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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
72/159

俺が合宿に参加した理由

 料理研究部の合宿は、つつがなく進行した。


 俺が二年の先輩を含め、ほぼ全員の部員と顔見知りに。予定外なことは、三日目、朝の料理対決が無効になった。持参した食材が、思いのほか少なくなっているらしい。三日目のバーベキューのためだ。


 毎食、三つの違う味が食べれるというのは、参加した保護者団も実に満足なイベントだったに違いない。


 夜の料理対決、『肉じゃが』を終えて、合宿というものは実質的に終了になる。後は今日寝れば、保護者団主導のバーベキュー。


 今日も今日とて、俺の居場所は小さなテント。閉所恐怖症ではないが、自分の部屋が恋しくなってくる。居心地がいいとはお世辞にも言えない。


 皆が寝静まった深夜、俺は一人温泉を訪れていた。


 合宿が終わったという開放感は、最後の料理対決が終わった瞬間から、部員の皆に弾けた。


 そのせいか、最後は春風ドリンクの量が無駄に二倍になり、そして栄えあるトリを努めたのは五十嵐春風部長。


 最後に一位に返り咲き、今日コテージで寝れる権利を獲得したのは彩瀬副部長率いるB班であった。明日音が二位で喜んでいたが、それほどまでにあれを飲むのが嫌だったのだろう。


