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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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それぞれの理由 ―晴彦―


 キャンプ場に温泉。


「何かミスマッチだけど、こんなのもありだよなぁ」


 深夜の温泉は、今までに体感したことのない開放感だった。普通の露天風呂ではありえない、本当の自然の中なのだから。


 お湯はそれなりに心地よく、まあ温泉という気分はそんなにないが、足を伸ばして浸かれ、空が見える風呂場というのはなかなかないものだ。


 浴槽はその辺りの石を重ねた様な作りで、凸凹してるが、そこがまた面白い。底は流石に削られている。気に入った位置に頭を乗せ、好きな感覚、体制でお湯に身体を浸して楽しむことができる。


 俺はタオルを頭の下に敷き、寝るような姿勢で揺れる水を楽しんでいた。目の前には夜空がある。


「独占じゃない、ってのがちょっと残念だな」


 今は女子は入ってこないだろうが、男の親御さんが来ることはある。そうしたら、あまりの気まずさに耐えられず、湯船を出てしまうだろう。


 風呂は好きだ。温泉も好きだが、露天風呂は景観を楽しみにしている節はある。夜景というより、今眺めるのは星空だが。


「一人ってのも、悪くはない、かな」


 落ち着けるときは、誰にだって必要だ。俺にも明日音にも。


 まあ、実際は今日も一人で過ごした時間は多くないのだけれど。


「小夜さんとこんなに一緒だったのは初めてかも」


 大人だと思っていた彼女は、接してみれば実に子どもっぽく、まるで年下のよう。


 明日も、今日のような一日になるだろうか。それなら退屈はしなさそうだ。そう思う自分がいた。


 一時間ほど温泉に浸かり、着替えて外に出る。更衣室の明かりが朧げに森を照らしている。


「遅いですっ!!」


 突如かけられたその声に、身体が一瞬硬直する。


 振り返るように横を向くと、そこには見たことのある顔がしゃがんでいた。


「えーっと、五十嵐春風、部長、でしたっけ」


「そうです!ここに入るのを確認して、出てくるまでずっと待ってました!なのになんですか!長風呂過ぎます!」


「す、すいません……」


 何故か、謝っていた。


「あーもうっ!トイレに行ってくるって抜け出したのに!皆になんて言い訳すればいいんですか!」


「べ、便秘とかですかね?」


「そういうのは女の子には結構深刻な問題なんですからね!女子同士ならともかく、男子に言われたらちょっと凹みます!」


「そういうもんなんですかね」


「そういうもんです!」


 そこまでの言葉の応酬が済み、春風先輩は息を深く吸った。


「全く、結構意気込んで来たのに、気が抜けちゃいました」


 そう言って、顔を綻ばせた。


 何というか、小夜さんとは違う魅力に溢れた人である。


 接しているだけで心が温まるような笑顔。こちらまで飾らないで接することができる柔らかな声。


 美人というにはだいぶ可愛らしいが、小夜さんがモデルなら。春風先輩はやはり『アイドル』だろうか。一挙一動に、人を魅了する天然の何かがある。


「だけど、なんでここに?」


 俺が改めて問うと、先輩はコロコロと表情を変える。見ていて飽きない気持ちがわかる。


「話がしたかったんです」


「……俺と?」


「そうです。晴彦くん、あなたと」


 それはそれは、非常に光栄な言葉だったが、どこか冗談めいて聞こえた。


「……歩きながらでも?」


「長い話になりそうなので、どこか休めて、虫が少ないところを」


 弱い光でも、虫が飛び回る。嫌いな人には、やはり山は試練の場所。


「じゃあ、適当にその片で」


 夜間に川は危険だろうと、あのベンチを目指す。俺を待っていたということは、何かしら皆の前では話しにくいことがあるということだ。


 普通ならばドキドキでもしそうなシュチュエーションではあるが、生憎俺にはそんな魅力もない。何の話かはわからないが、期待するだけ損というものだ。


 昼間来た、いい風景が見える開けた場所は、夜になるとその恐ろしさを惜しげもなく晒す。


