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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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幼馴染に近づけない理由


 合宿二日目。


 朝食のお題は予想道理『味噌汁』だった。


 他の料理は指定がなかったが、どの班も目玉焼きや卵焼き、焼き海苔など軽いものをチョイスした。


 前日、皆に内緒で二位狙いを目論んだ私だが、私の班の那須の味噌汁はまさかの三位。一位は春風先輩のA班で、五票を得ていた。私の班は二票。


「やりましたー!!」


 昨日の苦渋から咲いた花のように、春風部長の班は喜ぶ。


「これ、噂だけど。春風、昨日幼馴染くんと夜中なんか話してたらしいよ?」


 気の抜けた笑みで、先輩がアレを注がれたコップを私に手渡す。


「なんつーか、幼馴染くん余計なアドバイスでもしたんじゃないの……?」


「なんにせよ、とんだ伏兵だったね……」


 私の班に、アレが全員分行き渡る。


「……次は、負けません」


 朝負けたのは、予定外だった。しかし、昼と夜を勝てば、体調は戻るだろう。


 そんな希望を抱きながら、私は辛酸を舐める。文字通りに。



「――!」


 朝一番の春風ドリンクEXに、皆言葉を失う。これ以上、最悪な夜明けはそうそうない。


 屍人のように片付けを終えると、まだ嬉しそうな春風部長が、晴彦を構っている。


 班の全員で、水場の片付けを終え、その場で話し込む。


「おーおー、大丈夫なの?あれ」


「ずいぶん仲良くなっちゃってますねー」


「春風が自分から近づいていく男子って珍しいよね」


 眺めているだけで、その様子は何だか異常事態のよう。


「なんだかんだ言ってさ、明日音の彼氏ってさぁ。見た目普通だけど、モテるよね」


「……そうでしょうか?」


 晴彦が女子に人気がある、という話はあまり聞いたことがない。



「春風に好意抱かれる時点で明白だけど、話してみると結構感じいいんだよね、これがさ。優しいっていうか、不思議な感じ。会話が楽しいって奴?」


「持ち上げるねぇ。惚れた?」


「流石にそこまでちょろくないけどさ……。でも、明日音の気持ちわかるよ。あんな男子と小さい時から一緒にいれば、誰だって好きになるって」


 ただし、晴彦が人気がない、という話も同じように聞いたことが無い。


 お皿を洗いながらその事実を噛み締める。


 私の幼馴染は、非常にモテる。


 私と釣り合っているのか。そんなことを、時偶、考える。


「でも、何が一番好感が持てるかっていうと、やっぱ明日音を好きなんだな、って思うときなんだよね」


「……へ?」


 我ながら間抜けな声が出る。


「あら、明日音気づいてない?彼氏くん、結構明日音の方見てるよ」



「その割に放って置かれてるから、春風とかが近づき放題って感じ。明日音、ここに来て彼氏くんと話した?」


「いえ、あまり……」


 そう。かねてからの思惑と、この合宿は全く違う方に進み始めている。


 姉さんの驚異から守るために連れてきたのに、私は話す機会がなく。そして姉さん、そして春風部長というこの場所でトップクラスに美人な二人とお近づきになってしまった。


「浮気の可能性は低いと思うけどさぁ。彼氏くんも男だし。気を付けておいたほうがいいよ?」


 そんなありがたい忠告を受け、しかし晴彦には話す余裕もなく始まる昼食の料理対決の品目は『オムライス』。


 仕込みと意地で、その勝負に一位で勝利する。得意料理というわけでもないが、オムライスの造形は一朝一夕ではどうにもならない。他の班のオムライスより、私の班のオムライスが造形美で優っていた。


 ちなみに、最下位は副部長のB班だった。


 そうしてようやく、この合宿でまともな長い時間の自由時間が訪れる。


 テントにいない晴彦を探すが、どこにいるのか見当もつかない。キャンプ場は狭いようで一人を探すには広い。


「何処にいるんだろ……」


 春風部長といるのか。それとも姉さんと一緒にいるのか。どちらにしても、嫌

な予感が頭をよぎる。


 山へと続く遊歩道を登る。自然の尊大さなど、今の私には目に入らない。


 そうして、綺麗な流れの川へと呼ばれるように足を踏み入れる。


 すると、人の気配がして、私は足を止める。


 それと同時に、はしゃぐ数人の声。


「えー、なんでですか?」


「大人になればわかるわよ」


「先輩、小夜さんの言葉を間にうけちゃダメですよ」


 そこでは、晴彦、春風部長、姉さん、そして他の部員も、川で楽しそうに遊んでいた。


 歩み寄ろうとしたが、何故かできなかった。


 私はあそこに、あの集団にふさわしくないんじゃないかという思いが、心の片隅で蠢く予感がした。


 晴彦だって、楽しそうだ。


 私以外とでも、晴彦は幸せになれる。


 そんな当たり前の現実が目の前にあって、それを受け入れたくなかった私は、その場を、その光景を見ていることができなかった。


「……はぁ」


 ため息が森に吸い込まれる。大自然は私を一人ぼっちにする。寂しさが私を襲う。


 持て余した時間というのは、あまりに長い。


 歩く先には見晴らしの良い場所がある、いつの間に登ったのかはわからないが、開けた景色が私の孤独感を増していく。


「なにセンチになってんるんだ……?」


「ひゃっ!?」


 近くにあるベンチに、副部長が横たわっていた。


「彩瀬先輩は、どうしてここに?」


「テントで横になってるより、ここの方が治りが早そうだから」


 気持ちな、というその顔は、やはりまだ身体の中にアレが残っているらしい。尾を引く不味さなのだ。


「皆は川で遊んでるぞ。私の班員も水に浸かって悪いものを出すと言ってた」


 小さな笑い声。


「皆、なんだかんだ言って遊びたかったんだろうな。そのへんの調整もしとけばよかった」


「料理対決も盛り上がってますし、少ない時間で遊ぶから楽しいんじゃないでしょうか」


「そんなものかな。まあ、確かに夏休みが終わった時に、いつも後悔するのは時間を無為にしたのではないか、というものの気がするな」


 そういう意味合いでは、私の夏休みは常に充実していたと言える。


 膨大な時間を、私たちは効率よく使うことができない。それを後悔こそすれ、だが実際は無駄な時間こそ楽しいことを私たちは知っている。


 料理対決から離れた、無駄な水遊びの時間は、とても魅惑的な思い出になるだろう。


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