 とにもかくにも、こうして料理研究部の二泊三日が終わろうとしている。


 皆、蓄積していた疲労を癒すかのように、早々に床についた。


 そして俺は、最後の露天風呂を堪能するため、ここで今日も湯に浸かる。


「名残惜しい、という気もするにはするが、やっぱり家が一番だよな」



 空に呟く。楽しくはあったのだが、やはり楽しいことは疲れるのだ。毎日楽しい事だらけだったなら、身が持たないだろう。息を抜く暇というものが、人には必要だ。


 そうして、無駄な時間を重ねてこそ、楽しい時間が記憶に残る。そんな気がする。


 しかしこの二日間、というより、バスを降りてから。ほとんど明日音と言葉を交わしていない。傍にはいるのだが、話す機会がないのだ。


「昔も、こんなことがあったような」


 バスケ部だった頃は合宿もあったし、明日音と数日会わないということもままあった。しかしその分、帰ってきたという感傷は強かった。


 今は、近いのに遠い。そんな距離感。


 昔の俺はどう夏休みを過ごしていたのか。そんな些細な記憶さえ見失ってしまいそうだ。


「ん?」


 更衣室から、人の動く気配がする。保護者の人だろうか。


「参ったな……」


 春風先輩にも指摘されたが、俺の入浴時間は長い。が、それも一人の時に限られる。


 誰が見知らぬ人間が入ってきたのなら、寛ぐことは出来ない質なのだ。


「えーっと……」


 しかし、女子更衣室から顔を出したのは明日音で。きょろきょろと伺うように、首を動かしていた。


「……何やってんだ?」


「晴彦だけ、だよね?」 


「そうだけど。明日音は先に入ったろ?」


 俺の言葉を無視して一歩を踏み出す明日音は、タオルで全身を巻いていた。ま

るでテレビの温泉旅行に、女子アナが入るかのような格好。


「まさか、入るのか?」


「え?あ、う、うん……。お行儀悪いけど、タオルつけたままでいいかな?」


「いや、いいけど」


 なんとなくではあるが、視線が外せなかった。水着とは違う艶やかさのようなものがある。


 タオルをつけたまま温泉に浸かる明日音は、俺の顔色を伺っている。


「あ、あんまり見ないでよ……」


 その場違いな台詞に、俺は笑いを堪えきれなかった。


「年頃の男子に、女の裸を見るなっていう方が無茶だろ」


 ここは混浴。男女が一緒に入ることは、許されている。しかし、混浴では、異性をそう言った視線で見過ぎないことがマナーであるとも聞く。


 しかし、高校一年の男子にそれを強要することは不可能なのではないだろうか。


「は、晴彦も、そこ、隠してよ……」


 俺の股間の部分を、明日音は気にしている。


「嫌だね。俺は温泉にタオル巻いて入らない主義なんだ」


 しかし、俺は拒否する。


「私に見られてもいいの?」


「別にいいぞ?見せてやろうか?子どものとき一緒に風呂に入った時よりだいぶ成長してる」


 俺が立ち上がろうとすると、明日音が必死に止める。


「い、いい!大丈夫だから!」


 俺は自分の裸を、他人に見られるということに、あまり頓着がない。


「男は女と違って、別に隠すもんでもないしな」


 別に人と比べて立派だとか、そんなことはないと思うが。別に、見せても失うものが俺にはない。さして恥ずかしいとも思わない。まあ、常識的に考えて積極的に見せはしないが。


 笑っていうと、明日音は少し焦ったように息を吐いた。


「もう、何かズルい……。って、晴彦、それだと見えちゃうから!」


「風呂に入ってるのにずっと股閉じてるのはちょっとな……」


「ちょ、ちょっと待って!こうしよう!?」


 異常なほど焦りを帯びた明日音の指示により、俺と明日音は背中を合わせて座り合うことに。


 背中に、タオルの感触と、温泉より温い体温がある。


「明日音ってさぁ……」


 首を後ろにもたげると、明日音の肩に乗る。


「ん?」


 視線が交わらなくなって安心したのか、明日音の声が落ち着きを取り戻しつつあった。


「たまにすごく大胆だよな」


 小さく笑いながら言うと、明日音の頬が紅潮した。


「今まさに、自覚してる……。なんでこんなことしたんだろ」


 その理由はしかし、明日音の胸には確かにある。


「そう言えば、ここに連れてこられた割には、明日音には放って置かれてたな」


「それは、ごめんなさい……」


「ま、その罰ゲームってことで」


 明日音の濡れた髪が、俺の顔にかかる。素肌の暖かさは、いつもとは違う熱を感じる。


「合宿は、楽しかったか?」


 俺が尋ねる。華奢な筋肉が、頷くように動く。


「うん。真剣に料理を考えたし、皆と本気で話したし。楽しかった。晴彦は?」


「まあ、楽しかったかな」


 自然の中で遊ぶというのは、いつもより開放的になれるものだった。明日音もそんなところなのだろうか。


「あの、なんて言ったらいいかわからないけど……。ドキドキ、する?」


 明日音の声に緊張が走る。俺の頭を支える肩も、どことなく強ばる。


「おー、するする。というか、思春期男子には少し刺激が強いんじゃないか?混浴ってのは」


 女性の裸、というのは俺たち男子高校生にとっては良くも悪くも憧れである。


「……なんか、全然そんな感じしないけど」


 打って変わって、俺の言葉を訝しむ声色。


「隠してるんだよ。動揺するのはちょっとカッコ悪いだろ?」


「そうなの?」


「そうだよ。明日音がタオルとってこっち向けば、俺の仮面も剥がれるだろうさ」


 言っておいてなんだが、本来は寺に行くべきだったのではないかとも思える。しかし、やましい気持ちはあまりないのが本当のところではある。純粋に、見れるものならみたい。これをやましいと呼ぶのかもしれないが。


「……今は、いい、です……」


 敬語になって、明日音が否定する。まあ、本当にやられても俺も対応に困るのだけれど。


「そうか、それは残念」


 明日音が顔を真っ赤にしているのが想像ついた。見てみようと、頭を奥にずらしていく。


「わぷっ!!」


 お湯を顔にかけられた。鼻に入り、顔を起こす。


「何すんだよー……」


「エッチ」


「男はみんなそうなんです」


 少し距離をとって、鼻に入った水を取り除く。


 視線を感じるのか、明日音はもじもじと、俺の視線から逃れるように動いた。


 今度は二人共、石に背を預ける。真横の明日音の顔は、やはり真っ赤だった。

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