 一歩道を間違えたら生きて変えれはしない闇がそこにはある。自然というものの厳しさと恐ろしさを知る。これを受け入れられない俺は、野生には向いていないのだ。


「なんか怖いですねぇ」


 そんなことを欠片も思ってはいなさそうな、楽しそうな表情で先輩は暗闇を除く。


「で、話とは?」


 タオルで髪を拭きながら尋ねる。


「そうですね。ちょっと、お話をしたくなって」


「俺と?」


「そう、晴彦くんとです」


 俺と話したいこと。一体何について話したいというのか。俺は別に何かを得意としているわけでもないのだけれど。


「晴彦くんは、私のいいところって、どこだと思います?」


 それは、唐突な話だった。


 そりゃあ、まずその見た目があるのだろうけれど。それを俺に褒めて欲しいわけではなさそうだ。


 ならば性格的なものか?


 いやしかし、まともに口を聞いた事のない後輩に、そんな質問をするだろうか。


 そういった無駄な疑心暗鬼が、俺の口を閉ざしていた。


「……やっぱり、ちょっと難しい質問でしたか」


 彼女はどこか、失望的な笑顔を俺に向けていた。


 どんな答えが欲しかったのかはわからない。けれど、彼女が何かしらの答えを欲していることだけは確かだった。


「……すいません」


「罰ゲーム、します?」


 彼女はペットボトルを差し出す。


「いえ、結構です」


 即座に否定すると、先輩は普通の笑顔を俺に見せた。


「大丈夫ですよ、これは普通のジュースです」


 先輩がキャップを開けて、一口飲む。確かに、平気そうだ。


「間接キスとか、気にする方でしたか?」


 なんだろう、狙ってやっているのか、それとも天然なのか。


「いえ、しないですけど……」


「じゃあ、友好の印に」


 口をつけたペットボトルを俺に躊躇なく差し出す。


「じゃあ、遠慮なく……」


 貰わないのもまた失礼だろう。受け取って、一口飲む。


「私独自の調合で、たまたま美味しく出来たんですよ」


 その言葉とともに、少し吐き出してしまう。


「……晴彦くんも、私があんまり料理できないと思ってますね?」


 すぐ隣から送られる懐疑的な瞳。


「……まあ、印象的には。すいません」


「いえいえ、いいですよ。私もアレの不味さを初めて思い知りましたからね……」


 春風ドリンクEX。話を聞けば、ああいったものを毎回作ってこそ居るが、食べるのは初めてだったのだという。


「自分で言うのもなんですが、あれをどうやって作ったのか、私自身もう思い出せないんですよね……」


「無理に思い出さなくても、いいと思いますよ……」


 その方が世界のためだ。あれの作り方がネットに乗り、皆がおもしろおかしく真似したら一大事だ。


「でも、普通の料理だってできるんですからね!」


 直ぐに機嫌を直してくれる。付き合いやすい人だ。


「分かってます。先輩の班のカレーも、美味しかったですよ」


「一票しかもらえませんでしたけどね」


「それはただの戦略ミスです。カレー自体は、全然おいしかったですよ」


「戦略、ですか」


 これがただの料理対決ではないことを、明日音は気付いている。だからこそ、手の込んでないカレーで勝利できた。


「……聞きます?」


「……教えてくれるんですか?」


 今日の様子を見て、彩瀬先輩はそれに気づいただろう。ある意味では、春風先輩だけが不公平。


「知りたければ」


 だから俺は、その権利を彼女に託す。


「教えてください!」 


 思ったより即答で、その答えは返ってきた。


「あれをあと四回飲む機会があると思うと、折角の合宿も全く楽しめません!明日の試合は最下位は避けます!」


 どうやら、意気込みはあるようだった。


「最下位を確実に避けるのには、何票必要かわかりますよね?」


「えーっと、四票、でしょうか」


「そうですね。つまり、四票以上取ればいいわけです」


「それができたら苦労はしませんよ……」


 まあそうですね、と笑う。不正な取引をしない限りは、確実に四票が入る保証はない。


「春風さん料理は特徴的でわかり易いです。そして、春風さんのお父さんはそれを的確に見分け、一票を入れています。他にも、やっぱり親心というか、自分の娘のいる班に票を入れたいものです」


