風先輩の問を、そのまま聞いてみる。


 数秒考えたあと、明日音は俺の肩に顔を埋め、


「匂い」


 とだけ答えた。


「お前は犬か」


 俺が笑いながらそう返すと、明日音は、ワン、と鳴いて、そのまま目を瞑った。


「匂い、ね……」


 感動も何もない答え。


 だが、現実はやはりそんなものなのかもしれない。そんなことは、聞かないほうがいいのだ。


 バスはゆっくりと、俺たちを日常へと戻していく。


 つかの間の喧騒もいいが、やはり平穏な日常が愛おしい。それを改めて思い知る、


 明日も明後日も。


 俺と明日音の、何事もない日常が続く。それはとても、魅力的な時間になるような気がした。

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