「じゃあ、どうして私の班のカレーには一票しか入らなかったのでしょうか」


 その答えは明白である。


「それは、春風先輩の味しかしなかったからですよ」


 というよりも、今夜の勝負は、皆張り切りすぎて家庭的な味は明日音の班のポークカレーしかなかった。更に言えば、あれも懐かしい味、であり、明日音のカレーの味ではないのだが。


「まあ、言ってしまえば親補正ですね。班員のご両親がいるかいないかは賭けになりますが、通じれば三票くらいは得票できるでしょう」


 美味しさは重要だが、それは今は二の次とする。


 親としても、『ああ、これは家のだ』と思えば、情が湧くというものだ。


「そこは皆さんで相談して決めていただくと、効率がいいかと。あとは、普通に美味しく作れば負けはありません」


 親に通じるか通じないか、というのはいわゆる賭けであるが。何の策もなく勝負に挑むより勝率はいいはずだ。


「な、なんか卑怯っぽくないですか?」


「卑怯ではないです。卑怯っぽいですけど」


 料理で表を集めるのだから、ルールには抵触しないはずだ。


 そう言うと、春風先輩は笑った。


「なんだか、私の思っていた人とは少し違うみたいですね」


「人づての評価なんて、そんなものですよ」


 失望させたのか、どうなのか。しかしまあ、俺はこの程度の人間でしかないのだ。


「晴彦くんは、明日音さんのどんなところが好きですか?」


 また、唐突な質問。しかし、答えを求めていないのかその顔は朗らかで。


「明日音が幼馴染だから好きだとか、料理が上手いから好きだとか、そういうのはなんであれ、説得力があるように言うことはできますけど……」


 しかし、である。


「料理ができなかったら好きにならなかったのか。幼馴染でなかったら好きでなかったのか。そうだったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、俺はきっと、明日音のそんな些細な一部を好きな訳じゃないんだと思うんです。だから悩むし、考える」


 好きというのは、単純で奥深い。


 光のように照らすときもあれば、闇に迷い込むこともある。俺は、ずっとその狭間を歩いているような気がする。


「先輩も、自分の一部だけを好きになって貰いたいわけじゃないでしょう?」


 容姿が優れているからと言って、それだけで人は恋をしない。小夜さんがいい例だ。そこを好きになって貰おうとしても、それだけでは続かない。


「さっきの質問は、好きな人にはしないほうがいいかもしれないですね」


「……どうしてですか?」


 先輩の視線が真剣さを増す。


「あの質問に答えて貰っても、先輩が納得する答えはないでしょうし。相手も、先輩が好きなら答えてあげたくて何かを考えるでしょうし」


 相手が本気なら本気であるほど、そういうことを聞きたがるものだ。


 しかし、そういうものが自分を縛る。


 言葉で伝えられるものはほんの少しでしかないことを、人は知っているはずなのにすぐ忘れる。


 相手と絡み合うのならともかく、自分で自分を縛ると、どうしても解けにくい縛り方になるものだ。


 暫く間が空いて、ふふ、と可愛らしい笑い声。


「さっきの発言は、撤回しますね」


 満足気な瞳は、太陽のようだ。


「晴彦くんは、私が思った通りの人でした」


 俺は首を振る。先輩がどんな想像を俺にしたのか。良くは分からないが、そういうものはやはり当てはまらないものだ。


「ちょっと悪知恵が働くだけですよ」


 俺がどんな人物なのか。それは俺が一番知りたかった。


「そろそろ戻りましょうか」


 夜は時間の経過がよくわからない。だからこそ、話をするにはいい。


「言い訳、大丈夫ですか?」


 俺が立ち上がると、先輩も立ち上がる。


「忘れてました……。どうしましょう?」


「考えながら行きましょうか。何かいい案が思いつくかも」


 コテージへの道を、二人で歩く。


 妙な合宿の、一日目が終わろうとしていた。


「明日の朝の対決は、絶対勝ってみせますからね?」


 先輩は、そう言って笑っていた。


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